第3話 即死は、即死……

 ケルベロスと別れ、俺は西に向かって歩いた。

 何故西だったのかは、俺にもわからない。

 愛犬に対する惜別の思いが強すぎると感じて、とにかく自分の官舎から遠く離れたかったのだろう。


 気が付いた時には、深い渓谷に迷い込んでいた。


 すると、俺は人間の死臭が濃くなってきていることに気付く。

 どうやら人間の勢力圏までやってきてしまったようだ。

 ケルベロスとの別れがあまりにショックすぎて、こんなところまで来てしまったらしい。


「この際ほとぼりが冷めるまで、人類圏で潜伏するのもありかもな」


 俺は亜屍族デミリッチという種族に当たる。

 人間から半不死の存在になった種族で、俺の10代前の祖先は人間だったらしい。

 そのため、俺の容姿は人間のそれとあまり変わらないのだ。


「よし! 決めた! 人間の街へ行くぞ」


 俺は渓谷の奥へと入っていく。

 すると、正面に人影が見えた。

 ズシン、と重い足音を響かせ、巨漢が俺の方に歩いてくる。

 ボロボロの腰蓑と分厚い筋肉を晒し、大きな竜牙刀を握りしめていた。


「まだ鼠がうろついていたか。貴様も、勇者の仲間か?」


「は? お前、何を言ってんだ?」


「勇者ならもういないぞ。オレが始末したからな」


 あ……。こいつ、話を聞かないヤツだ。


「お前もオレを倒しに来たのなら諦めろ。オレは無敵だ。何故なら、8つの魂がオレの中にはあるからな」


「ふーん……」


 たぶん『回死魂』の魔法だな。

 自分の魂に、他の人間の魂をストックすることができて、仮に死んだとしても、ストックしておいた魂を消費して、生き返ることが可能になる。

 俺の『即死』と同じ死属性魔法だ。


 ちなみにストックする際、生きてる人間から魂を剥がさなければならないのだが、それが死ぬほどヽヽヽヽ痛いらしい。

 同意の上かどうかはわからないが、激痛を伴ってまで魂を捧げるヤツなんてなかなかいないだろう。


 あと、1つ言っておくと、人類圏むこうでは『回死魂』の魔法どころか、死属性魔法そのものが禁止されている。


 つまり、こいつは人間の犯罪者ってことだ。


 追っ手から逃れるために人類圏に来たのに、こっちも危険がいっぱいだな。

 こんな犯罪者がさも当然のようにうろついているんだから。

 ケルベロスを連れてこなくてよかった。

 ルヴィアナに預けて正解だったな。


 まあ、正確に言うと、ケルベロスが自分で預けられに行ったんだけど……。


「一応訊くが、その魂はどうした?」


「心配するな。この魂は魔族を倒すために、我が女に生ませたものだ」


「お前の子供の魂か?」


「正確には違う。われが村から女を拉致し、無理矢理生ませた子供の魂よ。これならば誰も文句を言うまい? 他人ではなく、歴とした自分の子供の魂なのだからな。そしてこの子供たちの魂は、いずれ人類勝利の礎になるであろう」


「お前……。結構、下衆だな」


「我には崇高な使命がある。魔族を倒すというな。そのためなら犠牲もやむを得ない。むしろ我は犠牲を最小限にしているのだ。なのに、それがわからん輩がいるらしいがな」


 はあ……。

 耳が腐りそうな話だ。

 聞いて損した。


「まあ、いいや。お前が最低なヤツだということはよくわかった。で? 長々とご高説してくれたのはいいけどよ。お前、一体何者なんだ?」


「なんだ? お前、オレの名前も知らずに、この渓谷にやってきたのか。ふん。単なる旅人か。まあ、良い。オレの肉体の秘密を知られたからには、生きては返すわけにはいかん」


 お前がベラベラと喋ったんだろうが……!


「冥土の土産に教えてやろう。我の名前は狂死きょうしのヴァザーグ!! 29歳、独身。好きな食べ物は焼肉。好きなタイプは銀髪ロリだ!!」


 ド変態じゃないか。

 いきなりカミングアウトするなよ。

 こっちが反応に困るわ。


 するとヴァザーグとやらは、竜牙刀を振り上げた。


「では――――死んでもらおうか!!」


「ああ。あんたがな――」



 お前、死ね……。



 ヴァザーグの手から竜牙刀がこぼれ落ちる。

 歪んだ瞳は「何故」とばかりに、大きく見開かれていた。


「馬鹿な……。オレには8つの魂が…………なんで――――?」


「何言ってんだ、お前……」



 命はいくつあっても、即死は即死だ。



「ぬわーーーーーーー!」


 ヴァザーグは断末魔の悲鳴を上げて、ついに倒れる。

 そして2度と起き上がってこなかった。


 その遺体から解放された魂が浮き上がる。

 天へと召されていく時、小さくか弱い魂たちが魔族の俺に向かって「ありがとう」と言ったような気がした。

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