シェミハザとアンニカ(アンニカ視点)

 王都にある、あたしの家に帰って来た。

 シェミハザさんと一緒に。

 問題は、家が小さいので余分な部屋がないという事。シェミハザさんは、どうしたらいいかな。商談用の部屋か、薬草部屋でいいと言ってくれているんだけど、さすがにベッドすらない、というわけにはいかない。

 荷物を降ろして店や薬草の状態を軽く確認してから、空きスペースを考える。二階にある薬草部屋にベッドを入れることにした。


「申し訳ないですけど、薬草部屋に寝泊まりして下さい。これからベッドを買いに行きましょう」

 家から出たところで、一緒に暮らすなら隣の喫茶店の人に紹介した方がいいかな、と思い至った。同年代の女性が経営しているから、仲良くしているの。お茶や食事しに行ったり、あちらの人が薬を買いに来てくれたり、普段から交流している。


「ただいま。久しぶりだね、コリーン!」

「アンニカ! 随分帰って来ないから、何かあったのかと思ったわよ!」

 あたしの姿を見るとコリーンは顏を綻ばせて、店の奥から姿を現した。ちょうどお客が途切れて、バイトの子と一緒に食器を洗っていたところだった。

「お目当ての本の抽選に落ちちゃって。でも、レナントに住んでる立派な職人さんに弟子入りできたのよ!」

「スゴイじゃない! ……で、このステキな方はどなた? もしかして……?」

 

 コリーンは後ろのいるシェミハザさんに視線を移した。

 黒い短い髪に紫の瞳をして、シンプルなシャツとズボンに着替えてもらった彼は、背が高く顔立ちが整った立派な男性に見える。ブーツは相変わらず使い古したものだけど。


「違うのよ、実は堕天使なの。契約したの、護衛してくれるって」

「契約? あなた、召喚術は使えないんじゃないの?」

「契約が無くて町とかを歩いてる人って召喚する必要がないから、召喚術が使えなくても相手の承諾がもらえたら、契約できるんだって。あたしの師匠は召喚も魔法もアイテム作成もすごい腕で、本当に勉強になったし、凄いことだらけよ」


「……君達は何故、秘密ごとのように話すんだ?」

 思わず近づいてヒソヒソ声で話したあたし達に、シェミハザさんが苦笑いしている。


「すみません、堕天使って初めて見たんで」

「まあ、大抵は地獄に行って悪魔になっているからな。私は強い方ではないが、防御は得意だ。何かあったら、頼ってくれていい」

「ありがとうございます!」


 コリーンとシェミハザさんは、うまくやっていかれそう。隣同士で問題が起きると大変だし、安心したわ。シェミハザさんは優しいんだよね。それでも人間と結ばれちゃうと堕天使になっちゃうなんて、厳しいルールね。


 家具屋でベッドを注文すると、夕方には届けてくれる事になった。今晩に間に合いそうで良かった。あとはお世話になっていたお店へ挨拶しに行く。しばらく開ける事を伝えてあったから、気にしてくれていると思う。


「こんにちは。親方、います?」

「アンニカちゃん! いるよ、遅かったから心配してたよ。怪我とかしてない?」

 職人仲間の男性が声をかけてくれた。あたしより長くこの職場にいる年上の男性で、親方の右腕みたいな人。


「アンニカ、どんな人といるの!!」

 工房の家事妖精が、肩を目に見えて震わせた。解るみたい。この子はお掃除をやってくれている。色々散らかるから、とても助かってる。清潔も大事!

「シェミハザと言う。彼女と契約した」

「契約? すごいな、防衛都市で何があったんだい!?」

「ふふ。休憩の時間ですよね? お茶にしましょう、説明しますから。親方にも声をかけて下さいね」


 雇ってもらっていた頃、昼食の支度とお茶を淹れるのは、あたしの仕事だった。注文が立て込んでいる時は、夕食も。男性の職人は放っておいたら、お茶も食事もろくにとらずに仕事を続けちゃうんで、強制的に休ませていたの。今はどうかな?

 この点は本当に心配。


 これまでのいきさつを話してシェミハザさんを紹介すると、親方は感心したように頷いていた。口数が少ない真面目な方で、最初はとっつきにくいと思っていたけど、本当は周りを気遣ってくれる人。


「……いずれ、そのイリヤって職人さんにも挨拶してえな。」

「驚きますよ! すっごく素敵な女性です。今は公爵様の依頼で、海洋国家ドルジスに討伐に出掛けてるんです」

「「公爵様!!?」」

 親方と右腕をしている男性の二人が、驚いて声を合わせて叫んだ。一緒に休憩にしていた、他の職人さんもビックリしてる。

「よく解らないんですけど、公爵様の庇護を受けてるって……」

「そりゃあ本物だ!! アウグスト公爵といえば、魔法好きで有名だからなあ。俺たちの腕じゃ、まだ見向きもされねえが。いい人の弟子になったな、アンニカ」

 親方が笑顔で褒めてくれる。他の人の弟子になったって言うのに、全然怒らない。そう言う懐の広い人だから、とても尊敬できる。


「相変わらず、お前の淹れる薬草茶は気持ちが安らぐ」

 懐かしそうに飲む親方たち。

「ブレンドした茶葉をあたしのお店で売ってますから、いつでもどうぞ」

「こりゃ営業も上手くなったな、ハハハ!」

 昔に戻ったみたいで楽しかった。最初の頃は親方が怖くて、怯えてたんだけどね。


 皆と別れた帰り道、何を思い出したのかシェミハザさんがクスリと笑った。

「良い所だな」

「はい、とてもお世話になったんです。辞める時も、すごく親身になってくれて」

「なかなか出来ぬことだ。立派な人物だ」

 シェミハザさんも親方の真摯な人となりを認めてくれた。嬉しいな。



 イリヤ先生と約束した魔法の練習もしないと。まずは回復魔法。しっかりとした回復効果が見込めれば、魔法で回復してお金を稼げる。素材がいらないから儲け放題……、というほどたくさんは使えないものなんだけど。そもそも初級くらいだと、お店のメニューにはできないの。中級をしっかり使えないと、治療院としては認めてもらえない。

 魔法治療院は、チェンカスラーでは許可が必要なの。許可を取らずに治療院として営業していたことが発覚すると、すごい罰金を取られちゃう。

 魔法を使える人が頼まれて突発的に、というのは問題はないよ。でも毎日やっていると、調査が入るらしい。


「なぜ君は、風属性の回復魔法を使う?」

「え? 風が回復には一番いいって、教わったんですが」

 シェミハザさんの思わぬ質問に、聞き返すような返事になってしまった。

 回復は風、攻撃は火が一番いいって言われている。

「君はあの一番弟子の男と同じ、土属性が得意だろう。風は反対属性だ、まずは土属性で練習するべきだと思うのだが」

「あたし、土属性が得意なんですか? 火だと思ってたんで……」

 土属性だったの? 一番人気がない属性だ。ちょっと残念。ちなみに現在、火属性だけ回復魔法が開発されていない。


「土属性の中級の回復魔法を教えよう。これを使えるようになりなさい」

 あたしは言われた言葉を、紙に書き留めた。


『鮮やかに萌える木々の描く地図は色彩豊かなり、眼下広がる大地は潤い、豊穣の香りあふるる。こうべを垂れし稲穂は小金こがねに輝きたる。実りの季節よ、ダヒーの大枝を持ちて息吹きを注げ。山よ、生命の眼差しを向けたまえ。ベンディゲイド・テーレ』


 この魔法を使いこなせれば、魔法治療院として看板を掲げられるのね。最初の目標は、これね!

 飛行魔法は、まだまだその先だわ……。


 目標を定めて、シェミハザさんと魔法の精度を上げる為の相談をしていた時だった。となりの喫茶店から、騒ぐような声と物音が聞こえた。

「……何事か確かめてくる」

 シェミハザさんは剣を手に取り、足早に店を出た。あたしも杖を持って、後をついていく。

 

「こんなまずい料理に、金が払えるかっ!」

「ですが、こんなにたくさんご注文頂いております……」

 外に出ると、コリーンさんの悲痛な声が聞こえる。それにしても、低俗な言いがかりね! 怒鳴り声を聞いた数人が喫茶店の周りに集まって、外から覗き込んでいた。あたしが警備兵を呼んで来てと頼むと、一人の女性が解ったわと、すぐに駆けて行ってくれた。


「女性相手にみっともない。食べた代金は払うものだ」

 シェミハザさんが入ろうとした時に、ちょうどドアを開けて出てきた男性の前に立って、鞘に入ったままの剣を見せるようにして、足止めをした。

「……なんだお前、やるってのか?」

「やるも何も。代金を払えと、当然のことを言っている」

 店の中から、更に二人。体格のいい男性が出てきて、シェミハザさんを囲むようにした。周りにいた人たちは少し離れて、遠巻きに見ている。どうしようかと迷っているのが見て取れたのだろう、彼は来ないようにと、小さな動きであたしを制した。


「あとで後悔するなよ!」

 シェミハザさんの目の前の男性が、胸ぐらを掴んで突然殴りかかった。彼は殴りかかる手を制しながら、掴んでいる手の甲を片手で取り、近い距離なのに更に前に出た。攻撃を止めた手も、胸ぐらを掴んだままの相手の腕をとって、相手の体をくるんと地面に倒してしまった。

 倒れた体の腕の付け根をためらいもなく踏み、鞘に収めたままの剣でボコンと殴る。


「次は誰だ?」

「てめええ!」

 無防備に殴り掛かってきた男の攻撃を少ない動きで二、三回躱してから、腹に一発入れると、男性は膝をついてうずくまった。

 三人目に至っては勝てると思っていた相手の猛撃に驚き、戸惑っている横っ面に蹴りが飛んだ。見事に地面に叩きつけられて弾んでる。

 てっきり剣で戦うと思ったのに、抜く事すらなかった。


「さて。勘定をしてもらおうか」

 倒れたままの男性の横にシェミハザさんがしゃがんだところで、警備兵を呼びに行った女性が、数人の兵を連れて走って戻ってきた。

「あ、あそこです!」

「あれ?」

 すでに制圧後。

 警備兵たちは男性達に支払いをさせてから、連れて行った。でも足りないくらいしか持っていなかったの……。酷い誤魔化し方をしようとしたものね。


「ありがとうございました! 本当に助かりました」

 コリーンさんはシェミハザさんに、深く頭を下げている。バイトの女性も一緒に。

「隣に住むんだ、この程度は気にしなくていい」

 居心地が悪そうにするシェミハザさん。あんまり仰々しくされるのは、得意じゃないみたい。

「さあさ、みんなそのくらいにして。コーヒーでも奢ってもらっちゃおうかな?」

「そうね、用意するわ! 座って、二人とも」

 あたしが冗談めかして言うと、コリーンさんが頭を上げてすぐに厨房に入って行った。バイトの子が、こちらの席にどうぞと案内してくれる。


「いいのか?」

「いいんですよ。お礼は自分が作ったものでっていう、こういうお付き合いなんです」

「なるほど」


 コーヒーを運んできたコリーンが、楽しそうにあたしの隣に座る。

「せっかくだから聞かせて。アンニカの師匠さんの事とか、二人が出会った経緯とか!」

「そうねえ……」

 さて、何から話そうかしら。コーヒーが冷めないように、気を付けよう。

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