「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる

延野 正行

第1部

プロローグ

「はっ? 解雇?」


 それは定例の四天王会議でのことだった。


 そもそも今日の会議は最初から様子がおかしい。

 席の配置がいつも違うのだ。

 俺の席に対して、他の3人が囲むように置かれている。

 これでは裁判か何かを受けているようだった。


 やけに空気がピリピリしてるなあ、とぼんやり考えていたら、いきなりの解雇通告だった。


「それって降格とかじゃなくて……。魔王軍をやめろってことか?」


「そうだ。屍蠍しかつのカプソディア」


 俺の真正面に座った四天王が凄い剣幕で睨む。

 灼却かっきゃくのブレイゼルだ。


「はあ……。なんで俺が? 降格ならまだしも、魔王軍をやめろというのは理解できん」


「くかかか……。おいおい、カプソディアよ。そんなこともわからないのか?」


 青色の肌を持つ四天王が笑う。

 同僚の魑海ちかいのヴォガニスだった。


 四天王の中で1番頭が悪いヴォガニスに、「そんなこともわからないのか?」と言われる日が来るとは、俺も落ちぶれたものだ。

 少し考えてみたものの、やはりわからなかった。


 俺は助け船を期待し、右向かいの方を見る。

 四天王の紅一点――閃嵐せんらんのルヴィアナと目が合う。


「…………」


 だがすぐに「あんたなんか知らない」という風に、顔を背けられてしまった。


 本気でわからない。

 困った俺は仕方なく、正面にいるブレイゼルに訳を尋ねた。


「簡単なことだ、カプソディアよ。お前が、四天王最弱だからだ」


「最弱……? あ――まさか――!!」


 俺はその時ようやく理解した。


 事は1ヶ月ぐらい前に遡る。

 四天王の俺たちが、魔族を鼓舞するために魔王軍広報インタビューを受けた時だ。

 広報のサキュバスが「この中で誰が強いですか?」と寒気がするぐらい使い古された質問をした。

 その時に、今や魔王軍の中で名言となったあのヽヽ言葉が生まれたのである。



「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」



 そして俺を名指ししたのだが、何を隠そう目の前にいるブレイゼルだった。


 最初は冗談だと思っていた。

 広報用のパフォーマンスだと。

 ところだが、そこにヴォガニスが「あいつは四天王になれたのが不思議なぐらい、弱っちぃヤツだからな」とブレイゼルの発言に乗っかった。

 その時、ルヴィアナは何かフォローしてくれたような気もするが、覚えていない。


 しかし、すでに四天王の半分が、俺を弱いと名指ししたのだ。

 この言葉は一気に魔族内で拡散していった。

 いつしか魔族の中で「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」が流行するようになってしまい、ついにはその年の魔族流行語大賞にまで選ばれることになる。

 先日、ブレイゼルがその表彰を受けて、満面の笑みを魔族たちに振りまいていた。


「いや、あれはあくまで冗談であって……。俺だって最弱っていうほど……」


「オレ様は前からおかしいと思ってたぜ」


 ヴォガニスが目の前の机に足を投げ出し、俺の方を向いた。


「ブレイゼルとルヴィアナ、そしてオレ様は、魔王様から領地をいただいている。なのにお前と来たら、いまだに領地をもらえていない」


 ヴォガニスの指摘はそれだけにとどまらない。


「しかも、お前はいまだにレベル1だ。オレ様たちが全員レベル3桁以上だってのにな」


 レベルってのは、この世界に生きる固有生物が持つ強さの段階を示す数値だ。

 自分の固有のスキルや魔法によって、ある特定の目的を達した場合、経験値として加算され、一定値に達すると、レベルが上がる仕組みになっている。

 ある特定の目的というのは様々だが、わかりやすい例を挙げるなら、魔族が人間を1人殺すと、1ポイントの経験値が加算されるという具合だ。


 レベルが上がれば、身体能力や魔力が上昇する。


 ちなみにヴォガニスのレベル132。

 ルヴィアナが155。

 ブレイゼルに至っては205と、唯一大台を突破している。


 そしてヴォガニスの指摘の通り、俺はいまだにレベル1だった。


 ようやくヴォガニスのターンが終わり、次にブレイゼルのターンが始まる


「ヴォガニスの言うとおりだ。お前はまだ魔王様に認められていない半人前の四天王……。所詮、数合わせでしかない。いずれにしろ、最弱の汚名を着るお前に四天王を語る資格などない。我々まで弱いと思われては、魔王軍の士気に関わる」


「はあ!? ふざけるな! 元はと言えば、お前の失言のせいだろうが!!」



 バアアアアアアアアアアアアアアンンンンンン!!!!!!



 突然、轟音が会議場に鳴り響いた。

 気が付いた時には会議場の半分が消失し、さらに遠い山の稜線が丸く削られている。

 遅れて、むあっとした熱気が俺の鼻の辺りまで漂ってきた。

 しかし、火の手はない。

 ただ熱で溶かされた魔法鉱石ミスリルの壁が残るだけだった。


 ブレイゼルの極技――赫竜の砕牙ドラゴニア・フレイムである。


 地形すら変えてしまう恐ろしい極消滅魔法。

 その威力には、側でニヤニヤしていたヴォガニスも息を呑んでいた。


「何か文句でもあるのか?」


 ひりつくような殺気が充満する。

 前を見ると、ブレイゼルが金色の瞳を光らせ、俺を睨んでいた。


 だが、俺だって四天王である。

 このまま黙ってなどいられない。

 ブレイゼルが四天王のリーダーであろうと、言うべき時は言う。

 それが俺のスタイルだ。


 俺はブレイゼルを指差した。


「お待ち下さい、ブレイゼル様!」


 静かな声が響く。

 ルヴィアナはようやく口を開いた。


「幹部同士の私闘は魔王様から禁じられているはずです。カプソディアも退いて」


「な! ルヴィアナ! なんでブレイゼルには“様”付けで、俺は呼び捨てなんだよ!」


「あなたは黙っててくれる。ややこしいから!!」


 ルヴィアナがすっごい顔して俺を睨む。

 こいつ、昔から知ってるけど、怒るとブレイゼルより怖いんだよな。


 そのブレイゼルが席を立った。


「お前の解雇は決定事項だ。とっとと荷物をまとめて出ていくんだな」


「あばよ! カプソディア……」


 ヴォガニスも続き、会議場の扉がパタンと閉められる。

 残ったのは、俺とルヴィアナだけだ。

 急に沈黙が落ちる。

 最初に口を開いたのは、ルヴィアナの方だった。


「だから、忠告しておいたでしょ。表面上でもいいから、ブレイゼルと仲良くしておきなさいって」


「俺は仲良くしてきたつもりだぜ」


 俺は口を尖らせる。

 すると、ルヴィアナは盛大にため息を吐いた。


「あんた、本当に四天王を――魔王軍を抜けるつもり?」


「あそこまで言われちゃあな。それに発言のことはともかく、未だに領地をもらえていないのも、俺がレベル1ってのも確かだ」


「それはあなたの死属性魔法が――」


「関係ないよ。……それにな」


 俺は改めてブレイゼルが放った極技の跡を見る。

 魔法鉱石ミスリル製の壁が一瞬にして消滅し、その向こうの山と大地がえぐれていた。

 あいつはこの技で、何千いや何万という人間を屠ることによってレベルを上げ、その功績が認められて魔王様から領地を賜ったのだ。


 ヴォガニスもそう。

 ルヴィアナだってそうだ。


 だが、俺にはこんな派手な活躍はできない。

 それ故に、今1歩――魔王様にアピールできていなかった。


「悔しいが、これからの魔王軍に必要なのは、ブレイゼルみたいなヤツだ。あいつが俺にやったことは許せねぇけど、あいつの力は認めてる。だから、あいつに出ていけって言われたら、出ていくしかねぇだろ」


「なんであんたは、いつもそう聞き分けがいいのよ……」


「ん? なんか言ったか?」


「別に……。くたばれ、馬鹿野郎って言ったの」


「ひでぇなあ。今日日の女勇者だってマシな台詞を吐くぞ」


「うるさい! とっとと出て行きなさいよ」


「へいへい」


 俺は大人しく引き下がる。

 だが――。


「カプソディア!」


「あん?」


「ご、ごめん。力になってやれなくて」


 そこには珍しくしおらしいルヴィアナが立った。

 一応、こいつだけは心配してくれているらしい。


「さっきはありがとな」


「え?」


「もし、さっきお前が間に入ってなかったら、大喧嘩じゃすまなかっただろう。四天王同士が争って良いことなんて、何1つないからな」


「……別にそういうことじゃないわよ」


「あん? 聞こえなかった。もう1度頼む」


「何でもないわ。ほら、早く出て行きなさい」


「へいへい」


 こうして俺――屍蠍しかつのカプソディアは、魔王城を後にした。

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