サンパニルの夕陽(殿下の視点)

219話の、「ロゼッタ祭り、開催中!?」の後のお話です



 夕陽は赤くやたら大きく映り、それが広がる森の後ろに沈むと、木々が燃えるオレンジの輪郭に染まる。人々も赤く生命の色に輝く。

 私はトビアス・カルヴァート・ジャゾン・エルツベガー。エグドアルム王国の皇太子をしているんだけどね、今はこの森林国家サンパニルに来ている。一番の理由は、意中の女性にプロポーズする為。

 成功して、この国の国王陛下にも報告。とても歓迎され、大使館を置くことの許可も頂けた。この国に着いた時から侯爵である彼女の親と婚約披露のパレードを準備していて、今はそれをこなして来たところ。

 エグドアルムだともっと準備に時間が掛かるけど、この国の人間はお祭りが好きらしいね。慣れているようで手際も良く、短時間で段取りが進んだ。


 周知の期間が短かったのに、町の人だけじゃなく近隣からも見物人が多く集まって、道路わきを埋め尽くしていた。かなり歓迎されているね。出発は町の入り口にある兵の詰め所の脇で、輿を収納する小屋が建っている。

 出発地点近くの民達は、紙吹雪を用意して待っていた。音楽隊が演奏を始めると、いよいよ興奮が高まる。

「わああ、異国の皇太子さまと、侯爵令嬢のお嬢様! 素敵……」

 女性にとっては、物語のようなのかな。

 エクヴァルの使い魔リニは、黒猫姿でレディ・ロゼッタの足元にいる。一緒に乗ろうと誘ったら、猫の姿になってここに隠れてしまった。


 二つの町を輿に乗って練り歩き、貴賓席に挨拶して……、と思ったら光がキラキラと舞ってくる。まさか魔法攻撃かと、一瞬身構えた。

 麒麟に乗って随行している、宮廷魔導師のセビリノ・オーサ・アーレンスを確認する。彼は魔力に敏感で、博識だ。どんな魔法かすぐに理解するだろう。

「これは、……師匠の祝福ですね」

 ……イリヤさん。そういうことは先に打ち合わせてくれないと……。

 こちらの魔導師の仕業だから、我々が責任を取らないとね……。

 と、思ったんだけど、観客のみならず、警備兵までも皆が好意的だ。輿が止まることもなく、無事に行程をこなすことが出来そうだ。


 ホッとしていたら、空にもっと呆れるモノが。

 母上のヒッポグリフ。警備の魔導師はエグドアルム王妃と知っているようで、手をこまねいている。本当にごめん。他人のフリをしたい……。

 私達が通り過ぎた後、母上は勝手に酒をふるまい始めたらしい。後ろからは割れんばかりの歓声が届き、いつの間にか女帝コールが起こっていた。

 なんて自由な人達なんだ。自由と書いて非常識と読むくらい、自由だ。

 しかしここでも、かなり喜ばれた。サンパニルの気風が合ってるね、あの二人。

「ごめんね、レディ・ロゼッタ……」

「どうして謝られますの? 盛り上げて頂いて、嬉しいですわ」

 謝罪をすると、彼女は満面の笑みで返してくれた。私も笑顔で答える。


 パレードでの出来事を思い出しながら、窓から斜めに差し込む日差しに浮かぶ二つの影に顔を向けた。

「だからね、やりたいのなら先に打ち合わせをして。パレードが止まることになったら、大変だからね」

「ごめんなさい……」

 エクヴァルがイリヤさんに説教をしているんだ。

 彼女は反省したらしく、しゅんと項垂れている。とはいえ、かなり優しく注意しているね。他の人にあんなことをされたら、彼の怒り方はこんなものじゃないからね。部下なら起き上がれないくらい訓練させるよ。

「これがエグドアルムだったら、犯人探しまで始まるからね。警備責任者も大変な叱責を受ける。今回は喜ばれたから問題にはならなかったけど……」

 あれで素直な女性なんだよね。これがエグドアルムじゃなくて、本当に良かった。しっかり釘を刺してもらわないと……。


「まあまあ、その辺で。とてもいいサプライズでした」

 侯爵はむしろ大喜び。サプライズは、この国では歓迎されるものみたいだね。普通は主催者くらいには知らせるものだよ。

「侯爵閣下。申し訳ありません」

「すみませんでした……」

 エクヴァルが深く頭を下げ、イリヤさんもそれに従って謝罪する。宮廷魔導師見習いだっただけあって、所作はやはり綺麗だ。

 ベリアル殿は彼女が傷つけられるとかなり怒るらしいけど、彼女の為に注意していると理解してくれていて、半笑いで見物している。愉快そうに眺めるのも、どうかと思う。

「ははは、エグドアルムではどうか知らんが、わが国では大歓迎だよ。気にしないよう」

「寛大なお言葉、恐縮です」

 なんだか保護者みたいになってるね、エクヴァル。


「この魔法の魔導書は売っているかな? 我々も欲しいな」

「魔導書として販売するかは、検討中です」

 侯爵の疑問に、アーレンスが答える。彼は次に発売する魔導書を何にするか、考えているところ。

「発売されたら是非、わが国でも売ってほしい! そうだ、私が十冊買おう。いい魔法だ、届けてくれ。もっと派手だと更にいいんだが」

「派手に、ですか。検討します」

「改良できるのか!? それはここで要望を伝えねば!」

 さらに上機嫌になった侯爵。これからこの魔法が、この国の祭りの定番になりそうだ。

 小さい光が舞うけど、もっと輝いた方がいいってことかな。やり過ぎて目くらましにならないようにね……。アーレンス一人なら問題ないだろうけど、イリヤさんが加わると途端に不安になるね。


 私達はこの後の相談もあるし、エクヴァルとジュレマイアを伴い別の部屋へ移った。悪魔フェネクス殿は、ベリアル殿と一緒に行動している。リニはずっとエクヴァルと一緒だよ。

「エクヴァルはイリヤさんと、チェンカスラー王国だね。私の婚約披露には必ず帰るように」

「解っております、イリヤ嬢も婚約披露を見に行く予定です」

「席を設けておくよ。あちらのパレードは王都だけだろう」

 サンパニルは滞在日数が短いから、大きな行事はないと考えていたのに……。こんなにすぐ準備されるとは。命令が上から下にストンと流れている感じだった。

 とにかく行動に移すのが早い。見習いたいな。

「エクヴァルのあんな優しい説教も珍しいな!」

 ジュレマイアがニヤニヤと、エクヴァルを肘で突く。

 側近連中からしたら、穏やか過ぎて罠だと思う程だろう。


「……あんな説教をする羽目になるとは、思わなかったよ」

 好きな娘を諭さなきゃならないのも、嫌な立場だよね。

「嫌われたんじゃないか~? 口うるさい男だってなぁ」

「……私をからかって、楽しいかい?」

 ここぞとばかりに絡むジュレマイア。二人はケンカ友達だ。

「そりゃ、楽しいぜ!」 

「エ、エクヴァルに意地悪しないで……っ」

 リニがエクヴァルの後ろから訴える。これはジュレマイアの負けだ。彼はリニに好かれたいんだけど、むしろそれが全面に出過ぎて脅えられている。

「リニちゃ~ん、違うよ。男同士の友情だよ」

 エクヴァルにひっついて、ギュッと服を掴むリニ。アレが羨ましいみたいだ。


「ジュレマイア、いい加減にしないと本当にリニに嫌われるよ」

「殿下まで」

 これ以上怖がられても可哀想だから、注意してあげてるのに。国へ帰るまでにエクヴァルと話をしておく最後のチャンスなんだから、こっちを優先させてほしいな。

「君達がじゃれ合っていると、話が進まないよ。今回は偶然にも、母上までこちらに来てしまった。これで、国で何か動きがあるかも知れない」

「……ご婚約に反対する者がおりますか」

「表立ってはいないね。ただ、私が貴族の優遇を減らし平民の不遇を減らそうとする政策を、嫌っている者はいる」

 その反対勢力が、ロゼッタに近づくのは目に見えている。一番問題だった貴族主義の旗頭、前魔導師長はいなくなった。しかしまだ、自分達の影響力を失っていない勢力もある。


 ああいう奴らが娘を私と結婚させて懐柔しようと画策し、重臣達が対抗して他の女性を薦め、女性達は王妃である母上を恐れて……。

 本当に結婚相手が探せなかった。どちらにつくか彼らには見当が付かないレディ・ロゼッタが来れば、動きがあるだろう。

 今回アナベルを連れて来ていないのは、彼女自身の結婚のこともあるけど、広い情報網を生かして動きを探って欲しいからだ。一部の人間からは、彼女は私の愛人だと勘違いされている。それも好都合なんだよね。

 ……それにしても、ジュレマイアはこういう話になると本当に黙るね。


「フェネクス殿も護衛されるそうですから問題はないでしょうが、お気をつけて」

「ああ。エクヴァル、そちらもね。また叱るハメにならないといいね」 

「そうなんですけどねえ、イリヤ嬢って、失敗した時が一番可愛いんですよねえ……!」

 さっきは真面目に説教しながら、幸せだったわけか……。なんだかなあ。

「君も難儀だね」

 ベリアル殿は彼女に自由でいて欲しいようだし、アーレンスは盲信者にしか見えないし。君がちゃんとストッパーになってくれよ、エクヴァル!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る