第29話 拭け! 涙……

「お、終わった……」


 死神帳デスノートを開いた俺は、死者蘇生させる最後の魔族の項目に、いつも通り追記すると、机に突っ伏した。


 すでに周りは死屍累々だ。

 俺に死者蘇生を依頼してきた死霊族たちが、倒れていた。

 魔力がすっからかんになるまで働いたからだろう。


「さ、さすがカプソディア様」

「本当にあの納期で……」

「1万人もの死者蘇生を成功させるとは……」


 枯れた声を上げて、リト、ラト、エスの3匹は俺を称賛する。


「お前らもよく頑張った。俺だけじゃ達成できなかったよ」


 俺は机に突っ伏したまま、かつての部下を褒め讃えた。


 俺が7000体を蘇生し、残り3匹で3000体を蘇生した。

 半日で1万。

 俺にしても、リトラトエスにしても、新記録だ。

 まさか辞めた後で、最高蘇生回数を更新するとはな……。


 岩石でも背負っているような疲労感に苛まれながら、俺は元々気になっていたことを、ようやく3匹に尋ねることにした。


「なあ、リト……」


「なんでしょうか? ちなみに顔を向けている方向は、エスです。私は逆――」


「もうそんなことどうでもいい……」


「ひどい……」


「お前ら、デカい作戦があるって言ってたな。ブレイゼルの野郎は、どこを戦場にしようとしてるんだ?」


「あれ? 言ってませんでしたっけ? ノイヴィルここですよ」



 はっ??



 俺はピンと針金が背筋に通ったかのように顔を上げた。

 すると、リトはけだるげにこう答える。


「ノイヴィルですよ。おそらく西の方に炎獣軍団が集結していると思います」


「え、炎獣軍団?? ブレイゼルの主力部隊じゃないか! ここは地方の田舎町だぞ。なんで、そんな大部隊を送りつけてくるんだよ!!」


 思わず怒鳴ってしまった。


「落ち着いて下さい、カプソディア様。……そもそもカプソディア様がブレイゼル様のヒドラロード改を倒してしまったのが悪いんですよ。あれでキレたブレイゼル様が、この地に軍隊を大規模転送魔法で派遣したんです」


「はああああああ!! 馬鹿かあいつ! そんなことで、自分の軍団をこんな田舎町に送ったのか。しかも大規模転送魔法って……」


 大規模転送魔法には、生け贄が必要になる。

 離れていれば、離れているほどその生け贄の数が雪だるま式に増えていく。

 2万の軍隊なら、ちょうど同数の生け贄が必要だ。

 一部は人間の捕虜を使っているだろうが、全体の1割にも満たない。

 残りは同族――つまり味方の犠牲だ。


 つまり、今ノイヴィルに押しかけようとしている軍隊は、蘇生させた部隊を合わせて計4万匹の魔族が関わっているということになる。

 そしてすでに2万の犠牲が決まっているのだ。


 また仕事が増える……。


 ――じゃなくてっ!!


 戦略的にも戦術的にもありえない。

 王都や敵の重要拠点ならいざ知らず、ノイヴィルは2万の犠牲を払って、壊滅させるような街ではないのだ。


 そして、このノイヴィルは俺がセカンドライフを始めるって決めた街だ。

 おいそれと壊させるわけにはいかねぇ。

 ここまで順調にやってきたのだ。

 今さら他の街で再起なんて考えられねぇ!


 俺は決意し、立ち上がる。


「カプソディア様、何を……?」

「まさか……」

「戦場に行かれると?」


「ああ……。その前に――」



 お前たちに頼みがある。



 ◆◇◆◇◆



 作業をしていた小屋の前に、死霊族のリト・ラト・エスが立っていた。

 フードの奥の表情はわからなかったが、西の方へと視線を向けている。

 すでに空には星が瞬いていたが、西の地平はぼんやりと赤くなっていた。

 陽が沈んだからではない。

 おそらく炎獣軍団の猛火の光だろう。


 その火に向かって、カプソディアは走って行くのを、3匹は今し方見送ったばかりだった。


「行ってしまわれたか……」


 とラト。


「しかし、凄い体力と魔力ですね。7000体の魔族を生き返らせて、まだ動けるとは……」


 とエス。


「変な風評被害で追放されてしまったが、私はあの方が少なくとも四天王最弱とは思えない。その方の頼みを無下にするわけにはいかんな」


 最後にリトが締めると、カプソディアから預かった手紙を、そっとローブの奥へとしまい込むのだった。



 ◆◇◆◇◆



「あ~~ら~~。誰かと思えば、カプソディアちゃんじゃない」


 俺を睨むなり、ギドラゴンは気持ち悪い声を上げた。

 臭い息がここまで漂ってくる。

 相変わらず息も臭いヤツだ。


 俺は周りを伺った。

 人類の勢力圏で出会った人間たちが、悉く叩き潰されている。

 一応息はあるが、どれも早く治療が必要だろう。


 ま――。死んだとしても、蘇生することは可能だがな。


 その前に、目の前の炎蜥蜴リザードンをどうにかせねばなるまい。


 俺が戦闘態勢に入ると、ギドラゴンに掴まっていたシャロンが目を覚ます。

 聖女様は俺を見つけると、慌てて首を振った。


「カプア様!! 来てはいけません! この者は化け物です! いくらあなた様でも――――キャッ!!」


 ギドラゴンはシャロンの顔を指先で弾く。

 それだけでシャロンは、再び意識を失った。


「まあ、嫌な聖女様ね~。あたしを化け物なんて……。失礼しちゃうわ。そう思わない? カプソディアちゃん」


 ギドラゴンの目が孤を描く。


「それにしても面白いことを言っていたわね。カプア様ヽヽヽヽだって~。まさかと思うけど、カプソディアちゃん。人間の街に潜伏――いや、生活していたとか?」


「…………」


「キャハハハハ!! 図星のようね。魔王軍を追放されたから、田舎にでも引きこもっているのかと思ってたら、まさか人間の街で魔族が生活してるなんて? カプソディアちゃんさあ……それってなんていうか知ってる? 裏切り者って言うのよ」


 ギドラゴンは身体をくの字にして大笑いする。

 さらに言葉を続けた。


「カプソディアちゃんは、お人好しおばかさんだからねぇ……。多分人間を助けに来たんでしょ~? 世話になった街を助ける――そんな吐き気を催すような正義感で、ここに来たんじゃないのぅ?」


「俺は静かに暮らしたいだけだ。それを阻むなら、人間も魔族も関係ない」


「強がっちゃてぇ~。で~~も~~、無理なものは無理なのよ……」



 馬ぁぁぁぁあああああ鹿あああああああ……。



 ギドラゴンはべろりと舌を出す。

 すると、パチンと指を鳴らした。

 直後、その背後で魔力が収束する。

 大きな穴が開くと、そこから炎獣軍団がぞろぞろと現れた。


「あれは――――」


「そうよ。援軍よ! ざっと1万はいるわ。最初に到着した炎獣たちは、随分減っちゃったみたいだけど、まだ5000ぐらいはいる。合わせて15000。あなたに勝てるかしら」


 ギドラゴンは再び歯をむき出し笑った。


 対する俺は、いつも通り指差す。

 それでもギドラゴンの態度が改まることはない。


「ふふふ……。あなたの死属性魔法が強力なのは知ってるわよぉ。それでバストリネが殺されたこともね」



 けどね……。



「命を奪う『即死』の魔法は、とても魔力を使うと聞いたわ~。あなたが1度四天王にまで上り詰めた実力者だということは認めてあげる。魔力量も高いのでしょう。だけど、そんな魔法を15000の兵みんなに使うつもり? いえ。果たして全員を殺せるのかしらん? それとも亜屍族デミリッチの怪力で倒す? それは無理よね」


「…………」


「あんた、結構疲弊してるでしょ? あたしにはわかるわ。炎蜥蜴リザードン族ってね。生き物の体温を見ることができるのよ~。あなたは亜屍族デミリッチだけど、それでも経験からわかるのよ。あなた、かなり魔力を消耗してるわね。精も根も尽き果てて、体力だってヤバい状態でしょ?」


 にぃ……。


「あなたの『即死』は強力よ。でも、15000の部下がいつかあなたを殺すの。そしてあたしは蘇生され、再びこの街を蹂躙してあげる。聖女をなぶり、人間を食らいつくし、あなたが住んだ街を無茶苦茶にしてあげるわ」



 キャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!



 ギドラゴンの笑声は戦場に広がる。

 それはまるで終末を告げる鐘の音のようであった。

 だが真に終末を告げたのは、この一言だった。





 お前、死ね…………。





 それは一瞬のことだった。

 戦場のあちこちで悲鳴が上がったかと思えば、バタバタと炎獣たちが倒れていく。

 やがて悲鳴は止み、残ったのは静けさと物言わぬ骸だった。


 あっ、と大口を開けたギドラゴンは振り返る。

 15000――そう宣言した戦力は、全員地に伏していた。


 ギドラゴンの赤く固い皮膚が、青ざめていく。

 先ほどまで雄弁に勝利を口にしていた魔族の姿はない。

 俎上に乗った大魚のようにカタカタと身を震わせていた。


「な、何故? なんでよ!! あんた、どんだけ魔力量があるのよ」


亜屍族デミリッチは『死者誓約』っていうのがあって、死属性魔法に関しては、ほとんど魔力を使わないんだよ」


「はっ!? そんなのズルい!!」


「狡いって言われてもな……。でも、デメリットもあるんだぜ。たとえば、レベルが上がらないとかな」


「なっ! じゃあ、あんたがレベル1のままなのは――」


「まあ、そういうことだ。ところでお前、いつまでそうしてるつもりだ?」


「へっ?」




 お前はもう…………死んでいる。




「キャアアアアアアアアアア!!」


 ギドラゴンは悲鳴を上げる。

 断末魔――いや、すでにその時は終えている。

 今、俺が喋っているギドラゴンは、こいつの魂だ。

 ギドラゴンの肉体はすでに地面に倒れ伏していた。


「イヤ! イヤ!! 死ぬのはイヤアアアアアアア!! やめて! お願いあたしの綺麗な身体を穢さないで!!」


 バァアァアァァアアアア!!


 俺はギドラゴンの肉体に、思いっきり拳を突き立てる。

 その身体はバラバラに四散し、血が四方に飛び散った。

 これでもうギドラゴンは生き返ることはない。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 汚い絶叫すると、ギドラゴンの魂は消滅する。

 死神の鎌をかけられた魂は、強制的に冥界へと引きずり込まれると、卑しい悲鳴と共に地の底へと封じられた。


 炎獣軍団を撃破。

 だが、俺の心は空虚だった。

 仲間を殺した罪悪感でもなく、仲間に裏切り者と罵られたからでもない。


 俺の胸に往来していたのは、別の感情だった。


「はあ……。わかっていたことだけど……。折角あんなに頑張って蘇生したのに――また殺しちまった……」


 俺はがっくりと項垂れ、ついには膝を折る。

 その目からほろりと涙が流れるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 シャロンは目を覚ます。

 まず視界に入ったのは、バラバラになったギドラゴンの死体だ。

 さらにその後ろでは、多くの魔族が戦場に倒れ伏していた。


 その前でカプアが蹲っている。


「カプア様が、このすべての魔族を……」


 信じられない光景に、シャロンは言葉を失う。


 だが、衝撃的だったのはここからだった。

 ふとカプアの顔を見る。

 勝利に酔いしれる訳でもなく、戦功を誇ることもない。

 まるで敗者のように膝を突き、倒れた死体の方を見て泣いていたのだ。


「まさか……、カプア様。ご自身がたった今倒した魔族に対して、涙していらっしゃるというのですか……」




 おお……。なんと、慈悲深いのでしょう。




「やはりカプア様こそ、真の聖人……。神よ、感謝します。この世界に勇者と、そして聖者さまを同時に送り出してくれたことを」


 シャロンはゴクリと息を呑む。

 やがて両手を組み、神を敬うような熱烈な視線をカプアに向けるのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日、ニコニコ漫画でコミカライズが更新されました。

気になる方は是非チェックして下さい。


そして来月12月には、コミックスと原作小説の2巻が発売されます!


原作小説は全編書き下ろし。

1巻では聖女と勇者の師匠になったカプソディアが、今度は「勇者」になるお話です。あの変態王女とメイドも出てきますよ。

まだ誰も読んだことのない「ククク」ワールドを、是非ご予約下さい。


よろしくお願いします。


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