第8話 人間のギルドに魔族がいるわけないよね?
カーラが駆け込んだのは、ギルドマスターの部屋だった。
ギルドマスターとは、そのギルドにおける最高役職。
かつ有事の際には、そのギルドが抱える冒険者を束ねる司令官としての役目もある。
ギルドマスターになるためには、冒険者としての経験と当時のランク。
さらにはギルド本部の厳しい査定をくぐり抜けた者だけが、就くことができる。
当然、品行方正が求められ、正義を愛し、悪を憎む者が多かった。
「マスター、これを見てください」
息を切らしながら、部屋に入ってきたカーラは、たった今出た魔導具の結果を、ギルドマスターに見せる。
机に座って、仕事をしていたのは、白い髭の老ドワーフだった。
だが、容貌こそ70過ぎの老人に見えるが、その身体は全く衰えていない。
筋骨は隆々としており、岩肌のような硬さを想起させた。
彼こそがノイヴィルのギルドマスター――マケンジーである。
「なんじゃ、カーラ。またわしに尻でも撫でられにきたのか?」
「ち~が~い~ま~す! いつも言っているではないですか。もう少しギルドマスターらしくなさって下さいと!!」
時というのは残酷だ。
マケンジーはかれこれ40年近くギルドマスターをやっている。
だが、就任当初は堅物で厳格なギルドマスターだったが、今ではすっかり受付嬢の尻を追いかけるスケベじじいに成り果てていた。
「ところで、何用じゃ? さっきから下も騒がしいようじゃが……」
「はい。これを見てください」
カーラは魔導具に浮かんだ文字を見せる。
それはカプソディアことカプアが浮かび上がらせた新語であった。
「『やべーよ。やべーよ』? なんじゃ。これは? 見たことがないぞ」
初めて確認した言葉に、40年ギルドマスターをやっているマケンジーも目を丸くする。
「やはり新語なのでしょうか?」
「間違いあるまい。……しかし、弱ったのぅ」
マケンジーは己の長い髭をさすった。
同じくカーラも困った様子だ。
「正直『やべーよ。やべーよ』だけでは解釈が難しい」
「はい。『あんた何なんだ……』よりも上の資質を示すものなのか」
「あるいは最低ランク『無様ね……』よりも、下の資質を示すものなのか。それとも――」
本当にやべー存在なのかもしれぬ……。
いつもは受付嬢を見つめて鼻の下を伸ばしているギルドマスターの顔が、急に険しくなる。
戦う男の顔をしていた。
「マケンジー様、やべー存在とは?」
「考えたくないが……。真っ先に考えられるのは、魔族――」
「そんな……。まさか…………」
本当のことなら大変なことである。
街のど真ん中に魔族が現れたのだ。
しかも、その目的は不明。
わからないから、余計に質が悪い。
カーラは思わず息を呑む。
その被害範囲が頭をよぎった。
だが、マケンジーは「ふはっ」と噴き出した。
「ふはははは……。冗談じゃよ。魔族が人間の街で、冒険者の試験を受けているわけがなかろう。ぐははははは」
「で、ですよね……。そんなまさか……。ホホホホホ……」
2人は部屋で笑い声を響かせる。
ひとしきり笑ったところで、もう1度現実に戻って、『やべーよ。やべーよ』という文字を見つめた。
「彼のギルドクラスはどうしましょうか?」
ギルドクラスとは、レベルとは別にギルドがその人間の力量を判断する独自のクラス制度のことである。
「金級」「銀級」「銅級」「鉄級」「新人」の5段階に分けられており、このクラスを見て、仕事の内容を決める規約になっている。
本来は魔導具の言葉によって、どのランクにするか判断するのだが、新語となるとどのランクに割り振っていいのか、カーラもマケンジーもわからない。
2人が首を捻るのは、そういう意味であった。
「直接力量を計るしかあるまい」
「昇格試験のように戦闘能力を測るのですか? しかし、今から査定をしてくれる冒険者を捜すのは時間が……」
「良かろう……。わしが力量を測ろう」
「マケンジー様自らですか?」
冒険者クラスの昇格試験において、現役の冒険者に力量を査定してもらうことは多々あることだ。
だが、マケンジー自ら手を下すことは滅多になかった。
今は受付嬢たちから「スケベじじぃ」と陰口を叩かれる存在だが、現役においては銀級の称号を持つ手練れの冒険者だったと聞く。
カーラは現役の頃のマケンジーを知らないが、数年前にギルドで狼藉を働いた銅級の冒険者数人を、あっという間にねじ伏せてしまったことを、今でも覚えている。
荒くれ者の多い冒険者が出入りするギルドだから、当然トラブルも多いのだが、ノイヴィルのギルドでのそうしたトラブル件数が少ないのは、マケンジーが常に目を光らせているからだろう。
「では、早速――」
マケンジーは意気揚々と部屋を出ていく。
その後ろ姿を見ながら、カーラは呟いた。
「怪我をしなければいいのだけど……」
マケンジーが太い腕を振り回すのを見て、密かにカプアのことを心配するカーラであった。
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