◆冒険者になりたい!(ベリアル視点)
今朝は小娘が、何故か木の枝など持って歩いて来おる。
「おはようございます。かっか、先生」
「おはよう、イリヤよ。なぜ枝を持っているのだぞい?」
クローセルが尋ねると、小娘は自慢げに枝を前に突き出した。
「イリヤ、冒険者になります! 剣の練習をするのです!」
……またおかしな事を言い出しおった。何の為に魔法や魔法薬の作り方を学んでおるのだね、この小娘は。
「何故また冒険者になりたいのだ?」
「村に冒険者の人が来ました! とっても強そうで、かっこよかったの。ご領主さまにね、この辺の見回りを頼まれているんだって。兵たいさんもたまに来ますけど、足りないみたいです」
すぐにその気になるものであるな。仕方のない子供である。
「冒険者ならば、魔法使いでも登録すればなれる。剣など学ぶ必要はないわ」
「かっか、わかってないです。ロマンですよ!」
解っておらぬのは、そなたではないかね!
「しかしイリヤ、私は剣は教えられんぞい。どうしても習いたくば、閣下に教えを請うしかなかろう」
クローセルは武器類を、ほとんど扱えんからな。
小娘はまばたきして枝を見つめると、ぽいっと投げ捨ておった。
我の指導は、不満かね!?
「仕方ないです。まずは冒険の練習をします! イリヤ、谷の向こうに行ってみたいです」
そう言いながら両手を我に出した。つまり、肩に乗せて連れて行け、というのであるかね!? なぜお願いしますと言えぬのだか。こういう時は素直ではない小娘だ。結局遊びたいだけではないかね。
小娘を肩に乗せ、ワイバーンの生息する谷を過ぎる。鳥が旋回しておるだけで、ワイバーンには会えなかった。残念である。
谷を越えると隣国の領地。山の中の適当な場所に降りた。
「む~、山です。冒険者は、何をすればいいですか?」
やはり計画などないな。谷を越えても、しばらくは山しかないわ。
「確か、ギルドという場所で登録をして、仕事をもらうのだったか。人里を探してはどうかの?」
「さすが先生です! かっか、あっちへ行きますよ!」
小娘は元気よく歩きだす。馬車などが通るような固められた広い道である、危険はなかろう。進んで行くと荷馬車とすれ違い、冒険者らしき一行とも行き合った。あちらは小娘を先頭に歩く我ら三人を、いぶかしむように見て通りすぎた。
しかししばらく歩いても何もない。町はまだ遠いようである。
「可愛いお嬢ちゃん、お散歩かな?」
今度は冒険者らしき女性三人組が、反対側から歩いて来おった。
「イリヤ、冒険の練習してます!お姉ちゃんたちは、冒険者の人ですか?」
「そうよ。私達、三人でパーティーを組んでるの。イリヤちゃんも三人ね」
ローブを着た女が、小娘の前で膝を曲げて笑顔で語り掛ける。
「パーティーって、なに?」
「あたしらみたいに、集まって仕事をするメンバーの事さ。あたしは攻撃役の戦士、その子は回復と攻撃の魔法使い。最初に声をかけたのが、みんなを纏めるリーダー」
説明を聞いた小娘は、目を輝かせて我らを振り返った。
これは絶対に、ろくなことは言わんな。
「じゃあイリヤのパーティーはねえ、先生が魔法使いで、かっかがこうげきする人、イリヤがリーダーをやります!」
「なぜそなたがリーダーなのだね!!」
「かっかは意地悪だから、リーダーはできないですよ」
冒険者どもは笑いながら歩き去った。
誰が意地悪であるか! わざわざ連れて来てやった上、この地獄の王がくだらぬ子供の遊びに付き合っておると言うに、感謝が足りん!
その後も歩き続けたが、同じような景色が続くだけであった。
「何もないです。冒険者のお仕事、できないです……」
さすがに歩き疲れたようで、速度が遅くなってきおった。そもそもそなたは、仕事など受けておらんだろうが。
分かれ道を下りになる細い方を選び、更に進む。
「小娘、気が済んだかね。飽きたなら戻るか?」
「まだだもん!」
ええい、強情者め!
「閣下、何やら多数の人間が参りますが……」
鎧が擦れる音などがしておるから、武装しておるようだ。統制がとれておる様に思える、この国の兵か何かであろう。
「あ……兵たいさん、たくさん来ました……」
前を歩いていた小娘が、我の横にやって来た。怖く感じたようである。我の指を小さな手で握った。
「……子供連れ? 可笑しな連中だ。まあいい、ガラの悪い怪しげな集団を見掛けなかったか? 武器を持ってやたら急いで移動していたり、山に分け入っていくような……」
「そのような連中、心当たりはないわい」
クローセルが答えて、我の前に出た。
「盗賊を追って、ここまで来たのだ。よもやどこかで脇道に逃れたか……」
どうやら捕物の途中で、逃がしてしまったようである。
……いや、見られておるな。
ひゅん、と木の間から勢いよく飛んでくるものがある。矢であるな。
我らと兵達に向けて、真っ直ぐに数本。我は手を翳して矢を焼き尽くし、ついでに兵達に向けられたものも炎の壁を展開して全て防いでやった。
「……
矢を射って来た者達に魔力を向け、我の火で包み込む。
「うわあああぁ!!」
叫び声とともに草木の間に赤い火が幾つか上がり、人が焼けて熱さに暴れておる。
しかし直ぐに倒れて動かなくなった。兵だけを襲えば我は息の根を止めるまでは出来んのに、小娘も狙われたのだ。身を守る条項が適用される。愚かな者達よ。
「ひゃ、ふえ……!」
うぬっ。小娘が泣きそうであるぞ!! 背が低い故、ほとんど見えてはおらんだろうが。ええい、面倒な。クローセルが慌てて小娘の目を隠し、大丈夫だと告げておる。
「これは、一体……」
兵達も動揺しておるわ。
「クローセル、一人残してある。追跡し、殲滅せよ!」
「ははっ。閣下に対する無礼、その身をもって償わせて参りまする」
クローセルの体は途端に霧が大気に溶けるように消え、速やかに行動を開始した。人間共には、クローセルの監視から逃れる術はあるまい。
「そなたら、捜索はクローセルが戻ってからにせい。巻き添えを喰らいたく無くば、であるがな」
動揺した兵達からはろくな返事はなく、ただ何度も頷いておった。
ここにもう用はないであろう。小娘を肩に乗せて、我はその場を後にした。
小娘はしばらく、黙ったまま。
「……先生、大丈夫ですか?」
「安心せい、すぐに全て済ませて来るわ」
結局いつもの森に戻り、冒険は終わりである。少しするとクローセルも帰ってきた。勿論、傷一つ負っておらぬ。
小娘はクローセルに掛け寄り、つま先から頭まで首を動かして眺めた。衣服の乱れすらない。盗賊の巣に向かった時のままの姿を確認し、安堵したようである。
「先生、怖くなかったですか?」
「大丈夫だぞい。あのくらい、何でもない」
ふうとため息をつき、我の背にもたれ掛かってだらんと座った。
「ふみゅう。イリヤ、冒険者は怖いからできません……」
「ほほ、それで良いのだ。イリヤは魔法を覚え、薬を作るのであろう」
「やっぱり薬屋さんを目指します! でもお菓子屋さんも捨てがたいです」
どうしても逸れようとするな、この小娘は。
「そなたは菓子を売るのではなく、食べたいだけであろうが」
「お菓子屋さんはお菓子がたくさんあるから、イリヤの分もあるんですよ!」
ほれみろ、やはり食い気しかないではないかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます