外伝 Ⅳ とあるゴーレム使いの恋噺⑧

本日、『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』単行本6巻発売です。

書店でお見かけの際には、是非よろしくお願いします。


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 まさかストーナの結婚相手が大魔神族だったとはな。異種間の婚姻は、魔族の間ではあることだが、ちょっとした盲点だったぜ。


 それになんだ?


 ストーナを人質にとって、近くの街を襲わせるだぁ? しかも自分の手を汚さずに。


 これはなかなか面白い噺だな。

 石像魔人族も、大魔神族も同じく石像だから、頭の中まで石だと思っていたが、頭のいい奴もいたもんだ。


 出会い方が違っていたら、ヴォガニスあたりの右腕ぐらいにはなっていたかもな。


 さて決定的な証拠を掴んだ。

 俺としても、今ノイヴィルを襲われるのは不味い。ただでさえ先日の炎獣軍団騒動で魔王軍に目を付けられているんだ。これ以上、騒ぎを起こして、戦場になられても困る。俺の夢のセカンドライフを遠のくのは必須だ。


「ぐっ!!」


 力を込めてみたが、石で作られた枷は外せそうにない。

 たとえ、外せたとしても、今度は堅牢な石牢が待っている。


「万事休すってか……」


 舐めるなよ、亜屍族を。

 こうなったら、俺たちにしかできない脱出方法を見せてやろうじゃねぇか。



 ◆◇◆◇◆



 次の日の朝……。


 異変に気づいたのは、カプアの様子を見に来た牢番だった。

 石牢の中を覗くと、もぬけの空だったのだ。


 石像魔人たちは上へ下への大騒ぎ。

 ついにストーナの父親にも知らされ、様子を見に石牢にやってくる。


「これは……」


 ストーナの父親が絶句するのも無理もない。

 石牢には確かにカプアの姿がいなかったが、代わりに文字が書かれていた。

一体、どれだけの血液を使ったのだろうか。石牢の中は真っ赤になっていて、なんらかの殺害現場を彷彿とさせる。


 その壁一面には、文字が書かれていた。


『お前たちはだまされている』



 ◆◇◆◇◆ 次の日 ◆◇◆◇◆



 ストーナとガンケツの結婚式はしめやかに行われた。


 森の神や精霊の前で結婚することを報告するため石像魔人族が代々大事にしている洞に赴く。そこから里に戻り、神殿となった里長の家に入って、誓いを立てるのが一族の習わしだ。


 人間の教会にも似た中で、多くの石像魔人族が新郎新婦を待つ。

 ついに現れると、2人は早速腕を組んで赤いカーペットを歩いた。これも石像魔人族の作法だ。


 基本的に石像魔人族たちは全裸か、あるいは腰蓑を付けている。だが、結婚式においては新郎は長く白い布を巻き、新婦もまた白のドレスを着る。


 人間のウェディングドレスにほど華美ではないが、ストーナの美しい容姿に負けず劣らない代物であった。


「なかなか似合ってるじゃねぇか、ストーナ」


 声は人間と比べれば、背の高いストーナの遥か頭上から聞こえてくる。

 その声の方を見ず、ストーナは俯き加減で言った。


「ありがとう、ガンケツさん」


「芋臭い女だと思っていたが、こうやってみるといい女だ。やっぱり裸よりも、着衣の方がいい」


 目を合わせなくても、ガンケツの舐めるような視線を感じる。

 ストーナはなんとか震えを堪えた。


(お父様は何故、こんな男と……)


 理由は何度も聞いた。

 今の石像魔人族の立場を示すためだ、と。


 中立魔族といえど、魔族は魔族。

 何か遭った時、助けを求めるのは魔族ということになる。心から裏切っていないことを示すためにも、他種の魔族と婚姻することは必要なことだと思う。


 でも……。


 自分の心ではなく、他者の都合で決められた結婚は、ストーナが思う程心が押しつぶされる。


(こんなことであれば……、ローガンに会わなければ良かった)


 一瞬、涙がこぼれそうになったのを堪える。


 いよいよ結婚式も大詰めになってきた。

 神父の前にやってきた2人が、魔族が信奉する魔神の前で愛を誓う合うのだ。


「それでは新婦……。愛の言葉をご唱和ください」


「私は…………」



 ちょっと待ったぁぁあぁああぁあああああああああああ!!



 どこからともなく声が響く。

 突然、神殿となった里長宅の両扉が開け放たれる。

 現れたのは、獣人の娘と司祭服を纏った少女、そして小柄な老人だった。


「ローガン!!」


 ストーナの叫び声が響く中、ローガンは一緒についてきたシャロンとパフィミアは花道を走る。


 ローガンはストーナのすぐ近くまでやってくると、手を差しだした。


「ストーナ、迎えに来たぞ」


「ローガン……、あなたそこまで」


「わしが惚れたのは、後にも先にもお前だけじゃよ」


 ローガンは笑う。

 式が始まってストーナも初めて笑った。

 2人は見つめ合う中、式場は騒然とした雰囲気になる。


 その2人の無言の会話を遮ったのは、他ならぬガンケツだった。

 花嫁の首を掴み、前に出る。


「なんでこんなところに人間がいるんだ? ああん??」


 それは山のように大きな大魔神族だった。

 逆立った炎のようなルビーの髪に、金でできた歯。身体は真っ黒な黒曜石に覆われている。


 血のように赤い石榴石の瞳を怪しく光らせ、式場に現れた闖入者を睨んだ。


 大きな巨体を見て、シャロンの足が竦む。その相棒の様子を見てか、ローガンとともに立ちはだかったのは、パフィミアだった。


「ストーナさんを離せ!」


「ストーナを離せだと? これは俺様の花嫁だぞ、獣人の娘。服は纏っているが、中途半端だな。まったくそそられない」


「貴様! 石像魔人族ではないな?」


 ローガンもまたガンケツを睨み返した。


 ガンケツは鼻息を荒くする。

 威嚇するように床を踏みつけた。


「俺様は大魔神族のガンケツ。ストーナの夫、そして好きなものは着衣プレイだ!!」


 豪語する。

 カプアがここにいれば、いつも通りツッコみを入れただろうが、残念ながら不在だ。


 しかし、その弟子たちは怯まない。

 特にパフィミアはファイティングポーズを崩さず、ずっとガンケツを睨んでいた。


 ガンケツはパフィミアの覇気に付き合わない。

 逆にこの状況を楽しむように、くぐもった声で笑う。

 すぐ近くに立って娘の花嫁姿を見ていたストーナの父親の方に視線を向けた。


「どういうことだ、これは? 何故、こんなところに人間がいる。よもや……」


「違う。勘違いしないでいただきたい、ガンケツ殿。我々は……」



 人間と組むことにした――だよな。



 ストーナの父親が弁解し始めた瞬間、別の声が重なる。

 皆が振り返ると、式場の入口にボロボロの黒ローブを纏った男が立っていた。


「お前……」


「あなたは確か……」


「なんだ、てめぇ……」


 石像魔人族や大魔神族たちが息を飲む中、男――カプアは笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



「ししょおおおおおおおおお!!」


 周囲の石像魔人族を吹き飛ばさん勢いで、パフィミアが俺の首に抱きついてくる。


 神速の速さに対し、なんとか身をねじって躱す。


 あっぶねぇな!


 折角、人がここぞというタイミングで現れたってのによ。見せ場を邪魔するんじゃねぇ。


「聖者様、ご無事だった……え? 聖者様、血が……!」


 シャロンは俺の頭についた血を見て、顔が蒼白になる。

 回復魔法を使おうとして、手を伸ばそうとするが、その前に止めた。嬉しいが、普通にやめて。その回復魔法は別の意味で俺に効くから。


「心配するな。かすり傷だ。もう傷も塞がってる」


「ご無事で良かった」


「心配させてすまなかった」


「ボクも心配したんだよ!」


「はいはい」


 俺は自称弟子たちの頭を撫でる。


 なんだかなあ……。


「和んでいるところ悪いが、そういう状況でもなさそうだぞ、カプア殿」


 ローガンに忠告された時には、俺たちは石像魔人族たちに囲まれていた。

 話しているうちに臨戦態勢が整ったらしい。殺気だった石像魔人たちが武器を持って、俺たちの方を睨んでいる。


 しかし、俺は笑った。


 いや、笑うところだ。


 石像魔人に、大魔神、そして人間。

 いい感じでうまく集まった。

 この瞬間、石牢から脱出して、ずっと待ってたんだ、俺は。


 さーて、お立ち会い。


 今から始める一世一代の笑劇ファルスをご覧あれ。


「おいおい。ストーナの父親よ。これはどういうことだ? 俺たちは昨日、一緒に共闘しようと言った仲じゃないか?」


「共闘! 人間と共闘とはどういうことだ」


「こういうことだよ、色男。石像魔人族は大魔神族を信用できなかった。だから人間と手を組もうと、俺に相談してきたんだよ」


「なんだと!」


「だって、そうだろ? あんたたちは、ストーナを人質にして、石像魔人に街を襲わせようとしていたんだろ。そんな奴、信用できるはずがない。だから、石像魔人は逆に俺たちにんげんと手を結んで、お前らを追い払おうって考えたんだよ」


「なっ! 何故、俺様たちの計画を!!」


 はい! 言質いただきました!


 ククク……。どうやら策は弄せても頭の中身はやっぱり石だったらしいな。


 だが、襤褸を出すのも仕方ねぇ。

 計画が看破されて、さらに石像魔人族が裏切りを画策してると知れば、そりゃあ慌てるわな。さらにローガンの爺さんまで出てくりゃ、疑わないわけがない。


 だから、俺はずっと待ってたんだよ。


 3つの種族が現れるこの時をな!


 さすがに頑固そうなストーナの父親も、何かに気づく。どうやら俺が残したメッセージの意味を思い出したようだ。


「あの血の痕……。ガンケツ殿、我々を騙していたのですか?」


「お前らこそ、俺様を騙していたのだろうが! 人間と手を組むなど、魔族の風上におけん!」


「我々は裏切ってなどいない」


「嘘を吐け!!」


「嘘など吐いてません」


 そう。嘘を吐いているのは、俺だけ。

 でも、すべて嘘じゃない。だからこそ、俺が言っていることは真実になる。



「くそ! お前らがそういう態度なら、こっちにも考えがあるぞ!!」


 ついにガンケツが切れた。

 手で顔を隠す、次の瞬間鬼の形相になる。魔力が膨れあがると、同じく山のように大きかったガンケツの身体は膨らみ始めた。

 式場の屋根や床、果ては式場そのものを吹き飛ばす。


 俺たちが退避脱出する中、振り返った時には、天を衝かんばかりの巨大石像が生まれていた。


「魔族に楯突く反逆者どもめ!!」



 貴様ら全員、踏みつぶしてやる!!

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