リニと公爵さま(りに視点)
※本編146話ごろのお話です
私はリニ。エクヴァルと契約してるんだけど、今は危険だからって地獄に帰ってる。
久しぶりに森の中にある、自分の家に戻った。食べ物をたくさん持って来たし、しばらくいつもみたいに、ひっそりこっそりしてようと思う。
エクヴァルは召喚術はそんなに得意じゃなくて、最初の頃は森の中のどこに帰されるか解らなくて困ったけど、今はちゃんと、おうちの近くに送ってくれる。こういうのも、慣れなのかな。
チーズが練り込まれたパンを食べて、プリンのスプーンを持って来た時だった。誰か訪ねて来た。私はちょっと怖いなと思いながら、玄関の方に行った。嫌がらせに、うちまで来ないよね……?
「リニさんのお宅でしょか? 公爵エリゴール様の使いの者です」
……公爵さま、ウチに来いって本気だったのかな……!?
「あ、あの。リニです、今、開けます」
急いで扉を開けると、男の悪魔の騎士様がピンと立っていた。
「突然失礼する。エルゴール様より、君を招待するよう申し付かってきた。できれば一緒に来てもらいたいのだが」
「え、す、すぐですか……?」
「後日という事であれば、改めて迎えを寄越そう」
さすがにこんな森の中に、何度も偉い人に来てもらうのは悪い気がする。
「準備します、あの、少し待って……下さい」
「必要なものはこちらで用意する。あまり気にする事はないからな」
「は、は、いい!」
私は慌てて家の中に戻り、エクヴァルが買ってくれた新しい服に着替えた。ひらっとしたキュロットスカートなの。普段着でお呼ばれなんて、できないし。食べ物を片付けて、上着とハンカチと、何を持って行ったらいいのかな。小さいカバンを斜めにかけて、急いで玄関に向かった。
「お待たせしました。……出来ました」
「おお、可愛らしいな。子供好きとは知っていたが……、まあ行こう。森の外れに、馬車を用意してある」
馬車はケルベロスが曳いてる。大きくて、扉にかっこいい模様が書いてある。
カラカラと土の道を走って、炎の川の三番橋を渡った。ここからがベリアル様の領地。お迎えの騎士の人が、説明してくれる。あったかいよ、上着要らなかった。
幾つか大きいおうちがあるのを通り過ぎて、しばらくして見えたお城か要塞っぽい石で出来た建物が、エリゴール様が住んでいるところらしい。迎えに来てくれた騎士様の家も、この敷地内にあると教えてくれた。
おっきくて重そうな城門が開けられ、中に入っていく。ヘンな形の木があったり、訓練してる悪魔達の声が聞こえたりしてる。建物の入口の前に馬車が止まって、騎士様が先におりた。
「こちらでエリゴール様がお待ちだ」
広い玄関ホールにはメイドの小悪魔が何人かいた。デーモンの上の、デビルの階級の女の人だ。みんな大人の姿で小さな角がある。強そう。私、場違いみたいなんだけど……
「リニ~! よく来たな、待ってたぞ!」
ホールにエリゴール様の声が響いて、笑顔でお迎えしてくれる。
「あ、あの、あの。えと、お招きいただきまして、あり、がとうございます」
あんまりにも大きな家でポカンとしてしまったので、あいさつするのが遅れちゃった。焦っていると、エリゴール様が大きな掌で私の頭を撫でた。
「上手に挨拶できるな、リニ! 俺の妹は可愛い!! 皆、俺の妹だからな、しっかりもてなせよ」
「畏まりました」
メイドさん達が、みんなお辞儀してるんだけど……
私、妹じゃないよ~!!!
エリゴール様に手を引かれて、真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を歩いた。
両開きの扉をメイドさん達が開けてくれて、お部屋に入ると中はこの一部屋で私の家より広いくらいだった。奥に布を掛けた長机が横に長く繋がっていて、その上にはなんとケーキがたくさん!! エクヴァルと行った、ビュッフェみたいになってる!
「どうだリニ、スイーツが好きなんだろう? お兄ちゃんが料理人に色々作らせたぞ、さあ好きなだけ食べろ」
好きなのを食べていいの!? ケーキだけでも十種類以上ある。しかも全部ホールだよ。こんなの、十日あっても食べきれないし、カピカピになっちゃう!
カップスイーツ、クレープ、焼き菓子、フルーツ、ポテトチップ。
なんでもある。レストランみたい!
背の高いエリゴール様を見上げると、浮き浮き嬉しそうにしてる。
「あ、あの、こんなにたくさん、食べられないです」
「好きなだけ食べればいいだろう、どれがいい? お兄ちゃんがとってやろうか?」
あ、解った。お兄ちゃんって呼んで欲しいんだ。さっきからお兄ちゃんって言ってる。
「えと、みんなで食べたらいいかなって思います。……お兄ちゃん」
「そうか! リニは優しいなあ、さすが俺の妹!!」
「……」
エリゴール様はものすごく嬉しそうにしてるんだけど、なんて答えたらいいのか解らない。エクヴァル、助けて~!
「おーい。みんなテーブルと皿、持って来い!」
エリゴール様が声をかけると、近くで控えていたメイドさん達が喜んでキャアっと嬉しい悲鳴を上げた。隣の部屋から椅子やテーブルを運んで、他の人達も集めてみんなでお皿を持って料理の前に行く。
「……お兄ちゃん、みんなで食べると楽しい……ですね」
周りのテーブルで他の人が楽しそうにお喋りしてるから、ちょっと緊張が和らいだ。さっきまっでメイドさんに見られて、真ん中で二人だったんだもん……!
私は自分のお皿に取ってきたケーキを、少しずつフォークに刺して食べた。マナーとか解らないけど、いいんだろうか。目の前のエリゴール様を見ると、全然ケーキなんて食べてない。
「あの、あの。ケーキ、食べないんですか?」
「ああ、そういう甘ったるいモンは好きじゃないんだ」
「え、でもたくさん……??」
「リニの為に用意したに決まってるだろう!」
ええ? 私の為なの? こんなにたくさん!??
ビックリしていると、来客だと男の人が来て告げた。
通されてやって来たのは、たしかルシフェル様の秘書のペオルさん。じゃなくて、ベルフェゴール様。茶色い髪をまとめてアップにしていて、メガネをかけた女性の悪魔。赤茶色のスラッとしたズボンに、裾が膝裏くらいの長さの上着を着ている。
「ベリアル様とご一緒に居た、小悪魔が地獄に戻ったそうで。こちらに連れていらしたと連絡を頂き、ありがとうございます。お話を伺っても宜しいですね?」
連絡? 何かご用があって、招待してくれたの?
「椅子を用意してくれ。座れ、ベルフェゴール。好きなもんを食ってくれよ」
「では、遠慮なく……」
ベルフェゴール様はチョコレートケーキとチーズケーキとタルト、プリン、ゼリー、フルーツを几帳面にお皿に並べて、近くの人に紅茶を頼んでいた。
「貴女ですのね。現在のあちらの状況は?」
「あ、あの、はい。みんな、フェン公国に向かいました。難民が押し寄せたとかで、ベリアル様が時期が来たとおっしゃって」
「……ベリアル様がそう仰るのなら、確かだろう。機を読み間違える方ではないからな」
私が答えると、エリゴール様が頷いて腕を組んだ。
「全く、パイモン様にも困ったものです」
「遊び好きで、ベリアル様がお嫌いだからな……」
「ルシフェル様は、その辺りの感覚が鈍くていらっしゃいます。悪意がどの程度のものか……」
「場所からしても適任だが、ベリアル様に監視を任せちまったんじゃなあ」
エリゴール様はブラックコーヒーを飲んで、横に空になったカップを出した。すかさず他の人が来て、暖かい湯気のたつ新しいカップと交換。
「パイモン様はルシフェル様に忠実ですからね。よもや帰還要請の後に、ベリアル様と戦うとは考えもしないのでしょう。天の監視もありますのに」
「俺は戦うと思うな。あの方は、その機会を狙っていた」
私、ここに居ていいのかな……
ベルフェゴール様は、背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、話をしながら器用にキレイにケーキを食べてる。
「ベリアル様はどのようにお考えでした?」
唐突に私に振られちゃった! もっとたくさん聞いておけば良かった……!
「た、戦う事になると思ってる、みたいです。イリヤを狙うんじゃないかって、心配してました」
「あの契約者の女性ですね。ありそうな話です」
「……パイモン様の配下には、王がいる。万が一送り込まれれば、俺でも防ぎきれる自信はない。危険でも連れて行くしかないな……」
ベリアル様は王様だから何でもできると思ってたけど、偉い人はえらい人で、色々と大変みたい。
「ルシフェル様の方はどうだ?」
「もう戦はほとんど終わっています。召喚がありそうだからと、連絡を入れておきましょう。後始末は他の者達に任せれば済みます」
「なら良かった。手が足りなければ呼んでくれ」
「ありがとうございます、それには及びませんわ。それはともかく、美味しいケーキでございますのね」
あまり表情を変えていないけど気に入ったみたいで、ベルフェゴール様はケーキのおかわりに行った。今度はたくさんのケーキを乗せてきた!
私、まだ最初に持って来たのが食べ終わってないよ。
「リニももっと食べろよ。あ、でも大きくなるなよ。イリヤに大きくなれと言ったのは、失敗だった……」
「エリゴール様……、そう言うご趣味で……?」
「趣味とはなんだ、リニは俺の妹だ。なあ、リニ?」
私はびっくりして、最後にとっておいたショートケーキのいちごを、ほとんど噛まずに飲みこんじゃった。
とりあえず何度も頷く。
「……権力をおかしなところに使うのは、感心致しませんね」
「使ってないぞ!」
「お兄ちゃんは、優しくしてくれます」
これでいいんだよね。
ベルフェゴール様は疑いの目で見ていたけど、ケーキをどんどん食べて、さらにおかわりしていた。すごい。
私は飲み物をもらって、いちごのケーキをもう一つ食べた。
みんなもたくさん食べたから、いっぱいあったケーキはほとんど食べ終わったよ。あんまり残らなくて良かった。お土産に少しもらえたし。
帰りはベルフェゴール様が、私のことを心配だからと送ってくれた。
エリゴール様がこんなに優しくしてくれるの、おかしいって思ったみたい。何かあったら知らせてと、馬車の中で何度も言われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます