リニのお仕事(りに視点)

 男の人がお店に入っていく。

 私はコウモリに化けて、誰と会うかを突き止める仕事をしている。お店の離れにある個室には入れないけど、渡り廊下が見える場所で見張ってることが出来た。

 後からやって来たのは、事前に何人も見せられていた顔の人とは違った。


 宮廷魔導師の人じゃないよ。少し近づいても平気かな?

 私は慎重にちょっとずつ、部屋に近づいてみた。数人の男性の声が聞こえてくる。笑ってるし、いい雰囲気みたい。

 でも、これ、他の国の人じゃないかな。我が国ではって言ってる。


「……っ?」

「どうされました?」

「何か……」

 気付かれたの!? 息をひそめて、壁にくっついた。


「お待たせしました、こちら前菜です」

 ちょうど扉を開けて、女の人が料理を運んできた。良かった、誤魔化せたみたい。

 でも何かコワイ。私はここで偵察をやめて、エクヴァルの所へ戻って行った。


「お帰り、リニ。どうだった?」

 親衛隊の宿舎の個室で、窓辺に椅子を置いて座って待っていたエクヴァルが、迎えてくれる。開かれた窓から部屋に入り、女の子の姿に戻る。

「うん、あのね。みんなは解らなかったけど、宮廷の人じゃないよ。外国の人みたいだった」

「……外国? そうか、ありがとう。思い違いをするところだった」

 私が見てたのは、最近急に皇太子殿下に近づいて来たから、政敵の宮廷魔導師長の差し金かと思われた人。でも、そのお互いにけん制してる状況を、利用しようとしてるみたいだった。


 エクヴァルはすぐに皇太子殿下の所へ報告に発った。

 役に立てたかな?

 テーブルには私の為に、お菓子が用意してある。紅茶を淹れて、お菓子を食べながらさっきの偵察を思い出してた。


 もっと、お話を聞いていれば良かったかな。まだ大事な話は全然してない段階だよね。近づかなければ、まだ大丈夫だったかな。顔の確認もできない人もいた。

 なんだかお腹が重くなる。

 早く逃げ過ぎたかもしれない。もっと頑張れたはずなのに、エクヴァルはそういう事は全然言わない。

 空には星がたくさんチカチカしてる。私は窓から眺めながら、しばらくぼんやりと考えていた。



 深夜になって、気配が近づいて来た。エクヴァルが帰って来たのが解ったから、私は玄関まで出迎えに行った。

「あの、あの。お帰り、エクヴァル。それでね」

「ただいま、リニ。まだ起きてたの? ああ、悪魔は人間ほど眠らなくていいんだったね」

 廊下を進むエクヴァルの後ろを歩く。私が付いて行く時は、いつもより少し遅く歩いてる。なんにも言わなくても、エクヴァルは私に優しくしてくれる。それに甘えていちゃ、ダメなんだと思うの。


 個室に戻ってから、私は決心してエクヴァルに話しかけた。

「あの、あのね。ごめんね、もっとお話、聞いて来られなくて……」

「ん? リニはちゃんと仕事をしてきたでしょ、それでいいんだよ」

「良くないよ! 私、もっと、しっかりしなきゃ……」

 俯いた私の頭を撫でて、エクヴァルは座るようにと椅子を引いてくれた。

 向かい側に彼も座り、私を見ている。


「この仕事で一番大事なことは、何だと思う?」

 少し考えてから、エクヴァルが私に尋ねた。だいじなこと。たくさんありそうだけど、一番って言ったら何かな。

「……いっぱい情報を持ってくること?」

「違うよ。生きて帰ることだ」

「生きて帰るだけ?」

 それだけなの?


「そ、どんな重要な情報を手に入れても、伝えられなければ意味がない。だから、生きて帰ることが重要になる。リニは、一番大事なことが出来ていたから偉いんだよ」

「……でも、でも、私が臆病だから」

「でもはナシ。リニはちゃんとお仕事したから、殿下も褒めてくれたよ」

 

 エクヴァルはそう言うと席を立って、ドアから出て行った。私はなんだか涙が出ちゃって、止まらない。手で擦るんだけど、やっぱりまた流れてくるの。

 優しくされたのに、どうして涙が出るんだろう?


 少しして湯気の立つマグカップを二つ持ったエクヴァルが戻ってきた。

「甘いものでも飲んで、ゆっくり眠るといいよ」

 ホットチョコレートだ!

 美味しい。

 甘くて本当に美味しい。


 すごく熱いから、息を吹きかけて冷ましながら、少しずつ飲む。

「おいしい」

「良かった。リニ、臆病でいいんだよ。臆病だから任せられるんだから」

「……? なんで臆病だと任せられるの?」

 地獄だと、臆病なんてバカにされるだけなのに。人間って不思議。

「危険を察知して、逃げることが出来る。功を焦って逃げ損なったりしたら、捕らえられて逆に情報をとられるかも知れない。だから、撤退の判断がしっかり下せる方がいいんだ」

「……逃げちゃって、いいの?」

「君の判断は正しかったと、断言する」

 おずおずと視線を上げると、真っ直ぐ見つめるエクヴァルと目が合う。

 彼は頷いて、飲み終わったマグカップをテーブルに置いた。


「さ、固い話はここまでにしよう。もうすぐ契約してから一年だね、リニ。記念の食事会をしようか」

「……記念? そんな記念、聞いた事ないよ」

 エクヴァルはたまにおかしなことを言い出すの。でも、すごくうれしい事。

「いいでしょ、私がお祝いしたいんだから。ビュッフェ形式って解るかな?」

「……知らない」

 首を振る私に、エクヴァルは自慢げな笑顔をしてる。


「なんと、食べたいものを自分でお皿に取って、好きなだけ食べられるレストランなんだ。色んな種類の料理があって、スイーツもあるんだよ」

「そんな夢みたいなお店があるの!?」

 すごい。何でも食べ放題なの!? 自分で盛り付けるなら、いろんな種類を少しずつでもいいのかな? とっても楽しそう!

「でも、悪魔とかは入れないみたいなんだよね」

「……なんだあ……」

 私がガッカリしてると、彼はニコニコ笑いながら話を続けた。


「ふふふ。今回は殿下が行きたいと仰っているから、特別に貸し切りにしてあるんだ。リニも一緒に行かれるよ!」

「本当? 私もいいの?」

「勿論! チョコレートファウンテンもあるよ!」

 チョコレートファウンテン? 初めて聞いたけど、チョコレートの料理かな?

 落ち込んでた気分がすっ飛んじゃったよ。とっても楽しみ!

 私、エクヴァルと契約してよかった!


 エクヴァルは優しい。色々食べさせてくれるし、褒めてくれるし、頭を撫でてくれる。私が絡まれると助けてくれるし、失敗しても大声で怒ったりしない。


 私、エクヴァルの好きなところが、いっぱいできたよ。

 エクヴァルも、私のいい所を見つけてくれてるといいな。

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