コミカライズ新章突入記念

クランベルの受難?

 それはある日の魔王城での出来事でした。


 午後のおやつの時間が終わり、グリザリア様の爪が伸びていることに気づいた私は、その手入れをさせていただいておりました。


 魔竜族ドラゴニアという種族の正当後継者であるグリザリア様は、名のとおり、竜にルーツを持ちます。


 それ故でしょうか?


 定期的に手入れをしなければ、あっという間に爪が伸びてしまいます。怠れば自分の身体を傷付けてしまうこともしばしばでした。


 生まれた頃は大層嫌がったのですが、今では執務をしながら爪の手入れができるほどに成長なされました。


 さすがグリザリア様です!


 そんなグリザリア様がふと本を捲りながら、やや退屈そうにこう呟かれました。


「クランベル?」


「はい。なんでしょうか?」



「人間の子どもってどうやって産まれるのかしら?」



 聞いた瞬間、私は思わず固まってしまいました。


 私はホムンクルスですが、元の素体は人間。魔王様にお仕えすることもあって、それなりに人間の知識も有しております。


 だから、人間の男女が生殖行動することによって、人が生まれることも存じておりますし、それが子どもに訊かれると困る三大質問であることも存じております。


 魔王様はすでに30年の時を生きておられますが、魔族の成長は人間と比べて遅く、3歳の子どもも同然です。


 果たして今、具体的に教えていいものかどうか、私は悩みました。


「そ、それは人間の女のお腹から……」


「なら、何故人間の女のお腹から子どもが出てくるの? クランベルは不思議に思わない」


 うっ……。


 さすがグリザリア様です。

 私が質問を交わそうとしても、しっかり切り返してきます。


 かくなる上は……。


「ぐ、グリザリア様。そろそろお疲れではありませんか? そうそう。先ほどおやつの時にお出しするのを失念していたお菓子があるんですよ」


「クランベル?」


「はい……(顔が引きつってる)」


「あなた、何かあたしに隠しごとをしていない?」


「そ、そのようなことは!」


 あります! めっちゃ今、私隠しごとをしようとしてます!!

 ごめんなさい、魔王様!!

 伏して謝りますから、この話題から離れてください!


 だいたいなんで今、そんなことに興味を持ったのですか?

 人間にご興味があることは存じておりますが、赤ちゃんを作る方法なんて。なんでそんなピンポイントな質問を……。


 魔族圏で普通に暮らしていれば、疑問すら持たないはずなのに…………って、グリザリア様は普通の暮らしてはしていないんでした。これは普通に失礼ですね、私。


 でも、これだけは言わせてください!


 グリザリア様が興味を持つのは、いつも斜め上過ぎます。

 なんでその見た目で、株に興味があるんですか? それも食べる蕪じゃなくて、の方だなんて。


 もう少し子どもらしいものに興味を持ってください。


「そ、そもそもグリザリア様? どうして、そのようなことにご興味を?」


「魔族は人間と比べて、生殖周期が長くて、なかなか増えないでしょ? でも、人間は違うわ。何か秘密があるはずよ」


 まともな理由だった。

 さすがグリザリア様。

 まさか魔族の未来を案じた疑問だったとは……。


 うっ……。そう。訊いてしまうと、真面目に答えなければならないという使命感が……!


「そう言えば……」


「どうしました? お菓子ですか?」


「クランベル、あなたさっきからお菓子推しが強くない?」


 冷静に突っ込まれた。

 先ほどお菓子を食べたばかりだから、お腹いっぱいなのでしょう。


 ショートケーキに、プリンアラモードは余計だったかもしれません。


「そういえば、魔族じゃないけど、ゴブリンも生殖能力が高いわね」


「え? そ、それは……」


 言えない! 言えるはずがない。

 あの種族は度々大勢で人間の小さな村を襲って、若い娘にPPPして、PPPているなんてとても言えない。


「ゴブリンだけじゃないわね。多足系や触手系の魔獣とかも、生殖能力が高いわ」


「ひぃいいいいいい!!」


「ん? どうしたの、クランベル?」


「え? いや、その……。なんでもありませんよ」


 ダメです。

 それだけはダメです!!


 絶対にグリザリア様の情操教育に悪い!

 は〇むとか、ポ〇腹とか、リ〇ナ系とか絶対ダメ。上級者向けというか、エッチなのは絶対にダメです!


 こうなれば仕方ありません。


 それっぽい話をして、誤魔化しましょう。偉大なるグリザリア様に嘘をついてしまいますが、致し方ありません。


 これはグリザリア様のためなのです。


「実はグリザリア様……」


「へぇ……。コウノトリっていう鳥が。うちにもほしいわね、それ」


「それがですね……」


「え? キャベツって子どもが産むことができるの? すごいわね。うちもキャベツを育てましょう」


 グリザリア様は我が意を得たりと、頷きます。


 ああ。お顔が眩しい。改めてすみません、グリザリア様。罰はいつか受けますので……。


「よくわかったわ。ありがとう、クランベル。そんなことを知ってるなんて、あなたは物知りね」


「いえいえ。そんなことは……」


 良心がグサグサ刺さる。

 あとで、セルフ鞭打ちでもしない限りは、このささくれだった精神は立ち直れないかもしれない。


 いや、油断してはダメです、クランベル。

 まずは一刻も早くこの話題から離れなければ。


「と、ところで、グリザリア様? 今、なんのご本を読んでらっしゃるのですか?」


「ああ。これ? 人間てきの押収物よ。面白いわね、人類って。戦争してるのに、本を持っていくなんて」


「はあ。どのような本なのでしょう?」


「あたしも読み始めたところよ。あるところに小さな村娘がいて」


「はあ……。村娘がいて」


「森に迷い込んでしまうの」


「よくある奴ですね。狼が襲いかかってきて、騎士が……」


「いいえ。出てきたのは盗賊よ」


「じゃあ、盗賊を倒して騎士が……」


「違うわ。小さな村娘は因縁をつけて、暗い穴蔵に閉じ込めるの。そこで大勢の盗賊に囲まれてってところまで――――」


「だ……だめ……」



 それ以上はいけない!!



 そして、グリザリア様は次のページをめくったのでした。  

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