年末年始のご挨拶スペシャル③

なぜか続いてしまった。。。

年末年始ってわけでもないのに、もう。


というわけで、今日はコミカライズの更新日です。

新章突入……のはず! 久しぶりに魔王様が登場しているので、ロリBBA西壁の人たちは刮目してみるべし!


そして、2月8日には単行本第7巻が発売です。

ご予約してください。そしたら「ククク」の続きが見ることができます。

よろしくお願いします!!



〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜




 ディザメラ・ブル・ユースカットなる貴族に│また《ヽヽ》呼び出されたのは、ディザメラ伯爵閣下の体調が良くなったという1ヶ月後のことだった。


 なんでも先日の失礼を詫びさせてほしい、という旨だったが、しがらみに縛られないスローでイージーなセカンドライフを目指す俺としては、迷惑な話である。そもそも伯爵閣下殿の胆力も凄まじい。普通の人前で盛大に泡を吹いて倒れたりしたら、恥ずかしくて人などそう呼びつけないだろう。ヴォガニス風にいうなら、貴族という奴らはよわっちぃ癖にプライドだけは一人前だからだ。


 その点においてディザメラはちょっと違うようだが、さっきも言ったが魔族の俺にとって迷惑千万以外の何者でもないのである。


 とはいえ、無下に断ることも出来まい。なりたくてなったわけじゃないが、折角王国貴族になったのだ。少しは夢のセカンドライフに近づくため、俺は再びディザメラの屋敷に参内した。めんどくさいが、これも王国貴族のお仕事である。蜘蛛の巣とサラマンダーの糞だらけの締め切った部屋で、1人黙々と同族を復活させているよりは健全だろう。何か王国についての貴重な情報を持ち帰ることができれば、万が一魔族圏に帰らなければならなくなった場合、魔王様へのいい手見上げになるしな。


「カプア│伯爵ソォ博士ディア殿、先日は醜態を晒し申し訳ありませんでした」


 ディザメラは当主自ら食堂に案内する中で、先日の一件について侘びた。

 見ると、初対面した時よりも随分と顔色がいいように思う。やはり何か無理をして出迎えてくれたのだろう。見た目は意地悪で、プライドが高く、おまけに足が臭そうな貴族だと思っていたが、根はいい人間なのかもしれない。絵も無料でくれたしな。


 ちょうどその絵画や美術品などが並ぶ廊下を歩く。先日俺がもらった3枚の絵のところには、別の絵画が飾られていた。


「うわー。綺麗な絵だね」


「先日の絵画も素敵でしたが、こちらもいいですねぇ」


 ちびっこ勇者&聖者が目をキラキラさせながら見つめている。

 こいつら絵の良さとかわかってるのか?

 色彩とか確かに綺麗だけど、それ天使が魔王様に負けて堕天する絵だぞ。


「こらこら、お前ら。そんな物欲しそうな顔をするな」


 乞食じゃないんだぞ、俺らは。

 まがいなりにも俺は王国貴族で、お前らは国から預かっているとはいえ実質家臣みたいなものなのだから、それらしい振る舞いをしてもらわないと。見てろ、自称弟子ども。これが大人の対応というものだ。


「失礼した、ディザメラ殿。なにぶんまだ子どもゆえ」


「あげませんよ」


「い、いや……。まだ俺は何も言ってないんだが……」


 すっごい顔で睨まれた。

 どうやら、俺たちはディザメラという貴族に修復不可の傷を与えてしまったらしい。ちなみにもらった3枚の絵画だが、次の日には無くなっていた。どうやらエリーテが売っぱらったらしい(アッカザンの採掘がまだ進んでいないので、借金がまだ返せてないのだ)。代わりに明らかに子どもが描いたであろう模写が置いてあったのだが、これはこれでちびっこ勇者&聖女たちには好評だった。むしろ子ども心がわかる領主として、ノイヴィルの市民から讃えられる始末だ。


 それにしてもこの流れはまずい。

 どうやらこの足臭そうなおっさんは、俺たちが3枚の絵画を持っていったことを気にしているらしい。俺は魔族だが、そこらの魔族よりは常識はある方だ。いくら向こうが「やる」と言ったからといって、3枚の絵画を無料でもらったことには多少良心が痛む。いきなり倒れたのも、多分ディザメラが無理をしていたからだろう。つまり貴族としての見栄を張った結果なのだ。やがて心の傷が癒え、冷静になってやりすぎだったのでは、と考えるのは割と自然な流れではないだろうか。


 まあ、俺が何を言いたいかというと、ディザメラは3枚の絵画を返してくれ、というふうに、再び呼びつけたのかもしれない。


 貴族としては恥ずかしいことなのだろうが、さっきのディザメラの顔を見て俺は確信した。実はディザメラが、魔王四天王であることを知っていて、親族か友人でも殺されていない限り、あんな顔はできないだろう。でも、3枚の絵画はもう俺の手元にも、屋敷にもない。つまり――――大ピンチということだ。


 例の画廊となっている廊下を通り、俺、パフィミア、シャロンは部屋に通された。そこは食堂だった。長い机に、がっしりとした木の椅子。ここにも調度品のの数々がさりげなく置かれている。机の上には食器が整然と並び、飾られた花束から良い香りが放たれていた。並んだ皿はもちろんだが、テーブルクロスが真っ白で見ていると目が漂白されそうだ。


 ディザメラは言った。笑顔でだ。


「今日はご昼食を用意しました。どうぞ当家シェフが作る料理をご堪能ください」


 食堂の扉が閉まる。

 その瞬間俺が思ったことは「わぁ! ランチたのしみぃ!」ではなく、「やばい。閉じ込められた」だった。



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



 くくく……。先日は良くもわたくしに恥をかかせてくれたな。

 あの時は少々体調悪く、不覚にもお前の術中にはまったが、今回はこちらのペースでやらせてもらう。前回のような隙は絶対に見せないから覚悟しろよ、田舎貴族。


 今から出てくるのはうちのシェフが腕によりをかけた珠玉のコース。

 いや、少し言い換えよう。食べるのが難しいと言われる料理ばかりチョイスしてやった。さあ、田舎貴族。お前は果たしてエレガントに食べられるかな。


 そうこうしているうちに、最初の料理「葉野菜」がやってくる。


 ナイフとフォークで食べる葉野菜は地味に難しい。

 キャベツなどの絡まりやすい野菜や、ドレッシングなどをかければその限りではないが、今回の葉野菜はレタス、大葉、モロヘイヤなど、全部皿の底でドレッシングびちょびちょになっているが1番食べにくい│野菜やつばかり選んでおいた。くひひひ……。さあ、果たして食べられるかな、田舎貴族。


「葉野菜ばかりで食べにくいよぉ。シャロン、食べさせて」


「はい。じゃあ、アーン」


「アーン」


 ガキどもは案の定苦戦している。

 大人だって難しいのだ。もはや料理のマナーどころではないが、この際ガキどもの態度はどうでもいい。わたくしの狙いはあくまでカプア│子爵ソォ博士ディア! お前だけだ。さあ、どうやって食べる、田舎貴族!


「うーん。うまうま……」


 ええええええええ! もう食べてるぅぅううう!!

 早すぎないか? てかどうやって食べた?

 全然見えなかったぞ。


 なんかシュンシュンという風切り音を聞いた後には、もう皿から無くなっていた。なんだ、今のは。全然見逃しちゃったんですけど。


「か、カプア殿おかわりはいかがですかな?」


「え? マジで! こんな美味しい草――じゃなかった料理をまた食べていいのか?」


「え? ええ……。ど、どうぞ」


 わたくしは給仕に命じて、おかわりを持って来させる。

 葉野菜づくしの皿がテーブルにのった瞬間、わたくしはカプアの一挙手一投足を逃すまいと睨みつけた。


「うめぇ!!」


「わかんねぇよ!!!」


 わたくしは思わず布巾をテーブルに投げつける。

 全然見えなかったよ。なんなら光の速度より速いんじゃないかって思うぐらいだ。なんだ、あの馬鹿げた速さは。葉野菜は口に入れるまでの速さはともかくとしても、飲み込むまでは速すぎるんだよ。葉野菜は飲み物でも、カレーでもねぇんだぞ!!


「か、カプア殿……。随分と食べるのが速いのですな」


「え? い、いやあ、その恥ずかしながら野菜というか、葉っぱというかが好きで」


 何ぃ!? 野菜が好き。それはなんと健康的な……。

 身体に気を使ってる? 前回もそうだったが、相変わらず顔色が悪いし、目には隈も……。もしかして病気でも患っているのか。


「そ、それは健康的ですな。しかし、早食いはいかがなものかと。もう少しというか、今の200倍ぐらいの時間をかけて咀嚼された方がいいかと」


「お、お恥ずかしながら、これは前職の激務…………ゲフンゲフン! その親の躾的なアレでして。その家がいつ魔獣に襲われるかわからない地域だったので、親からは早く食べろと急かされて生きて来たのです」


「なんとそうだったのですか……。では、その隈はもしや?」


「く、隈? い、いやこれはデフォ――――じゃなかった。そ、そうですな。い、いつ魔獣に襲われるとも知らぬ恐怖の中でおりましたので、うまく寝付けず」


「そ、そうだったのですか……」


 なんの努力もなく、たまたま子爵に叙勲されただけの田舎貴族かと思っていたが、それなりに苦労はしてきたようだな。だが、そんなわたくしの情を引くようなエピソードを謳ったところで、わたくしの心は変わらない。絶対に化けの皮を剥いでやるわ。



 ◆◇◆◇◆ カプア ◆◇◆◇◆


 

 なんだ。今のディザメラの質問は……。

 てっきり絵画が話をするのかと思ったが、俺のことばかり質問してきやがる。しょうがないだろ。だって、徹夜3日目は当たり前、1ヶ月の時間外労働1000時間だぞ。葉野菜ぐらい一瞬で食べられるぐらいじゃないと仕事が終わらない環境にいたんだ、こっちは。

 そもそもこのランチはお見合いかよ。気持ち悪いな。そういえば、貴族の中には男色家が多いという魔王様の尋問ノートで見たような気がする。ぶるる……。急に背筋が寒くなってきたぜ。俺には全くその気はないというのに。


 思えばおっさん、さっきから俺の手元とか見てくる。

 そういえば顔色のこととかも聞かれたのだっけ?

 仕方ないだろ。この顔色は生まれつきこうなんだから。元々死んでる│ 亜屍族デミリッチが生まれつきというのはおかしな話ではあるけどな。


 ん? もしかしてバレたか?

 貴族ってのは、よわっちくとも頭がいい奴はいると聞く。

 亜屍族のことを知っていてもおかしくない。

 それにディザメラは俺の手元を見ていた。注意深く観察していたようにも見える。俺の手元といえば、│即死魔法お前死ねだ。あれは指先を対象に向けないと発動することはできない。


 仮に……、仮にだ。

 こんな可能性は考えられないだろうか。


 こいつは四天王“屍蠍”のカプソディアのことを知っていると……!!



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



「はう!!」


 え? えええええええ????

 いきなりカプアが泣き出した。

 しかもナイフとフォークで食うとやたら難しい里芋の煮っ転がしをなんなく食った後で、いきなり泣き出してしまった。


 そ、そんなに美味しかったのだろうか。

 それは招待した貴族としては誉れではあるのだが、なんか腑に落ちない。

 わたくしの目線から見て、何か別の意図があるような気がするのだ。


「カプア殿、そんなに当家の里芋の煮っ転がしは美味しかったでしょうか?」


「え? いや、普通……」


「ふ、普通!! 涙まで流して普通なの!??」


「あ。いや、その感動のあまりというか。その色々と込み上げるものがあったというか」


「な、なるほど。つまり郷愁というものですかな。……そういえばカプア殿、先ほど少し話されていたようですが、ご実家はどの国のどの……」


「その質問……、答えなくてはならないですか?」


 カプアの表情が、いや食堂の空気そのものが変わった(若干2名ほど気づいていないガキがいるが……)。ともかく今まで見せていた田舎貴族ではない。歴戦の戦士ですら裸足で逃げ出すような迫力だ。殺人鬼……、いや血に飢えた狼そのものだった。


(お、恐ろしい……。これがこの男の正体か)


 とても先ほど里芋を食べながら涙を流していた男と同一人物とは思えない。いや、あれはもはや擬態を考えるべきだ。落ち着くのだ、ディザメラ・ブル・ユースカットよ。そして思い出すのだ。こいつは何も知らない風を装って、3枚の絵画をわたくしからねだった男なのだ。血に飢えた狼――つまり貪狼というならわかる。


 わかったぞ。きっとこの2面性を使い、国王を懐柔し、王女を籠絡したに違いない。多少理解していたが、なんと恐ろしい男を王国貴族に引き入れてしまったのか。


「答えにくいなら結構です。……話は変わりますが、お渡しした3枚の絵画はいかがですか? 気に入っていただけたでしょうか?」



 ◆◇◆◇◆ カプア ◆◇◆◇◆



 き、キタァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!


 ついに本題が始まったよ。

 ど、ど、どうする。気に入っていただけましたか? とか言われても、うちの屋敷にはもう3枚の絵画はないんだよ。うちにあるのは、3枚のミミズの子どもが描いたようなひどく前衛的な絵画だけだ。

 さ、流石に怒られるよな。まあ、百歩譲ってそれはいいとして、お金を払えとか言われたらどうしよう。採掘はまだ先だし、マリアジェラはまだ戻ってきてない。なんなら、ここにいる勇者と聖女を置いていくか。それがいい。その間に俺も逃げられて一石二鳥じゃねぇか。


 いや、ちょっと待て。


 このおっさん、男が好みじゃないのか。

 ケモ耳と巨乳幼女よりも、「お前が欲しい」とか指名されたらどうしよう。

 全力で逃げる。いや、もういっそ即死魔法を打っちまうか。

 セクハラでうっかり使っちゃったといえば、衛士もわかって……くれないよなあ。


 やばい。相変わらず食堂の扉は閉まったままで退路は立たれてる。

 こ、ここは覚悟を決めるか。


「か、閣下はお、男と女どちらが好きですか?」



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



「はああああああああああああああああ!!」


 な、な、何を言ってるんだ、この田舎貴族は。

 わたくしが絵画の話を振ったら、いきなり「男と女どちらが好きですか?」と質問してきた。どういう返しなんだ。さっぱりわからんぞ。


 待て待て。ディザメラ、落ち着け。

 冷静に考えるのだ。こういう時、素数を数えるといいというな。

 ええっと……、素数ってなんだっけ? ああ! もう考えられないわ。


 順序立てて考えよう。

 わたくしは絵画の話を振った。なのに、カプアは男と女どちらが好きかと尋ねてきた。さっぱりわからないが、おそらくこれはカプアなりの絵画に対するアンサーの可能性が高い。あらかじめて言っておくが、絵画の中に「男」と「女」というタイトルのものはなかったはず。3枚とも宗教画で天使や悪魔が描かれていて、中には男のような天使や悪魔、その逆があったはず。しかし、神や聖人をそのまま人間の性別に当てつけるのはどうだろうか。そもそも神は両性具有とも聞くわけだし。


 さっぱりわからんが、しかし矛盾するだろうが、何かわかったようなきもする。


 つまり、カプアが話す「男」と「女」とは何かの暗喩に他ならない。

 しかも宗教的かつ美術的な、高次元の質問……。

 なんということだ。今、わたくしは気づいた。



 高見から見下ろすつもりが、見下ろされていたのは、わたくしの方だったのだ。



 ふっ。完敗だ。ここまでコケにされたのは、6歳の時に意中の女子に鼻くそつけられた以来だろうか。


 気がつけば、わたくしは床の上に正座し、手をついていた。

 深々とカプアを前にして、頭を下げた。


「お見それしました。どうか、わたくしを弟子に……。貴族のなんたるかを教えてください」


 わたくしは、いや王国貴族は認めなければならない。

 このカプア子爵ソォ博士ディアという貴族を!!




「え? 普通に嫌なんだけど……」








 ディザメラ・ブル・ユースカットなる貴族に│また《ヽヽ》呼び出されたのは、ディザメラ伯爵閣下の体調が良くなったという1ヶ月後のことだった。


 なんでも先日の失礼を詫びさせてほしい、という旨だったが、しがらみに縛られないスローでイージーなセカンドライフを目指す俺としては、迷惑な話である。そもそも伯爵閣下殿の胆力も凄まじい。普通の人前で盛大に泡を吹いて倒れたりしたら、恥ずかしくて人などそう呼びつけないだろう。ヴォガニス風にいうなら、貴族という奴らはよわっちぃ癖にプライドだけは一人前だからだ。


 その点においてディザメラはちょっと違うようだが、さっきも言ったが魔族の俺にとって迷惑千万以外の何者でもないのである。


 とはいえ、無下に断ることも出来まい。なりたくてなったわけじゃないが、折角王国貴族になったのだ。少しは夢のセカンドライフに近づくため、俺は再びディザメラの屋敷に参内した。めんどくさいが、これも王国貴族のお仕事である。蜘蛛の巣とサラマンダーの糞だらけの締め切った部屋で、1人黙々と同族を復活させているよりは健全だろう。何か王国についての貴重な情報を持ち帰ることができれば、万が一魔族圏に帰らなければならなくなった場合、魔王様へのいい手見上げになるしな。


「カプア│伯爵ソォ博士ディア殿、先日は醜態を晒し申し訳ありませんでした」


 ディザメラは当主自ら食堂に案内する中で、先日の一件について侘びた。

 見ると、初対面した時よりも随分と顔色がいいように思う。やはり何か無理をして出迎えてくれたのだろう。見た目は意地悪で、プライドが高く、おまけに足が臭そうな貴族だと思っていたが、根はいい人間なのかもしれない。絵も無料でくれたしな。


 ちょうどその絵画や美術品などが並ぶ廊下を歩く。先日俺がもらった3枚の絵のところには、別の絵画が飾られていた。


「うわー。綺麗な絵だね」


「先日の絵画も素敵でしたが、こちらもいいですねぇ」


 ちびっこ勇者&聖者が目をキラキラさせながら見つめている。

 こいつら絵の良さとかわかってるのか?

 色彩とか確かに綺麗だけど、それ天使が魔王様に負けて堕天する絵だぞ。


「こらこら、お前ら。そんな物欲しそうな顔をするな」


 乞食じゃないんだぞ、俺らは。

 まがいなりにも俺は王国貴族で、お前らは国から預かっているとはいえ実質家臣みたいなものなのだから、それらしい振る舞いをしてもらわないと。見てろ、自称弟子ども。これが大人の対応というものだ。


「失礼した、ディザメラ殿。なにぶんまだ子どもゆえ」


「あげませんよ」


「い、いや……。まだ俺は何も言ってないんだが……」


 すっごい顔で睨まれた。

 どうやら、俺たちはディザメラという貴族に修復不可の傷を与えてしまったらしい。ちなみにもらった3枚の絵画だが、次の日には無くなっていた。どうやらエリーテが売っぱらったらしい(アッカザンの採掘がまだ進んでいないので、借金がまだ返せてないのだ)。代わりに明らかに子どもが描いたであろう模写が置いてあったのだが、これはこれでちびっこ勇者&聖女たちには好評だった。むしろ子ども心がわかる領主として、ノイヴィルの市民から讃えられる始末だ。


 それにしてもこの流れはまずい。

 どうやらこの足臭そうなおっさんは、俺たちが3枚の絵画を持っていったことを気にしているらしい。俺は魔族だが、そこらの魔族よりは常識がある方だ。いくら向こうが「やる」と言ったからといって、3枚の絵画を無料でもらったことには多少良心が痛む。いきなり倒れたのも、多分ディザメラが無理をしていたからだろう。つまり貴族としての見栄を張った結果なのだ。やがて心の傷が癒え、冷静になってやりすぎだったのでは、と考えるのは割と自然な流れではないだろうか。


 まあ、俺が何を言いたいかというと、ディザメラは3枚の絵画を返してくれ、というふうに、再び呼びつけたのかもしれない。


 貴族としては恥ずかしいことなのだろうが、さっきのディザメラの顔を見て俺は確信した。実はディザメラが、魔王四天王であることを知っていて、親族か友人でも殺されていない限り、あんな顔はできないだろう。でも、3枚の絵画はもう俺の手元にも、屋敷にもない。つまり――――大ピンチということだ。


 例の画廊となっている廊下を通り、俺、パフィミア、シャロンは部屋に通された。そこは食堂だった。長い机に、がっしりとした木の椅子。ここにも調度品の数々がさりげなく置かれている。机の上には食器が整然と並び、飾られた花束から良い香りが放たれていた。並んだ皿はもちろんだが、テーブルクロスが真っ白で見ていると目が漂白されそうだ。


 ディザメラは言った。笑顔でだ。


「今日はご昼食を用意しました。どうぞ当家シェフが作る料理をご堪能ください」


 食堂の扉が閉まる。

 その瞬間俺が思ったことは「わぁ! ランチたのしみぃ!」ではなく、「やばい。閉じ込められた」だった。



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



 くくく……。先日は良くもわたくしに恥をかかせてくれたな。

 あの時は少々体調悪く、不覚にもお前の術中にはまったが、今回はこちらのペースでやらせてもらう。前回のような隙は絶対に見せないから覚悟しろよ、田舎貴族。


 今から出てくるのはうちのシェフが腕によりをかけた珠玉のコース。

 いや、少し言い換えよう。食べるのが難しいと言われる料理ばかりチョイスしてやった。さあ、田舎貴族。お前は果たしてエレガントに食べられるかな。


 そうこうしているうちに、最初の料理「葉野菜」がやってくる。


 ナイフとフォークで食べる葉野菜は地味に難しい。

 キャベツなどの絡まりやすい野菜や、ドレッシングなどをかければその限りではないが、今回の葉野菜はレタス、大葉、モロヘイヤなど、全部皿の底でドレッシングびちょびちょになっているが1番食べにくい│野菜やつばかり選んでおいた。くひひひ……。さあ、果たして食べられるかな、田舎貴族。


「葉野菜ばかりで食べにくいよぉ。シャロン、食べさせて」


「はい。じゃあ、アーン」


「アーン」


 ガキどもは案の定苦戦している。

 大人だって難しいのだ。もはや料理のマナーどころではないが、この際ガキどもの態度はどうでもいい。わたくしの狙いはあくまでカプア│子爵ソォ博士ディア! お前だけだ。さあ、どうやって食べる、田舎貴族!


「うーん。うまうま……」


 ええええええええ! もう食べてるぅぅううう!!

 早すぎないか? てかどうやって食べた?

 全然見えなかったぞ。


 なんかシュンシュンという風切り音を聞いた後には、もう皿からなくなっていた。なんだ、今のは。全然見逃しちゃったんですけど。


「か、カプア殿おかわりはいかがですかな?」


「え? マジで! こんな美味しい草――じゃなかった料理をまた食べていいのか?」


「え? ええ……。ど、どうぞ」


 わたくしは給仕に命じて、おかわりを持って来させる。

 葉野菜づくしの皿がテーブルにのった瞬間、わたくしはカプアの一挙手一投足を逃すまいと睨みつけた。


「うめぇ!!」


「わかんねぇよ!!!」


 わたくしは思わず布巾をテーブルに投げつける。

 全然見えなかったよ。なんなら光の速度より速いんじゃないかって思うぐらいだ。なんだ、あの馬鹿げた速さは。葉野菜は口に入れるまでの速さはともかくとしても、飲み込むまでは速すぎるんだよ。葉野菜は飲み物でも、カレーでもねぇんだぞ!!


「か、カプア殿……。随分と食べるのが速いのですな」


「え? い、いやあ、その恥ずかしながら野菜というか、葉っぱというかが好きで」


 何ぃ!? 野菜が好き。それはなんと健康的な……。

 身体に気を使ってる? 前回もそうだったが、相変わらず顔色が悪いし、目には隈も……。もしかして病気でも患っているのか。


「そ、それは健康的ですな。しかし、早食いはいかがなものかと。もう少しというか、今の200倍ぐらいの時間をかけて咀嚼された方がいいかと」


「お、お恥ずかしながら、これは前職の激務…………ゲフンゲフン! その親の躾的なアレでして。その家がいつ魔獣に襲われるかわからない地域だったので、親からは早く食べろと急かされて生きて来たのです」


「なんとそうだったのですか……。では、その隈はもしや?」


「く、隈? い、いやこれはデフォ――――じゃなかった。そ、そうですな。い、いつ魔獣に襲われるとも知らぬ恐怖の中でおりましたので、うまく寝付けず」


「そ、そうだったのですか……」


 なんの努力もなく、たまたま子爵に叙勲されただけの田舎貴族かと思っていたが、それなりに苦労はしてきたようだな。だが、そんなわたくしの情を引くようなエピソードを謳ったところで、わたくしの心は変わらない。絶対に化けの皮を剥いでやるわ。



 ◆◇◆◇◆ カプア ◆◇◆◇◆


 

 なんだ。今のディザメラの質問は……。

 てっきり絵画が話をするのかと思ったが、俺のことばかり質問してきやがる。しょうがないだろ。だって、徹夜3日目は当たり前、1ヶ月の時間外労働1000時間だぞ。葉野菜ぐらい一瞬で食べられるぐらいじゃないと仕事が終わらない環境にいたんだ、こっちは。

 そもそもこのランチはお見合いかよ。気持ち悪いな。そういえば、貴族の中には男色家が多いという魔王様の尋問ノートで見たような気がする。ぶるる……。急に背筋が寒くなってきたぜ。俺には全くその気はないというのに。


 思えばおっさん、さっきから俺の手元とか見てくる。

 そういえば顔色のこととかも聞かれたのだっけ?

 仕方ないだろ。この顔色は生まれつきこうなんだから。元々死んでる│ 亜屍族デミリッチが生まれつきというのはおかしな話ではあるけどな。


 ん? もしかしてバレたか?

 貴族ってのは、よわっちくとも頭がいい奴はいると聞く。

 亜屍族のことを知っていてもおかしくない。

 それにディザメラは俺の手元を見ていた。注意深く観察していたようにも見える。俺の手元といえば、│即死魔法お前死ねだ。あれは指先を対象に向けないと発動することはできない。


 仮に……、仮にだ。

 こんな可能性は考えられないだろうか。


 こいつは四天王“屍蠍”のカプソディアのことを知っていると……!!



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



「はう!!」


 え? えええええええ????

 いきなりカプアが泣き出した。

 しかもナイフとフォークで食うとやたら難しい里芋の煮っ転がしをなんなく食った後で、いきなり泣き出してしまった。


 そ、そんなに美味しかったのだろうか。

 それは招待した貴族としては誉れではあるのだが、なんか腑に落ちない。

 わたくしの目線から見て、何か別の意図があるような気がするのだ。


「カプア殿、そんなに当家の里芋の煮っ転がしは美味しかったでしょうか?」


「え? いや、普通……」


「ふ、普通!! 涙まで流して普通なの!??」


「あ。いや、その感動のあまりというか。その色々と込み上げるものがあったというか」


「な、なるほど。つまり郷愁というものですかな。……そういえばカプア殿、先ほど少し話されていたようですが、ご実家はどの国のどの……」


「その質問……、答えなくてはならないですか?」


 カプアの表情が、いや食堂の空気そのものが変わった(若干2名ほど気づいていないガキがいるが……)。ともかく今まで見せていた田舎貴族ではない。歴戦の戦士ですら裸足で逃げ出すような迫力だ。殺人鬼……、いや血に飢えた狼そのものだった。


(お、恐ろしい……。これがこの男の正体か)


 とても先ほど里芋を食べながら涙を流していた男と同一人物とは思えない。いや、あれはもはや擬態を考えるべきだ。落ち着くのだ、ディザメラ・ブル・ユースカットよ。そして思い出すのだ。こいつは何も知らない風を装って、3枚の絵画をわたくしからねだった男なのだ。血に飢えた狼――つまり貪狼というならわかる。


 わかったぞ。きっとこの2面性を使い、国王を懐柔し、王女を籠絡したに違いない。多少理解していたが、なんと恐ろしい男を王国貴族に引き入れてしまったのか。


「答えにくいなら結構です。……話は変わりますが、お渡しした3枚の絵画はいかがですか? 気に入っていただけたでしょうか?」



 ◆◇◆◇◆ カプア ◆◇◆◇◆



 き、キタァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!


 ついに本題が始まったよ。

 ど、ど、どうする。気に入っていただけましたか? とか言われても、うちの屋敷にはもう3枚の絵画はないんだよ。うちにあるのは、3枚のミミズの子どもが描いたようなひどく前衛的な絵画だけだ。

 さ、流石に怒られるよな。まあ、百歩譲ってそれはいいとして、お金を払えとか言われたらどうしよう。採掘はまだ先だし、マリアジェラはまだ戻ってきてない。なんなら、ここにいる勇者と聖女を置いていくか。それがいい。その間に俺も逃げられて一石二鳥じゃねぇか。


 いや、ちょっと待て。


 このおっさん、男が好みじゃないのか。

 ケモ耳と巨乳幼女よりも、「お前が欲しい」とか指名されたらどうしよう。

 全力で逃げる。いや、もういっそ即死魔法を打っちまうか。

 セクハラでうっかり使っちゃったといえば、衛士もわかって……くれないよなあ。


 やばい。相変わらず食堂の扉は閉まったままで退路は立たれてる。

 こ、ここは覚悟を決めるか。


「か、閣下はお、男と女どちらが好きですか?」



 ◆◇◆◇◆ ディザメラ ◆◇◆◇◆



「はああああああああああああああああ!!」


 な、な、何を言ってるんだ、この田舎貴族は。

 わたくしが絵画の話を振ったら、いきなり「男と女どちらが好きですか?」と質問してきた。どういう返しなんだ。さっぱりわからんぞ。


 待て待て。ディザメラ、落ち着け。

 冷静に考えるのだ。こういう時、素数を数えるといいというな。

 ええっと……、素数ってなんだっけ? ああ! もう考えられないわ。


 順序立てて考えよう。

 わたくしは絵画の話を振った。なのに、カプアは男と女どちらが好きかと尋ねてきた。さっぱりわからないが、おそらくこれはカプアなりの絵画に対するアンサーの可能性が高い。あらかじめて言っておくが、絵画の中に「男」と「女」というタイトルのものはなかったはず。3枚とも宗教画で天使や悪魔が描かれていて、中には男のような天使や悪魔、その逆があったはず。しかし、神や聖人をそのまま人間の性別に当てつけるのはどうだろうか。そもそも神は両性具有とも聞くわけだし。


 さっぱりわからんが、しかし矛盾するだろうが、何かわかったようなきもする。


 つまり、カプアが話す「男」と「女」とは何かの暗喩に他ならない。

 しかも宗教的かつ美術的な、高次元の質問……。

 なんということだ。今、わたくしは気づいた。



 高見から見下ろすつもりが、見下ろされていたのは、わたくしの方だったのだ。



 ふっ。完敗だ。ここまでコケにされたのは、6歳の時に意中の女子に鼻くそつけられた以来だろうか。


 気がつけば、わたくしは床の上に正座し、手をついていた。

 深々とカプアを前にして、頭を下げた。


「お見それしました。どうか、わたくしを弟子に……。貴族のなんたるかを教えてください」


 わたくしは、いや王国貴族は認めなければならない。

 このカプア子爵ソォ博士ディアという貴族を!!




「え? 普通に嫌なんだけど……」





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