外伝 Ⅱ 入れ替わってるぅう!⑩

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 翌日……。


「はい。出来たわよ」


 魔王軍学校にある調理室を借りて、ルヴィアナが生み出したヽヽヽヽヽものは、やはりおよそ料理とは言いがたいものであった。


 毒沼のような紫色の液体に、溶けかかった金属の如き何か、極めつけは人骨のようなものが刺さっている。

 すでに炊事場から離れて久しいというのに、マグマのような泡が浮かび、すでに皿の一部が溶けかかっていた。


「う……。改めて見ると、やべぇなあ」


 カプソディアとブレイゼルの入れ替わりを楽しんでいたヴォガニスも、この時ばかりは息を呑む。


「どうでもいいが、なんでいつも紫っぽい色になるんだ? 何を入れたらこうなるのか、謎だ」


 カプソディアも顎に滴った妙な汗を拭う。


「馬鹿者! ルヴィアナが作ってくれた料理だぞ。ありがたくいただくのが礼儀であろう!」


 ブレイゼルは1人気勢を吐くのだが、明らかに膝が笑っている。


 そんな4人をエリーテが遠巻きに見ているという構図である。


「相変わらず失礼ね。これでも誕生日会でのレシピを思い出しながら一生懸命作ったんだからね」


「誕生日会って……。ルヴィアナ、これは一体なんなんだ?」


「ケーキよ。見てわからない?」


「…………」


 カプソディアは頭を抱える。

 もはや語る言葉すらなかった。


「それにしても、これを改めて食うのか? つーか、よく食ったよな、俺ら。大精霊様の圧力があったとはいえ」


「言っておくが、今回オレ様は食べないぞ」


 ヴォガニスは腕を組んで、ふんぞり返る。


「わかってるよ。それで今度はお前の人格が変わったら、元も子もねぇからな」


(生け贄は俺とブレイゼルだけで十分だ……)


 カプソディアはやれやれと首を振り、観念してミスリル製のフォークを握る。

 かなり高価な代物だが、普通の銀のフォークでは溶けてしまうからだ。


 そんな物を今から胃袋に入れるのだから、気が重い。

 すでにカプソディアの胃はキリキリと抗議の声を上げていた。


「じゃあ、ブレイゼル。せーの、で食べるぞ」


「お前が仕切るな。我がタイミングを計る」


「変なところで対抗心を出すな! ……わかった。お前のタイミングでいい」


「よーし……。では、行くぞ。3、2、1」



 0……。



 ブレイゼルの合図とともに、カプソディアは自称ケーキを口に含む。


 ヴォガニス、エリーテ、そしてルヴィアナが見守る中、カプソディアとブレイゼルは黙って咀嚼する。


 瞬間、爆発的に2人の口内で自称ケーキの味が広がった。


(な、なんだ、この言いがたき甘さだ。いや、甘くは……ない? かといって、塩辛くも、苦くもない。なんだろう、この名状しがたい味は……。新しい味覚といっていいのだろうか……)


 カプソディアが自称ケーキを咀嚼しながら訴えれば、ブレイゼルもまた叫んでいた。


(うおおおおおおお! 何故だ! 何故か、涙が止まらぬ。これがルヴィアナが我を慮って作ってくれた料理か。そういうことなのだな。うおおおおおおおおお!!!!)



 食べながら涙を流していた。


(しかし、不思議な味だ。辛くもなければ、塩っぱくもない。渋味を感じるわけでもない。……なのに、何故だろう。おいしい……。そう。食感も、旨みも、感じない。牛酪の旨みすら感じないパンをもそもそ食べてるみたいなものなに、1周回ってうまいのだ。なつかしい感じだ。俺はこの料理に出会っている。どこだ。そうだ!!)


 カプソディアはそこで目をカッと見開いた。


(ルヴィアナの家でケーキを食った時と同じ感覚だ。あの時感じた不思議なおいしさを今、俺はまた感じている。ルヴィアナの料理は何度か食べてきたが、同じ味を感じるなんて初めてだ)


 カプソディアは両手を組み、祈るようにこちらを見つめるルヴィアナの方に振り返る。


 よく見ると、目の隈が濃い。

 組んだ指先にも、無数の生傷がついていた。


 どうやら夜通し、ここの調理場でケーキのレシピを思い出しながら作っていたようだ。


(ルヴィアナの奴、本当に一生懸命俺たちのために作ってくれたんだな。ありがとよ、ルヴィアナ。お前、成長してるよ。ちょっとずつ頑張れば、いずれ大精霊様のようにおいしいケーキを作れる……よう…………に………………なる……)


 そしてカプソディアの意識はそこで断たれたのであった。



 ◆◇◆◇◆



 懐かしい空気の匂いが、俺の意識を覚醒させた。

 それは夢か現か。ともかく実家の畳の香りとよく似ている。


 ゆっくりと瞼を開くと、真っ暗だった視界に光が差し込む。

 ぼやけていた焦点が合い、映し出したのは見覚えのある天井だった。


「……ホントだ? マジで俺の実家だ」


 狐に化かされたような気分になりつつ、俺は起き上がる。

 すぐ近くにあった小さな鏡に、ボサボサヘアーの俺の姿が映っていた。


 ふと見逃しそうになった重大事実を、俺は2度見した後、慌てて鏡を握りしめる。


 鏡に映る自分の顔を見ながら、俺の目頭は熱くなった。


 最後に両拳を天高く掲げ、叫ぶ。


「やったぁぁぁあああああ! 元に戻ったぞ!!」


 改めて自分の身体を見てみたが、他に悪いところはどこにもなかった。

 ちょっと胃がもたれた感じはするが、それ以外すこぶる健康だった。


「いや~、助かったぜ。それにしても、俺の身体最高! 実家のような安心感! ――なんてな。わははははは!」


 変なハイテンションになりながら、俺は笑う。


 久しぶりに帰ってきた実家を満喫するかと思い、振り返ると、何故か開かれた襖の側に妹がこっちを見ていた。


「げっ! お前、いたのかよ!!」


 思わず仰け反る。


(しまった……。今、妹はめんどくさい年頃なんだ)


 俺の妹は、人間でいう思春期真っ盛りである。

 「お前」とか言われたりするのを嫌い、俺の半裸を見ただけで、「さいてー!」と凄い剣幕で怒ってくる。


 俺はまた妹の琴線に触れたかと思い、身構えるが、何も飛んでこない。

 襖に顔半分を隠して、じっとこっちを見ている。何故か、その頬は赤くなっていた。


(な、なんだ。2、3年ほど見ない間に、どうしたんだ、こいつ)


「ど、どうした、わ、我が妹よ。……ああ。もも、もしかして、お前が看病してくれたのか?」


「…………(こくり)」


「そ、そうか……」


 …………しばし沈黙。


(気まずぅ~。ちょっと何これ、めっちゃ気まずいんですけど! これなら昔みたいにプリプリ怒ってくれた方がよっぽどやりやすいんだが!!)


「お、俺……。何日寝てた?」


「…………(指を6本立てる)」


「む、六日か。そうか。随分と寝てたな。あは、あははははは……って――――」



 いい加減にしろ! つか喋れ!!



 俺は本来のツッコみ気質を抑えられず、思わず声を上げてしまった。


 だが、腐ってもカプソディアの妹である。


 昔から兄のツッコみに耐えてきた実績がある。

 これぐらいどうということはないだろうと思っていたのだが……。


「キャッ!」


 突然、妹は尻餅を付いてしまった。


「お、おい。大丈夫か?」


 ちょっとやり過ぎたか。俺は慌てて手を差し出す。

 それを見て、妹の顔は何故か益々赤くなった。


「な、なんだ? お前? 顔が赤いぞ。風邪でも引いたか。そういえば、ルヴィアナもこういう時あるよな。魔族の間で流行ってんのか」


「だ、大丈夫」


 とやっと妹は立ち上がる。そのまま立ち去るのかと思いきや、頭1つ大きな兄を上目遣いで見つめる。


「あ、あのね。お兄ちゃん……」


「あん? なんだ?」


「こ、この前……その……」


 妹はギュッと拳を握り、足先をモジモジさせる。


「こ、この前?」


「ほら。今回みたいに寝込んでたでしょ?」


「あ、ああ……!」


 俺はハッとする。

 もちろんこの前寝込んでいた時の記憶など俺にはない。

 何故なら、その時ブレイゼルと入れ替わっていたからだ。


 嫌な予感がしまくりだ。


 恐る恐る俺は尋ねた。


「そ、それがどうしたんだ?」


「あ、あのね……。わ、わた……」


「わた…………」


「その……。私がかわいいってどういうことかな」


 妹はそっと兄――つまり俺を見つめる。


 潤んだ瞳で……。


 鈍いカプソディアでも何となく察した。その視線の意味を……。


 そう。青春甘酸っぱい系のヒロインが、主人公を見るような瞳だったのだ。


「ぶ、ぶ、ぶ……」



 ブレイゼルの野郎! 一体、俺の妹に何をしやがったぁぁあああああああああああああ!!!!!




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