第6話 カツ丼より天丼ミステリー

本日無事に単行本8巻の発売日を迎えることができました。

色々と衝撃的な内容が満載なので、是非読んでくださいね。

果たして魔王様はどうなるのか?!


書店でお見かけの際は、是非よろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「ぶ、ブレッドン!!」


 バーディーが素っ頓狂な声を上げる。

 突然起き上がったブレッドンを見て、リプトもスネークガールも信じられないというふうに、表情を歪めていた。

 その中でブレッドンはぼんやりとした顔を仲間たちに向ける。

 腹のあたりをボリボリと掻いた後、自分の胸に刺さっているナイフに気づく。


「な、なんじゃこりゃ!」


 ブレッドンは慌てていたのか、ナイフを抜く。

 当然ピューッと血が噴き出すのだが、慌ててリプトが魔法で傷を塞ぐ。

 それでも生き返ったブレッドンを見て、信じられないらしい。

 特に犯人であるバーディーのショックは計り知れない。

 わざとらしく取り乱していた時とは違って、かなりリアルな反応だった。


 自分を囲んで沈黙する仲間たちの反応を見て、戸惑っていたのはブレッドンも同じだった。


「なんだよ、お前ら。人をゾンビみたい目で見て」


「実はブレッドン……」


 溜まり兼ねたリプトが事情を話す。

 自分が殺されたかもしれないということを聞いて、大きな男戦士はさすがに驚いていた。


「一体誰がオレ様を殺し……って、生きてるけど。どうにもややこしいな」


「少なくともあなたにナイフを突き立てた人間、あるいは魔族が我々の中にいるということです。そこで聞きたいのですが、ブレッドン。あなたは昨夜のことを何か覚えていませんか?」


「それが酒を飲んだせいか、覚えてないんだわ」


「酒?」


「炊事場の横の酒蔵にあったんだよ。多少生臭かったが、結構美味しかったぜ」


 ブレッドンは酒の味を思い出すかのように唇を舐めた。


 酒なんてあったんだな。


 俺が感心すると、目の前で髪がゆらりと流れた。

 ブレッドンにひしっと抱きつくと、嗚咽交じりに叫む。


「ブレッドン、良かった。生きてて良かったぁぁあああああ!!」


 バーディーである。


 よくやるなあ、この女。

 マジで面の皮が厚いわ。こいつ、実は魔族なんじゃね。

 いや、魔族でも自分が殺した人間に抱き付ける奴はいないわ。

 人類の女って、みんなこうなのか? バーディーだけってことで祈るぞ。


 説明するまでもないだろうが、ブレッドンを生き返らせたのは俺だ。

 魔族だって疑われるよりは、最初からなかったことにしてやればいい。

 真犯人はわかってるからな。向こうだって、これ以上騒動を大事にしてほしくないはずである。


 それに俺がわざわざ勇者パーティーの1人を蘇生させたのには、訳がある。

 仮にブレッドンが死んでいれば、少なくともここには何らかの捜査のメスが入るはず。その過程で、魔族の痕跡を見つかる可能性はゼロじゃない。その痕から人類圏に魔族のスパイが入り込んでいるという事実に辿り着くかもしれない。


 叩かれて埃が出る前に、叩かないように状況をリセットする。

 たぶん、今の俺に求められているのは、このムーブだ。


 俺は外を見た。

 本日も相変わらずの天気だ。

 おそらく今日もずっと吹雪だろう。

 少なくとも明日まで勇者たちと1つ屋根の下で過ごさなければならない。



 ◆◇◆◇◆



 朝食の空気は最悪だった。


 ブレッドンが生きていたことを喜ぶべきなのだろうが、1度人を疑うとその溝は簡単には埋まらない。それは魔族も一緒だ。

 昨日は「おいしい」と絶賛していた天ぷらの残りを食べても、誰も褒めることはない。まるで物言わぬゴーレムみたいだった。一応、お前らが食べてる食糧って俺のだからね。作ってるのも俺なんだよ。だからちょっとはおいしそうに食べろ。


 その中で1人空気を読まないのは、あまり事情を飲み込めていない被害者のブレッドンだった。


「おかわり!」


 ねぇよ!


「すみません。食糧は限られてまして」


「なんだよ。全然足りねぇんだけど」


 食糧を分けて上げてるだけ、ありがたく思えや!!

 あと吹雪がいつ止むかわからないんだ。

 節約しておくことにこしたことねぇだろ!

 このパーティーのヤツらって、自分勝手な奴らばかりだな。

 リーダーがああだと、集まってくる奴も似てしまうらしい。


「そうだ。スネークガールの蛇を食おうぜ! 蛇って結構うまいって聞くし」


「ダメにょろ! 蛇ちゃん、食べたら怒るにょろ!」


 蛇もくわっと口を開けて、ブレッドンを威嚇する。


 てか、お前ら! 俺を犯人よばわりしたことの謝罪がまだなんだが!!



 ◆◇◆◇◆



 朝食を終えて、勇者パーティーと俺は自然と居間に集まる。

 きつい沈黙を最初に破ったのは、リプトだった。


「おそらく吹雪は明日未明まで続くと思われます。いや、もっと続くかもしれません。そこで提案なのですが、みんな1つのところに固まって今夜は寝ませんか」


「みんな、監視し合うってことね」


 バーディーがしれっと言うと、リプトは頷いた。

 異論はない。全員がそれぞれ個室でいるよりも、安全だろう。


 その日、俺たちは日がな1日居間で過ごした。

 実に暇だが、俺にとって最高の1日だ。

 なんせ何もしなくていいなんて日は、30年ぶりだからな。

 勇者たちがいなかったら、寝だめするんだが、寝ているところを襲われる危険性はある。


 仕方ねぇ。自分で作ったクロスワードパズルを自分で解くか。



 そして夜が明けた……。



 ◆◇◆◇◆



 翌朝――。

 相変わらずの猛吹雪である。

 ここの主人の日記には「快晴」としか書かれていなかったのだが、おそらく主人は超がつくぐらい晴れ男だったのだろう。……おい。今、俺を吹雪男といったのは誰だ(難聴)。


 昨日は超暇だった。まさか仕事やることがないとこんなに退屈だとは……。酒でも飲もうとしたが、なんか変な匂いがするのでやめた。ブレッドンはよくあんな酒をガブガブ飲めるものだぜ。


 おそらくこの天気では、今日も自分で考えたクロスワードパズルを、自分で解くという暇な時以外できない遊びをするしかないかもしれない。でもさすがに虚しいな。そうだ。各行、各列、各小さい3×3のブロックに1から9までの数字を並べるのはどうだろうか。やばい! 俺もしかして遊びの天才かもしれない。


 などと暇つぶしに飢えていた俺に、まさしく目の覚めるような出来事が起こった。


「キャアアアアアアアアアア!!」


 なんか聞き覚えのある悲鳴。

 めっちゃ既視感というか、既感がある。

 俺は寝っ転がっていたソファ裏の床から起き上がると、例の勇者パーティーの面々が青白い顔をしていた。


 半ば寝ぼけ眼の俺はソファの裏から首を伸ばす。

 ソファで寝ていた巨漢の男が、泡を吹いて死んでいた。


「ぶ、ぶれっどぉぉぉぉおぉおおおおおぉおおおんんんん!!」


 ちょちょちょちょちょ! なになになになになに?

 めっちゃ既視感あるんだけど……。

 ブレッドンくん、昨日も死んでなかった。確か?

 なんで今日も死んでるんだよ!


 またバーディーがやったのかと思ったが、本人は顔を真っ青にして固まっていた。

 リプトも同様。スネークガールもカタカタと歯を鳴らして震えている。


 仲間の死を見て、如何にもって反応だが……。

 ええい。めんどくさい! また【死神帳デスノート】で見るか。


『毒殺。食事中、蛇を食べようと言ったブレッドンに深い恨みを募らせたスネークガールが、宿に残っていた酒に毒を仕込み、それを当人が飲んだ模様』


 今度はスネークガールかああああああああああ!!


 ブレッドン、お前どんだけ恨みを持たれてるんだよ。

 しかもまた女性に殺されてるじゃないか。女難の相でも出てるの?

 プレイボーイっていう顔でもないだろ、お前。

 どっちかというと、四天王うちのヴォガニスポジションだろ?


 スネークガールもスネークガールだ。

 蛇を食べようなんて冗談に決まってるだろ。

 大事なのはわかるが、それが殺す理由ってめちゃくちゃ怖いわ!


「そんな! ブレッドン……」

「同じ場所にいたのに」

「にょろにょろにょろ(←震えている)」


 リプトは恐る恐るブレッドンに近づいていく。

 その死因を確認するつもりだろう。今回は誰かは一目瞭然だ。

 毒殺なんて回りくどいことをする奴なんて、この中じゃスネークガールぐらいだからな。


 検死が済んだ後、リプトはそっとブレッドンの手をその胸に当て、指を組ませる。


「リプト、どう? 何かわかった?」


「はい。1つ確かなことがあります」


「それは……(ごくり)」



 犯人はこの中にいます!



 もうそれ昨日聞いたわ!

 何をドヤ顔で天丼を決めてるんだよ。

 もっと言うことがあるだろ。


「ねぇ、リプト。ブレッドン、泡を吹いてるでしょ。これって毒殺されたってことじゃないの?」


「え? 毒殺……? ホントだ…………ごほん! ええ。そうですね。わかってましたよ。小生もわかっていたでにょろ」


 めっちゃ口元が震えて、スネークガールみたいになってるじゃねぇか。

 こいつ、真面目そうなキャラの癖して、意外とポンコツなのか。

 勇者パーティー、ろくな奴がいないな、ホント!


「毒ってことはやっぱり」


 バーディーが目を向けたのは、蛇と一緒に震えていたスネークガールだった。

 仲間に睨まれたスネークガールは、ピクリと肩を振るわせる。たちまち顔を青ざめさせていった。これでは蛇に睨まれた蛙である(2回目)。


「バーディー、それは早計です」


 リプトが瓶底眼鏡をあげる。

 いや、もうしゃしゃり出るな、迷探偵。

 お前が出てくると、なんかややこしい展開にしかならないんだよ。


「毒を仕込むなら食事か、飲料水です。仮にそれらに仕掛けたとしたなら、我々に影響がないのはおかしい。ですが、昨日ブレッドンしか口にしてないものがあります」


「あ。お酒……」


「かすかですが、ブレッドンからお酒の匂いがしました。これは間違いなくブレッドン1人を狙った犯行です」


 なかなかの名推理じゃないか。

 色々と穴はあるけど、答えに近づいているのは確かだ。

 あとお前ら、そろそろスネークガールが真っ青になっていることに気づいてやれ。

 犯行がバレそうになって、もう過呼吸を起こす寸前みたいになってるぞ。


「つまり、犯人は――――」


「そうです。犯人は……」



 温泉宿の主人ロウンド・ナナコロフ! あなたです!!



 なんでそうなるんだよ。

 さっきまでの名推理はどこへ行った!

 完全にスネークガールが犯人って流れだっただろうが!


「ご主人、あなはブレッドンと一緒に酒蔵に行ってましたね。そこで犯行を思い付いたんじゃないですか?」


「リプト。でも、動機はなんなの?」


「酒を飲まれた恨みでは? 秘蔵にしていた酒に毒を入れたのです」


「そもそも酒蔵に近づいたことがあるのって、ブレッドンと主人だけだもんね」


 アホか! そんなことするか。

 てか、秘蔵にしているなら酒に毒なんて入れるかよ!


 それにお前ら誰か忘れちゃいないか?

 確かに酒蔵に近づいた人らしきものは、俺とブレッドンだけだ。

 でも、蛇ならどうよ。ちと動き回るには気温が低すぎるが、スネークガールに巻き付いた蛇は元気よくあちこち動き回っている。よほど訓練された蛇なんだろうよ。


 圧倒的に論破してやりたいところだが、この馬鹿勇者パーティーは俺の言葉を信じないと思われる。仲間のいうことを信じ、部外者である俺を排除しようとするだろう。どっちかというと、部外者はそっちなんだがな。


 こうなったら仕方ねぇ……。




 1分後……。




「あれ? オレ様、もしかしてまた死んでた?」


 再びブレッドンがむくりと動き出す。

 バーディーとリプトはまた悲鳴を上げて驚いていた。

 今回の犯人であるスネークガールは「あれ? 完全に毒は入ったのに?」と、こっそりと自白する。


 しかし、ブレッドンは生きていた。

 毒を克服して。


 ここからは昨日の焼き増しだ。

 何故か毒はなかったことになり、俺への疑いも有耶無耶になった。

 案の定、俺を疑った事に対する謝罪はない。

 こいつら、本当に勇者パーティーか。少なくともリプトは聖人だろ?

 菓子折の1つぐらい持ってくるのが礼儀ちゃうんか!?


「どうやらブレッドンが何者かに狙われていることは確かなようね」


 バーディーは仲間を睨む。

 まったくどの口が言うのだろうか。


「そこで提案ですが、ブレッドンだけ部屋に籠もってもらい、我々はその部屋の入口で護衛するというのはどうでしょうか?」


「なるほど。部屋の中に結界を張れば、魔族も入ってこないわね」


 とまあ、そういう方針が決まった。


 はあ……。嫌な予感しかしないがな。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



次回雪山山荘編最終回。8月10日更新予定です。

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