第9話 この因縁に終止符を……。

 俺は偉い人に新語の確認しにいったカーラを待っていた。

 そこで俺は人生最大のライバルと出くわす。

 それは即ち――――。


 ぷ~~ん……。


 はえだ。


 あまりご飯時には語りたくない話だが、亜屍族デミリッチと蠅は、切っても切れない関係にある。

 亜屍族は半死人みたいな存在だ。

 だからなのか、俺からは死人みたいな匂いがするらしい。

 人間や他の魔族にはわからなくとも、蠅にはわかるようだ。


 その因縁は、人間の街にやってきても断ち切れないらしい。


「どうしたの、師匠?」


 蠅と格闘する俺を見て、パフィミアは不思議そうに顔を傾ける。


「ああ。蠅がな……」


 俺はあの小うるさい音に集中した。


 ぷ~~ん……。


「そこだ!!」


 捉えた――と思い、俺は手を開く。

 だが、そこには蠅の残骸らしきものはない。

 青白い俺の手の平が広がるだけだった。


「くそっ!」


「師匠……。手伝おうか?」


「いい。これは俺自身の戦いだ!」


 俺は音に集中する。

 しかし、ヤツめ……!

 自分が狙われていることに気付いたらしい。

 あの不快な音がピタリとやんでしまった。


 そうこうしているうちに、カーラがギルドの2階から降りてくる。

 側に年老いたドワーフを伴ってだ。

 老いているとはいえ、その身体は現役の冒険者に引けを取らない。

 いや、それ以上といえるだろう。

 老人っぽく見えるのは、顔ぐらいなものだ。


 老ドワーフはマケンジーと名乗った。

 ギルドマスター――平たく言うと、ギルドのお偉いさんらしい。


 そのマケンジーは鋭く目を光らせる。

 まず目を向けたのは、パフィミアだった。

 視線を向けられ、パフィミアもごくりと息を呑む。


「ほほう……。なるほど。わしにはわかるぞ。お主が新語を出したという冒険者だな。よい肉付きをしておる」


 マケンジーは手をワキワキしながら、断言する。

 その横でカーラが苦笑いを浮かべた。


「あのマケンジー様……。大変申し上げにくいのですが、そちらの方はパフィミア様。『予言の聖女』シャロン様が選定なさった勇者様です」


「なんと! あの『予言の聖女』様が……! ――して、『予言の聖女』様はいずこに?」


「わたくしです」


 シャロンが進み出る。

 途端、マケンジーは鼻の下を伸ばした。


「おお! めんこいのぅ。美しい銀髪と、象牙のような白い肌。ゆったりとした司祭服越しでもわかるぐらい盛り上がった胸! にゅほほほ……。たまらんのぅ」


 ただのスケベじじぃじゃないか。

 シャロンが顔を真っ赤にして困ってるぞ。


 すると、カーラが割と強めに咳払いをする。

 さすがに注意を促されたことに気付いたのか。

 マケンジーは真剣な表情に戻った。


「か、カーラよ。選定された勇者と、『予言の聖女』が来ているなんて聞いてないぞ。なら、わしもうちょっと小綺麗な恰好をして出迎えたものの」


「それは失礼しました。ですが、小綺麗にしてどうするんですか?」


「くどく……」


 なんの反省もしてないな、このじじぃ。


「ちなみに勇者殿の資質は?」


「『あんた何なんだ……』でした」


「さすがは『予言の聖女』が選んだだけあるな」


「でへへへ……」

「ありがとうございます、マケンジー様」


 パフィミアは照れ、シャロンは頭を下げた。


「それで……? 問題の新語を浮かび上がらせた者は?」


「こちらのカプア様です」


 カーラは俺を紹介する。


 マケンジーはしげしげと俺を見つめた。


「…………パッとせんのぅ」


 なっ――――!


「顔に強者感がないというか。目が死んでおる」


 仕方ねぇだろ!

 亜屍族デミリッチなんだからよ。

 むしろ、その指摘は正解だよ!


「身体も細い。吹けば飛びそうではないか」


 マケンジーは俺をこき下ろす。


 そんな時だった。

 俺の生涯のライバルが現れたのは……。


 ぷ~~ん……。


 再びあの不快な音が聞こえた。

 まだ俺の視界には映っていない。

 だが、確実にいる。

 そしてヤツは俺を見ている。

 おそらく俺の肌のどこかに止まろうかと、回り込もうとしているのだ。


 おのれ……。

 高々環縫短角群かんぽうたんかくぐんの分際で、俺に喧嘩を売るとは。

 良かろう……。

 ここでお前との因縁の決着を付けるとしよう。


 俺はひたすら集中する。

 その間に、話は進んだ。


「ですが、魔導具の結果は……」


「別にそこは疑っておらんよ、カーラ。まあ、良い。戦えばわかることだ」


「カプア様と戦うのですか?」


 シャロンが心配げな声を上げる。


「許せ、『予言の聖女』よ。わしはこのギルドを統括する者として、この者が悪しき者かどうか試さなければならぬ。それにの。どうやら、向こうはやる気のようだぞ」


 皆の視線がある方向へと向けられる。


 そこには蠅の羽音を聞き逃さぬまいと、集中する俺の姿があった。


「師匠、すごい殺気だ」

「こ、こんなカプア様……。初めて見ましたわ」


 パフィミアとシャロンが息を呑む。


「若いの。すまぬが、お主の力量を試させてもらう」


 マケンジーはガシガシと腕を振り、身体をほぐす。

 やがて構えを取った。


「やべー。マケンジーさん、やる気だぞ」

「戦えるのか、あの爺さん」

「バカ! お前、知らないのか。あの爺さん、元は銀級冒険者だぞ」

「あの年で、まだ現役さながらの肉体をキープしてるんだ」

「死ぬかもな、あの新人……」


 自然と冒険者たちは広がり、俺たちのために空間を用意する。

 それは蠅を追いかける俺にとって、僥倖だった。

 冒険者たちが広がったおかげで、視界がクリアになったのだ。

 そしてついに俺はヤツの姿を捉える。


 ヤツは空中を2回旋回した後、マケンジーの禿げ頭にピタリと止まった。


「そこか……」


 俺は鋭い眼差しをマケンジーに向ける。

 睨まれた老ギルドマスターは一瞬息を呑んだ。

 だが、すぐに視線を返す。

 蠅が止まった頭には脂汗が浮かんでいた。


「ほほう……。その殺気……。お主ヽヽ人間を止めてヽヽヽヽヽヽおるなヽヽヽ……」


「マケンジー様が本気になった」


 カーラは声を上擦らせる


「師匠、がんばれ!」

「カプア様、どうかご無事に」


 パフィミアはエールを送り、シャロンは両手を組んで祈る。


 最初に動いたのは、俺だった。

 マケンジーに向かって、手を突き出す。


「動くな」


「ぬぅ……。なんという殺気……。だが、わしも元は銀級冒険者! ここで引くわけにはいかぬあーーーーーーーーー!!!!」


 マケンジーは1歩踏み出す。



「動くなっつってんだろうが!!」



 俺はマケンジーの頭を思いっきり平手でひっぱたいた。

 バシィン、という鋭い音がギルドに響く。


 その瞬間、マケンジーの巨躯はギルドの床を突き抜け、さらにその下の地面にまで埋まってしまった。


「qあwせdrftgひゅじこlp……」


 訳のわからない言葉を吐き、マケンジーは白目を剥いて気絶する。

 その様を見て、一同は固まった。


「ギルドマスターを……」

「1発でのしちゃった」

「すごい。さすがカプア様」


「「「スゲェエエエエエエエエエエエエ!!」」」


 大盛り上がりだ。


 一方、俺は少し期待を込めて、手を開いた。

 だがヤツの死体はない。

 すでに気配はなく、音も聞こえなかった。


「くそ! 逃がしたか!!」


 待ってろ!

 いつかお前とは決着を付けてやる。

 俺はさらなる復讐の炎を燃やす。


「すげぇ! マケンジー様を倒した後だというに」

「全然油断してねぇ」

「殺気ハンパねぇ!」

「今回の新人は化け物か」


 冒険者たちはごくりと息を呑み、冷や汗を拭ったという。

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