魔王様と安楽椅子探偵②
あけましておめでとうございます。
本年も『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』ともども、よろしくお願いします。
そして新年早々ですが、2024年1月8日に単行本9巻が発売されます。
冬のボーナスと、お年玉をちょっと残してもらって、お買い上げいただけたら幸いです。
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先代魔王ゾーラ。
魔界時代を含めて、5000年以上の長きに亘って、魔族の頂点として君臨してきた『魔王の中の魔王』。その力は大地を割り、その魔力があらゆる種族を平伏させるほど強力で、その生涯で全力を出したことが1度もなかったという。
実はあたしが生まれる前に死んでしまったため、実は面識がない。その人柄について尋ねると、あまりはっきりしない。曰く「恐ろしい」、曰く「子どものような人間」、曰く「酒飲み」、曰く「陰の支配者」。なんともまとまりがない。掴みどころすらなかった。
だが、総じて言えることは「恐怖」そのものであったらしく、古参の魔族の中には名前を出すだけでも口を震わせる者もいるという。そこまで聞くと会ってあたしとどっちが強いか比べてみたいものだけど、生憎と魔王ゾーラほどの強大にして、膨大な魔力の持ち主である存在を復活させる手立てはない。そもそも老衰で死んだ魔族を蘇生させたところで、身体が朽ち果てすぐに死んでしまうらしい。
その先代魔王が幽霊となって現れた。
話を聞いた時、「なるほど。その手があったか」とポンと手を打ったが、幽霊となって化けて出るということは何かしらの未練があるということだ。魔族の話を総合するに、面白がってかつての部下たちの前に化けて出ることはあっても、工事の邪魔をするような魔族ではないはず。そもそも未練など持ちようがないぐらい大往生だったと聞いている。すでにその魂は虚無に呑まれていることからも、その幽霊は偽物だることは確かだ。
それでも魔族たちに刷り込まれている先代への恐怖がぬぐえないらしい。ブレイゼルが報告しなかったのも、信じられないというよりは、先代魔王が持つ不気味な恐怖からなのかもしれない。
「魔王様?」
声をかけてくれたのは、クランベルだった。危ない危ない。随分長く沈黙していたらしい。これではまるであたしまで先代魔王を恐れているみたいじゃない。
先代魔王とあたし――グリザリアの評価を聞いた時、魔族たちが口を揃えていうのは、現状では先代魔王ゾーラに軍配が上がるそうだ。しかし、あたしはまだ生まれたばかりの魔王……。潜在能力を含めれば、あたしに分があるらしい。まったく……、舐められたものだわ。
「なんでもないわ。それで? 何か実害が出ているのかしら?」
「実は作業員の1人が行方不明になっていて」
「それは人間の捕虜?」
「はい。誠に申し訳ありません」
「いいわよ、別に。人間の1匹や2匹が逃げ出したところで。それよりも、もう少し情報がほしいわね」
「はっ! 必ずや幽霊の正体を暴いてみせます」
あたしの重力魔法によってブレイゼルの身体が地面にめり込んでいく。さすが赤竜族の身体ね。あたしの魔法を受けて、骨が折れないなんて。まあ、手加減をしてあげてるけど。
「聞こえなかったの、ブレイゼル。あたしは犯人を捜せなんて言ってないわ。情報がほしい――と言ったの」
「し、しかし――――ぐふっ!」
まったく反抗的ね。
四天王のリーダーって、こいつで大丈夫なのかしら。ルヴィアナやカプソディアに任せた方がいいように思うけど。
「魔王様、何を考えておられるのですか?」
「グリザリア様は、ご自分で幽霊を――いえ、犯人を見つけると言っておられるのですよ」
ルヴィアナの質問に、あたしに代わってクランベルが答える。
「よろしいのですか?」
「イヤだっていっても、あたしはやるわよ。千載一遇の『安楽椅子探偵グリちゃん』の活躍の場なんだから」
「安楽椅子……? グリ……ちゃん?」
「とにかくあんたたちは、幽霊が現れたっていう現場に行きなさい。そうそう人類側では、こういうそうよ」
現場百遍ってね。
◆◇◆◇◆ 四天王たち ◆◇◆◇◆
魔王グリザリアの命令により、四天王の3人は先代魔王の幽霊の目撃例があった場所にいた。
本来こういう現場仕事は部下たちに任せるものだ。嬉々として向かうのは、変わりもののカプソディアぐらいである。
「幽霊どころか、気配もねぇじゃねぇか」
「何を期待していたのよ、ヴォガニス」
「いいだろう。あの先代に会えるんだぜ。また喧嘩したいだろ」
ヴォガニスはグルグルと腕を回す。
「喧嘩って……。したことあるの?」
「ねぇよ。でも、する約束はしたぞ。その前に死んじまったがな」
「ふん。お前如きが、ゾーラ様に勝てるものか」
ブレイゼルは肩を竦める。
だが、ルヴィアナの表情は神妙だった。噂によれば、先代魔王はヴォガニスの実力を高く評価していたという。実際、2人が戦ったことがあるという噂もあるが、たった今本人が否定してしまい、その可能性はなくなった。
ただこれはあくまでルヴィアナの深読みだが、「喧嘩」をやったことがないだけで、「殺し合い」はしたことがあるという意味合いも考えられる。ヴォガニスは四天王の中でも切っての暴れ馬だ。そういう言葉の相違は、よくあることだった。
「ヴォガニス……」
「ルヴィアナ!」
声をかけようとする前に、ブレイゼルがルヴィアナの手を取る。さりげなく腰を抱き、引き寄せ、自称魔界No.1の美貌を近づけた。
「今日、この後空いてるか?」
「ちょっ! ブレイゼル、仕事中でしょ!」
「構うものか! そもそもこんな仕事は家臣どもに任せておけばいい」
「今の言葉、グリザリア様にも言えるのかしら」
「甘くみるな、ルヴィアナ。我はいつか魔王様の一番の尖兵となる男だぞ」
「まずは忠義を見せなさい。そもそもあなた、そういうことをしてる場合じゃないでしょ? 私の頼んでる例の件、大丈夫なんでしょうね?」
「ハッ! バッチリだ」
「バッチリなら、こっちを向きなさいよ」
「おい。イチャつくのも、それぐらいにしろよ。グリザリア様に怒られるぜ」
「イチャついてない!!」
ヴォガニスが茶々を入れると、ルヴィアナは憤然と言い放つ。後ろでは何故か、ブレイゼルが「うんうん」と頷いていた。
「2人で何を話してたんだよ」
「別に何でも……。今、家にママが来てて大変って話」
「おお。ルヴィアナのかーちゃんか。あのおっぱいがでっかい」
「ヴォガニス、人の家の母親を捕まえて、堂々と身体の一部を褒めないでくれる。あんた、もうすぐ結婚するんでしょ?」
「いい女のいいところを褒めるのは、男の義務みたいなもんだろ」
「ったく……。それより何かあった?」
「何って?」
「匂いとか……。不審な足跡とか?」
「オレ様は犬か!!」
ガルルル、とヴォガニスは牙を剥きだし、ルヴィアナの方に向かって唸ってみせた。
その側で、ブレイゼルが地面を凝視している。何かを拾いあげると、ポケットに隠してしまった。
「ブレイゼル、今何を隠した?」
「何も……。気のせいだろう、ヴォガニス」
「ったく……。ルヴィアナといい、ブレイゼルといい」
ヴォガニスは禿頭を撫でる。
何か行き詰まった空気を打破するように、ルヴィアナは話題を変えた。
「この辺って魔王城の中心部分よね、ブレイゼル」
「そうだな。……そういえば、この近くだな」
「何が?」
「先代魔王の居室だ。今は誰も寄りつかん」
「へぇ……。そいつはおもしれぇ。行ってみようぜ。幽霊が出るかもしれねぇし」
「そう簡単に行くかしら……」
「今は先代の私物を入れる倉庫となっているからな。だが、先代の幽霊を捜す手がかりとすれば、それ以上の場所はないだろう」
「行ってみましょう」
3人は先代魔王ゾーラの居室に向かう。そこは昔のゾーラが執務をしていた執務室で、増築した後は寝室となり、亡くなった後は先代の私物を保管する倉庫となっていた。
雰囲気も不気味で、魔族ですらより付かない。というか、魔王城の中心であるこの辺り自体、特に用がないため人通りというか、魔族通りは皆無であった。
四天王たちは扉の前に立つ。
ドアノブを握ると、ルヴィアナは異変に気づいた。
「不用心ね。施錠されてないじゃないの。盗人でも入ったらどうするのかしら?」
「構わんだろ。先代の居室から物を盗もうなんて考えるヤツなど魔族にはおらん」
「それもそうね」
中に入っているみると、なんとも普通の居室だった。先代魔王――いや魔王となれば、もっとおどろおどろしい光景を想像するものだが、どこにでもある至って普通の居室だった。ただ倉庫として扱われてるだけあって、そこかしこに衣類や宝石箱、果ては先代魔王が収拾していた魔導具などがゴロゴロと転がっている。これだけあれば、誰かがくすねていてもおかしくなかった。
「あまり迂闊に喋るなよ。中には起動している魔導具があるかもしれん。何が起動式になるかわからん」
「さすがは魔導具については詳しいわね。……ねぇ。これを見て」
ルヴィアナが注目したのは床だ。そこには何かを引きずったような痕が残されていた。
「衣擦れかしら」
「確か先代は厚手のローブを身に着けていたな」
「おいおい。これが先代のなら、実体があるってことじゃないか、ブレイゼル? ――っておい。ブレイゼル、聞いてるのかよ」
「あ。いや、すま…………。ヴォガニス。どうやら我に質問するより、本人に聞いた方が良さそうだぞ」
「あん?」
ヴォガニスは振り返る。
そしてルヴィアナもまた、
一方、ブレイゼルの口角が上がる。
「お久しゅうございます」
先代魔王ゾーラ様……。
そこに闇の気配を背負った魔族が立っていた。
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