外伝 Ⅱ 入れ替わってるぅう!⑧

いよいよコミックス5巻が明日発売です。

もしかしたらすでに書店に並んでいるかもしれないので、

本日お立ち寄りの際には、是非お買い上げください。

よろしくお願いします。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「はああああ???? ふざけんな、性悪ダークエルフ!!」


 軍事学校の保健室の中心で、カプソディアは叫んだ。


 真っ先に同意したのは、そのカプソディアの身体の中に入ったブレイゼルである。

 真っ黒なカプソディアの髪が真っ赤になるのではないかというほど逆立て、椅子に座り、脚を組んだエリーテに掴みかかった。


「忌ま忌ましいことだが、我もカプソディアに同意だ。何が悲しくてこんな奴とキスなどしなくてはならぬ。そんなことをするなら、まだヴォガニスとキスした方がマシだ!!」


「ゲハハハ――――え?」


 思わぬ方角から名前を出され、ヴォガニスは口を噤む。

 何故か、青い肌はほんのりと赤くなっていた。


 そんなヴォガニスをさておいて、入れ替わった2人はエリーテに詰め寄る。

 しかし、ダークエルフは相変わらず冷静だ。

 どうどう、と牛を宥めるように抑えると、保健室にあった机の中から1冊の本を取り上げた。


「なんだ、それは?」


「人間が書いた魔導書ですよ」


「「魔導書???」」


 カプソディアとブレイゼルの声が揃う。


「これは『入れ替わちゃった二馬くんと水間さん』という魔導書でして」


「『入れ替わちゃった』? それってつまり入れ替わりの魔導書ってこと?」


 ここまで会話に参加してこなかったルヴィアナが初めて口を開く。


 すると、エリーテはおもむろに手を出して、ルヴィアナを制した。


「説明は最後まで聞いてください。面白いのは、ここからですから」


「面白い……?」


「この魔導書には、二馬くんと水間さんという2人の主人公が出てくるのですが……。二馬くんは学校のカーストにおいて、底辺の人間――まあ、言ってみればカプソディアのような存在でして」


「なんでそこで俺なんだよ!! 人を勝手に底辺扱いするな!!」


 カプソディアは割って入ると、エリーテは珍しく怒った様子で睨み付ける。


 普段見られないエリーテの怒りに、さしものカプソディアも怒りの矛をあっさりと収めた。


「逆に水間さんは学校のプリンセスですね。皆が憧れる存在。言ってみれば――ブレイゼル……、あなたみたいな存在ということです」


「我はプリンスなのだが……。まあ、しかし皆が憧れる存在であることが認めよう。誰かさんと違ってな」


 カプソディアの身体でブレイゼルは勝ち誇る。そのブレイゼルの身体のカプソディアは口惜しそうに睨み付けていた。


 シュールな光景を目にして、またしてヴォガニスは笑う。


 一方、エリーテの話は続いた。


「二馬くんもまた水間さんに憧れていました。ある時、水間さんの転校の噂が立ち、それ自体は誤報だったようですが、二馬くんは最後に愛の告白しようとします」


「学校のプリンセスに、底辺風情が告白など身の程知らずもいいところだな」


「ブレイゼル、黙ってなさいよ。それでそれで? どうなったの、告白?」


 ルヴィアナはすでに内容に興味があるらしく、目を輝かせていた。


「残念ながら告白に失敗しました。二馬くんが『お願いします』と頭を下げた時、ちょうど水間さんがくしゃみをして大きく頭を下げたのです。そして2人の頭が『ごつん』と……」


 エリーテは自分の両拳をぶつけ合い、再現する。


「すると、次に気づいた時は、2人とも人格が入れ替わっていたのです」


「えええええ! そ、それって……」


「まるで俺とブレイゼルみたいじゃないか」


「すでに人間側にはある症例だったとは……」


「頭突きして人格が入れ替わるって、どんだけ人間の魂は脆弱なんだよ。ゲハハハ!!」


 ヴォガニスを除いた3人は絶句する。


「そ、それで……。2人はどうなったの?」


 ごくりと息を呑み、ルヴィアナは尋ねる。


 エリーテは慎重にその後の話を聞かせる。

 それは壮大な2人の苦難と、甘酸っぱい青春、そして意外と大スペクタルな2人の恋愛模様であった。


「そして、何のかんのあって、2人はキスし、そしてついに人格が戻ったのです。話はこれで終わりです」


「良かった! 良かったわ、二馬くん。最後に結ばれて良かったね」


 ルヴィアナがボロボロと泣きながら、同性の水間ちゃんではなく、二馬くんに感情移入すれば……。


「水間ちゃんも最初はどこか刺々しかったけど、彼女が置かれる背景が明かされる24話でガラッと印象が変わったなあ。あれは神回」


 カプソディアが力強く断言。


「我としては第7話から出てくるライバルの男が、ラスト3話で二馬を送り出すシーンが熱かったぞ!」


 ニヒルに笑いながらも、ブレイゼルは目頭を熱くしていた。


「恋愛模様かと思ったら、第32話からまさかマフィアの抗争に巻き込まれて、主人公が元傭兵のラーメン屋の店主に鍛えられ、自分の身体の中に入ったヒロインを助けに行くシーンはよかったぜ」


 ヴォガニスは大泣きしている。

 その横でエリーテが大きく頷いていた。


「わかります。明らかに編集のテコ入れが入った瞬間でしたが、それが成功した希有な例と言えるでしょう……」


 カプソディアは『入れ替わっちゃった二馬くんと水間さん』という魔導書を拾い上げる。


 愛おしそうに眺めるカプソディアの視線は、我が子の成長を見つめる父親のようだった。


「人間もこんな凄い魔導書を作るなんてな。恐れ入ったぜ」


「ああ。血も涙もない奴らだと思っていたが」


「そうね。人間ってもっと魔導書の文化が遅れているかと思ったのだけど」


「まあ……。まあまあじゃねぇか」


 …………。


 …………。


 …………。


 …………。


「――――って!」



 ちげぇぇえええええええええ!!



 カプソディアは大絶叫する。


 バンッと『入れ替わっちゃった二馬くんと水間さん』を床に叩きつけた。


「ふざけんな! これがどこが魔導書だよ!! 絵とか入ってるし。なんなら絵の方が多いし!!」


 カプソディアが猛ると、さらにブレイゼルが後に続く。


「キスして元に戻っているが、だったらそれまでの展開はなんだったのだ! キスして戻るなら最初からしろ!!」


「つーか、第32話から展開何よ!! 明らかに引き延ばしじゃない! なんか主人公、変な能力を持ってたし! 指差したものを殺すことができる能力とか、その前のラーメン屋の店主に鍛えられた件は一体なんだったのよ!!」


「え~。オレ様は好きだけどなあ」


 ルヴィアナの絶叫に、ヴォガニスは小さな声で反論する。


「とにかくだ!」


 カプソディアは魔導書ではない何かをそっと本棚に戻し、ブレイゼルと一緒に保健室の机を叩いて、エリーテに凄んだ。


「「キスは却下だ!!」」

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