魔王様と安楽椅子探偵
魔王様と安楽椅子探偵①
【1月8日単行本9巻発売記念】
ニコニコのコメントを見て、着想にいたりました。
中身はいつもの「ククク」な感じを踏襲しつつ、ちょっと毛色が変わっておりますが、楽しんでいただければ幸いです。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
それはまだあたしが玉座から離れられない
「まるで魔王陛下は安楽椅子探偵のようですな」
その男はあたしが玉座から離れられない理由を聞いて、そう言った。男の名前は特に覚えていない。見窄らしい襤褸――いわゆる一般的な囚人の服を着ていて、髪も髭も伸び放題だった。ただ少し不思議だったのは
ほとんどの囚人があたしが魔王だと聞いて怯えるか、あるいは姿を見て侮るかなのだけど、男はどれでもなかったわ。綺麗な硝子玉みたいに透けた瞳をあたしにじっと見つめていた。あたしが玉座から移動できないことよりも、まるであたしが魔王であることそのものを哀れんでいるようにすら見えたわ。
……それにしてもこいつ、どっかで見たことあるのよね。どこだったかしら。
まあ、いいわ。
さて、あたしはそんな態度をとられても憤ることはなかった。こっちは魔王で、あっちは囚人。こっちが立場が上なのは百も承知だし、八つ裂きにしようと思えばいつでもできる。偶然にも
男の表情というよりも、あたしは発した言葉に興味を持った。
「安楽椅子探偵?」
「おや。魔王様ともあろうものが知らないのですか?」
今のはちょっとイラついたわ。
いや、ちょっとだけ。ちょっとだけだから。魔王たるあたしが、囚人ごときの言葉に心を動かされたりしないんだから!
なんでも男は兵士になる前に「作家」なる職業を生業にしていた。というかこの情報は前もって知っていた。人間の捕虜の中で、一際のその職業だけが目立ってみえたから、少し話をしてみたいと思ったのよ。
男はまず「探偵」というものの概念について説明を始めた。「探偵」というのは、言わば「推理小説」というものに欠かせない空想上のキャラクターらしい。「推理小説」というのは一般的に空想上のお話の中で起こった事件を、「探偵」と相棒となる「主人公」が証拠を探し、犯人のアリバイを崩しつつ、犯人を突き止める話なのだそうよ。
実際、人類の社会には探偵なる職業がいるらしいのだけど、そっちは「猫探し」や「浮気調査」といったことをするのだと、男は捕捉した。
実は、もうその時点であたしはワクワクしていた。不覚にもね。男の話というよりは、「推理小説」と「探偵」なる存在に興味を持っていた。実際、事件が起こるとなると、仕事が増えて面倒だけど、空想上というなら話は別だわ。人が死ぬという点も刺激的でとても評価できる。
そして、男は肝心の「安楽椅子探偵」の説明に入った。
「『安楽椅子探偵』とは、『探偵』の一種とお考えください。本来『探偵』は積極的に事件に関与し――それがまあ、トラブルのもとになることもあるのですが――それはさておき、つまり『探偵』が動くことによって事件が解決する、といっても過言ではありません」
「『安楽椅子探偵』はどうなの?」
「言わば逆……。普通の『探偵』とは違い、事件に対して能動的に関与し、自ら現場に赴くことなく、集められた証拠や人からの話を聞いて、ただ1つのところに留まったまま遠く離れた事件を解決するのです。それこそ魔法のように……」
そこまでの説明を聞いて、何故男があたしを見て「安楽椅子探偵」と言ったかわかった。あたしもまた1つのところに留まり、四天王をはじめとした重臣たちの話を聞き、問題解決に向けての指示を出している。それはもはや日頃のあたしではないか。
「なるほど。面白いわね」
あたしはその辺にあった鹿打ち棒を取り、頭にかぶった。
「いいでしょう。あたしが魔族の『安楽椅子探偵』になってあげる」
◆◇◆◇◆
「それはこういうことよ、クランベル」
あたしはクランベルから氷室からプリンが消えたという知らせを聞き、推理を披露した。
どうやら当たっていたらしく、クランベルはパチパチと手を叩く。
「さすが、魔王様ですわ。よく頑張りました」
「はあ……」
「どうしました、グリザリア様? 私のお話、面白くなかったですか?」
「クランベルのせいじゃないの。……でも、いざ『安楽椅子探偵』を気取ってみると、事件ってなかなかないわね」
「人間の捕虜のお話ですね」
「そうそう事件があっても困るわよ。殺人事件とかあっても何度もあっても困るし」
とは言いつつ、事件に飢えていることは本当なのよね。誰か手っ取り早く死んでくれないかしら。できることなら、あたしが見えない遠くの方であってほしいわ。
少々退屈していると、クランベルが突然立ち上がった。理由はわかっている。四天王たちが謁見の間にやって来たのだ。
「お入り下さい……」
謁見の間の扉が開くと、3人の魔族が入ってきた。
即ち――――。
赤竜族〝
風の魔精霊〝
深海族〝
魔王軍が誇る幹部たちだ。
あたしから言わせると、まだまだ甘ちゃんだけど。
3人はそれぞれあたしの前に膝を突き、頭を垂れた。
「グリザリア様、仰せに従い、四天王参上いたしました」
「ん? 1人足りないわね」
いつも顔色が土気色で、幸薄そうな顔をしている亜屍族がいたはずだけど……。
「カプソディアは出張中です。グリザリア様がお命じになられたと思いますが」
「そ、そうだったわね」
あ、危なかった。そうだった。そうだった。四天王の最後の1人〝
「それで魔王様、我ら四天王を呼び出したということは、いよいよ人類との決着を……」
「馬鹿なの、ブレイゼル」
「はっ?」
「四天王が1人欠けている状態で、戦争なんかするわけないじゃない」
「お言葉ですが、魔王様。カプソディアは戦闘向きではなく、いなくともこのブレイゼルが……」
「はあ……」
あたしは少し大げさにため息を吐いてみせる。相変わらず、ブレイゼルが血気盛んね。頭の中に戦争という文字しかないのかしら。だから、甘ちゃんなのよ。
その点、カプソディアがうまくコントロールしてくれているから助かってるけど、あいつがいなかったら四天王なんて秒で壊滅するわね。
「知ってる? あんたみたいな無茶する魔族が、魔王軍には多いの。それを蘇生させるのを誰が担うのよ」
「そ、それは死…………」
「まさか『死ななきゃいい』なんて言わないでしょうね。戦争に、いや勝負に絶対なんてないの。慎重でありすぎることも問題だけど、何も考えずツッコむ方が愚かの極みよ。それともブレイゼル、いっぺん死んでみる? 少しはその馬鹿さ加減が元に戻るかもよ」
あたしが指先で魔力をこねくると、ブレイゼルはたちまち顔を青くして、頭を下げた。
横でヴォガニスが笑い、反対側ではルヴィアナがため息を吐いて、やれやれと首を振っていた。2人の暴れん坊をあやすのに、ルヴィアナも大変ね。
「あんたたちを呼んだのは、他でもない――魔王城の改修についてよ。進捗が遅れてるでしょ? どうなってるの?」
今、魔王城は改修作業が行われている。命じたのはあたし。提案したのは、カプソディアだ。この魔王城は先代の魔王――つまりあたしの祖父の代に建てられた。はじめはこじんまりとした城だったのだそうだけど、増築に増築を繰り返し、上へ横へと伸びていき、今の姿となった。そのため古い場所と新しい場所が混在している。
今回改修しているのは、魔王城の古い部分だ。最古のものとなれば、すでに2000年以上経過している場所もあり、あちこちガタがきているらしい。しかも魔王城の中心部分が主であるため、そこが瓦解すれば魔王城全体に壊れることにもなりかねない。そうならないために大規模な補強工事が必要になったのである。
「確か来月には改修工事の完了のセレブレーションが行われる予定よね。それまでに間に合うの?」
「間に合います。間に合わせます!」
ブレイゼルは力強く断言するけど、はっきり言ってあまり信じられない。あたしはすぐに横で頭を垂れたルヴィアナに視線を向けた。
「どうなの、ルヴィアナ」
「現在、暗黒騎士や、魔王様からお許しをいただいた上で人間の土木関係のものを徴用して、なるべく来月のセレブレーションまで間に合うように動いております。ただ1つ問題がありまして」
「問題? そんな報告聞いてないわよ」
「る、ルヴィアナ。その話は……」
狼狽える反応を見たところ、ブレイゼルがルヴィアナたちに口止めしていたようね。
「話しなさい。今なら許してあげる」
「……実は、見たのです」
「
「その通りです、魔王様。出たのです、幽霊が……」
「はあ?」
「それもただの幽霊ではありません」
先代の魔王様の幽霊が出たのです。
こうしてあたしの事件は幕を上げたのだった。
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というわけで、魔王様の一人称を中心のお話になります。
よろしくお願いします。
2025年1月8日発売!!
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の第9巻が発売されます。
魔王様降臨編が完結。いよいよ舞台は海の都セイホーンに移ります。
新章も大変楽しいお話になっておりますので、ご予約の方よろしくお願いします。
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