イリヤ、最初の討伐・前編

「あの…こちらは第二騎士団の訓練場でしょうか?」

 薄紫の髪に濃い紫の瞳。髪は肩より伸びていて、白いローブを着ている。

「そうだが…君は?」

「あ、あの!私はイリヤ、宮廷魔導師見習いです。二日後のワイバーン討伐に加わるよう、魔導師長より仰せつかりました。」

 その言葉を聞いた時、今回の討伐部隊として編成された誰もが耳を疑った。

 何せ、少女は十五歳だという。背も高くなく、色白で細い、本当にごく普通の少女だ。魔法を使えるのだろうが、とても戦えるとは思えない。

「…まあ、無理せず後方支援でもしてくれ。回復魔法は使えるかな?補助や防御の方が得意だったりする?」

 今まで宮廷魔導師と言えば威張り散らした連中ばかりで、良い印象なんて騎士団の誰も持っていない。彼女に罪はないが、その魔導師どもが厄介払いに寄越したとしか思えなく、いい加減な対応をしてしまったことは仕方がないと言えよう。

 しかし彼女がその時手渡したモノが、団員たちの彼女への印象を一変させるのだ。

 

□□□□□□□□


「失礼します、団長!」

 訓練中だったはずのバレクが何やら箱を持ってやってきた。

 団長である俺、ヴィルマル・ニコライ・アルムグレーンは、木の箱に入った瓶を見て、それがポーションであるとすぐに理解した。しかしわざわざ見せに来た理由までは解らない。納入があったなら、そのまま積み込んでおけばよいものを。

「…それはポーションだろう?後で数だけ報告してくれればいい。今回のワイバーンは数が多そうだからな…ハイポーションがあればいいんだが。」

 テーブルに広げられた、大きな地図に視線を落とす。森からワイバーンが人里の方まで群れで現れるようになったという陳情と共に、森の木がなぎ倒されているという目撃談も耳に入っている。もしかすると、ワイバーンが逃げ出す何かが森に現れた…という事かも知れない。かなり危険な任務だ。それなのに宮廷魔導師どもは、見習い3人を寄越すという。内一人は後方支援しかしない、魔力と威張る事しか能のない、貴族の息子だ。

 考えると溜息しか出ない。


「…ありますよ?これ、12本はハイポーションらしいですよ?」

「12本!?」

 思わず立ち上がると、勢いで椅子が倒れた。そんな事は気にせず、大股でバレクの前まで急いだ。そしてポーションのビンを確認し、適当に一つ持ち上げてみた。

「…魔力の流れを感じるな…。これは…確かにハイポーションと言えそうだ。」

「さっすが団長、解るんですね。俺なんかサッパリで。瓶の色でそうかな~くらいですよ。」

「……お前、そのうち騙されるぞ。ところでこの白い容器のものは…?」

 持ち上げて開けてみると、アムリタ軟膏と書かれている。そんなものまで納品されるとは!これは助かる。

「この端の4本は通常のポーションか。いや、これでも有り難い。」


 今回はポーションの追加が難しいと言われていたので、思いがけない追加物資に安堵した。ひとたびワイバーンの攻撃がヒットすれば、軽い怪我では済まされない。放っておけば出血多量で命すら危なくなるのだ。できれば回復薬はいくらでも欲しい。

「いやいや、間違えてフツーのビンに入れちゃった、エリクサーだそうです。本当なのか解らないですが…」

「なんだ、エリクサーを普通の瓶に?それはずいぶんそそっかしいな。そうか、エリクサー…。エリクサー!?」

「だ、そうです。本当だったらすごいですね!」

 思わず聞き返すが、バレクはまだいつもの口調だ。こいつ、エリクサーが何か知らないのか!??

 エリクサーと言えば、身体的欠損すら治すことができる、最上級のポーションだ。最も、怪我をしてからある程度時間をおいてしまうと治らなくなる、とは言われている。その辺の効果は千差万別らしい。ポーション類は特に、作る人間によって品質が変わるものだ。

「どういう事だ?エリクサーはまだ作成中で、成功するか解らないと言われていたが…」

「さっき宮廷魔導師見習いの女の子が来まして。これを渡してくれたんです。ワイバーン討伐に加わるそうで、差し入れとしてくれました。」


「…見習い?……これ、本当にエリクサーか?上級ポーションほど魔力を感じないが…」

 瓶を揺らしてみても、これが本物かなんて事は解らない。色は確かにエリクサーの赤だ。回復薬の効果を確認する試験アイテムはあるが、エリクサー特有の欠損部位を復元する効果については、飲んで試さない事には解らない。

「ですから本当か判断しかねてるですよ…。まあ、回復アイテムには変わりはないですよね。」

「……本当にお前は大ざっぱだな。」

 回復アイテムに変わりはなくても、エリクサーとその他では大きく変わる。液体は揺れると光に反射して、綺麗な紅に輝いている。じっと眺めていたが、いい事を思いついて俺はその瓶を持ったまま歩き出した。

「それはそこに置いとけ。まずはコレを確認に行こう。」

 バレクが持っている箱を置かせて、廊下を真っ直ぐに進んだ。


 救護室には現在、前回の任務で片腕を失った団員が居る。熱がまだ下がらず痛みもあるようで、とても辛そうな様子に、見ていられない状態だ。上級ポーションを飲ませたが、一旦回復してもまた悪化してしまうのだ。腕が治らずとも、この状態だけもなんとか安定させてやりたい。

「ビッレ、ポーションが手に入った。飲んでみろ。」

「団長…申し訳ありません…。しかし、飲んでもまた一時的で…」

 二本ハイポーションを使った事を、気にしているらしい。これからワイバーン討伐が控えているのだ、仕方がない事だ。


「気にするな、試作品だ。」

「…試作品、ですか?」

 話をするビッレは、やっと身を起こしたというていで、話をするのも苦しそうなほどだった。

「宮廷魔導師見習いの、な。まあ飲んでみろ。」

 見習いとはいえ、最高峰の教育を受けてきた者達だ。建前は。その試作品でも皆が欲しがりそうだが、とりあえずは効果の確認をさせてもらう。

 ビッレは戸惑いつつ瓶を見て、また更に不思議そうな表情をしたが、蓋を開けて渡すと一気に飲み干した。


 困って当たり前か。試作品と言って渡されたポーションは、ごく普通の瓶に入っているのだ。宮廷に仕えるほどの人間が、わざわざこんな初期アイテムの試作品が必要か、とは事情を知らなければ俺でも思う。

 そして変化はすぐに訪れた。

「…う?これは…」

 ビッレの体を、魔力が覆っていくのが解る。腕を無くした右肩を左手で抑え、苦しそうに顔を歪めた。

「大丈夫か?おい、ビッレ、おい…」

 黙って俺の後ろに立って成り行きを見守っていたバレクが、ビッレに近寄ろうとする。俺は手でそれを制して、ビッレの様子を見守った。体を覆った魔力が、ないはずの手の形を描いているのが見えたからだ。

「団長!大丈夫なんですか、コレ!!」


「……本物だ。これが本物のエリクサーだ…」

「え?」

 思わずニヤリと笑ってしまう。

 ほんの十五歳の見習いが、本物のエリクサーを作るとは…

 ビッレの右手はみるみる復活し、指先が意志により動くことまで確認できた。

「俺の…俺の腕…」

「す…すげえ!!やった…!良かったなビッレ!!」

 騒ぎ出した俺たちに気付いて、他の団員達が入口から様子を覗いた。そしてビッレの腕が治った事に気付くと、みな笑顔で良かった、また一緒に騎士として仕事ができると喜びを口にしながら、ベッドの周りに集まってきた。


 俺のイリヤの最初の印象は、素晴らしい回復アイテムを作る魔導師だった。

 その後、討伐における華々しい功績を見せつけられ、あらゆる魔法を操る強大な魔導師だと認識を改める事になる。

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