外伝Ⅰ 青春時代が現実なんて⑤

本日、『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の単行本3巻まで発売することができました。

書店で見かけたら、是非お買い上げ下さい。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 プーン……。



「捉えたぞ! そこか!!」


 俺は振り返る。


 視線の先にあったのは、今俺が倒そうとしていた的だった。


 そのど真ん中で前肢をこねこねさせていたのが、件の宿敵であった。


「よう、3日ぶりだな……」


 的に止まった蠅を睨み付ける。


 俺の殺気を受けても、ヤツは平然としていた。


 だが、俺にはわかる。ヤツの複眼は間違いなく俺を捉えている。


 そして俺を誘っているのだ。「来いよ」と……。


 良かろう。思う存分、亜屍族デミリッチ2000年の妄執とやらをお前に見せつけてやろう。


「ちょっと! どうしたの、カプソディア!? いきなりそんなに殺気を高めて」


「ルヴィアナ、少し黙ってくれないか。俺は今、真剣なんだ」


「え? この試験にそこまで?? わ、わかったわ。……その、が、頑張ってね、カプソディア」


「ああ。任せろ」


 黒いローブを靡かせる。


 その俺の背中を見ながら、ルヴィアナは呟いた。


「やっぱり……。カプソディア、何か変だわ。そう思わない、ブレイゼル」


「あいつがおかしいのは、いつものことだ」


「かっかっかっ! その通りだぜ、ルヴィアナ」


 ルヴィアナの心配を余所に、俺は構えを取る。


 指先を的の中心に向けて、魔力を込めた。



 お前、死ね……。



 試験会場はしんと静まり返る。


 その中で俺は、宿敵が的からはらりと地面に落ちる音を聞いた。


「やった! やったぁぁぁぁあああああ!!」


 俺は飛び上がった。


 やったぞ! ついに宿敵を倒せた。


 あれ? でもおかしいなあ。あいつらには何故か死属性魔法が効かなかったから、いつも苦戦していたのに。


 今回は効いたぞ。


 もしかして、俺――亜屍族デミリッチの新たな歴史開いちゃった?


 いや~、まあ自分で言うのもなんだけど、やる時はやる男だと思っていたよ。


 あ。そう言えば、ルヴィアナ。その他の観衆たちよ。


 俺の新たな歴史の幕開けを見てくれたか?


 ニコニコしながら、俺は振り返る。


「「「「ぶはははははははははははは!!!!!」」」」


 試験会場は大爆笑に包まれていた。


 涙目になったり、地面に手を突いて、笑っているヤツらもいる。


 俺を指差し、「馬鹿だ、こいつ」と罵る者すらいた。


 へ? あれれれ?? どういうことだ?


 なんだ、このリアクション。喜んでくれている? 訳ねーよ。


 馬鹿にされてるんだよ、俺。


 そして、それは犀頭の試験官も同様だった。


「随分と雰囲気を出すから、何をするのかと思ったら、的に当てるどころか、指を構えただけではないか? なんだ、貴様? 人間で言う『中二病』とか言うヤツなのか? ぶははははは! 『お前、死ね』って言って、的が壊れたら世話ないわ。馬鹿なのか?」


 し、し、しまったぁぁぁぁぁあああああああ!!


 的を狙うつもりが、蠅を狙っちまった。


 やべーよ。完全に頭が血が上って、試験のことをすっかり忘れていたぜ。


 しかも、試験官の馬鹿野郎。今の試技だと思ってやがる。


 違う。これは全然違うんだ!!


 だが、遅かりしだ。


 会場全体が笑いの渦に包まれていて、「もっかいやらせて下さい」って土下座で頼んでも、スペシャルチャンスをもらえそうにない。


 やべー。俺、このままじゃ試験に合格できないじゃねぇか。


 俺はがっくりと項垂れる。


 地面に手を突き、「詰んだ」と奥歯を噛みしめた。


「うるさいわねぇ。黙ってなさい、次は私なんだから」


 ふわりと良い香りが側を駆け抜けていく。


 同時に風が大きく逆巻いた。


「カプソディア、あなたはよく頑張ったわ。こんなくだらない試験でも、真剣にやる。その気持ちは大事ですものね」


「へ? ルヴィアナ??」


 あいつ、何を臭いことを言ってるんだ??


 俺は試験の所定位置に付こうとしているルヴィアナを見送る。


「1つ。言っておくわ。真剣にやってる人を、笑うヤツが私一番嫌いなの」


 何故か、すっごく怒っていた。


 あ、あの……。ルヴィアナ…………さ……ン…………??


 ルヴィアナの風が強くなると、その美しい髪が逆巻く。


 幼馴染みの怒りは、試験官にもぶつけられる。


「たとえ、それが試験官だろうとね」


「なんだ、お前は? 子どもの割りにいい乳をしやがって」


 犀頭の試験官は鼻の下を伸ばす。


 好色そうな顔を蹴飛ばすように、ルヴィアナの風が大きく、そして強く逆巻いた。


「あの的に当てればいいのよね」


 やばい!! ルヴィアナ、なんか知らんが完全にプッツンしてやがる。


 逃げろ――と注意する前に、ルヴィアナの手から渾身の一撃が放たれていた。



 終曲ネヴィラ真嵐必閃ストーム!!



 逆巻いた風は竜巻となって、試験会場を襲いかかる。


 しかもそれはタダの竜巻ではない。


 巻き上がったゴミや小さな石ころ、あるいは砂粒。それが風に掻き回されて、加速する。


 できあがったのは、巨大な肉挽き器ミートチョッパーだ。


「ひぎゃあああああああああああ!!」


 それを察した試験官が逃げていく。


 しかし、竜巻に弾かれた石やゴミが襲いかかり、気が付けば試験官はズタボロになっていた。


 小さく栗鼠のように縮こまりながら、震えていたのは試験官の前に立ちはだかったのは、ルヴィアナだ。


「これに懲りたら二度とカプソ――じゃなかった。ごほん! 真剣に試験を受けてる魔族を馬鹿にしないことね」


「わ、わかりました。ご、ごごごめんなさい」


 最後には、試験官に土下座させるのだった。

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