魔王様と安楽椅子探偵③
2024年1月8日発売!!
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本8巻をよろしくお願いします。
新章突入! 今巻もやっべぇキャラが登場してますんで、よろしくお願いします。
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先代魔王ゾーラがどのような容姿をしていたか。それを知る者は非常に少ない。しかし、出会った者たちが口を揃えて話す言葉がある。
すなわち『闇』だ。
ゾーラの魔力があまりにも強力で、常に身体があふれ出るほどだった。故にその周囲は黒い魔力に覆われ、ピーク時においては3つ山の向こうまで、その影が見えたといわれる。
その姿は言うまでもなく禍々しく、かつ魔王然としていて、ゾーラに対して特別な恐怖を持つ一因であると言われてきた。
その魔王が――――いや、その闇そのものが、突如四天王たちの前に現れる。魔力の軋みが耳障りな音を立てる中、得意げな顔で舌舐めずりをしたのは、ヴォガニスだった。
「おもしれぇえ! 誰だか知らねぇが、オレ様が相手になってやるよ!」
ヴォガニスは単細胞であり、四天王切っての戦闘狂だ。見た事実よりも、闘争を好む。この時、ヴォガニスは突如蘇った魔王が本物かどうかよりも先に、殴りかかっていた。
タンッ!
ヴォガニスが突っ込んだ瞬間、聞こえてきたのはその剛剣が魔王の頭蓋を破壊する音ではなく、軽やかな足音だった。
先代魔王はひらりとヴォガニスを躱すと、さらに奥にいたルヴィアナへと迫る。ヴォガニスと違って、多少頭が切れるルヴィアナは一瞬状況に躊躇してしまった。有り体にいえば、目の前のゾーラの真偽が固まらないうちに、殴り飛ばしていいものか、と考えたのだ。
しかし、それが命取りだった。先代魔王の魔力が、ルヴィアナに襲いかかる。そのまま何事もなければ、魔精霊族の娘は闇の中に呑まれるだろう。
小さく悲鳴を上げる中、ルヴィアナの目の前で赤い炎が燃え上がった。
ドンッ!
炎の柱が先代魔王の居室で立ち上がる。暗闇の中にあった部屋は、一気に赤く映し出された。
「ルヴィアナ、大丈夫か?」
「ブレイゼル、ありがとう」
「1つ貸しだ。この後、飲みに行くぞ」
「そういうことを言わなかったら、カッコいいのに」
「ん? 何か言ったか?」
「何も……。悪いけど、先約あるの。今日は無理よ。……それより火力が強すぎない」
ブレイゼルの炎は、先代魔王の身体を飲み込む一方で、居室の棚や調度品なども燃やし尽くす。ブレイゼルの炎は、ドラゴンが生み出す炎息とほぼ道程度の威力を誇る。どんなに頑丈に作られた盾や防具であろうと溶かし切る力を持っていた。居室はあっという間に炎にくるまれ、木製の部分を一瞬にして炭化に追い込む。闇と炎の違いはあれど、ブレイゼルが持つ魔力の強さも決して侮ることはできない。
「ふん。先手必勝だ」
ブレイゼルはニヤリと笑う。
しかし、炎の中で影が揺らめく。人間が触れれば、一瞬で身が溶かされるほどの高温の中から、先代魔王が現れた。
「そんな! 我の炎が!!」
「ブレイゼルの炎を浴びて、無傷なんて!」
火柱から現れた先代魔王だったが、それだけではない。真っ直ぐブレイゼルへと向かって行く。自分の炎が効かないのを見て、半ば狂乱するブレイゼルだったが、意外なことが発生する。
そのまま先代魔王はブレイゼルに襲いかかるかと思えば、そうではない。その横をゆらりと通っていくと、居室の横切り、外へと出て行った。
ブレイゼルはペタッと尻餅を付く。
「おい。待て!」
1人元気なヴォガニスが後を追う。
しかし、先代魔王の姿はどこにもなかった。
まさしく幽霊のように消えてしまったのである。
◆◇◆◇◆ グリザリア ◆◇◆◇◆
幽霊を逃した……。
その報告を聞いたあたしは、すぐ愚かな部下に教育を施した。パワハラでもなんでもない。これは教育よ。あたしの教育は過激だから死ぬこともあるかもだけど、この魔王グリザリア様に殺されるなら、本望でしょう。
それにしても四天王が3人雁首を揃えて現場に向かったのに、肝心の幽霊を取り逃がすなんて……。まったく愚かな極みだわ。
「も、申し訳ありません、グリザリア様」
「あら。ブレイゼル。あたしの教育を受けて、喋るぐらいの力はあるのね。じゃあ、あなたはさらに3倍の力で跪かせてあげる」
あたしは魔力をさらに込める。
途端ブレイゼルの生意気の口は、謁見の間の床に埋まることになる。
それにしても本当に出るとはね。あんまり信じていなかったけど、一目見たかったわ。先代の魔王の姿とやらを……。
あたしはしばらく四天王たちをいじめてやった後、魔法を解いた。
「ぬぐぐ……」
「ブレイゼル、大丈夫?」
「……だ、大丈夫だ。なんのこれしき」
「ほら。立って。……あら? これって?」
ルヴィアナはブレイゼルが着用しているマントから、1本の毛を摘まむ。それを見て、クランベルに渡すように命じる。クランベルから渡されると、あたしはよく観察した。
やわらかな黒色の毛。人間の毛髪というわけではなさそうね。おそらく獣の毛だわ。さして珍しくない。魔族の中にも毛深い種族はいくらでもいる。しかし、なかなかの魔力を内包していた。
「ブレイゼル、この毛に見覚えは?」
「さ、さあ……。あまり覚えは……」
「そう……」
「何か気になることでも? 魔王城ではどこにでも落ちているものだと思いますが……」
「随分とお喋りね、ブレイゼル。まだ教育が足りないかしら」
「し、失礼しました」
ブレイゼルはすぐに平伏する。
まだ勘という段階だけど、ブレイゼルのヤツ、何か隠してるわね。四天王の中でも一際プライドが高い故、失敗を誤魔化そうとするのがブレイゼルの悪癖だけど……。
何故なら、今のあたしは安楽椅子探偵だからね。
「ルヴィアナ。そういえば、あなたたち、どこで幽霊に遭遇したの?」
「先代魔王様の居室です」
「あそこは魔王城の中心よね。人気もないし。いや、幽霊だからこそかしら。それにしても、本当に幽霊だったの? いや、その前に先代魔王だったのかしら」
あたしが知る限り、先代魔王ほどの人間が幽霊となって出てくるとは思わないけど。むしろ無理矢理でも、実体を持って現れそうなものなのに。
「あれは間違いなく先代魔王様でした、グリザリア様」
「何か根拠があるの、ブレイゼル」
「我の渾身の炎の前で無傷でした」
「ふーん。あなたの炎に耐えたのね。ところで、まさか部屋の中でぶっ放したとか言わないわよね」
「しました。……しかし、ヤツめ我の炎をかいくぐり――――」
魔王様の顔も3度までよ。
まったく何を考えているのかしら、この馬鹿家臣は……。
「幽霊は部屋にいたのでしょ? だったら正体に繋がるなんらかの証拠品があるかもしれないでしょ! 黒焦げにしてどうするのよ」
「ず、ずびばぜん、グリザリア様」
仮にも先代の居室を何だと思ってるのかしら。ブレイゼルには後で特別な
現場を荒らされたら安楽椅子探偵もクソもないわ。現場百遍といっても、事件現場がリセットされたら、推理なんてできない。
「一応、質問するけど、ヴォガニス。あんたから見て、何か気づくことはない? 匂いとか、変な声を聞いたとか」
「オレ様っスか? うーん。特にないっスね。……あ。1つ言うなら」
「何?」
「ブレイゼルとルヴィアナが、こそこそ話をしてました」
「話?」
あたしはピクリと眉宇を動かす。
すると、ルヴィアナは慌てて手を振った。
「ち、違います、魔王様。……そ、そのママ――じゃなかった、母が私の屋敷に来てまして。その……ブレイゼルのお父様に」
「ふーん。てっきり魔王城の食糧をこそこそ食べてるのかと思ったぜ」
「私はあんたみたいに卑しくないわ、ヴォガニス」
「ちょっと待ちなさい。なんで、そこで食糧の話が出てくるのよ」
少し気になったあたしは、詳しく話を聞いた。
「氷室の中の食糧が減ってたんスよ。誰かが隠れてつまみ食いをしたと思うんスけど、今回は結構盛大にやってて」
「まさか幽霊が食べた?」
「いや、幽霊が普通飯なんか食わないだろ」
幽霊……。先代魔王……。3人の四天王……。風の大精霊。先代魔王の居室……。炎……。証拠隠滅……。秘密を隠している部下。謎の毛……。そして食糧泥棒……。
その瞬間、あたしの身体の中で霹靂のようなものが鳴り響いた。すると、今まで繋がっていたようでつながっていなかった様々な情報が1本の線となってたぐられていく。
(なるほど。ブレイゼルのヤツ、だから居室を丸焦げにしたのか)
「魔王様? 魔王様!?」
あたしはハッと我に返る。
すぐ側には、クランベルがあたしのことを心配そうに見つめていた。
「魔王様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。心配しないで、クランベル」
あたしは足を組み、いつも通り優雅に頬杖を突く。3人の四天王たちを見下ろすと、こう告げた。
「ブレイゼル、ルヴィアナ、ヴォガニス。あんたたちに連れてきてほしいヤツがいるの?」
「勿論です。何者を連れてきましょうかか、グリザリア様」
「それは後で話すわ。……そいつを連れてきたら始めるわよ」
安楽椅子探偵魔王グリちゃんの初推理をね。
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