◆迷子の子供・後編(冒険者フィンリー視点)

「おぉいし~」

 焼き上がった魚を、イリヤちゃんが喜んで食べている。小瓶に塩が残ってたから、ちょっと振ったんだよね。やっぱ塩だ。

「下流へ向かうかなあ。森から抜けたい」

「そうねえ。川岸を歩いたら誰か会うとか、人の痕跡があるかな」

 ロージーも頷く。火の始末をして、歩き始めた。夜までには人里に着きたい。

 それからすぐに、イリヤちゃんが空を指さした。

 

「……あ。かっかです! かっかが迎えに来たよ。イリヤここ~!」

 空に向かって大きく手を振るイリヤちゃん。

 その先には真っ赤な髪に黒い軍服の、見るからに貴族といった風体ふうていをした男性と、付き従う学者のような男性が飛んでいた。すごい、空を飛んでるんだ!

 俺達に気付いた男性は、スッと降りてくる。

 イリヤちゃんは笑顔で彼らに駆け寄った。


「かっか~」

「……小娘っっ!!! 何をしておるか!!!!!」

 出会い頭に怒鳴られて、イリヤちゃんの足が止まる。

 怖い怖い怖い! 目つきが鋭く、とても威圧感がある。ハラリと木の葉が舞った。風まで吹いたような。

「ふえっ……、うわあああぁん!!!」

 イリヤちゃんはたまらず泣いてしまった。俺も泣きたい!

 そもそもこの人がかっかって、嘘だろ……!? 友達みたいに話してたじゃないか。いばりんぼじゃない、偉い人なんだよ! 威張るのが当然なんだよ……!

 

「何故家に帰らず、このようなところで遊んでおるのだね!」

「うわあん、ふええぇ、ふええ〜ん……っ」

 大声で泣き続けるイリヤちゃん。かっかは少し声のトーンを落とした。

「閣下、イリヤが脅えております。抑えてくだされ。イリヤや、どうしたのかの?」

 怒りに燃えるかっかをなだめて、先生が優しくイリヤちゃんに語り掛ける。イリヤちゃんは涙を手で拭いて、二人を見上げた。

「うええぇん……ひっく、先生~。イリヤ、お花を探してたです……」

「お花?」

 ずっと持っていた花の残骸を、ずいっと差し出す。それ、どうするの……?


「あのね、村のおともだちが、キレイな赤い花が咲いている場所を教えてくれたです。かっかは、赤が好きです。だからイリヤ、かっかにあげようと思って、摘みに行ったの」

 茎が折れたり、花が付いているものも花びらは二枚くらいしかない。そんな花を差し出されて、かっかの鋭い瞳はいぶかししげに眺めるだけだった。

「えぐっ、そしたらね、まっくらになって、迷子になっちゃったです」

「……阿呆かね」

 かっかはため息をついた。先生が受け取った花に、視線を向ける。

「かっか、怒った?」

「……怒っとらんわ。そなたのような奔放な子供に、いちいち怒っておられぬ」

「えへへ~、良かった。かっか怒ってないです!」

 笑った!? え、もう笑った。すごい子だ。

 かっかも仕方がないと諦めたようにフッと笑い、イリヤちゃんの脇に手を差し入れて肩に乗せた。

 とても慣れた手つきだ。


「帰るぞ、小娘。母親が心配しておる」

「お母さん! あ、でもイリヤ飛ばないよ」

「何だねそれは!!!」

「あのね、お兄ちゃん達と帰るです。お兄ちゃん達は、冒険者なんだよ! イリヤ、冒険者さんに、おうちに連れてってって、いらいしたです」

 先生が俺達に探るような目を向けた。俺達は一生懸命首を振った。

 確かに頼まれたけど、俺達も迷子なんです! 届けるのはかなり難しいです!

「……ならば降りるのかね」

「降りぬのだね! イリヤ疲れたから、かっかに乗って歩くですよ」

「歩くつもりなど、ないであろうが!」

 貴族と言い争ってる。とんでもない子供だ……!


 イリヤちゃんを肩に乗せたまま、かっかが歩き始める。俺達はどうしたらいいのか分からないまま、とりあえず付いて行く。

「そもそも、そなた我が与えたルビーはどうしたのだね。アレがあれば、すぐに我を呼べたであろうに……」

「かっかの宝石は、たからもの箱ですよ。昨日はドングリの日だったです」

「そのような日はないわ!」

 意地悪どころか、イリヤちゃんの話にしっかり付き合ってくれるし、かなり優しいぞ、この人。顔は怖いけど。とても怖いけど。


「イリヤが面倒をかけた。ところで、依頼の途中だったかの?」

 先生が俺達に尋ねる。きっとこの人も貴族だよな、緊張する。

「えと、採取依頼で山に入ったんですが、俺達も迷ってまして。とりあえず、ふもとまで戻れればありがたいんですが……」

 なるべく丁寧に答えると、先生は優しく頷いた。

「では申し訳ないが、もう少し付き合ってもらえるかの。イリヤが冒険者さんと帰ると言っておるから……」

「もちろんです。な、皆」

 ジュードもロージーも必死に頷く。貴族に頼まれたら断れないし、どうせ人里に出ないと俺達も危険だ。食料も少ない。

 先生は俺の答えを聞くと、イリヤちゃんの発見を伝えに村へ飛んでいった。飛べるの便利だなあ。


「良いかね。今度から、山を歩く時はクローセルを連れて行け。小娘が一人で好き勝手してはならぬ」

 かっかは優しくイリヤちゃんを諭していた。本当に心配してくれたんだな。でもよく、探し当ててくれたよ。

「む〜。だって、仕方なかったです。サプライズだったですよ」

「何がサプライズかね。まあ驚かされはしたがね……」

「いえーい! サプライズ、だい・せい・こう〜!」

「大成功ではない、反省せんか!!!」

 サプライズって、そういうものじゃないと思う……!


 かっかは道を知っているようで、会話しながらも迷いなく進んで行く。

 山道に慣れているのか、さすがに早いな。ロージー、付いて来られるかな。振り向くとロージーはたまにふらつき、ジュードがフォローしていた。

「遅れたら私が案内するぞい、無理に閣下に合わせなくていいからの」

 村に飛んでまたすぐに戻ってきていた先生も、気を遣ってくれる。

「す、すみません……」

 昨日から歩き詰めだからなあ。

 俺達の会話が耳に入ったのか、かっかの速度が遅くなる。道は二人が並んで歩ける広さなので、山に住む人達が使う道に出ているんだと思う。ずっと木が続いているが、よく見れば山の中に人が分け入った様な形跡がある。


「イリヤらバンバ、イリヤらバンバ~」

 またイリヤちゃんのおかしな歌が始まったぞ。あの子、怖いものなしだな。

「おかしな歌を歌うでない」

「そうでした。かっかを応援するです。かっかもバンバ、ヘイ!!!」

 イリヤちゃんは大きく拳を振り上げた。弾みで体が揺れるが、かっかはイリヤちゃんが落ちないように、しっかりと足を持って支えていた。

「暴れるでないわ! そもそも何だね、そのバンバとは」


「バンバン歩け」

「小娘がああぁ!!!」

「きゃははは」

 そんな意味があったとは……! かっかも付き合いが良すぎるよ、聞かなければいいのに。イリヤちゃんはご機嫌で、バンバ、バンバと歌い続ける。

「イリヤや、大人しくするのだぞい……!」

 先生が困っている、可哀想だ。


 その後もイリヤちゃんはお喋りを続け、かっかがたまにツッコみ、先生がヒヤヒヤする、というやりとりが繰り返された。疲れもあって、俺達はほとんど無口だった。

 そうこうしているうちに、随分と歩いたぞ。イリヤちゃん、かなり村から離れていたんだなあ。子供の足って、バカにできないよな……。

「あ、知ってる道に出たよ」

 村は近いらしい、あと一息だ。

 二つの村の情報が記された小さな立て看板を越えて、分岐で左の道を選んだ。だんだんと木が減って、道が明るくなっている。次の看板で曲がった。

 ついに到着だ、道の先に人が集まっているのが見える!

 木の柵に囲まれた村では、入り口で何人もの大人がイリヤちゃんの到着を待っていた。近付く姿を確認すると、女性が泣きそうな顔で走ってくる。


「かっか、降ります」

 イリヤちゃんが赤い頭をペシペシと叩いて降ろさせる。

 これは許されるのかと驚いたが、最初に怒って泣かせてからだろうか、かっかは静かにイリヤちゃんを地面に降ろした。口元はへの字に曲げている。目付きは厳しいのがつねだから、気にしたら負けだよな。

「おか〜さ〜ん!」

「イリヤ、イリヤ……!!!」

 片手を上げてのんきに駆け寄るイリヤちゃんの前で、お母さんが膝を付いた。

 小さな体を、ぎゅうっと強く抱き締める。

「ダメじゃないの、ちゃんと帰って来ないと! 皆、心配したのよ!」

「だって、迷子になっちゃったの……、イリヤもおうちに帰りたかったの……」


「もしイリヤまでいなくなったら、お母さん、どうしたらいいの……!」

 お母さんの声は、震えて泣いていた。

 イリヤちゃんの服の肩の部分に涙が流れ、色を濃くする。

「……うえ、ふええぇえ……、ごめんなさい~!」

 イリヤちゃんの手が、お母さんの背中に回されてしがみつく。やっぱり子供だな、かっかに怒られるよりお母さんに泣かれる方がこたえたらしい。

 先生は優しい眼差しを向けている。が、かっかはちょっとふて腐れていた。

「痛いところはない? お腹は空いてない?」

「えぐっ、あのね、冒険者さんがいっしょだったから、大丈夫なんだよ。イリヤ、おうちに帰してって、いらいできたの」

 イリヤちゃんのお母さんと、一緒に村の入り口で待っていた人達が、一斉に俺達に注目する。


「こりゃ、イリヤちゃんが世話になりました。寄って行ってください、お礼に食事でも振る舞います」

「いや、俺達も道に迷ってて……」

 なんか素直にお礼を言われちゃうと、むしろ申し訳ないな。俺達だけじゃ、村まで辿り着けたかも分からないのに。

「子供が一人、森で夜を過ごしたんだもの、無事だったのは皆さんのお陰ですよ。大したものはありませんが、遠慮なさらず」

 女性も勧めてくれる。こういう山の中の小さな村は助け合って暮らしているから、住民同士の仲がいいんだよな。


「クローセル、酒でも買って参れ」

「はは」

 かっか達まで! 先生は短く返事をして、すぐ行動に移す。

 イリヤちゃん、かっかは意地悪どころか、めっちゃ大事にしてくれているよ!

「貴族の方に申し訳ない……!」

 先生が閣下の命令で飛んだので、村の人も焦っている。

「構わぬ、小娘をさっさと家に帰しておけ」

「かっか、来ないですか?」

「……せいぜい親孝行をせよ」

 かっかはチラッとイリヤちゃんに視線を流し、空へと消えた。


「クールだな~」

「ねえ、いい貴族様よね。かっこいいし!」

 村の人達は見送りながら、口々にかっかを褒めた。好印象みたいだ。ホント、いい人だよな。イリヤちゃんも大人になったら、気付くんだろうな。

「ねえねえ、遠慮せずにご馳走になりましょ」

 ロージーがこっそり耳打ちしてくる。ジュードもさすがに休ませて貰いたい、と苦笑いしていた。


 イリヤちゃんはお母さんと手をつないで家へ帰り、俺達は村長さんの家でもてなしを受けた。かなり歓迎されているし、悪い気はしない。

 途中で先生が大きな酒樽を背負って戻ってきた。瓶で何本持てるのかなとか考えていたけど、スケールが全然違う! 確かにこれなら村人全員に行き渡りそうだ。

 とはいえ一人で持ち上げられるものか? 力持ちになる魔法アイテムでもあるんだろうか。村の人達も驚いていた。


 その後、俺達三人は村長さんの家に泊めてもらえた。

 潰れるほど呑んで、何故か数人の村人まで同じ広間に泊まっている。毛布を貸してもらえたけど、ちょっと体が痛い。

 次の日、イリヤちゃんがお礼にと自作の薬をくれたのは、少し感動した。約束のドングリ付きだった。一番大きくてツヤツヤしている、自慢のドングリだって。近所の子供にでもあげるかな。

 帰りは麓の町までの道を教えてもらって、無事に下山できたよ。

 ちなみに先生はお酒を買いに来た時に、俺達が迷子の子供を保護したと冒険者ギルドに報告してくれていた。しかもお礼にと、お金まで預けて。評価も良くなるし、嬉しいな。


 さて、今日こそ薬草を探すぞ。納期まであと数日、頑張ろう!

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