外伝 Ⅳ とあるゴーレム使いの恋噺④

『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本6巻が、8月8日発売です。

今回は魔王様が表紙となっております。是非ご予約ください。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 いきなりだが補足しておこう。


 泉に石像が建ってヽヽヽいたのではない。立っていたのだ。

 しかも、どうやら沐浴中だったらしい。滑らかな大理石の肌に、清らかな泉の水をパシャリと当て、身体を洗っている。


 息を飲んだのは、男の俺だけではない。

 同性であるパフィミアやシャロンも同様である。


 泉に現れた妖精を彷彿とさせるほど、眼前に現れた動く女の石像は美しかった。


 しかし、その彼女の姿を見て、俺は別のショックを受けていた。


(ま、まずい!!)


 おそらくあれは石像魔人族だ。

 あの種族は、人類でも魔獣でもない。歴とした魔族である。


 なんでこんなところに魔族がいるんだよ。

 ここの岩場ってノイヴィルの目と鼻の先なんだが……!

 炎獣軍団とか、ヒドラやら、魔族の使い魔やら、ノイヴィルに魔族の手のものが来すぎだろ(ブーメラン)! 何? 魔族が好きな匂いでもついてるの? まさかこの後、魔王様がのほほんとやって来たりしないよな(フラグ)。


 俺が頭を抱えていると、ふと視線が合った。誰とかだって? そりゃあ、泉の女神様――もとい石像魔人(雌性)がバッチリこっちを向いていた。


「いやあああああああああ!! に、人間!!!!!」


「ち、違うわ! 俺は魔――――」


 俺は反射的にネタバレしそうになった舌を噛む。

 あっぶねぇ!! 思わず返す刀でカミングアウトするところだった。


 つーか節穴か!

 どこが人間だよ。どこからどう見ても亜屍族だろうが! いや、この場合勘違いしてよかったのか? もしかしてあの石像魔人、空気読んでくれた? いや、もう訳がわからん!


 俺がホッと息を吐く中、石像魔人は泉を飛び出す。

 襲ってくるかと思ったが、人間に背を向けて逃げ始めた。


「待ってくれ!!」


 呼び止めたのは、ローガンの爺さんだった。


 ゴーレムの手から勢いよく飛び下りる。健脚を見せつけ、石像魔人を追いかけると、その手を取った。


 そして、ついに爺さんと石像魔人の目が合う。背丈ではいえば、石像魔人の方が上。種族も違う、アンバランスな2人はそれでも目を離さない。


 あっ! と開いた石像魔人の口がようやく動く。


「あなたは……」


「わしのことを知っておるのか?」


「そ、その……、人間の石切場で何度かお見かけしました」


 おいおい。

 ローガンの爺さんはともかく石像魔人も爺さんのことを知っていたのか。


 人間の石切場を覗くなんてなかなかアグレッシブだな。まかり間違って人間に見つかったら、そのまま石工職人の材料になるところだぞ。


「石に彫刻を彫っていた」


「そ、そうか。いや、お主には少々正視しがたい行いであったかもしれないが……」


「いいえ。そんなことはありません。とても……、とても美しかったのです」



 あなたが作る石像はとても美しかった……。



 あれ? な、なんだ。

 この温かいというか、生ぬるい空気は。疲れてんのか、俺の目が疲れ目なのかわからんが、ローガンと石像魔人(雌性)の間に良い雰囲気が流れているような気がするのだが……。


「な、なあ。おい、もしかしてあれって……」


「しっ! ししょーは黙ってて」


「とてもいい感じですわ」


 自称弟子から注意を受ける。

 パフィミアも、シャロンも半ば頬を染めながら、ローガンと石像魔人(雌性)の方を凝視していた。


 2人が夢中になっているということは、どうやら間違いなさそうだ。こういうアンテナは、女性の方が高いからな。


 え? やっぱりこれってあれなのか? アレで、アレなのか?


「わ、わしもお主のことを見たことがある」


「え? そうなのですか?」


「う、うむ。こっそりとだが……」


「な、なんか恥ずかしいですね」


「お主はわしの石像を見て、美しいと言ってくれた。それはいち芸術家として有り難い評価じゃ。しかし、わしが思うに、そなたの美しさには叶うまいと思う」


「え?」


「わしはそんなに口がうまくない。……だからはっきり言わせてもらう。一目惚れじゃ」



 わしと結婚を前提に付き合ってくれぬだろうか。



 い、言った。あの爺さん、本当に石像魔人に告白した。ここまで来ると尊敬するぜ。相手が魔族だってわかってるかどうかわからないが、人間でないものに愛を伝えるなんて。


 こう言っちゃあなんだが、俺が人類の本を読んで感動した作者だけはある。


 ローガンの告白を受けて、石像魔人は頬こそ染めることはなかったが、やはり照れくさいのか身体をモジモジさせていた。

 今にも泣きそうな憂いを帯びた瞳で、ローガンを見た後、程よいサイズの唇を動かして、こう言った。


「わ、私も……。その……あなたの石像も美しかったですが、汗水垂らして一心不乱に石像を彫るあなたの姿を見て、私は……私はその視線を独占している石像に嫉妬を覚えたほどでした」


 おいおい。マジかよ。


 爺さんが石像魔人に告白してることすら驚きなのによ。


 起きるのか、奇跡が……。起きちゃうのか!


「だから、その……。はい…………。よろしくお願いします、その…………」


「ローガンだ。ローガン・ボールという」


「私の名前はストーナ。よろしくお願いします、ローガン」


 2人は手を取る。

 それどころか、2人の身体は吸い寄せられるように接近し、そして胸を合わせて抱きしめた。


「良かったね、お爺ちゃん」


「愛は種族を越えるのですね、聖者様。……聖者様」


「し、ししょー? 泣いてるの」


「馬鹿野郎、泣くだろう!!」


 異種間だけでも驚きなのに、お互い一目惚れって……。


 甘酸っぱすぎるだろう。

 ローガンの爺さん、あんたその年でなんていう大恋愛をかましてるんだよ。

 めちゃめちゃ推せるじゃねぇか。


 つーか、俺こういう甘酸っぱい系……いや、甘酸っぱいというか漬け物でも漬けられそうな感じだけど、それでもこういう純愛に弱いんだよなあ。


 ここに来るまで、かなりローガンの爺さんを馬鹿にしてきたが、今俺は素直に感動している。


 おめでとう、ローガンの爺さん。


 おめでとう、ストーナ。


 結婚式に呼んでくれ。

 お祝いのスピーチぐらいしてやるからよ。





 しかし、俺たちはまだこの時知らなかった。

 ローガンとストーナのカップル成立。

 大恋愛を予感させる2人の運命の出会いの中で、もう1つ甘酸っぱい想いをいただいている者の存在を。


「…………」


 俺たちが感動する中、そいつだけはただ黙って、ローガンとストーナの方を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る