ロゼッタ、王妃様と盗賊退治をする(ロイネ視点)

★三部の最後の、閑話の時のロゼッタサイドです



 私はメイドのロイネ。バルバート侯爵様のご令嬢である、ロゼッタお嬢様専属のメイドです。色々あって、先日久しぶりに公爵邸に帰ることが出来ました。

 そこに、なんと婚約者となったエグドアルム王国の皇太子殿下の母上様である、エグドアルム王国の現王妃様がいらっしゃったのです。

 王妃様は何と表現したらいいか……、とても元気のいい女性で、軍人顔負けの度胸をお持ちです。この国でどこかを案内しますとお嬢様が提案されますと、盗賊の根城がいいと仰るのです。

 まさかと思いましたが、お嬢様は乗り気です……。


「で、ロゼッタ。メンバーは決まったかい」

「はい、妃殿下。私とベリアル殿がいらっしゃいますわ。それから父が、討伐隊を派遣して下さいます」

「お嬢様、私もお供します。盗賊退治は出来ませんが、ただ待ってなどいられません……!」

 私の申し出に、ロゼッタお嬢様は困った顔をなさいました。

 そうです。実は心根の優しいお嬢様は、私の身を案じて下さいます。これで諦めて下されば……!

 しかしその願いも空しく、話は進んでいきます。

「戦えないんだろ。まあいいわ、前に出なければいいでしょう。しっかり隠れてな、護衛も付けてやらないとね」

 ……やっぱり付いていくなんて、言わなければ良かったです。王妃様とお嬢様は、打ち合わせを続けます。後悔しても遅すぎました。


「行く場所はここで如何でしょう」

 きっと、領内で陳情に上がっている場所から選出したんだと思います。危険です。

「ほう。そこに盗賊がおるのかね?」

 悪魔ベリアル殿です。戦うのが大好きな悪魔。今日は契約者のイリヤ様は、侯爵様からお願いされて、アイテムを作製しに行って下さいました。この屋敷には、設備がないからです。

「ええ、使われていない砦を占領しているそうですわ」

 お嬢様が兵からもたらされた情報を伝えていますが……。

 待って下さい、そこはやめておいた方がいいと言われた場所では? 国境付近を根城にして、他国にも出没している盗賊団ですよね?

 何故、一番危険と忠告された敵を選ぶんですか!?


 メインメンバーが乗り気なので、誰も異論を唱えられず作戦会議に移ります。と、思ったら会議もあっという間に終了。

 皆様、もっと真剣に議論して下さい! これでいいやで、終わらせないで……!

 馬車ではなく馬に乗って向かうことになりました。馬なら途中の町で乗り換えられて、早く着きます。緊急時の為に、我が国には兵が馬を乗り換える仕組みがあります。他の国のことは存じません。

 私は馬に乗れないのですが、ロゼッタお嬢様の護衛隊長様が一緒に乗せて下さいました。本当に申し訳ありません……。

 隊長の馬は、赤毛のバヤールという魔法の馬です。召喚して契約していて、体の大きさを変える能力があります。


 四組十人ずつの騎馬とお嬢様、空から行くのはヒッポグリフに乗ったエグドアルムの王妃様と近侍の女性二人、それから悪魔ベリアル殿、そして侯爵様お抱えの魔導師。魔導師にはベリアル殿が悪魔であることはすぐに解り、こんなランクの悪魔は初めてだと驚いていました。

 確かに、どの悪魔に出会っても相手の方が恭しくしています。私は悪魔の位階など詳しくないので、特に質問もしません。

 討伐隊は、こんなに急でなければ人数を増やせます。それでも思い立ったら出立するのが、この方々です……。王妃様とロゼッタお嬢様の、組み合わせ。これからが思いやられます。


 ついに目的の砦が視界に入ってきました。しかしもう夜です。

 そう、今から出たら日が暮れますと進言したのですが、夜襲は常套手段だと逆に喜ばれてしまったのです。赤茶色の古い建物は、中央が円形で高くなっていて、両側に四角く建物が伸びています。もともと居住スペースなどもありますので、潜むには都合の良い場所でしょう。

 ここはとある子爵の領地なのですが、領地自体が小さく資金不足で困っており、戦以外に用途のないこの場所は放置されてしまったのです。

 護衛の戦力もあまり持たない子爵では対応出来ない為、国に陳情して周辺の領主にも応援を頼み、対応にあたるところでした。


 そんな建物の前に、お嬢様が立っています。三人の護衛を連れて。あまり多いと不審に思われますので。

「今晩は。どなたかいらっしゃいますの?」

 中にチラチラと明かりが見えるので、人がいることは間違いありません。

 私は少し離れた木の陰に、護衛の男性五人と隠れています。逃れてくる者がいたら逃がさないようにするか、人数が多ければ行く先を確認する係です。

 すぐには返事がなく、何度か門の前で大きな声を張り上げていました。

「……誰だ、何の用だ?」

 中から返事が聞こえました。慎重にこちらを探っています。

 他の兵達も近くで待機していますが、宵闇の森の中です。相手には気付かれていないようです。こちらも緊張しますね。

 馬は少し先につないであります。さすがに馬で近づくと、気付かれてしまいます。


「私、道に迷って途方に暮れておりましたの。町までの道を教えて下さらないかしら」

「……ちょっと待ってろ」

 ガチャンと鍵を開ける音がします。いくらお嬢様でも女性は女性です、相手も油断したのでしょう。

 分厚い扉を開けて対応に出たのは、小太りの中年男性でした。戦闘をなさる方ではないのかも知れません。日常生活を送るには、使用人の仕事をこなす方も必要ですものね。二百人を越える数がいるんではないかと言われています。

 男性はサッと、護衛の三人を一瞥しました。他にもいないか、道や外壁の脇などを軽く確認しています。

「一番近い町はどちらかしら」

 笑顔で尋ねるお嬢様が、ここを盗賊の巣窟だとご存知だとは、とても思えません。もっと恐れてもいいと思いますよ……。


「なかなかの上玉じゃないか。おい……」

 仲間が控えていたんでしょうか。声を掛けまて後ろを振り向きました。イケると判断したのでしょう。

 男性がこちらを向く前に、お嬢様が体当たりなさいます。予想外の行動に、男性は地面に転がりました。

 「扉が開きましたわ! 突入!」

 金の髪を揺らして、抜き放った細身の剣を掲げます。

 その脇を護衛の三人が、倒れた男性に攻撃してから通り過ぎました。

 それを合図に、一斉に森から押し寄せる侯爵家の兵。木の影から飛び出すと、列になって速やかに建物に侵入します。


 最初に突入した三人が入り口付近にいた盗賊を倒し、異変に気付いた者達がどんどんと集まっているようです。兵がさっと左右に分かれて押し入り、一部は中央の円形の塔を目指しました。

 皆が入ったのを確認したかのように、一人、二人と窓から抜け出して、こそこそ正面の道に出てきました。

 私と一緒に隠れていた兵が、逃走しようと走り出したところを押さえます。彼らは怖気づいていたので、あっけなく捕縛されました。しっかりと縄で縛られた人達を見張りながら、また来た時に備えて縄を準備しておきませんと。


 円形の塔の窓から、脇の建物の屋上に逃げる影がありました。

 数人が飛び乗ったところで、空から姿を現すヒッポグリフ。

「逃がすかっ、外道どもが!」

 エグドアルム王国の王妃様です……。先頭にいた男性の前でヒッポグリフから飛び降り、斬り掛かりました。勢いに押された敵がよろめいた所で、ザッと横に剣を振ります。声を上げる間もなく、一人目はあっけなく息絶えました。

 護衛二人も舞い降り、破れかぶれで向かってくる盗賊をザクザクと討ち取っていきます。


「おい、女だけだ! 遊んでんじゃねえ、ぶっ殺しちまえ!」

 劣勢になっているのを叱責しているのは、盗賊の幹部でしょうか。

「やれるもんならやってみな! さあ好きに暴れな、グーリ!」

「ギュガアアア!」

「来るな、うわ、ああああぁ!」

 騎乗のヒッポグリフが、鋭いクチバシで盗賊の腕を貫きます。血が溢れ、持っている剣を落としました。

 グーリはどうやら名前のようです。捻りがないなあ、なんて言ったら私がグーリの餌にされてしまいそう。黙っていましょう。


 反対側の屋上に逃げた輩はお付きの二人が魔法と剣で制圧、二十人以上が屋上から逃げようとしましたが、三人と一匹は呆気なく倒してしまいました。

 砦の中ではまだ戦闘が続いています。盗賊には魔法使いもいるので、上手くこちらの魔導師と当たっているといいのですが。

 お嬢様は護衛の三人と入口を守っていて、討ちもらしてやって来た盗賊を倒しています。お嬢様はあまり戦闘には加わっていませんが、兵達の動きをしっかりと学習しているようです。

 あまりいい予感は致しません……。


「こちらは大分いいわね。ロイネ、行きますわよ!」

 お嬢様が私を呼びました。正確には、護衛達ですね。お嬢様と一緒にいる三人は、このまま入口を固めています。

 建物の裏側の状況を見に行きたいのでしょう。一人では行動しないよう、固く約束していますから。表側は制圧したのでこちらに出てくる人はいなくなりましたが、私と一緒にいた五人の内、二人に残ってもらいます。

 三人の護衛を連れ横に長い建物の脇を通り、暗い道を壁に沿って進んで、外から裏側に回りました。


 この砦は、裏側にも大きめの扉があるのです。ギイイと音を立て、そちらが開かれました。勿論最初から知っていますので、裏にも兵が潜んでいます。

 しかし。

 我先にと飛び出す盗賊達の前に、炎が生まれました。

「うわああっ!?」

 驚いて立ち止まると、後ろにいた人達が勢い余って前の人物にぶつかってしまいます。はずみで一歩、先頭の人は足を踏み出して。薄汚れた装備をした年配の男性が、赤い光に輪郭を浮かび上がらせました。

 ボウボウと燃える赤い火。一際高く伸び、まるで火の中に出現したように火と同じ真っ赤な髪と瞳、爪をした悪魔がそこから歩いて出てきました。

 ベリアル殿です。演出が怖いです。


「ふはははは、贄は多い方が良い! さあ参れ、我を楽しませよ!」

 待ってましたと言わんばかり。

 建物の中に戻ろうとも、兵が迫っています。盗賊の数人が震えながら剣を握って振り上げましたが、炎をぶつけられたり、手をかざしただけで動けなくなって後ろに飛ばされ、誰も近付けませんでした。

「……ヤベエよ……、戦えるわけねえ!」

「逃がさん、かかれっ!」

 恐れて脇の植え込みを越えて逃げようとしたところへ、左右から合計十八名の兵がここぞとばかりに飛び出しました。これは馬の交換で立ち寄った町の兵です。


 この頃になって、ようやく犯罪者を乗せる馬車が到着しました。こちらも手配しておきました。兵の追加も来ましたので、ほぼ終わっていることですし、後は兵達に任せられます。

 夜遅くなりましたが、近い町へ行って休ませてもらいましょう。

 侯爵家のお嬢様と異国の王妃様がいらっしゃると先触れを送ってあるので、宿の方々は皆で待っていて下さり、総出でお出迎えまでして頂けました。申し訳ない限りです。

「物足りないねえ。もっと凶悪な賊かと思ったのに、根性が足りないよ」

 王妃様は本当に豪快な御方です……。

「ですが、とても勉強になりましたわ。討伐など、今まで連れて行って頂けませんでしたもの!」


 お嬢様、そんな勉強はなさらないで下さい……!

 私の心配を余所に、王妃様はとても嬉しそうです。

「あははっ、いい根性してるじゃないの。ところでお腹が空いたわね。何か用意してもらえるかい?」

「すぐにお食事を、お部屋にお持ち致します」

「我は酒を所望する」

 ベリアル殿はやはりお酒みたいですね。

 宿の方も大体把握しているんでしょう。濡れたタオルまで用意して下さいました。大きなお風呂もあります。あとで入らせて頂きたいのですが、本来なら使用時間外だと思います。

 

 無事に済みましたが、王妃様のこのご気性……。

 お嬢様が皇太子妃になられるのは大賛成です。ただこの王妃様と一緒だと、どのようになられるか……。

 私はお嬢様の将来が、不安でなりません。どなたか、止めて下さる方がいらっしゃるのでしょうか……。悪魔ベリアル殿も、久々に暴れて楽しまれたようです。まだ足りない様子ではございましたが……。

 悪魔と同じ楽しみをするのはやめて下さい、人間の女性のお二方!

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