外伝 Ⅳ とあるゴーレム使いの恋噺③

8月8日に『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の単行本6巻が発売されます。

こちらも是非よろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


『いや、無理だろ!!』


 という言葉を喉の奥に押し込む。


 さすがに85歳の婚活宣言と、童貞カミングアウトに思わずノックアウトされそうになったが、こっちだって260年生きている魔族である。


 こ、これぐらい想定内だし……!

 こうなったら、まるっと解決してやるよ。


「ししょー、膝が笑ってるけど、どうしたの?」


「う、うるせぇ! 武者震いだ」


「おお! さすがししょー!」


 何が「さすがししょー!」だ。

 この能天気勇者め。お前らなんて、そこらの場末の酒場の小さな舞台で物真似でもやってればいいんだよ。適当なことを言うな。


 ……いかんいかん。

 怒りっぽくなるな。

 冷静になれ、屍蠍のカプソディア。

 俺は260年生きてきた魔族。

 もっとおかしなこともあったはず。

 85歳の爺さんのお相手を探すなんてわけないだろうが……。


「無理か?」


「やらせてもらいます!」


 これはピンチではない。

 チャンスなんだ。


 今目の前にいるのは世界的に有名な芸術家。今まで女を知らずに、こんな御殿を建てられるぐらいに金を持っている。


 ここでいいところを見せれば、秘書として雇ってくれる。さらにご奉仕すれば、巨万の富とは言わないまでも、財産の1割ぐらいは贈与してくれるかもしれねぇ。


 何より冒険者から抜け出すことができれば、側にいる勇者と聖女から離れることができる!


 そう! それが1番大きい!!


 踏ん張りだ、カプソディア!


「ま、まず……ローガンさんの好みをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 俺がメモを取ると、ローガンは顎髭に手を当て、じっくりと考え始めた。


「そうだな。まず筋肉質なのが良い」


「なるほど。マッチョがお好みと」


「しかし、出てるところは出ていて」


「ボンキュンボン」


「頑丈な身体が良いの」


「安産体型」


「無口で、あまり動かないところがいいの」


無口でヽヽヽあまり動かないヽヽヽヽヽヽヽ…………」


 ん? ちょっと待て!!


 筋肉質で、体型が整っていて、頑丈で、あまり動かないって、それ石像じゃないか!!


「いや、あの~、ローガンさん。好きな石像を聞いているのではなくて、好きな女性のタイプを」


「うん? そう話したつもりだが」


 駄目だ。

 この爺さん、耄碌したのか石像と実像の見分けが付かなくなってる


 筋肉質で、頑丈な女なんているかよ。

 加えて、体型まで整ってるとか。俺が会いたいわ。


「ん?」


 ふと視線をローガンから外し、居並んだ女性陣たちを見つめた。


 いる! いるじゃないか!!


 筋肉質で、頑丈な女が!


「ローガンさん、この子とかどうですか?」


「ふぇ? し、ししょー!?」


「見て下さい、この筋肉質な身体。これで魔族とかバッタバッタと投げ飛ばしてきたんですよ」


「ちょ! ちょっと! ししょー!」


「さらに頑丈! 空から落下しても傷1つ付きません!」


「いや、何を言ってるの?」


「まあ、ボンッキュッボンッは望めませんが、まだ若いですし、そこは将来性を見込んで」


「ししょー、すとっっっっっっっっっっっぷ!!」


「なんだよ、パフィミア。お前のお相手を絶賛セッティング中だぞ、こっちは。お金持ちで、屋敷を持ってて、うまくいけば10年後には巨万の富が入る優良物件だ」


「え? ええええええ!! ぼ、ボク、結婚する気なんてないよ」


「馬鹿野郎。結婚ってのは、その時縁なんだ。今から選り好みしたら、気づいたらババァになってるぞ」


「で、でも、ぼ、ボクは勇者としての務めがあるし! そ、それに……」


「なんだ? じっと俺の顔を見て? てか、顔が赤いぞ、パフィミア」


 耳まで垂れて、どうした、こいつ?


 風邪か?


「ごほん!」


 ローガンの咳払いが響く。


「折角、紹介してもらって悪いが、その子とわしでは年が違いすぎる。それに反応から察するに、他に想い人がいるようだしの」


 想い人? パフィミアが?


 へぇ……。誰だろ?

 てか、俺の身体のことも気にせず、大砲の砲弾みたいに吹っ飛んでくる奴に、そんな感情があろうとは……。


「わしにはわかる。わしにも想い人がいるからな」


「それが筋肉質で、頑丈で、動かないっていう?」


「そうだ」


「そんな石像みたいな女性がいるはずが……」


「いたんじゃよ」


「へっ?」


「わしは見た」



 動く石像を……。




 ◆◇◆◇◆



 ガシン! ガシン! ガシン!


 警戒とはほど遠い重い音がノイヴィルの北にある岩場に響き渡っていた。荒涼とした光景が広がっているが、この辺りは石像用の良質な鉱石が取れるらしい。

 石切痕が残っていて、どうやらここからローガンの石像が生まれているようだ。


 人の手が入っているとはいえ、岩場はゴツゴツとして歩きにくい。かと思えば、滑り安い砂岩のおかげで足を取られそうにもなる。

 その岩場に現れたのは、見上げるようなゴーレムだった。


 その手の平に乗っているのは、パフィミアとシャロン、さらにローガンである。


「どうじゃ? わしのガンディーちゃんの乗り心地は!」


「すごいよ、ローガンのお爺ちゃん」


「ゴーレムに乗ったのは初めてです」


「そうか。喜んでくれて何よりだ。この辺の岩場は足を取られやすい。怪我をしやすいのでな」


「じゃ、じゃあ、ハアハア……。なんで、俺は乗せてくれないんですか、ハアハア……」


 さっきローガンが滑りやすいといった岩場を、俺は走っていた。

 初夏とはいえ、かなり暑い。加えて、ゴーレムは歩いていても、その1歩は大きく、必然的に走る羽目になっていた。


「すまんのぅ。ガンディーちゃんはわし以外の男を乗せたがらないんじゃ」


「なんだよ、その男女不平等ゴーレムは!!」


 石像彫刻家としても有名なローガンだが、ゴーレム使いとしても名を馳せた人物だ。元は銅級の冒険者として活躍し、自分好みのゴーレムを彫ってるうちに石像彫刻家として有名になった、と俺が読んだ本には書いてあった。


 いっそのことさっき言った条件が当てはまるゴーレムを自分で作ればいいんだ。

 そもそも今、パフィミアたちが乗っているゴーレムにしてもなかなかに洗練されている。

 俺たちの戦争で見る城がそのまま動き出したみたいなデザインではなく、ちゃんと女体の形をしていた。


 なかなかの美人な上に裸だから、ちょっと目のやり場に困る。ていうか、馬車扱いするようなゴーレムをここまで芸術性高く作るメリットなんてあんのか?


 本を読んでローガンのことを分かったような気でいたが、段々芸術家って奴がよくわからなくなってきたぜ。


「ローガンのお爺ちゃんが見た動く石像ってここら辺?」


「見間違いじゃねぇの? そんな動く石像なんて」


「聞こえておるぞ、カプア殿」


「し、失礼しました!」


 ボソッと呟いたのに、地獄耳かよ。

 そもそも85歳なのに、目も悪くなく、ローガンは元気だ。その年でゴーレムを召喚できることですら珍しいのに、自在に操ってる。

 これだけ元気が有り余ってれば、確かにあっちも有り余ってるだろうなあ。


「この岩場を抜けたところに泉が……」


「あの泉ですわね」


「そうそう。あそこに腰掛けておってな。それはもう石像で彫ったような……」


(そんな簡単に見つかるわけ……ん?)


 俺は思わず点になる。

 同じくガンディーが起こしていた大きな足音も止まった。

 まさに世界が静止したような瞬間が訪れる。

 俺も、ローガンも、同行したパフィミアやシャロンも固まった。


 いたのだ、そこに……。


 エメラルド色ではなく、本当にエメラルドできたセミロングの髪。真っ白な肌は大理石。目には陽光を反射して黒曜石が光っている。

 その肢体は美しく、魅力的で、女性的なふくよかさを感じられる。


 ローガンじゃなくても、うっとりするほど美しい姿。それが本当に岩肌でなく、街角で歩いていたら俺でも声を掛けたかもしれない。


 その動く石像はそれほど美しかったのだ。

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