第7巻発売記念 四天王の日常

四天王の日常(前編)

ついに来週、『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本第7巻が発売です。


暗黒騎士編を網羅した、ドタバタコメディ(ラブもあるかもよ)を是非お買い上げください。「買ったよ!」「面白かった!」という感想もお待ちしております!



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◆◇◆◇◆ ヴォガニスの場合 ◆◇◆◇◆



 ヴォガニス氏の1日は、まだ夜も明けきらない頃から始まる。1年前に建てた自宅から出てきた彼が向かったのは、魔王城の西に広がる海原だ。


 そこは『魔海』と呼ばれる死の海で、波が荒く獰猛な魔獣が棲むことで知られている。おかげで人類は西から攻撃することができないのだ。


 さて朝早くから行動を始めたヴォガニス氏に、我々取材班は質問してみた。


『いつもこんな朝早いんですか?』


「あ? そうだよ。なんか文句あるか?」


『意外というか、その……。もしかして取材のためにやってたりするのかなって?』


「んなわけないだろ!」


 ヴォガニス氏は取材班を怒鳴り付けた後、大波が押し寄せる魔海へと飛び込んでいく。普通の魔族なら自殺行為だ。なのにヴォガニス氏は……。


「ガハハハハ! 今日の波はなかなかだな!!」


 信じがたい光景だった。

 押し寄せる荒波に向かって、ヴォガニス氏は泳ぎ始めたのだ。

 しかもバタフライ!


「ヒュー! 最高だな!! いつ来ても、ここの波はよ!! おら! もっとこい!」


 我々はバタフライという泳ぎ方がもっとも負荷の高いものだと知っている。ヴォガニス氏が水に強い深海族の一員であることもだ。たとえ頭で理解していても、荒波に向かって、バタフライで進むなどあり得ないことだった。

 しかも驚くべきことに、徐々に前へと進んでいる……。


 まだ寝ぼけているのか、と思う程の勇ましい姿は1時間続いた。





 ようやく海から上がってきたヴォガニス氏に我々は早速質問する。


「はあ!? 取材のため? んなわけねぇだろ。毎日だよ」


 聞いて驚いた。

 ヴォガニス氏はなんと先ほどの習慣を毎日おこなっているらしい。最近引っ越してきてからだそうだが、恐れ入る。ヴォガニス氏はブレイゼル氏、ルヴィアナ氏に次ぐ第3位。序列こそ下だが、戦となればその戦功は目覚ましい。


「四天王ってのは、体力勝負なんだ。だからいつも鍛えているんだよ」


 まさかこんな殊勝な言葉までもらえるとは思わなかった。





 さて白々と夜明けを迎える頃、いよいよ腹ごなしかと思ったが、ヴォガニス氏が向かったのは、自宅から少し離れた農場である。建物の中をのぞくと、そこには沢山の牛の姿があった。人間の牛ではない。魔族でも食べられるよう改良された魔界牛と呼ばれる種である。


 なんとヴォガニス氏は魔界牛の保有数では、魔族圏№1と呼ばれる牧場のオーナーなのだ。


 そのオーナー自身が牛に餌をやり、掃除をし、放牧、搾乳の仕事までこなす。


『オーナー自ら、牧場の仕事を……?』


「なんかおかしいことしてるか? 上に立つもんが、下のもんの仕事ができて当然だろ!」


 おい。どうした、ヴォガニス。

 なんかお前、今日変なものでも食ったのか?


『す、すみません。つ、つまり上司が部下に範を示すためにやってると』


「範を示す? 難しいことはわからねぇけど、まあそういうことだな」


 こいつ、頭悪いのか良いのか全然わからねぇなあ。


「見ろよ、この毛艶。こいつはおいしい牛になるぞ」


『その……、畜産をやっている氏に行うには適当な質問ではないかもしれませんが、大事に育てた牛がお肉になるってどういう気持ちですか?』


「うわぁぁああああんんん!!」


 突然、ヴォガニス氏は目頭を押さえて泣き出した。しかも大泣きである。


『す、すみません。失礼な質問を』


「ちょっと昔のことを思い出しただけだ。あとこれは汗だ。オレ様は泣いてないぞ」


 いや泣いてるって。

 目から出るのが汗って逆に気持ち悪くない?


「あれはそう……。寒い日だった。珍しく魔族圏に雪を振ってよ」


 なんかいきなり昔話始まった。


「花子も喜んで跳びはねたりしてよ」


 いきなり花子とか言われてもわからないし。


『花子とは?』


「牛の名前だ」


 あ~。


「喜んで飛び跳ねたりしてたら、足を折っちゃってよ。めちゃくちゃ大きいくせによ」


 それ、単にマヌケなだけでは? (口が裂けても言わんけど)


「出荷にはまだ早かったけど、偶然買い手がついたんだ。グスッ」


『なるほど。大事にしていた花子が売られていった時のことを思い出して、涙したと』


「違う」


 ちがうんか~い!


「オレ様は花子が売られて寂しくないように型を取ることにした」


『型? あ~。なるほど。銅像か何かを作ったのですね』


「銅像? 違う、作ったのは拷問器具だ」


 予想の斜め上だった。

 つーか、自分が大事にしていた牛で型をとって、拷問器具を作るってどういう心境なんだろ、薄々感じていたが、この人サイコパスなのでは?


『そ、その拷問器具はどこに?』


「ここにはない」


『では、どこに?』


「奪われた。人間に奪われたのだ。おのれ、人間どもめ! オレ様の抱き枕を返せよ。オオオオオンンンン!」


 どうやら花子が売られたことよりも、抱き枕にしていた拷問器具を奪われたことが悲しいようだ。


 ていうか、拷問器具を抱き枕にするなよ。


「あ。そうだ。お前ら、キャラメル好きか?」


 そう言って、ヴォガニス氏が持ってきたのは、変わった形のキャラメルだった。具体的にはいえば、普通のキャラメルは硬く、四角形の形をしているが、こっちは歪で触ってみると随分軟らかい。


 恐る恐る食べてみると、これがうまかった。

 普通のキャラメルと違って、粘度が低く、甘みが口の中で上品にとろけていく。

 飽きがこず、つい3つ4つと頬張ってしまった。


「生キャラメルっていって、牧場で商品開発したものだ。うめぇだろ」


 最近、畜産業は戦争のための肉と牛乳の需要増で景気がいい。

 しかし、新規業者が次々と参入し、激しい価格競争が行われていた。

 その波は大手であるヴォガニス牧場も例外ではない。


 そこでヴォガニス氏は畜産戦争を勝ち抜くために、独自で商品開発し、市場に討って出ようとしていた。


 最後に我々はヴォガニス氏に聞いてみた。


『ヴォガニス氏にとって、畜産とは?』


「あ? ちく……ちく、さん? なんだよ、それは」


 そしてヴォガニス氏は席を立ち、出ていった。牛小屋から我が家へ帰っていく。


 その背中には、魔族圏の畜産業を背負う男の気概が見て取れた。


 取材班は遠ざかっていく氏の背中を見ながら思った。


『四天王のこと……。何も聞けなかったなあ……』


 と……。




※ 他の四天王はあまり取れ高がなかったので、まとめて後編でお送りします。




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 ヴォガニスの働きっぷりは発売される7巻にて!!



 同月24日発売。

「魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する」単行本4巻も是非!

 

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