◆女の子と先生(男の子の目線)
俺はトビー、十三歳。薬草魔術の先生の弟子をしてる。
ここ数日、高熱が出る患者が増えてきて、先生も兄弟子たちも大忙し。先生は近隣でも有名な名医で、隣の村からも来て欲しいと声がかかっている。高熱で節々や喉やお腹が痛くなるから、移動できないんだ。往診には一番上と二番目の兄弟子が出てる。
薬の素材の確認をした俺は、森に薬草採取に出た。熱の薬が足りなくなりそうだ、とにかく多く手に入れないと。庭で栽培もしてるけど間に合わないし、栽培が上手くいかない種類の薬草もある。
先生に教えてもらった安全な場所から、少しずつ移動しながら採取していた時だ。
「先生、これも薬草ですか?」
「シシンヌ草、高熱の薬に使うのう。このブシャーヌ草は根と葉が使える、丁寧に掘って根っこも採る。ただし、全部はならんぞ。来年また生えるように、残しておくのだぞい」
「大丈夫です、ちょっと残す。イリヤ、覚えてます!」
子供だ。薄紫の髪で、六歳か七歳くらい。俺の弟より小さいのに、もう弟子入りしてるのか? 先生と呼ばれた男性は、四十代くらいの、グレーがかった長めの髪を下の方で纏めた上品そうな人。
こういう時は、ええと。
「こんにちは。見掛けない顏ッスね」
確かこんな、挨拶をする。
「こんにちはー! お兄ちゃんも薬草採りですか?」
「そうだよ、トビーって言うんだ。あっちの村から来た。あっち側では、高い熱がでる病気が流行し始めてる。気を付けなよ」
「うん。イリヤはねえ、反対の方から来たよ」
イリヤの指す方に、村があったかなあ。子供が来るには、けっこう遠いんじゃないか? それとも、方向を間違えてるのかな。まだ小さい子だもんな。
「お薬の草、いっぱいあるよ」
そうだった、俺も採っていかないと。しばらく二人とも無言で薬草を採取してた。シュヌー樹の実も落ちてるのは拾えたし、先生に褒めてもらえるかな。
「たくさん採れたです。あのね、イリヤの先生、すごく立派なの。薬草もたくさん知ってるよ」
「俺の先生だって、この辺りでは知らない人が居ないほど有名だぞ」
「でもイリヤの先生が、一番すごいです」
「俺の先生が一番だ!」
「違うもん、イリヤの先生だもん!」
つい言い合いになってしまうと、イリヤの先生がやって来た。
あ、しまった。相手は先生付きじゃないか! 怒られるかな、こりゃ。
先生は、穏やかにイリヤに声をかけた。
「これイリヤ。そなた、何の為に学んでいるのだぞい」
「……お母さんが大変だから、たすけるためです。イリヤお姉ちゃんだから、がんばるの」
「ならば、誰かに勝ったり負けたりすることは、意味がないであろうの。私も己の研鑚の為に学んでおるのだ。勝ち負けよりも、成すべき事を成すことが大事」
イリヤは先生をじっと見てた。
「……ふにゅ」
「どうもイリヤは意地っ張りなところがあるのう。この子に謝りなさい、同じ道を志す者が、そんな事でケンカをしてはならんぞい」
少し沈黙したイリヤは、俯いて俺の方に体ごと向いた。
「……ごめんなさい」
「俺もムキになって悪かったな。確かに、いい先生だ」
「うん、先生はステキなんです!」
先生を褒められて、とても嬉しそうにする。いい師弟関係らしい。
村に戻って、この話を俺の先生にした。
「それは立派な人物じゃのう。この近隣にそんな方がいらっしゃるとは聞いたことがないが、遠くから来てるんじゃろうか」
シシンヌ草を洗って綺麗にして、竹を編んだざるに並べる。先生は手伝ってくれながら、その方に会ってみたいと言っていた。俺の先生はもうすぐ七十歳になるのだけど、あの子の先生はまだ若い。なんだか不思議な感じだなあ。
次の日も、二人を見掛けた。木を見上げて、先生がイリヤに説明している。
あの背の低いのシュヌー樹だ、実と根が薬になるんだ。
「こんちは。今日も勉強?」
「あ、トビーお兄ちゃんです。今日もイリヤはお勉強! えらいです!」
「あはは、偉いなあ」
えへへ、と笑うイリヤ。弟より妹がいいなあ、弟は生意気だ。
「この先に沼があるようだの。今日はそちらに、行ってみるかの」
「やったあ!」
先生の提案に喜んで手を上げるイリヤだけど、沼は行くなって言われているんだ。
「あの、沼の付近は魔物の目撃報告が多くて、兵隊が確認するまで近寄らないように言われてるんです。あと一週間くらいで確認作業が終わるからって……」
「私と一緒ならば、平気だ」
武器も持っていないのに、ずいぶん自信がある。もしかしてこの先生、魔法も使えるとか? そりゃ本当にすごいぞ……!
「じゃあイリヤ、かっかに乗ってく~!」
なぜか森の方に駆けだして行った。誰かいるのか?
不思議に思っていると、フッと突然男の人が姿を見せた。赤い髪に赤いマントで、キツイ目つきをした、貴族みたいな派手なカッコの男。
「わきゃ!!」
走っているすぐ前に現れたから、イリヤは止まれずにぶつかって後ろに転がった。
まずいぞ、貴族にぶつかったなんて、殺されても文句を言えない!
俺も一緒に謝ろうと、駆けて行こうとした時。
「乗っていく、とはなんだね。そなたは我を何だと思っておるのだ!」
そう言いつつも、尻餅をつくイリヤを抱えて肩に座らせた。
「かっか、突然出てくると危ないです。しょうとつじこですよ!!」
「くだらぬ言葉ばかり覚えおってからに」
イリヤの知り合いだったのか? 貴族にしか見えないけど。イリヤは貴族の娘だったり……、しなそうなんだけどなあ。
「閣下、ご案内いたします」
イリヤの先生が恭しく礼をしてる。
てことは、この先生は貴族に仕える先生! 立派なわけだよ!
沼に着くと、水辺の薬草などについて説明してくれている。
その間に魔物が襲ってきても、閣下が楽しそうに倒しちまう。むちゃくちゃ強いよ、あの人! どこに行ってどんな魔物が出ても、不安なんてないな。
「あの閣下って人、強いんッスね……」
「ほほ、閣下は私など足元にも及ばぬくらい、強くていらっしゃるからの」
この人もやっぱり戦えるんだろうな。帰りは村まで送ってもらえた。ついでに仕留めたイノシシをくれたから、鍋にしてみんなで食べた。
「そんなにすごい方じゃったか」
薬草やイノシシを見た先生が、しきりに感心している。
「そうなんスよ。閣下って人が強くて」
「閣下! 身分の高い方をさす言葉じゃ。失礼はせんかったろうな!?」
「え、してないと思う……ッスけど……」
以前先生が治療した人の中に、貴族にひどい目にあわされた人がいた。理由は言葉使いが悪いってだけで。だから先生は、貴族と聞くと神経質になるんだ。
「明日は、儂も一緒に挨拶に行こう」
そんな場合じゃないって言いたいけど、俺を心配してくれてるんだろうな。
次の日、先生と森へ行ったんだけど、イリヤ達三人は姿を見せなかった。その次の日もだ。
先生は忙しいなか空振りで、少し様子を見ながら薬草を採取して帰って行った。
その次は雨。さすがに来ないだろう。
庵で薬を煎じ、玄関や狭い待合室で待つ病人の診察を先生たちがしていた。
「こんにちは~! トビーお兄ちゃんと、先生のおうちですか?」
イリヤだ。人が多い玄関を避けたのか、俺が居る調合室に来てくれた。
「イリヤじゃん! どうしたんだよ、最近」
「先生とお薬作ってました。お熱とね、おなかが痛くなくなる薬だよ」
もしかして、高熱が出る病が流行ってるって俺が教えたから!? 本当にいい先生だ。まだまだ患者が出て、薬がいくらあっても足りなくなるところだった。
受け取ってイリヤに待っているよう告げて、先生にすぐ持っていく。
「先生、この前話したイリヤが薬をくれました」
「それはありがたい……! 挨拶をしてくるから患者を頼む」
よっこらしょっと椅子から立ち上がり、兄弟子たちに診療を任せ、トタトタと急いで調合室に向かう。
「こちらがイリヤと、その先生です」
「失礼する。高熱の病が流行していると聞き、この子の勉強がてら薬を調合したので、僭越ながら使ってもらおうと思っての」
「なんと、本当に助かります。弟子が
イリヤの先生は笑顔だけど、俺の先生より貫禄がある。やっぱり立派な先生なんだろうな。
「イリヤと仲良くしてくれて、感謝しておりますぞい。しかしまだ足りそうにないのう、また薬を届けましょう」
「申し訳ないですが、とても助かりますわい。そちらがお困りの時は、是非とも協力させて頂きますので」
「ほほ、気持ちだけで十分。トビーとやら、またイリヤと仲良くしてやって欲しいぞい」
「もちろんッス!」
「また遊ぼうね、トビーお兄ちゃん」
もう帰るようで、閣下がイリヤを肩に乗せた。イリヤが手を振ってると、閣下の赤い目は俺をじっと見て、すぐに後ろを向いた。
なんだったんだろう、アレ?
「では、さらば」
先生も外に出て……
飛んだ!?
閣下も先生も、空を飛んでる。すごい魔導師なのか!?
これには俺の先生もビックリして、小雨が降っているのに外に出た。
そういえばイリヤ達、全然濡れてなかったじゃん。すごいぞ、どうやってるんだ!?
病はまだ広がったけど、イリヤ達や事態を重くみた領主からの協力もあって、薬を切らすことなく乗り切ることが出来た。
その後もたまにあの不思議な人達に会う事があったけど、数年してイリヤは王都にある魔法養成施設に入っちまったって噂だ。こんな山奥からって、あちこちの村で広まってた。あんなエリートが集まるっていう場所で、大丈夫かな。あいつ、とぼけてんのに。貴族の肩に、当たり前みたいに座ってるんだぜ。
俺は一人前の薬草魔術の医者になって、故郷の村で診療所を開いたんだ。
いつかイリヤにも来てほしいな。どんな立派な魔導師になってるかな?
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