外伝 Ⅲ ケルベロスの日常(じゅなん)

外伝 Ⅲ ケルベロスの日常(じゅなん)

☆★☆★ コミック6巻 8月8日発売 ☆★☆★


『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本6巻が8月8日発売です。

表紙は、魔王様! 芳橋先生、めちゃくちゃ可愛く描いてくれました。

その魔王様も久しぶりに出てくる第6巻を是非ご予約お願いします。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 我が輩はケルベロスである。

 名前? 別にどうだっていいのである。

 ケルベロスといえば、我が輩。我が輩と言えば、ケルベロスである。


 我が輩は由緒正しい血統書付きのケルベロスである。

 魔獣の合成所というところで生まれ、そこで100年ほど過ごした。

 三つの首がようやく据わるようになり、我は飼いケルベロスとしてペットショップに売りに出された。


 ペットショップと侮るなかれ。


 我が輩が売られていたペットショップは、幹部や種族の長が通うような高級店である。そこで我が輩はさらに100年を過ごした。その間多くの同胞たちを見送り、そして我が輩の値段はドンドン下がっていった。


 どうも我が輩の容姿は、魔族にウケが悪かったらしい。

 ケルベロスといえば、番犬を望む飼い主が多く、シャープな身体を求められる。

 しかし、我の顔は100年間同胞たちに貢がせた餌によってパンパンに膨れ上がり、身体は極度の運動不足によって爪も立てられないほどの丸くなっていた。

 おかげで檻が10回も変わってしまった。


 そんな我が輩もついにシャバに出ることになった。

 引き取り手が見つかったのだ。

 それが1人目の飼い主だった。


 我が輩を飼おうという飼い主である。

 さぞ高貴な魔族であろうと思ったが、違った。

 如何にも根暗な黒いフードに、青白い肌、幸薄そうな顔。目の下の隈も濃い。


 はっきり言ってこいつはダメだと思ったものである。

 聞けば魔族の幹部だそうだが、そんなオーラは微塵も感じない。

 我が輩にはヒキニートにしか見えなかった。


 とはいえ、今振り返ると悪い飼い主ではなかった。

 ご飯はうまかったし、大事にはしてくれていた。

 欠点を挙げるなら、家に帰ってくることが少ないということだろう。

 1週間丸々返ってこない時があって、空腹で生死を彷徨ったこともある(その時は、主の死属性魔法で生き返ったのだが)。


 あと、やたら俺に魔族の愚痴を聞かせることだ。

 こっちが言語を喋らないことをいいことに、長いと6時間ぐらいずっと続いた。

 話している時の表情が怖くて、ちょっとチビってしまったこともある。


 まあ、欠点を挙げたらキリがない飼い主だが、悪いことばかりではなかった。

 時々、飼い主の仲間たちが家にやってくるのだが、そこに1人もの凄いべっぴんな女が含まれていた。顔も身体も我が輩好みで、ちょっとエッチに甘えても怒らない最高の女だった。


 あの頃は本当に良かった……(遠い目)。


 まさかその女が2代目飼い主になるとは。

 正直に言って、初代飼い主から2代目飼い主の元に行けと言われた時は、小躍りしたものだ。全速力で家に向かったし、全力で甘えた。

 初代の飼い主と比べれば、大きな屋敷だし、それにいい匂いがする。

 まさに天国である。


 ……ああ。でも、何故だ?


 仮に我が輩と2代目飼い主を引き合わせた、運命の神様という存在がいるのなら余ほど愚か者であろう。

 あんな地雷女だったなんて、誰が予想できようか。

 何故、初代飼い主はあんな女と付き合っていたのだろうか。

 恋仲かどうかは知らないが、我が輩から言わせれば、頭……いや、舌がおかしいとしかいいようがない。


 百歩譲って、飯が不味いのはいい。

 それも愛嬌だし、魔族だって完璧じゃない。

 何か欠点を持ってたりするものだ。

 だから、我が輩は耐えたよ。

 いつかおいしい飯を食えることを信じて……。


 結果、我が輩の身体はやせ細っていた。

 そりゃそうである。何せまともに飯を食っていないのだから。

 1度近所の飼いケルベロスの餌を横取りしようとしたが、返り討ちにあってしまった。それほど、我が輩は弱っていた。


 我が輩は本気で嫌がってるのに、2代目飼い主はまったく我の心を汲み取ってくれない。1度、必死に弁明してみたものの……。


「なに? もっとくれ? そんなに私のご飯がおいしかったの?」


 地獄のメニューを追加してくる。

 その時、我が輩は思った。


 ダメだ。(この飼い主の舌は)腐ってやがるって……。


 そんな我が輩ができることといえば、逃亡だ。

 ともかく少しでも遠くへ2代目飼い主のもとから離れるということだった。


 しかし、ずっと続いた絶食によって我が輩の身体にもはや体力は残されていなかった。

 いくらも走らないうちに息切れし、気づけば倒れていた。


 意識が途切れる最中、我が輩が思ったことは、「ペットショップでもうちょっと運動をしておくべきだったぜ」だった。





「うっ……」


 我が輩は目を覚ました。

 嫌な夢だった。いや、あの家でのことはそのまま我が輩のトラウマになっているのだろう。もう一生この傷は癒えないかもしれない。それほど、あの家での仕打ちはひどいものだった。


ケロヽヽちゃん、起きたの?」


 一緒に起きたのは、竜人族の雌だった。

 名前はガル美。我が輩の3代目飼い主である。


 ガル美は森で倒れていた我が輩を助けてくれた恩人だ。

 以来、我が輩は彼女の元でお世話になっている。


 ガル美の家はワンルームで、ガタイの大きな竜人族には狭い部屋だ。家事も完璧にこなせる方ではなく、ご飯も残飯ばかり。

 でも、ガル美は家庭に仕事を持ち込まない主義らしく、愚痴らしいことも言わないし、残飯でも死の危険性がある食べ物を食うよりは1000倍マシだった。

 それにやや強面でも、愛嬌のあるガル美の性格は嫌いじゃない。


 しかし、普段ニコニコしているガル美の顔が涙で濡れることがあった。人類圏で諜報活動しているガル美の兄が殺されたのだ。


 いつも明るいガル美がふさぎ込んだ姿を見るのは、我が輩も辛く、ただ側に寄りそうことしかできない己を呪った。


「ありがとね、ケロちゃん。ケロちゃんがいたからあたし、あたし……生きていられるわ」


 ガル美は涙ながらに我が輩に感謝した。


(おのれ! ガル美にこんな顔をさせるなんて! こんなに優しいガル美の、その兄を殺すなんて! 一体どんな畜生だ!!)


 同時に我が輩はガル美の兄を殺したクソ野郎を呪った(コミックス4巻参照)。


 そして、それからも穏やかな日々が続いた。いつしかこの狭いワンルームが、我が輩のベストプレイスになりつつあった。


「ケロちゃんは飼い主さんのところに戻りたくないの?」


 しばしばガル美は似たような質問を我が輩に尋ねた。気のせいか最近、その質問が増えたような気がする。


 元の飼い主が初代を指すのは、2代目を指すのかわからないが、我が輩にはそんな気はサラサラない。


 我が輩は一生ガル美に添い遂げるつもりだ。


 それを示すためガル美の硬い鱗に頭を擦り付ける。ガル美も我が輩の自慢のモフ毛を弄ぶ。


「甘えん坊ね、ケロちゃんは」


 ああ。雄ってのはいつでも甘えん坊なのだ。





 しかし、別れは唐突にやってきた。


「ケルベロス……」


 それは聞き慣れた声だった。

 同時に我が輩のトラウマが蘇る美しい声でもあった。


 ガル美の家の周りを勝手気ままに散歩していたら、2代目飼い主に出会ったのだ。


 な、何故ここに!?


「ルヴィアナ様……」


 振り返ると、ガル美が立っていた。

 2代目飼い主としばし睨み合う。

 どこか殺気めいた静寂。

 唾を飲み込むことすら許してもらえそうにない。


「ガル美……?」


 まずい。

 2代目飼い主は怒っている。

 2代目飼い主は「四天王」の一角を担う大幹部。

 対するガル美は薄給のいち後方勤務でしかない。


 その飼いケルベロスを勝手に飼っていた。

 そんなの許されるはずがない。


『バウッ!』


 我が輩はガル美と2代目飼い主との間に入り、立ちふさがる。


「ケロちゃん?」


『バウっ!(行け! ガル美、お前は逃げるんだ)』


 なんとしてもガル美を逃がす。

 それが我が輩を匿ってくれたせめてもの礼だ。


「ケロちゃん……!」


 早く逃げるんだ、ガル美。

 お前は関係ない。これは我が輩と2代目飼い主との問題だ。お前が巻き込まれる筋はない。


 あと、最後だから言うけどな……。

 我が輩はケルベロスだ。

 略すなら「ケロちゃん」じゃなくて、「ケルちゃん」だからな。「ケロちゃん」じゃ、我が輩は蛙になってしまう。


 まあ、そういうおバカっぽいところも嫌いじゃなかったがな。


『バウッ(さようなら、ガル美)!』


 我が輩は2代目飼い主に突撃していく。すぐに我が輩は抱きしめられた。久しぶりの柔らかい感触。何よりいい匂い。


 これでいい。ガル美が無事であれば……。


「良かったぁ! 心配してたのよ、ケルベロス。ありがとね、ガル美! 預かってくれてて」


「いえいえ。急な出張だったんですから仕方ないですよ、ルヴィアナ様」


『バウッ?』


「まさか探していたケルベロスが見つかった日から出張を言い渡されるなんて思っても見なかったわ。急に預かってなんて無理言ってごめんね。あ。そうだ。これつまらないものだけど、お土産」


「ありがとうございます! いえいえ。いつでも言ってください。……あ。でも、かれぴっぴが怒るかな。ケロちゃんを飼うには狭いから一時的に出てってもらったんです」


「ええ! そうなの。ごめんね」


「でも、狭い部屋なのにケロちゃんとっても大人しくて。最後なんて出ていきたくないみたいな感じでした。食費も半端なかったし」


「ダメよ、ケルベロス。愛の巣を邪魔しちゃ。じゃ、またね。彼氏さんによろしく!」


「はい。じゃあね、ケロちゃん! ばいばーい!」


 すっごい軽い感じで我が輩は見送られる。

 ガル美は我が輩の姿が消える前に、ちょうどやってきた彼氏といちゃつき始めた。


「うらやましいわね」


 2代目飼い主はため息を漏らす。


 こうして我が輩の小さなベストプレイスは消滅した。


 ガル美の家で20キロ増えた体重は、1週間後30キロ落ちてしまった。

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