四天王の日常(後編)

本日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本第7巻の発売となります。

退勤、下校の際に書店にお出かけの際には、是非お買い上げください。


またコミカライズの方もニコニコ漫画で更新されました。

こちらも読んでくださいね。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



◆◇◆◇◆ ブレイゼルの場合 ◆◇◆◇◆



「悪い子だな。そんなに長くキスをして、我を窒息死させるつもりか」


 ブレイゼル氏の朝は情熱的なヴェーゼから始まる。


 四天王の中でも色男を知られるブレイゼル氏。そんな氏の朝がキスから始まるとは、実に氏らしい朝の姿だ。


 ただ1つ問題があるとすれば、キスの相手がベッドをともにする美女ではなく、抱き枕に書かれたル⚫⚫⚫ナ(本人の希望で伏せ字になりました)であることだろう。


 今回我々は赤竜族全面協力の下、ブレイゼル氏の屋敷はおろか、氏の部屋に潜入することはできた。その1発目がこの絵面である。どぎつ……げふんげふん……大変名誉なことである。


 さてブレイゼル氏の部屋は実に特徴的だ。おそらく全魔族圏内のブレイゼル氏のファンは、きっと大輪の薔薇が飾られた瀟洒な部屋を想像したことだろう。取材班もそれを期待し、早朝から部屋に入らせてもらった。


 確かに家具はシックで、どれも高級なものばかり。しかし、必要最低限という感じは否めない。ちなみに薔薇は1本も飾られていなかった。代わり、部屋に所狭しと飾られていたのは、ル⚫⚫⚫ナ(本人の希望で伏せ字にしております)の絵画である。


 その数は数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいで、普通の額縁に飾った油絵から、水彩画、水墨画、彫刻、版画、点画、消しゴムアート、圧巻なのは一面を使った天井画である。


 しかも、ただル⚫⚫⚫ナ嬢を描いただけではない。そこには子どもの頃のル⚫⚫⚫ナ嬢や、ブレイゼル氏が思い描く天使の翼を生やしたル⚫⚫⚫ナ嬢も多数存在していた。


 はっきり言うが、胸くそ悪い。


『1つ聞いていいですか?』


「ククク……。なんなりと聞くがよい」


『ル⚫⚫⚫ナ嬢からすれば迷わ……げふんげふん。その……少々閣下の愛は重たく、このことをル⚫⚫⚫ナ嬢が知れば、疲れてしまうのでは、と」


「その通り。それが我の悩みだ。だが、我の愛は海よりも深く、大地よりも重い! いずれルヴ⚫⚫⚫もわかってくれるだろう」


『ですか……。(むしろここにあるものを処分した方が、愛が伝わるような気がするのだけど)』


「何か言ったかね?」


『なななな、なんでもありません。ところで、閣下。もう1つ質問してもよろしいでしょうか?』


「ああ! ウェルカムだ!」


『なんで裸なんです?」


 ブレイゼル氏はベッドからすでに生まれたての姿をしていた。一切の寝間着を身に着けず、今もバルコニーで仁王立ちし、よくわからないカクテルを呷っている。


 すると、氏はこちらを振り返り、象徴的ともいえる赤髪を揺らして、こう言った。


「我は家では裸だ!」


 なんとブレイゼル氏は裸族だったのだ!


「おっと。そろそろ城に出勤せねば」


『そんな時間でしたか。今日の1日密着取材よろしくお願いします』


「我の魔王城での活躍を見るがいい。ククク……アハハハハハ!!」


 いつものファーがついた服を着用し、ブレイゼル氏は出勤するのだった。


 しかし、魔王城で執務する彼はとても地味なので、我々取材班は割愛することにした。



 ◆◇◆◇◆ ルヴィアナの場合 ◆◇◆◇◆



 ルヴィアナ氏は朝に弱いらしい。


 我々に教えてくれた起床時間より20分ほど過ぎて現れた彼女は、まだ寝ぼけ眼のままで意識がはっきりしない顔で現れた。貴重なスッピンである。魔王城では廊下を颯爽と歩く姿が美しい評判のルヴィアナ嬢だが、猫背で歩いてきた姿はまるでウォーキングデッドのようだった。


 食堂になんとかという感じでやってきた彼女は、ストンと椅子に座る。家政ゴーレムが朝食を並べると、なかなか手を付けようとしない。四天王の仕事は激務である。疲れて、胃が食物を受け付けないのだろう。


「昨日、ガル美と飲み過ぎたわ。完全に2日酔い。ごめん。水持ってきてくれる」


 ……まあ、付き合いも大事な仕事なのだろう。


 家政ゴーレムが水を持ってくると、ルヴィアナ嬢は一気に呷った。


「っぷは! 生き返るぅぅううう!」


 リアクションがオヤジ臭いと思うのは取材班だけであろうか。


「ん? ねぇねぇ。あんたたち、誰? なんでカメラ回ってるの?」


『いや、私たちは1日密着取材のスタッフで……。今日この時間に来てほしいと、ルヴィアナ様から」


「1日密着取材? …………。…………。…………」



「あああああああああああああ!!」



 ルヴィアナ嬢は叫ぶと、青白い顔がみるみる赤くなっていく。同時に緑色の風が逆巻いた。


「あんたたち! 何を撮ってるのよぉおぉおぉおおぉおぉおお!!」


 我々取材班は魔族圏の端っこまで飛ばされ、その日の取材は終わってしまった。






「昨日はホントごめん!!」


 本日の取材はルヴィアナ嬢の謝罪から始まった。四天王であっても、低姿勢。我々のような下位魔族に謝罪できるこの姿こそが、ルヴィアナ嬢の高い人気なのかもしれない。


 しかし、今日のルヴィアナ嬢は昨日とは違う。豊かな金色の髪はサラサラで、お化粧もバッチリ。かすかに薫る香水の香りもまたおしゃれだった。

 昨日、寝ぼけていた素の姿も貴重だったが、我々としてはシャンとしたルヴィアナ嬢をクローズアップしたい。吹き飛ばされるのはもう御免だ。


「ぶるぶる……」


 突如、ルヴィアナ嬢は二の腕をさする。今は初夏である。まだ夜は肌寒く感じる時はあるが、比較的温かい。激務で風邪でも引いたのか、と我々は心配した。


「いや、なんか……。朝はいつもこうなのよね。自分の一部が他人に玩具にされているという」


 我々はすぐに原因を察したが、ルヴィアナ嬢の名誉のために答えなかった。どうやら、某ブレイゼル氏の熱いヴェーゼはルヴィアナ嬢に呪いとして降りかかっていたようである。


 早速取材を、と思った時、ルヴィアナ嬢が「ちょっと待っててね」と言った。何か不備でもあったのかと思ったが、そうではなく、ルヴィアナ嬢は突如台所に立ったのだ。


「お詫びといってはなんなんだけど、あなたたちの朝食を作ってあげる」


 なんと我々に手料理をご馳走してくれるのだという。まさか魔王四天王を取材して、手作りの料理を食べられるとは思わなかった。

 恐縮はしつつも、我々取材班はご相伴に与ることにした。エプロン姿もどこか初々しく感じる。ふと結婚したばかりの頃の新妻の姿を思い出してしまった。


 一体どんな朝食が出てくるのだろう。我々取材班は四天王ルヴィアナ嬢が作る手料理を探るため――待った。


「はい。八宝菜ができたわよ」


 どんと大皿にテーブルに置かれる。

 大皿に八宝菜。朝食にしてはちょっと重くね? って思ったが、ことはそれだけじゃなかった。


 皿にまるでバベルの塔の如く盛られていたのは、およそ八宝菜とは呼べない代物だった。

 白菜や人参などの色とりどりの緑黄色野菜がふんだんに使われているはずの料理の色は、紫で、鶉の卵かと思ったものは濃い飴色になった目玉のような何か。絶対食べてはいけないと思われる攻撃的な色の茸からは、毒ガスのようなものが垂れ流れていた。


『これが、はっぽーさい?』


 とても見えない。

 八宝菜の原型はない。そもそももはや料理とは思えない。

 何か呪術的に失敗した何かだと言われれば、そちらの方がしっくり来る……。


「お気に召さなかった。そうよね。ちょっと失敗しちゃって」


『ああ。なるほど。し、失敗したんですか?』


「もっとカメラ映えするような色が良かったかしら」


 色のだけの問題じゃない!!

 むしろある意味カメラ映えしてるし。


「さあ、どうぞ召し上がれ」


 ルヴィアナ嬢はニコニコだ。

 この毒を通り超して、もはや兵器ともいえる八宝菜を我々に食わせるつもりである。だが、我々もプロである。取材を受けてもらってる手前、体当たりで何でも挑み、お茶の間にルヴィアナ嬢の手料理の危険性――もとい味をお伝えしなければならない。


 そもそもこんな美女が作る料理である。見た目はこうでも案外おいしいかもしれないじゃないか?


『い、いただきます』


 そして我々はついにルヴィアナ嬢の料理を口にした



 ◆◇◆◇◆ カプソディアの場合 ◆◇◆◇◆



 今日は四天王の密着取材の日だ。

 企画を通したのは何を隠そう俺ことカプソディアである。

 俺たちは2代目の四天王となり、まだ日が浅く、そもそもシステムそのものがまだ魔族たちに認知されていない。四天王を身近に知ってもらうために、広報活動は重要な任務なのだ。


「はあ。清々しい朝だ。昨日まで7連勤……じゃなかった7徹夜だったからな。もうなんかここまで来ると眠たくならないんだよなあ」


 そして今日は久しぶりの四天王らしいお仕事。俺は広報の連中が来るのを、愛犬ケルベロスと一緒に待っていた。しかし、待てど暮らせどスタッフがやってこない。やがて昼にやっとプロデューサーがやってきた。


「遅かったな。こっちは朝シャン4回もして待っていたのに」


 出迎えると、プロデューサーの顔は沈んでいた。


「カプソディア様、すみません。今回の密着取材はなしということで」


「はっ?」


「実は怪我人というか、死人が出ちゃいまして。この企画、お蔵入りになることになりました。すみせん。あ。あとで申請送って起きますので、うちのスタッフの蘇生をお願いできますか? じゃっ!」


 バタンッとドアを閉めて、去って行く。


 こうして四天王の1日密着取材は、俺が撮られぬままお蔵入りすることになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る