外伝 Ⅱ 入れ替わってるぅう!⑤

 不意に人の足音が耳に飛び込んできて、我は目を覚ました。


 ゆっくりと瞼を開くと、光の世界が飛び込んで来る。

 朝の光がまぶしい。恐らく執事の「じぃや」が、我を起こすためにカーテンを開いたのだろう。


 我は仕方なく、ゆっくりと起き上がった。


「じぃや、そこにいるのか?」


 1度我は目を揉む。

 身体が少々気怠い。頭もちょっと重たかった。

 今日は随分と血が巡っていないような気がする。


「今日は目覚めが悪い。ひどい悪夢を見ていたような気分だ。まず水を1杯持ってきてくれぬか。そしたら、ちゃんと起きるから…………じぃや。さっきから黙ってないで」


 我はそこで異常事態に気付く。

 ハッと顔を上げた時、そこは見慣れた我が屋敷ではなかった。

 さらに言うと、豚箱のような訓練所の宿舎でもない。


 目の前に広がっていたのは、見たことのない光景だった。


 手を伸ばせば届きそうな天井。

 落書きと傷だらけの柱。格子上になった戸には、土でもガラスでもなく紙が全面に貼られていた。


 さらに驚くべきことは、ベッドではない。

 乾燥させた草を編んだような床の上に布団を載せて、我は寝かせられていたのだ。


「な、なんだ、これは?」


 人間の教えでは、死ねば天国か地獄に行くと聞くのだが、これはそのどれでもないように思える。

 そもそも死んだ覚えがない。


「あ。やっと起きた」


 不意に聞き覚えのない女の声を聞こえて、我は思わず身構えた。


 振り返ると、若い亜屍族らしき少女が立っている。

 おそらく150か160歳(人間で言う15、6歳)ぐらいであろう。


 黒と白の水夫のような上着に、黒のスカート。

 髪の毛も真っ黒で、前髪をきっちり眉の手前で切りそろえていた。


 目はパッチリとして、唇も薄い。

 なかなかの美少女ではあるが、胸の大きさが我の好みより大きく外れていた。


「ちょ! 朝から何よ、あたしのことをじっと見て……。はっ! お兄ちゃん、まさかあたしに欲情してるんじゃないでしょうね!!」


 突然、女は胸を隠して後ろを向く。


「ふん。何者かは知らぬが、ない胸を隠したところで一体何なのだというのだ――――って、お兄ちゃん、ぶべっ!!」


 瞬間、我の顔面に何かが激突する。結構痛い。何かと思ったら、鞄だ。中には教本が入っている。見たことがあるものだ。こいつ、学生か。なるほど。あれは学校の制服というわけか。


 意外と思うかも知れぬが、魔族にも学校という教育機関がある。

 そこで歴史や言語学、敵である人類のことなんかも習う。


 といっても、いくのは庶民だ。

 我のようなエリートはたいてい家庭教師を雇う。

 我も昔は雇っていたのだが、人脈作りも必要と、後に学校に転校している。


 いや、今はそんな解説よりも「お兄ちゃん」という単語の方が問題だ。


「貴様のような妹を持った覚えはないぞ!! 嘘を吐くな!!」


 今日はなんて日なのだ!


 豚箱みたいに狭い部屋で起きるわ、地べたに寝かされるわ、挙げ句見知らぬ女に「お兄ちゃん」と呼ばれるわ。


 はあ……。悪夢だ。

 きっと我はまだ夢の中にいるに違いない。


「何を寝ぼけているのよ! お兄ちゃんがあたしのお兄ちゃんじゃなければ、お兄ちゃんは一体なんなのよ! とっとと起きなさい、馬鹿!」


「ば、馬鹿だと! 無礼者! 100歩、いや1京歩譲ってお前が妹だと認めても、兄を馬鹿呼ばわりするとは何事だ!! そもそも我を兄というなら、もっと敬ったらどうだ!!」


「馬鹿っていったら、馬鹿なのよ! もう! 5日も寝てて心配して損したわ!!」


「黙れ! 良かろう、その性根。我が炎で叩き直してやる――――ん? 5日? 我は5日も寝ていたのか?」


「そうよ。ルヴィアナお姉ちゃんのお屋敷で倒れたんでしょ? 一応命に別状はないみたいだし、向こうにそのままご厄介になるのもあれだから、うちで引き取ったのよ」


「る、ルヴィアナ? 我が倒れた??」


 何か、何かを思い出しそうだったが、はっきりとしない。

 ルヴィアナの屋敷で誕生日会をすることまでは覚えているが……。

 一体何があったのだろうか?


「てかさ。さっきから気になってたんだけど、その偉そうな口調なに? そもそも『我』って……。もしかしてお兄ちゃん、軍隊へ行って、何か変なものに目覚めたわけ? そういうの。人類圏ではチューニ病っていうんだって」


「は? 我は至って普通に……」


 そこで我はようやく気付いた。

 慌てて触ったのは、髪だ。

 やはり髪の感触がいつもと違う。そもそも長髪だったのに、ばっさりと切られている。


 寝てる間に切られた。

 いや、多分そうではない。


 触った感触も違う。

 その髪を触る手も、枯れ木のように細かった。

 血色は悪く、目の前の亜屍族のように生気を感じられない。


 しかし、不思議な感覚だった。


 見慣れた自分の手ではなかったが、我はその手と細い手首のことをよく知っていた。


 何故なら、それは我がよく知る魔族の手と似ていたからだ。


「な、なあ、自称妹よ」


「なによ」


「我の名前を教えてくれぬか?」


「はああああああああああ?? ホントどうしたの、お兄ちゃん。マジで変なもんでも食った?」


「かもしれぬ……」


「え?」


「頼む。教えてくれ」


 我は立ち上がり、自称妹の細い肩を掴んで、迫る。


「痛いよぉ、お兄ちゃん」


「頼む。お願いだ」


「カプ――――」



 カプソディアだよ。



 今にも滂沱と涙を流しそうな瞳に、我の実像と思われる姿が映り込んでいた。


 それは我が知る雄々しい赤竜族の血を受け付いだブレイゼルの姿ではない。


 にっくき幼馴染み。

 亜屍族デミリッチのカプソディアの顔が映っていたのだ。


「ば、ば、ば、ば――――――」



 馬鹿なぁぁぁぁぁあああああ!!



 ◆◇◆◇◆ カプソディアside ◆◇◆◇◆



 目が覚めた俺は、のっけから呆然としていた。


 このまま小竜でも飼えそうな高い天井に、広い部屋。

 寝具はどれも一級品で、まったく生臭くなく、プロの犯行を臭わせる。


 内装は煌びやかで、このまま日焼けでもできそうなほど眩く、壁には一体どこで買ったのか、デカデカとルヴィアナの油絵が飾られていた。


 窓の向こうをみると、テラスがあり、2羽の雀が仲睦まじく互いの毛を繕っている。


 その窓枠のガラスに、今現在の俺の姿が映っていた。


 黒と青のツートンカラーはどこにもない。

 ど派手な赤髪の男が映っていたが、それは俺がよく知る幼馴染みとそっくりだった。


 その顔を手を使って、これでもかブサイクにしてみたが、伝わってきた痛みの感覚に、俺は現実を直視せざる終えないところまで追い詰められた。


 どうしてこうなった。


 俺は頭を抱える。


「何でだよ……。なんで俺が――――」



 ブレイゼルになってんだよぉぉぉおおおおおおおお!!



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


コミックス5巻、是非お買い上げください!

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