◆迷子の子供・中編(イリヤのお母さんの視点)

 村長さんの家では夕食を食べていて、私が尋ねると奥様が対応してくれた。

「こんな時間にどうしたの?」

「イリヤが、イリヤが森から戻らないみたいなんです……」

「イリヤちゃんが!? あなた、ちょっと来て!」

 奥様が呼び掛けると、カチャンと食器を置く音がして、村長さんが顔を見せる。

「どうした、魔物が出たか?」

「それがね……」


 事情を聴いて、村長さんは皆を集めようと言ってくれた。

「だが、夜間は捜索に出られない。魔物に遭うかも知れないし、遭難者を増やしかねないから」

「分かっています、ご迷惑をお掛けします……」

 本当なら今すぐ森に飛び出して、探しに行きたい。暗くなった山に入るのが危険なんて、百も承知しているけれど。

「……大丈夫よ、イリヤちゃんはしっかりしているから。立派な先生もいてくださるんでしょう? きっと、無事に見つかるわ」

「はい……」

 奥様が私の肩に手を置いて、慰めてくれる。言葉に詰まって、マトモに返事ができなかった。


「村長、弟達が門に向かったよ」

「村の場所が分かりやすいように、火を焚いてな」

 隣の家の旦那さんが、来てくれた。村長さんの家には続々と人が集まり、広間に通される。私は部屋の隅で様子を見守った。

 どの家の子も、イリヤを今日は見ていないと言っているそうだ。

「門には今、何人いる? 交代する人を決めよう」

「じゃあ俺が……」

 イリヤが自力で村に辿り着いた時に門を開ける為、一晩中交代で見張りをしてくれる。ありがたいけど、申し訳ないわ。

 魔物がいるかも知れないので、武器や投げるものを多めに用意しておくようにと、村長さんが指示をしていた。

 それから明日の捜索の打ち合わせだ。日が昇ったら、早い時間に出掛けてくれる。

 

 まず一組が隣の村へ行き、それから少し山を登ったところにある、小さな集落も確認する。私はイリヤに聞いていた話から、森の教室の場所を探す。付いて来てくれる男性を村長さんが指名して、皆に食料と傷薬、それから武器を必ず持つようにと呼び掛けた。

「あまり道から外れて、自分達が迷わないよう気を付けよう。昼までにはいったん帰ってくれ、近くにいないようなら町の兵隊さんや冒険者ギルドに捜索を頼まないといけない……」

 ギルドに依頼をするとなると、かなりの金額が掛かる。お金の問題ではないとはいえ、今の私に払い切れる金額じゃない……。

 私の不安な様子に気付いたのか、隣の家の旦那さんが、まあまあと片手を上げる。


「まず探してみて、依頼するかは見つからない場合に考えよう」

「そうだなぁ。帰りが遅くなったりして、その先生のところで預かってくれているかも知れん」

 一同が頷き、まずは明日捜索してからと、確認し合っていた。

「宜しくお願いします、宜しくお願いします……」

 何度も頭を下げる私に、大丈夫だからと何人もが励ましてくれた。




□□□□□□□□□□□(冒険者フィンリーの視点)


 

 ぐうう、と盛大な音がする。

「おなかすいた……」

 道に迷って歩き疲れたイリヤちゃんは、よっぽどお腹がすいたんだろう。

 しかし俺達も夜明かしするつもりがなかったので、そんなに余分に食料はない。途中で見つけた木の実や、辛うじて食べられると見分けられたキノコを採ってある。ただ、そんなに腹は膨れないよなあ……。

「食事にしましょう。全然食べなくても良くないわ」


 ロージーがリュックから灰色をした硬いパンを取り出した。パンはいくつかあるんだ。木の枝に刺してキノコを焼き、赤いヤマボウシは皮をむいて生で食べる。甘いから子供は喜ぶよな。

「じゃーん」

 ジュードが小瓶を取り出した。中にはオレンジ色のママレードが入っている。甘党で料理好きなジュードが、自分で作っているんだ。

「わあ、ジャムです。たべるー!」

「パンは私と半分こね」

 半分にちぎったパンにママレードを載せると、イリヤちゃんは喜んで口に含んだ。そしてよく味わうように、しっかりと噛んで食べている。

「お~いし~」


 キノコもヤマボウシも食べ、足りないだろうけどこれ以上は我慢してもらうしかない。

「……お母さんのごはん、おいしいんですよ。食べたいです。お母さんに会いたいよう……」

 しまった、涙ぐんじゃった。食事で家を思い出してるのか。別の話題で意識を逸らさないと!

「それにしてもイリヤちゃん、どうして山の中を一人で歩いてたんだい?」

「……んとね~。イリヤ、先生にお勉強を教わってるです。帰りにお花を探してたら、暗くなっちゃったの。……急いで帰ったですが、おうちに着かなかったです」

 それで折れた茎だの、散りそうな花だのを持ってるんだ。寄り道はいけないぜ。

 しかし勉強って何だ?


「勉強……、一人で通ってるの?」

「かっかと先生がね、他の人に教えないようにって言うです。先生は、イリヤの先生だから!」

「かっかって?」 

「かっかは~、いじわるでいばりんぼ。イリヤにね、もっと感謝しろーとか、ほめろーとか言うですよ」

 一緒に学んでる子かな? きっと村長の身内とか、偉い家の子供なんだろう。ウチの村でも威張ってたもんな。イリヤちゃんは楽しそうに話すから、その子を嫌いなわけではないみたいだ。


「だからイリヤ、かっかおどりを考えているの。かっかのおどりがあったら、かっか喜ぶです。それでね、かっかもいっしょにおどるです!」

「へ、へえ……、踊りか……」

 喜ぶかな、それ。ジュードも苦笑いで返事をするのが、精いっぱいだ。

「代わりに、サンドイッチを食べるですを歌います! サンド〜イッチを、食べるっです。今日はハムよりたまごの気分♪ はっぱ、はっぱ、はっぱもあるよー」

「しー! 夜だから、静かにしようね」

 何の代わりだか知らないが、奇妙な歌を歌い始めたぞ!

 ロージーが口の前に人差し指を出して、慌てて止める。あまり騒がないで欲しい。

「小さい声で歌うです。お姉ちゃんは歌わない?」

「う~ん……知らない歌だなあ……」

「イリヤが教えてあげる!」


 何で自信満々なんだ。ないだろ、そんな歌。元気になっても困る子だ。ロージーが助けを求める視線を寄越した。

 ジュードは仕方ないなと笑っている。

「もう寝よう、イリヤちゃん。明日はまた、たくさん歩くぞ」

「え~。イリヤもっと、お話ししたい」

 ジュードが膝までのマントを外して平らな場所を探し、ここに寝てと地面に敷いた。イリヤちゃんは口を尖らせながらも、マントのところへ行ってペタンと座る。

「明日もたくさんお話しできるわよ」

 ロージーがイリヤちゃんを寝かしつける役目だ。俺は燃え尽きる前に焚き付けを集めて、火の番はジュードに任せた。


「じゃあ明日はねえ、先生のお話をするです。イリヤの先生は、とーっても優しくて何でも知ってる、すっごいすっごい、先生ですよ」

「立派な先生なのねえ。何を習っているの?」

「お薬をつくるのと、魔法です。文字も教わりました。イリヤ、文字を書けるんだよ! これがイリヤの名前です」

 そう言いながら棒を探して、地面に自分の名前を書く。

 下手な字だけど、合ってるよ。山の中の村に住んでる連中は、大人でも自分の名前を書けるか微妙なくらいじゃないか?

「偉いねイリヤちゃん、ちゃんと書けてるよ!」

「えへへ。お姉ちゃんの名前も、書いてあげる」


 褒められて嬉しいイリヤちゃんは、それから俺達全員の名前も書いた。自分の名前がだけでもすごいってのに、本当に勉強してるんだな。

 変な歌を歌うおかしな子だと思って、悪かったな。

「はふ~……」

 しばらくお喋りしていると、イリヤちゃんから大きなあくびが零れる。

「もう寝ましょうね、おやすみ」

「おやすみなさい~。明日もあそぼうですよ……」

 すぐに小さな寝息が聞こえてくる。良かった、眠れたようだ。


「しばらくしたら、見張りを交代するね」

「おうっ。何もないといいな」

「この子が寝てるうちに、明日の相談をしとこう」

 ジュードがイリヤちゃんの寝顔を眺めてから、俺に向き直った。そうだな、この子がいたら話にならないよ。

「どこに進むかだ……」

 そもそも今進んでいるのは人が使う道か、単なる獣道かも分からない。整備された道に出たい……。

「イリヤちゃんが来た方に戻ってみない? 子供の足で歩いたくらいだし、村からきっと遠くないよ」

「このまま進んでも、いい感じしないもんな。そうしよ」


 行く方向は決めた。朝になったら自信があるフリをして歩かないと。不安を感じさせたら、イリヤちゃんが困惑する。

「ロージーとフィンリーは水と食料、どのくらい残ってる? こっちはそれなり」

「私は水なら多めにあるよ」

 ジュードの質問に、フィンリーが先に答える。

「俺は分けるほどないな……、イリヤちゃんもきっとないよな」

「じゃあイリヤちゃんには私が分けるね。でも歩くと喉が渇くし、一日も持たないわよね……」

 ため息が出る。次に山に入る時は、日帰りの予定でも泊まれるくらいの準備をしよう。大げさくらいでちょうどいい。


「あとは食料もあまりないんだ、食えそうなものを見掛けたらしっかり確保!」

「「了解!」」

 願わくば明日のうちに人里に出られますように。

 ちょっと大きな声を出してしまったタイミングで、イリヤちゃんが寝返りを打った。思わず見たけど、目は覚めなかったようだ。


 それにしてもこの子、迷子になってたのによく明日も遊ぼうなんて言えるな。かなり図太いぞ、こりゃ大物になるなあ。

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