◆迷子の子供・前編(冒険者の視点)

 ここはエグドアルム王国の、西側にある山の中。

 日が落ちて暗くなり、魔物が活動を活発にする時間。こんな時間に外にいるのは討伐するヤツか、町に辿り着かなかったヤツくらいなもんだ。

 俺達は後者で、道を間違えて山の中で迷っているところさ……。


「すっかり真っ暗よ。やみくもに歩かない方がいいよ」

「どこか野営できそうな場所はないかな……」

 冒険者としてパーティーを組み、三人で行動している。メンバーは魔法使いの女ロージーと、こん棒を持った男ジュードだ。俺は斧と短剣を使う、このパーティーのリーダーでフィンリー。

 元々同じ村出身で、ここより北の国境近くに住んでいてさ。山は慣れていないので、日帰りのつもりだった。道を少し外れたら、このザマだ。

 周囲を木に囲まれているので、魔物や盗賊が近くまで迫っても気付けない。少しでも開けた場所を探さないと。


『……えええん……ああぁん……』

 風に運ばれて、泣いているような高い声が聞こえてくる。

「ね、ねえ……子供の泣き声がしない……?」

「気のせいだろ、こんな夜の山に子供がいるわけない……」

 空耳じゃない、やっぱり聞こえているんだ!

 怖い、怖過ぎる。幽霊とか……、いや子供に擬態した食人種カンニバルの可能性だってあるぞ。

 ダメだ、どっちにしても怖い!


『……ヒック、お母さあぁん……』

「お母さんって、呼んでるぞ……」

「近くなってない?」

 ガサガサと草の音までする。木も草も黒く闇色に染まり、目を凝らしても何も見えない。声は木霊していて、方角を特定できない。

「ピャッ!」

 バサッと小動物が動いた。叫んだのは魔法使いロージーだ、怖いよな!!!

「魔物が子供に化けてるかも……、下がって」

 とにかくロージーを下がらせて、俺と金属の細いこん棒を持ったジュードが、彼女を庇うように前に出た。

 物音はついに、すぐそこまで近付いている。


『ええん……っか~……、せんせ~……どこ~……』

「こ、こわ。なんか言ってる、マジで怖い」

「やあねえ、普通に子供じゃないの? ねえ、そうよね?」

 ロージーはビクビクと怯えながら、強がりを口にした。

 ごくりと唾を飲み込む。緊張で肩がこわばるが、すぐに動けるようにしておかないといけない。

 松明を前に出し、闇を照らした。出てきたものを、しっかりハッキリ見極めてやるぞ……!


 続く泣き声が空気を揺らし、三人の間に沈黙が走る。

 草を掻き分けて木の間から現れたのは、薄紫の髪を肩くらいで切り揃えた女の子だった。女の子は両手で涙をぬぐいながら、明かりの中に足を踏み入れた。

 俺達の存在に気付くと目を大きく開き、唐突に駆け出す。

「……ふええ、人だああぁ! ああぁん、イリヤ怖かったああぁ~!!!!!」

 驚いている俺に、両手を広げて抱きついた。そして大声で泣き続ける。片手には折れて枝だけになったり、赤い花びらがわずかだけ残った、サザンカを数本握りしめていた。

 あんまり騒ぐと魔物を刺激するから! できればもう少し、静かに泣いて欲しいな!


「よしよし、怖くなーい」

 とりあえず頭を撫でた。どうしたらいいんだろう。

 仲間の顔を眺めると、緊張が解けて気の抜けた表情をしていた。

「ええと、イリヤちゃん……、でいいのかな? こんな夜中にどうしたの?」

 ロージーが驚かせないように、優しい声色で話し掛ける。

「イリヤ歩いたけど、おうちに着かないの。……イリヤのおうち、どこ? 暗くて怖かったです。ひっく、あのね、イリヤ、おうちへ帰りたいの……」

 ゴメン、俺達も迷子!

 とは言えない。せっかく落ち着いてきたのに、また大泣きされたら大変だ。どう返事をしたらいいんだよ、難しいな。


「今晩は遅いから、夜明けを待とう。皆で外でお泊まりだぞ」

 しゃがんで目線を合わせ、励ますようにジュードが笑顔を作る。

 イリヤちゃんの大きな瞳からは、まだ涙がポロポロこぼれている。頬を濡らしたまま、ジュードへ顔を向けた。

「お外でお泊まり。お兄ちゃん達と?」

「そうよ。明日になったら、おうちを探しましょうね」

「俺達は冒険者だ、ちゃんと送り届けるよ」

 安心させるように、力強く胸を叩いた。ホント山を抜けさせてください……。

「冒険者さんです! イリヤ知ってるよ、村を守ってくれたり、いらいを受けてくれる人だ! イリヤ、いらいするです。おうちに連れて行ってください」

「任せとけっ!」

 なんとか元気になったぞ。良かった良かった。


 イリヤちゃんは首からさげている小さな巾着を開いた。そしてドングリと、銅貨を一枚手のひらに出す。

「これで、いらい受けてくれる?」

 さすがに自分達も迷っているのに、子供のお小遣いを巻き上げるのはちょっと……! 受け取れずに困っていると、ロージーがイリヤちゃんの横に来て地面に膝をつき、手を握らせた。

「これはおうちに帰れたら受け取るね。成功報酬だよ」

「せーこーほーしゅー。あとでいいの?」

「うん、仕舞っておこうね」

 上手いこと言うな。イリヤちゃんはよく理解していないようだけど、元気に頷いて巾着に戻した。


「さて、野営の準備をしなきゃな」

 あまり移動せず、この辺りで落ち着いた方がいい。場所を決めて、まずは焚き火か。明かりの魔石でも持ってくれば良かった。

「イリヤもお手伝いするです。何すればいい?」

「じゃあイリヤちゃんは、私と落ちている枝や枯れ葉を集めましょ。近くにいないとダメよ」

「はいです。イリヤはお姉ちゃんといっしょ!」

 二人は近くにある落ち葉や枯れ葉を広い、一カ所に集めた。よく乾いているので、すぐに燃え尽きてしまうだろう。少し離れた場所にも枝の山を作る。

 イリヤちゃんは焚き付けを集めるたびに、楽しそうに上からバラッと落としていた。


 俺はその間に皆が視界に入る程度の距離で周囲を一周し、安全を確認した。

 小動物くらいで、現時点で危険はない。ここで野営して大丈夫そうだ。

 次は食事か……、食料は多少持っている。だが一日分もないぞ、どのくらい食べていいものかな。節約しないと。

 少しで済ませられるよう、イリヤちゃんの気を逸らさないと。子供は空腹でもすぐに泣くよな。

 そもそも俺達が住んでたのは山裾の村だから、山で過ごすのは慣れていないんだよね……。薬草取りの依頼が、まさか迷うとは。

 山には小さな村もちらほらあるし、明日はどこかしら集落に辿り着くだろう。そうだ、うん、そうに違いない。遭難なんてしてないぞ。奥は谷だから、谷まで出ちゃったら引き返せばいいだけさ。



□□□□□□□□□□□□ (イリヤのお母さん視点)


「お疲れ様」

「後は宜しくね、そっちも遅くなりすぎないようにね」

 仕事が終わり、他の女性達と帰路にいた。男性はまだもう一仕事するが、私達は家事もあるので早めに帰宅させてもらえる。

 家から洩れる元気な笑い声に、ちょっとホッとする。

「ただいま」

「おかあさん、おかえりー!」

「おじゃましてまーす!」

 居間でエリーと、近所に住むお友達が遊んでいた。


「お疲れ様、留守にごめんなさいね。うちの孫が、エリーちゃんのお姉ちゃんがお迎えに来ないから、一緒にお留守番するって言ってね。子供だけじゃ危ないから、私も上がらせてもらったよ」

 ドクンと、心臓が冷たく跳ねる。

「……イリヤはまだ帰っていないんですか?」

「まだなのよ。何か聞いてない?」

「特には……」

 イリヤはお出掛けしてお二方が送り届けてくださる時以外で、私より遅く帰ることはなかった。なんだか悪い予感がする。

 洗濯物はおばあさんが取り込んで、たたんでくれてあった。


「……お友達の家を見てきます。申し訳ありませんが、エリーをお願いできますか?」

「いいよ、今晩はうちで預かってもいいからね。ご飯の心配もしないで。イリヤちゃんが気掛かりだねえ」

「すみません、お願いします……!」

 私は奥にある寝室に荷物を投げて、短い廊下を急いだ。

「おかあさん、またいないの?」

「イリヤを探してくるから。エリーはお友達と待っててね」

「うん!」

 事情が呑み込めていないエリーは、もっとお友達と遊べると喜んでいた。


 まずは子供達がいつも遊んでいる広場を捜すが、もう人影一つない。次に村の入り口まで行ってみた。やはりどこにもイリヤはいなかった。動き回っている間に段々と辺りが暗くなってくる。

 男性達も村に戻り、最後の人が村の門を閉めた。

 周囲を見回しながら歩いて、イリヤと同じ年の女の子の家の扉を叩く。玄関先まで漂う、夕飯の支度をしている香り。

「こんばんは。こちらにうちのイリヤは、お邪魔していませんか」

「今日はイリヤちゃん、見てないよ」


 近くの部屋にいた女の子が、顔を出して返事をした。台所からそこの子お母さんが、トタトタとやって来る。

「イリヤちゃん、戻ってないの?」

「はい……」

「大変じゃない。近所の家は手分けして回るから、村長さんのとこに行ってらっしゃい! 皆に協力してもらいましょう。エリーちゃんはどうしてるの?」

「ありがとうございます。エリーはお友達がお婆さんと一緒にうちに来てくださって、留守番をしてくれています」

「ならエリーちゃんは安心ね。困ったらうちに連れて来てね」

「助かります……!」

 奥さんは帰ったばかりの旦那さんを呼んで、事情を説明して協力するよう言ってくれる。


「大変じゃないか! じゃあ村長さんちに集まろう。もしそこらにいたら、連れて行くよ」

 旦那さんは汚れた上着を脱いで床に投げ、別の上着に着替えた。

「すみません、お願いします」

「お父さん、また散らかすとお母さんに怒られるよ~!」

 ドアの隙間から様子を覗いていた女の子が、ダメだよーと笑っている。奥さんは恥ずかしそうに扉を閉めた。

「ごめん、気にしないでね。貴女は村長さんのトコへ行って。もう村の門は閉めちゃったでしょ? まだ森にいるなら、いつ帰って来てもすぐ迎え入れられるように、番する人を決めなくちゃ」


 村はすぐに騒がしくなってきた。

 私は駆け足で村長さんの家へ向かいながら、イリヤが無事に見つかることを祈っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る