エグドアルムの皇太子殿下と側近たち(エンカルナ視点)

「山に三日間籠る訓練をするから。各自、準備して来るように」

 殿下が唐突に側近五人に申し渡した。しかも明日からって! 私たちは慌てて食料や着替え、寝袋などを用意して集合場所である山の入り口に向かった。


 そこで言われた、無慈悲な言葉。

「では、ここに十日後の同じ時間に集合。頑張ってね」

 殿下の侍従はお付きの二人に指示して、私達五人に大きめの水筒二本と、本を渡させた。食べられる野草、サバイバル生存術、森のきのこ達。こんなタイトル。


「殿下…? 山籠もりは三日では? 何故、十日後が待ち合わせなのですか?」 

 恐る恐る訪ねた私に返されたのは、笑顔だ。しかも屈託のない。

「嫌だな、他国で森に潜伏するような事態になったとしてだよ。三日と決めて、潜伏するだろうか? 状況によっては長引くよね? 今回は参考書もあるし、水も用意した。イレギュラーに対応する訓練だと思えば」


 やられた……! 殿下は側近には厳しい。

「一応、これは魔力を籠めるとピンクの煙が出る発煙筒だから。ギブアップや緊急事態では使って、迎えを寄越すよ。あと、エンカルナはアナベルと組んでね。ここはそれなりに魔物も出るらしいから、二人は協力するように」

 発煙筒もアイテムボックスに入れて、皆が散りじりに山に入った。私はアナベルと一緒。彼女とは性格も境遇も違うけど、割と仲良く出来てると思う。何と言っても、アナベルはあのエクヴァルとも親しくできるほど、人付き合いがうまいの。さすが諜報活動やスパイのあぶり出しが仕事なだけあるわ。


「……私はあまり戦力にはならないと思うわ。山なんて、ろくに入った事もないし……」

 斜面を歩き辛そうにしながら、申し訳なさそうにアナベルが言う。でも、私も似たようなものなのよね。魔法剣士だけど、山の中で戦うのは勝手が違いそうだし。

「私もよ。魔物退治ならともかく、突然山で十日も生活しろ、なんてねえ……」


 しばらく歩いて山の様子を見て回った。山菜が生えていて、これなら食べられると解るわ。調理法は知らないけど、このサバイバル術の本に書いてあるのね、きっと。

 誰も周りにいない。まずは二人の荷物を確認する。私は食料をきっちり三日分と、寝袋やハイキングでもするような荷物だけ持って来ていたんだけど、彼女は四日分の食料と、山岳用のブーツや杖、ロープなど色々と準備していた。

「エンカルナは飛行魔法が使えるものね。私も使えなくはないけど、こんな森で飛べるほど、うまくはないわ」

「うん……、ありがとう」

 その上、気遣いもできる。彼女を男好きとか悪く言う女性がいるけど、美人で女らしいから、男の人にモテるだけじゃない。自分もモテたいなら媚びようが侍ろうが、なりたいと思うように努力すればいいだけよ。


 とりあえず夜休めそうな場所を探し、食料を求めつつ、川を見つけることにした。水の確保も重要。彼女はテントや魔石式ランタンまで持っていて、本当に一緒で良かった……! 寝袋しか買ってこなかったわ。外で寝る事なんてないもの、解らないわよ! それを明日からって、殿下はわりと鬼畜なところがあるのよね。素敵。ただ、言い方が優しすぎるのよね。


 最初の五日は、持っていた食料と見つけた食べられる草なんかを食べて、スムーズにいったわ。ただ、狩りは出来るけど捌けないのよね…。サバイバル辞典にやり方は書いてあるんだけど、ちょっと無理。


 手持ちの食料もかなり減った、後半が勝負。魚を獲るのが難しいのも知ったわ。ぬるんと逃げるのが苦手!

 あまり魔物とは遭遇せずに済んで、なんとか凌いであと二日。

 それにしても一人じゃないって、心強いわ。この山の中で話す相手もいなかったら、本当に怖い!!


「……エンカルナ。何かいるわね」

「そ、そうね。貴方は隠れてて」

 危ない、考え事をしていて見逃す所だった。

 アナベルって少しは戦えるのかしら?諜報活動以外には、回復と防御の魔法を使う後方支援型なのよね、彼女。私は火属性の魔法が得意だけど、ここではあんまり火は使えないわよね。山火事になったら大変。


 現れたのはダークウルフという弱い魔獣。攻撃的で狼にしてはちょっと強い、くらいかしら。決定的な違いは、集団で狩りをする性質があるところ。木が多い山中で遭遇するなんて、わりと厄介ね。


 私はオリハルコンの剣を取り出し、ダークウルフの群れを一瞥した。十体ほどだろうか。これならば、何とかなる。

 ゆっくりと木の影から出てきて、遠吠えをする。それを合図にしたように、魔物たちは狩りの開始とばかりに、私に向かって来た。


 こっちも行くわよ!

 私も走り出し、飛びかかってきた一体目を避けながら切り、すぐ後ろに居た個体も切り伏せる。次は後ろから来るダークウルフを躱して、近くで順番を待つようにしている別のヤツに一撃を加えた。

 順調に倒していける、これなら問題ないわ!木の根っこに気を付けて移動しつつ、一体、また一体と倒していく。


「オッケー、アナベルもう大丈……」

 これで全部ね、と思ってアナベルを振り返った。彼女は別の方向を見ていた。

 その先に居るのは、更に危険な魔物。

 ヘルハウンドだ!

 闇のように黒い毛並みをして、子牛程の大きさがある魔犬の一種。薄闇から爛々と光る赤い双眸が浮かんいる。力も強く、噛んで人を引き摺るほどだ。


「アナベル!!!」

 魔法も攻撃も間に合わない。そもそも犬や狼系の足の速い魔物の場合、あちらが狙いを定めてから詠唱を始めても、後れを取ることは明らかだ。

 彼女はヘルハウンドを真っ直ぐに見つめ、木の近くからそっと離れた。

 咆哮を上げて飛びかかる魔物の前で、アナベルは動かない。足が竦んでいるの? 私は精いっぱい彼女に向かって走った。


 魔物は彼女の目の前まで迫る。顔に向けて鋭い爪のついた前足を振り、大きな口を開けている。

 やられる!

 アナベルは体を低くして自ら前に進み、前足の攻撃を躱し魔物の体の下に入って、首辺りに短剣を突き刺した。

「……はっ……!」

 刺さった短剣の柄を両手で握り、走りながらヘルハウンドを切り裂き、その影から抜けていく。

「え?」


 血の付いた短剣を迷いなく捨て、側近全員に与えられたオリハルコンの剣を取り出す。着地すると同時に地面に足を折って、座るようになった魔物の首を落とした。

「……ふう。やっぱり短剣の方が使いやすいわね。私の得意って、魔法による防御と回復と、接近戦なの」

「そうなの……?」

「うふふ。じゃなきゃ諜報員なんて、危険すぎてやれないわ」

 言われてみればそうだわ。敵と二人きりになったりするんだものね、身を守れないといけない。てことは、実は素手でも戦えたりする……?


 聞いたけど教えてくれなかった。できるわね、これ。

「血がついちゃったわ。川で流しましょ」

「そうね」

 誤魔化してるみたいだし、これ以上は詮索しないでおこう。

 

 これが最後のアクシデントで、あとはお腹が空いたくらいの問題だけで、無事に十日間の山籠もり訓練は終了した。

 もちろん一人の脱落者も、怪我人も出さず。腹痛を起こした奴はいたわね。

 ああ! 早くシャワーを浴びて、美味しいものを食べたーい!



 エクヴァルは帰り道で途中の村に寄り、たくさん採ってきたキノコを食べられる物と分類してもらうと言って別れた。さすがに素人には危険だから、ハッキリわかるものしか口に入れなかったみたい。

 それから暖かい季節にまとまった休みがあると、エクヴァルはたまに山に入っていた。キノコ狩りが趣味になったの。家に帰るよりよっぽど気楽だし、山籠もりというと訓練に聞こえていいよね、と言っていた。

 アイツはやっぱり、ちょっと頭おかしいわよね?

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