第10話 死神は月に嗤う……

「お主、何者だ?」


 不意に声が聞こえて、俺は振り返る。

 マケンジーの爺さんが床下に埋まったまま、シャロンの回復魔法を受けていた。


「どうした爺さん? なんか恥ずかしいことでもあったのか?」


「お前がやったんじゃろが!!」


 怒声を響かせる。


 俺が?

 そこでようやく、目に蠅しか映っていなかった俺は我に返った。

 遅れて、さっきまでの一連の行動が蘇ってくる。


 あ……やべ~。

 思いっきりギルドの偉い人を叩いちゃった……。


 実は亜屍族デミリッチって、こう見えて怪力の一族なのだ。

 半死体だからだろうか。

 人間の頃には制限されていた能力を、限界を超えて使うことができる。

 それが何世代にも渡って馴染み、結果怪力の亜屍族デミリッチが生まれたというわけだ。

 まあ、『即死』の方が便利なので、戦闘で怪力を発揮することはなかったがな。

 ほとんどのヤツが、俺が怪力の持ち主だって知らないはずだ。


 うっかりすると軽く肩を叩いただけで人を殺してしまうほどの力なので、普段は抑えているのだが、蠅のことに血が上って、思いっきり叩いてしまったらしい。

 何はともあれ、頑丈な爺さんで良かったぜ。


「大丈夫か、爺さん?」


「今さら気遣ってもらわんでもええわい! まあ、お主の力量はわかった。……合格じゃ。申し分のない一撃だった」


 おお……。

 なんかよくわからないうちに、合格したらしい。


「よろしいのですか、マケンジー様」


 カーラが質問する。

 上司が床下に埋まったままの状態で、戸惑いを隠せない様子だった。


「多少難があるが、楽しみな冒険者じゃ。それに、あの一撃にわしは魂を見た」


 何を思わせぶりなことを言ってんだ、じいさん。

 魂を見たって、俺――亜屍族デミリッチなんですけど。


「師匠!!」


 早速というか、いつものヤツというか。

 パフィミアが尻尾を振りながら、俺に飛び込んでくる。

 不可避の速攻に、俺はただただ未成熟な胸の柔らかさと、モフモフした髪の毛に蹂躙されるしかなかった。


「離れろ、パフィミア。暑いだろうが!」


「ええ! いいでしょ! お祝いぐらいさせてよ」


 人(魔族だけどよ)に抱きつくのがお祝いなのかよ。

 人間ってのは、もうちょっと慎みがあるんじゃないのか。

 ルヴィアナの方がよっぽど大人しくて、女の子らしいぞ。


「おめでとうございます、カプア様」


 パフィミアと違って、シャロンは厳かに俺を祝福してくれる。

 その表情には笑顔があったが、少々冴えない。

 組んだ両手は、まだ震えていた。

 どうやら心配してくれていたらしい。


「悪いな、シャロン。心配かけちまったようだな」


「そ、それは……」


 俺はシャロンの頭をポンと撫でてやると、シャロンは恥ずかしそうに顔を赤くした。


 すると、マケンジーの爺さんは胸の銀のバッチを俺に向かって放り投げる。


「持って行け、カプアとやら。お主にはその資格がある」


 マケンジーの爺さんは、真剣な顔で言う。

 俺が受け取ったバッチを見て、慌てたのはカーラや他の冒険者だった。


「マケンジー様、こ、これ! 銀級冒険者の証じゃないですか?」


「おいおい! マジかよ!!」

「新人が銀級!」

「そんな例はじめて聞いたぞ」

「やべーよ。やべーよ」


 騒ぎ立てる。

 俺は床に転がった銀のバッチをおもむろに拾い上げた。

 しげしげと眺めた後――。


「いらね。なんか加齢臭とかしそうだし」


 ポイッと投げ捨てる。



 ぎゃあああああああああああ!!



 断末魔の悲鳴のような声が、ギルドに広がった。


「銀級の証を捨てやがった」

「イカれてるぜ、今回の新人」

「なんつー罰当たりなヤツだ」

「やべーよ。やべーよ」


 再び冒険者たちは騒ぎ立てる。

 他のパフィミアも、シャロンも、カーラも絶句していた。

 だが、一番怒っていたのはマケンジーだ。


「銀級冒険者を断るというのか。お主、どうかしておるぞ!?」


「どうかしてるのは、じいさんの方だろ?」


「何?」


「あんたは俺の出自を怪しんで、特例として試験したんだろ? そんな怪しいヤツに、銀級なんてクラスを与える方がどうかしてるぜ。本当に俺がよこしまなヤツで、このバッチを悪用するような人間なら、あんたはどう責任を取るつもりなんだ?」


「そ、それは……」


「俺ならまず鉄級ぐらいを与えて、様子を見る。……それから考えても、遅くはないだろ?」


「むぅ……。しかしな」


 マケンジーはなかなか納得しない。

 身体を同じく、心まで頑固らしい。


「あんたには奇跡的に勝つことはできたが、正直言うと自信がないんだよ。俺、そもそもレベル1だし」


「な! レベル1だと。嘘を吐け!!」


 マケンジーは俺を怒鳴りつける。


「嘘だと思うなら、シャロンに聞いてみな」


「本当です。カプア様はレベル1なのです」


 シャロンは正直に話す。

 さすがに『予言の聖女』の言葉と合っては、誰も疑わない。

 再びギルドは騒がしくなる。


「確かにレベル1だとすれば、銀級は危険だ」

「でも、あの強さだぞ」

「もったいねぇ気もするが」

「ああ……。様子を見た方がいいかもな」

「やべーよ。やべーよ」


 シャロンの言葉、周りの雰囲気。

 様々な空気を読んで、ついにマケンジーは首を縦に振った。


「良かろう。そこまでお主が言うのであれば、鉄級冒険者から始めるといい」


「おう。ありがとな、じいさん」


 マケンジーは納得する。

 だが、物言いは思いも寄らないところから降ってきた。


「ダメだよ、師匠! 師匠はボクと冒険するんだから」


「それは駄目です。パフィミア様、すでに銅級冒険者以上が確定しています。パーティーを組むにしても、同じ銅級冒険者か、3年以上の鉄級冒険者としての活動実績がある人じゃないと……」


 カーラは申し訳なさそうに説明する。

 けれど、ここで引き下がるパフィミアではない。


「ええ……。じゃあ、ボクも鉄級冒険者からでいいよ」


「だだだだ、駄目ですよ! タダでさえ銅級以上の冒険者は貴重なんです。先ほど言いかけましたが、勇者様には是非とも受けていただきたいクエストがありますし。そのためには銅級以上の冒険者ではなければならないのです」


 いよいよカーラも困り始めた。


 それを見て、俺は口を開く。


「パフィミア、お前は銅級冒険者になれ」


「ええ……。でも、ボクは師匠と一緒に……」


「わからないのか、パフィミア」


「な、何が……」


 いつになく真剣な表情の俺を見て、パフィミアは思わず息を呑んだ。


 すると、俺はビシッとパフィミアを指差す。


「お前はまだまだ未熟だ。俺と行動を共にするには、危険が多すぎる」


「そんなことはない! ボクだって頑張るよ!!」


「まだわからないのか。俺とお前では実力に差がありすぎると言っているんだ!」


「そんな……。師匠は、師匠はボクが嫌いなの?」


 パフィミアは今にも泣きそうな顔をして、尋ねる。

 その質問に、俺は首を振って答えた。


「違う。そうじゃない。今、1人で鍛える時だと言っているんだ」


「え……」


「俺が手取り足取り教えれば必ず甘えが出てくる。そうすれば、俺がお前の成長を阻んでしまうかもしれない。お前はいつか勇者になる存在だ。人類の危機はもう今すぐそこまで近づいている。横道に逸れて、時間を労している場合ではない」


「し、師匠……」


「俺と冒険したかったら、俺のところまで這い上がってこい。お前が、見違えるような姿で俺の前に現れるのを楽しみにしているぜ」


 最後に親指を立てた。


「し~~~~しょ~~~~~~~~~~!!」


 パフィミアは再び俺に飛び込んできた。

 それを真っ正面から受け止める。

 その柔らかい赤毛を、俺は丁寧に撫でてやった。


「わかった。師匠! ボク……ボク頑張るよ!!」


 パフィミアは目を輝かせる。

 そんな純粋な瞳を見ながら、俺は密かに口角を上げた。











 くくく……。計画通り……!











 色々と遠回りしたが、当初のプラン通りだ。

 これでパフィミアとシャロンとはおさらばだな。

 パフィミアの素質は一級品。

 しかも、俺に追いつくため、死にものぐるいで努力するだろう。

 実戦経験を積んでいけば、パフィミアなら魔族の幹部の1人や2人、割と簡単に倒せるはずである。


 そうすれば、周りがほっとくはずがない。

 王宮から使者が来て、王様と謁見。

 英雄誕生と持ち上げられ、昼はパレード、夜は社交界。

 めくるめく王宮生活が始まれば、如何にパフィミアが田舎娘でも、行きずりで出会った男のことなど忘れるはずだ。


 その間に俺は目立たないように慎ましい生活を送るとしよう。

 朝はパンを食べ、昼には仕事、夜に少量のお酒を嗜み、蝋燭の明かりを頼りに読書をする――晴耕雨読を絵に描いたような清く正しい健康的な生活を送る!

 騒がしく、日常的に蹴落とし合いがあった魔族時代の生活から考えられないスローリーな生活だ。


 そう。これが俺が手にしたかったもの。


 こんにちは、俺のセカンドライフ。


「シャロン、ボク頑張るね!」


 パフィミアはシャロンにも意気込みを語る。

 シャロンも納得ずくのようだ。

 笑顔を見せて、パフィミアにエールを送った。


「では、パフィミア様。早速ですが、ご依頼したいクエストがございます」


 カーラは早速仕事の話を切り出す。

 キラリと眼鏡を光らせた。


「うん。任せて、カーラさん。ボク、頑張るから」


 よしよし。

 いいぞ、パフィミア。

 その意気だ。

 どんどん依頼をこなして、有名になってくれ。


「実は、1年以上前から依頼が始まり、それまで数多くの銅級冒険者を派遣したのですが、すべて返り討ちにあってしまって」


 ほう……。

 そんな強敵が、こんな田舎町の近くにいるのか。


「まだまだ実戦経験の少ないパフィミア様には、酷な相手かもしれません。ですが、パフィミア様の実力は銀級冒険者にも劣らないと考えています。どうか依頼を受けていただけませんか?」


「もちろんだよ。ボクはシャロンに選ばれた勇者だからね」


 偉いぞ、パフィミア。

 そうだ。お前は勇者だからな。

 無謀と言われようとも、勇者はそのすべての逆境をはね除ける存在でなければならない。


 魔族の俺が言うのも変だが、過去に勇者って呼ばれたヤツらは、そんな変態ばかばかりだった。


「ありがとうございます!」


「その相手の特徴を教えてよ」


「はい。巨躯の大男で、頭も切れ」


 ほう……。

 普通、大男といえば、たいてい頭の中まで筋肉ってヤツが多いんだがな。

 まあ、頭が切れるといっても、勇者と聖女を騙した俺ほどの策士ではあるまい。


「竜牙刀を振り回し……」


 竜牙刀か。

 まあ、巨漢の男の必需品みたいな武器だしな。


「しかも、死属性魔法に長け……」


 んん?


「8つの魂を持つと言われています」


「それって……。まさか――――」


「名前はヴァザーグ……。レベル3桁に及ぶ狂戦士です」




 …………あれれ? おかしいぞぉ?


 どっかで聞いた事があるような。




「今すぐとは申しません。ですが、パフィミア様には是非ヴァザーグを討伐していただきたいのです」


 カーラは真剣を通り越して、沈痛な顔で訴えた。


 すると、パフィミアはふっと笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、カーラさん」


「え?」


「ヴァザーグはもういないんだ」


「ん? どういうことじゃ?」


 横で話を聞いていたマケンジーも、眉間に皺を寄せる。

 さらにシャロンもまた苦笑いを浮かべて言った。


「あの……。大変申し上げにくいのですが……」


「そのヴァザーグなら、もう倒しちゃったよ」


「な……なんと!」

「ホントですか……」


 マケンジーとカーラが素っ頓狂な声を上げる。


 パフィミアは「うん」と頷き、指差した。


「師匠がね」


 にこやかに微笑む。


 瞬間、怒号のような歓声が響き渡る。

 その後、再び銀級冒険者再任論が持ち上がった俺が、無茶苦茶言い訳したことは言うまでもあるまい。

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