2024年バレンタイン企画

バレンタイン・カプア

2月14日ということで、今年も書きました。

楽しんでいただければ!


好評発売中のコミックス7巻もよろしくお願いします。



〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜



 朝――。ベッドで目覚めたら、何故か隣にチョコが転がっていた。

 寝ぼけ眼で初めはぼんやりとしか見えなかったが、次第に輪郭が認識し始めると女性の裸を模したチョコだとわかる。それも変態王女ことマリアジェラにそっくりの。


「うわっ! 気持ち悪っ!!」


 思わずベッドから飛び上がる。

 マリアジェラの形をしたチョコな上に、唇が「じゅで〜む」とばかりに俺に向けられていた。危なかった。目覚めるのが1秒でも遅かったら、俺の初キッスを訳のわからんチョコに奪われていたところだ。


 1日の早々から心臓が止まりかけた。

 夢だと思いたいが、頭を抱えるほどの頭痛は紛れもなく現実である。

 朝からチョコに寝込みを襲われるとか、世界広しといえど俺ぐらいなものだろう。たく……。俺の体温で溶けたチョコの一部が広がって、シーツがベトベトじゃないか。誰が洗うと思ってんだよ。


 自分の形をしたチョコで人の寝込みを襲うなど、あの変態王女以外にあり得ない。


「マリアジェラ出てこい!! ふざけたもんを作りやがって。ベッドがチョコでベトベトしてんぞ。チョコの香りがするベッドで甘酸っぱい夢でも見ろってか!? むしろトラウマになって、チョコが怖くなりそうだわ、こっちは!!」


 叫ぶのだが、一向にマリアジェラは現れない。

 どういうことだ? いつもなら俺を発見した途端に「ダーリン」と奇声を上げながら抱きついてくるはずなのに。


 警戒していると、不意に背中に怖気が走る。


(まさか……!!)


 振り返ると、チョコが動いていた。

 溶けかかったチョコを垂らしながら、まるでマッドハンドみたいに俺に向かって手を伸ばしてくる。


「ぎゃああああああああああああああ!!」


 動いた! なんかいきなり動いた。

 こわっ! なに? 人類圏ではチョコって動くの。

 チョコって生き物だったのか? この世の食べ物の中で、ルヴィアナの飯以上にホラーな食材はないと思っていたが……。さすが人類圏! まさか人の形をしたチョコが動くとはな!


 そっちがその気なら。


「お前、し――――――」


「ダァぁぁぁぁぁああありぃぃぃいいいいいいんんん!!!!!」


 聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 俺は即死魔法を慌てて止めた。

 だが、その判断は誤りだったかもしれない。

 マリアジェラのチョコは俺の方に寄りかかってくる。

 いや、マリアジェラのチョコというのは正確ではないか。


「お、お前、マリアジェラそのものか!!」


「そうですわ!!」


 マリアジェラのチョコじゃない。

 マリアジェラがチョコまみれになっていたのだ。


「ダーリン! おはようございます!! いかがですか? あたくしチョコは?」


「うぎゃああああああああああ!! く、くっつくな!! お願い! やめて!! 俺の身体にチョコがくっつく! 気持ち悪! お前、何をしてるんだよ」


「今日はバレンタインデーでしょ?」


「はっ? バレンタインデー?」


 人類圏でもあのお菓子メーカーの陰謀としか思えない行事がまだ残ってるのか。よく考えたら人類圏が発祥だったっけ? その割には随分と魔族と違うな。魔族圏では女が男にチョコをあげるっていうイベントだろ。慎ましくて甘酸っぱいものじゃないのか、バレンタインデーって。俺もそういうイベントが欲しかったよ。なんせ俺にとってバレンタインデーは、俺の幼馴染のチョコの試食という地雷撤去より大変危険な任務が伴う日だからな(おかげでチョコだけはうまく作れるようになったが)。


 なのにだ!

 人類圏のバレンタインデーでは、女性がチョコをかぶって男性の寝床に入るっていう、そういう日なのか? アブノーマルすぎない。人類攻めすぎだろ! どこの性癖に刺さるんだよ。うちの魔族どもにもそんな奴がいないぞ。


「ダーリン、聞いてます?」


 俺がトラウマを思い出している間、当のマリアジェラはクネクネと身体を動かす。いや、動くな。チョコが飛び散るんだよ。あとでエリーテに「部屋でチョコを撒き散らすプレイがお望みだったんですね、この変態野郎」とか冷たい目で見られるのがわかってるんだよ。


「なかなかダーリンが喜んでくれそうなチョコのアイディアが浮かばなくて。だったら、あたくしがチョコになって差し上げれば1番喜んでくれるかなって」


「ふざけんな! 誰が女体盛りならぬ、女体チョコを欲しがるんだよ! お前のアホな性癖に、俺を巻き込むな」


「そんなつれないことを仰らないでください。さあ、ダーリン。あたくしを」



 た・べ・て・❤︎



 ◆◇◆◇◆



「はっ!」


 早朝。俺は自分のベッドの上で目覚めた。

 そこにチョコまみれになったマリアジェラの姿はない。

 その代わりにベッドとマットレスの間に、何故か頭が挟まっていた。

 頭痛の原因はこれだったらしい。


「ほっ……。夢だったか」


 ともかく心底ホッとする。

 そうだよな。いくらマリアジェラが変態王女だからって、チョコまみれになりながらベッドの中に入ってきたりしないよな。


 胸を撫で下ろしていると、甘い香りが鼻腔をついた。

 チョコの香りだ。

 なるほど。この香りが当の夢の1番の原因だったらしい。

 迷惑な話だ。


 マリアジェラの形をしたチョコはともかく、お腹が空いていることは確かだ。

 俺はいつも通りの黒のローブを着て、屋敷の炊事場に行く。時間はまだ6時前だ。エリーテが仕事を始めるのは、9時からだから、それ以外の人間が炊事場を使っているのだろう。


 マリアジェラがいるかもしれない。

 恐る恐る覗いてみると、パフィミアとシャロンが作業をしている。何をしているのか、察しはついたが、一応確認のために尋ねた。


「よう。こんな早くから何をしてるんだ?」


「あ。ししょー。おはよう」


「おはようございます、聖者様。今、勇者様とチョコを作ってるところでして」


「大事な作業をしてるから、ちょっと待ってね」


 2人して背を向けて、作業に集中している。

 どうやら弟子どもは俺にチョコを渡すために作っていたらしい。

 あんな夢を見たばかりでは素直に喜べないが、もらえる者はもらっておこうというのが俺の精神である。まあ、それに弟子どもには日頃から世話をかけられてばかりだからな。たまにはこういうものもいいだろ。


「あ。そうだ。もしお腹空いたならテーブルの上のチョコを食べていいよ」


 パフィミアのいう通り、ごろっとしたチョコが皿の上に置かれていた。

 形は歪だが、ちゃんとチョコの香りがする。手も足も生えていないし、変態王女がキスをせがんでくることもない。健全なチョコだ。


 お言葉に甘えて食べてみると、甘かった。

 いや、冗談でもなんでもなくおいしかったのだ。


「うまいな」


 俺は夢であったことを忘れてパクパクと食べ始める。

 自分でも思っているよりも、お腹が空いていたようだ。


「やった! ししょーに褒めてもらえた」


「よかったですね、勇者様」


 弟子たちは喜びながら、俺の方へやってくる。


「でも、大変だったよ。チョコって作るの初めてでさ。最初はいっぱい失敗しちゃって。それもシャロンのおかげだよ」


「わたくしは少しお手伝いをしただけで。チョコをひっ繰り返してしまった時は、どうなることかと」


 今日最初に弟子たちの顔を見た時、俺は手にしていたチョコをポロリと落としてしまった。


「お前ら、その顔……」


「どうしたの、ししょー?」


「顔が真っ青ですわ、聖者様」


 いや、真っ青なのはいつも通りだ。

 けれど、俺がたとえ亜屍族でも、弟子たちの今の姿を見た時、顔を真っ青にして息を呑んだはずだ。


 何故なら、パフィミアとシャロンの顔にまるで頭から被ったかのようにチョコが付いていたからである。


「あら。こんなところにいた。見つけましたよ、ダ〜リン……」


 炊事場のドアが開き、マリアジェラがやってくる。

 全身チョコだらけになっていた。


「ぎゃ―― ―― ―― ―― ―― ――」



〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜 ※ 〜


ループって怖くね?


2月8日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱』と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の単行本7巻が発売です。 

おかげさまで、Amazon、honto、bookwalker、DMM様のランキングの上位に入り、好調のようです。専門書店様では多少在庫も残っていると思うので、ぜひそちらもよろしくお願いします。




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