第31話 魔王様、お裁きの時間です

☆☆ 本日、原作小説の2巻が発売されました。 ☆☆


全編書き下ろし。まだ誰も見たことがない「ククク」ワールドがあります。

ここまで読んで「ククク」が好きになった人には、

絶対に損のない内容となっておりますので、是非お買い上げ下さい。


昨日、発売されたコミックスの方もよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 魔王――。

 それは魔族の頂点であり、そして唯一の王である。

 その姿を直視した人類はおらず、ただ想像にとどめるのみだ。


 故に今の魔王が一見すれば可愛い娘であることを、誰が想起できるだろう。


 褐色の肌に、爬虫類を思わせるような金色の瞳。

 その体躯はまだ成熟しきっておらず、胸は物足りないが、細い手足は実に優美でその後の成長を期待させる。

 真紅の輝きを持つ長い髪は、2つに結い分けられ、何か刃物じみた鋭さがあった。


 何より魔族の中で最高種『魔竜族ドラゴニア』を示す翼が雄々しく、かつ禍々しく、見る者を恐怖させる圧倒的威圧感に満ちている。


 魔王グリザリア。

 先代魔王ゾーラから玉座を受け継いだ少女は、その強大な魔力をただ1つ受け止めることができる玉座にて、執務をとっていた。


「魔王様、ブレイゼル様が参りました」


 魔王の秘書兼メイド――クランベルが広間に入り、仰々しく頭を下げた。

 幽鬼のように白く、細い肢体のホムンクルスを一瞥した後、グリザリアは机に並んだ書類を全て消滅させる。


「入りなさい」


 クランベルが広間の扉を開く。

 緊張した面持ちのブレイゼルが入ってきた。

 魔王の目の前まで進み出ると、拝跪する。


「魔王様におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」


「ねぇ、ブレイゼル。あなたの目は節穴なのかしら。ご機嫌麗しゅう? 悪いけど、あたしのご機嫌は、絶賛斜め下に下降中で、もうすぐ冥界に到達しそうだわ」


「し、失礼しました!」


「そんなありきたりで糞つまらない謝罪なんていらないわよ。あんた、あたしがなんでこんなに怒っているかわかるかしら?」


「き、聞いて下さい!! 魔王様、これには訳が――――」


 ブレイゼルは立ち上がる。

 理由を話そうとした時、それよりも早くグリザリアの声が響いた。




 跪けベタン!!




 その瞬間、ブレイゼルは再び地面に伏した。

 それだけではない。

 自然と顔面が下を向き、床に対し接吻を強要する。

 ブレイゼルはレベル200以上の魔族。

 そして四天王だ。

 だが、その彼でさえ巨大な重力魔法から抗うことができなかった。


 グリザリアは得意属性は「地」。

 だが、それは単なる地属性を示すものではない。

 彼女が操る物は、「大地」――世界そのものである。

 その気になれば、この世界をひっくり返すことが可能な力を、生まれてまだ間もない少女は、持ち合わせていた。


「誰があたまを上げていいと言ったのよ。あなた何か勘違いしてない? 最近、全体的に……。忘れているというなら、はっきり言ってあげる。あんたはあたしの部下いぬよ。よもや忘れたとは言わせないわ」


「も、申し訳……ありません」


「相変わらず美しさの欠片もない謝罪がお好きなようね。……四天王が聞いて呆れるわ。せめてもう少し楽しませてちょうだい。こんなにあたしが不機嫌なのだから」


「ま、誠に申し訳ありません、魔王様! 魔王様よりいただいた2万の兵を失ってしまいました」


「へぇ……。それって誰のせい?」


「それは――――」


 ブレイゼルは一瞬言いよどむ。


 すると、グリザリアはつま先で軽く床を叩いた。

 ブレイゼルにのしかかった重力魔法が、さらに強くなる。


「ギャアアアアアアアアアアア!!」


 頭が潰されるような痛み……。

 いくらブレイゼルといえど、無様な悲鳴を上げるしかできない。

 骨が軋む。いや、骨格そのものが歪んでいくのがわかる。

 激痛は全身に伝播し、もはや悲鳴を上げることすら難しい。


 それでもブレイゼルは、口を動かすしかなかった。


「私です! この…………この、ブレイゼルです!!!!」


 すっと痛みが引く。

 ようやく重力魔法から解放されると、ブレイゼルはただただ荒い息を吐き出した。


 一方、グリザリアに悪びれた様子はない。

 箱の中から細い煙草を取り出す。

 口に煙草をくわえたまま、静寂が過ぎていった。


 ブレイゼルがじっと見つめていたのを見かねて、後ろに控えていたクランベルがそっと囁く。


「恐れながらブレイゼル様。火を――――」


 ブレイゼルはやっと気付き、慌てて魔法で火を付けた。


 煙草の先が赤く光る。

 グリザリアは1度大きく吸い込んだ後、ふわりと紫煙を吐き出した。

 指に煙草を摘まんだまま顎を上げて、ブレイゼルを睥睨へいげいする。


「20点……」


「はっ?」


「あんたの言い訳よ。1万点中の20点ってところね。あたしが2万の兵を失っただけで怒ってると思う?」


「それは――――」


「もういいわ。あんたに質問してたら、100年はかかりそうだし。教えてあげる。あたしが何に怒っているのか?」


「あ、ありがとうございます」


 ブレイゼルは声を震わせた。

 それは屈辱から来るのか。

 それとも恐怖か。

 彼自身ですら、判然としなかった。


「あんた、2万の兵をノイヴィルって田舎町に送るために、大規模転送魔法を使ったわね」


「は? はい……」


「それで何人死んだか知ってる? 2万よ。2万の兵を送るために、2万の兵を殺したの。あんたは計4万の兵を全滅させたのよ。わかる?」


 グリザリアは煙草をいくらも吸い終わらないうちに、灰皿に押し込んだ。


「しかも、あんたさ。その前に、あのヒドラロード改おもちゃも大規模転送魔法で送ったそうじゃない。それで何人、魔族を犠牲したの?」


「ご、5000です」


「足して――」


「よ、4万5千…………です」


「そう――。計4万5千……。あんたのくだらない研究と執着心のおかげで、4万5千の貴重な戦力を失ったのよ。先頃、人類との戦いで痛み分けしたばかりだっていうのにね!!」


「お、仰る通りですが……。大規模転送魔法の生け贄には、人間の捕虜も使っています。しょ、食用のホムンクルスも――」


 ブレイゼルは背後のクランベルを伺う。

 さらに言葉を続けた。


「そもそも死んだのなら、死霊族たちに蘇生させれば済む話ではありませんか?」


「――――ッ!!」


「ひっ!!」


 ブレイゼルは震え上がった。

 グリザリアの鋭い眼光を見て、思わず身構える。


 しかし、次にグリザリアが取った行動は、深いため息だった。


「はあ……。全くあなたの低能ぶりには辟易するわ。これ以上、その無能ぶりを披露しないでくれる。一時でも、お前を認めたあたしが馬鹿みたいじゃない」


「……す、すみません」


「言ったはずよ。面白くもなんともない謝罪を繰り返すぐらいなら、黙っててくれる?」


「すみ――――…………」


 ブレイゼルは口を噤む。


 グリザリアは玉座の肘掛けに肘を下ろし、頬杖を突いた。


「あたしが死霊族たちの蘇生効率が落ちていることを知らないとでも思っているの??」


 再びブレイゼルの表情が引きつる。


 まさかそこまで魔王が把握しているとは、ブレイゼル自身も考えてもいなかったようだ。


 魔王の仕事は、戦を始めたり、大事業を行うための決済、あるいは上ってきた部下の案を斟酌しんしゃくし、1年に3度行われる魔王大会議にて議題として提議することが仕事だ。


 そんな細かい数字のことまで知らないはずである。

 そもそも、そう言った都合の悪い数字は、ブレイゼル自身が握りつぶしてきた。

 グリザリアが知ることは、万が一もないはずだ。


「なんで知ってるのって顔をしてるわね。軍を派遣する許可を出すのは、最終的にはあたしよ。もちろん、軍事作戦案にも目を通すし、投入される兵数ヽヽヽヽヽヽヽも把握しているヽヽヽヽヽヽヽ。その兵数が、以前と比べて少なくなっている。戦さをするスパンは長くなっているのにね。これが示すことが何か……って言っても、頭の悪いあなたにはわからないわよね」


「それは死霊族のものがサボって……。今度からもっと締め付けをきつくして、蘇生効率を上げ――――」



 ジャッ!!



 瞬間、鮮血が舞う。

 それはブレイゼルの頬を引っ掻いたという程度だが、つぅ――っと滴が顎へと落下し、そのまま床に赤い点を作った。


「それ以上頭の悪いことを言ってみなさい。その首を飛ばすわよ」


「す――――…………」


 また謝りそうになってブレイゼルは、慌てて口を塞いだ。


 グリザリアは玉座に座り直す。

 再び金色の目を光らせた。


「あたしが怒っているのは、あんたが無能なことじゃない。無能なヤツはいくらでもいるしね。まあ、唯一無能じゃなかったのは、屍蠍のカプソディアぐらいね。よく目端が利く魔族だった」


 ブレイゼルの表情が強ばる。

 自然と拳を強く握り込んだ。

 よもやカプソディアの名前をここで聞くとは思わなかったのだろう。


 魔王にお叱りを受けているこの場で……。


「すでにいない魔族のことを持ち出すべきじゃないわね。ああ……。そう言えば、カプソディアを首にしたのって、あんただっけ? ブレイゼル。あたしの許可ヽヽヽヽヽヽなくヽヽ……」


「それは――――」


「そのことに対して、怒っていないわ。あたしにも含むヽヽヽヽヽヽヽところがなかったヽヽヽヽヽヽヽヽ訳じゃないしねヽヽヽヽヽヽヽ


「――――え?」


「それに残ろうと思えば、残れたはずよ。あの男は――。その気になれば、あなたの首を落とすことなんて造作もなかったはず。そうする力を持っているのだから」


 ブレイゼルは何も言わない。

 さらに拳に力を入れると、指と指の隙間から血が溢れ出てきた。

 グリザリアが、カプソディアを褒める度に、心がノコギリに挽かれるような痛みが走る。

 その苦痛は、先ほどのグリザリアの重力魔法以上の効果を示した。


「さて、ブレイゼル。そろそろあたしが何に怒っているか言いましょうか?」


「え……?」


 まだあるのか、とブレイゼルの表情にありありと浮かぶ。

 グリザリアは気にした様子もなく、話を続けた。


「あなた……。隠蔽しようとしたでしょ。今回のこと――」


「そ、それは間違いです。事がすべて済み次第、魔王様に――」


 報告を、と言いかけて、ブレイゼルの口は止まった。

 いや阻まれたと言っていいだろう。

 彼の視界に、怒りに狂った魔王の形相があったのだから。


「あんた、あたしをどこまで馬鹿にしてるのかしら。あたしが知らないと思ってるの?」


 グリザリアは数枚の手紙を見せる。


「密告があったのよ。ここにはあんたがやったことが書かれてる。すべてね。……一応断っておくけど、ルヴィアナではないわ。ヴォガニスでもないでしょう。彼らがこんな手紙を書くようなまめな魔族じゃないことは、あなたが1番わかってるでしょうからね」


「では一体誰が?」


「あんたが詮索することじゃない。あんたがやることは、あたしに対して隠蔽という明確な裏切りを、罪科を以て償うことよ」


「私が咎人……??」


「はあ……。あんたじゃなくて、カプソディアにベットすべきだったかしらね」


「――――!!」


 意気消沈した部下を見て、グリザリアは付け加える。

 その一言はブレイゼルにとって、今まで受けたどんな責め苦よりも重い追撃となった。

 『灼却かっきゃくのブレイゼル』の顔に、怒りが滲み出る。

 だが、それは数瞬のことであった。


「今までの功績を鑑みて、永久死罪だけは勘弁してあげる。とりあえず――」




 死んでおきなさい……。




 その瞬間、ブレイゼルの周りが暗くなる。

 何か黒いものが落ちてきたと思った瞬間に、意識も悲鳴も消えていた。

 次に現れた時は、ブレイゼルの身体はペチャンコになっていた。


 ゆっくりと血が広がり、何か恐ろしげなタペストリーのようだ。


 グリザリアは黙って顎を振る。

 クランベルは1度恭しく頭を下げると、チリリンと鈴を鳴らした。

 部屋に死霊族が入ってくる。

 ペチャンコになったブレイゼルを見て、思わず悲鳴を上げた。


「一応手加減してあげたけど……。蘇生は可能かしら」


「は……はい、魔王様。1度肉体の再生から始めなければなりませんが……」


「そ……。なら、2日ほど魔王城の門にさらした後、蘇生を始めてちょうだい」


「良いのですか? 肉体が腐敗し、蘇生した後も、機能不全に陥る可能性もありますが……」


「それならそれまでじゃない? 脆い肉体を持つヤツが悪いのよ。いいから、その薄汚い死体をさっさと処理してくれる。なんだか匂うし」


「かしこまりました!」


 魔王グリザリアに睨まれる死霊族は、ブレイゼルの遺体を回収し、その場を後にした。

 本来であれば渡した手紙の処遇について、感謝の一言でも述べるのが筋なのだろう。

 だが、この時の死霊族たちの魂は、巨大な恐怖に塗りつぶされ、感謝の言葉など忘却の彼方へと押しやってしまった。


「馬鹿ばっか……」


 火山のように怒り狂っていたグリザリアは、深いため息を漏らす。



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