婚約披露の準備中(クレーメンス視点)

※ 本編291話の後です


 悪魔だ、悪魔だった。

 去っていく後ろを姿を見送る。

 赤い髪と瞳、真っ赤なマント、黒い軍服と靴。鋭い眼差しは全てを見透かすようで、視線が氷のように冷たい。

 かっこいい。僕が憧れていた悪魔だ。

 ベリアル様は魔導師を三人も従えて去って行った。

 契約してたのは女性で、ええと名前は何だったかな~、三文字だよ三文字。ソニアさん。いや、ミムラさんだったかな。なんでもいいや。


 僕はいったん屋敷へ帰った。殿下達をお迎えする為の最終確認を終えたら、また王都へ戻らないといけない。

「早かったですね、クレーメンス様」

 侍従が迎えてくれる。ローブを預けて、応接室のソファーに腰掛けた。ちょっと休んでからにしよう。

「ベリアル様がいらっしゃったからね、一瞬だよ。巨人なんて紙くずみたいにぽぽいのぽい!」

「左様で」

 素っ気ない言い方だ。本当に素晴らしかったのに!

「温かい飲みものを。飛んだら寒かった」

「すぐにお淹れいたします」

 控えていたメイドが部屋を出る。これで侍従と二人になった。


「ベリアル様は侯爵以上……、王じゃないかな。地獄の王なんて滅多にお目に掛かれない、いやあいい体験だった」

 ベリアル様が短い呪文を唱えたら、魔力が増大されていた。

 アレが“宣言”というものかも。だとすると、地獄では大公か王。宣言なんて一般の人間は知らないし、無闇に広げる知識でもない。

「まさか、エグドアルムの宮廷魔導師ですら、侯爵様とも縁を繋げずにいるのにですか?」

 エグドアルムに滞在している悪魔で、最も高位なのが侯爵のフェネクス様だ。しかし契約者はもう若くはないから、引退している。

 外部顧問として助力して頂けているものの、いなくなられるとこれまで戦争の抑止力となっていたフェネクス様のお力も借りられないから、今のうちに新しい高位貴族と契約を結びたいものだ。

 無理はできないけどね。国が滅ぶから。


「魔力のけたが違う。人の身で探れるものではないけどねえ、フェネクス様との違いを考えると、王だと判断するのが妥当かな」

 このくらいの理由にしておこう。

「クレーメンス様も悪魔が関わると、立派な魔導師のようになりますねえ」

 ように、は余計だな。僕は十分立派な魔導師だぞ。

 能ある鷹は爪を隠すっていうから、凡夫に理解できないのは仕方がないか。

「僕は召喚術師になりたかったんだよなあ……。あ、そうだ。ベリアル様が使ったお部屋へ行かないと」

「どうぞ、掃除は終わっております」

「掃除したっ!? まさか……シーツを洗ったんじゃ……」

「洗いましたとも。洗濯メイドも雇ってますよ」


「そんなっっっ、ベリアル様の香りと魔力が残るベッドにダイブする予定だったのに! 僕の楽しみを奪うなんて……、主の許可なくシーツを洗うとは何事!!!」

 まさか、癒しの空間が既に奪われていたとは。僕は思わず叫んだ。

 侍従はというと、無味乾燥な視線を投げかけている。

「ではこれからはシーツを洗う際は、クレーメンス様にお伺いしましょう。一枚一枚、必ずお尋ねします。お答えが頂けなければ洗濯は致しません」

「面倒過ぎる! ううう……僕が悪かったよ、洗っていいよ……」

 僕への対応はしっかり把握されているよ……。口論しても勝ち目がない。なんたる理不尽。この世に魔王かみはいないのか!

 あ、ベリアル様がいらっしゃった、ありがとう。


「ではそのように」

「ああ……ベリアル様のような悪魔と契約したいな~」

 契約できたら、ずっと一緒にいられるのに。いいなあ、あの娘。イーナさん。そうそう、そんな名前だったな。

 執事はまっすぐに立ったまま、考えるように三秒ほど目を閉じた。

 興味ないが仕方なく会話に付き合ってると顔に書いてあるような。

「迷惑されていらっしゃるご様子でしたが?」

「僕の情熱はその程度では冷めないのだ!」

「何故無駄なことにだけ真剣なのでしょうね。その熱意を仕事に向けられれば宜しいのですが」

 ため息がわざとらしい!!!

「無駄じゃない! 高位貴族の悪魔と契約できれば戦争の抑止力にもなるし、色々な危険は減るし知識も与えてもらえる、そして何より毎日の生活に潤いがっ」


「クレーメンス様もここで遊んでいないで、用を済ませたらさっさと王都へ帰って仕事をしてください」

 せっかくの熱弁が、まるで隙間風が吹いたような対応。僕はソファーに力なくしがみついた。ソファーの弾力に慰められる気がする。

「侍従が冷たい……、仕事したくないよう……」

「左様でございますか。皇太子ご夫妻がご滞在された際の料理については、もう一度料理長と相談してみます。メイド達の態度などは問題ないようでしたが、念の為に本宅から数人侍女を派遣してもらうよう、しっかりとお願いしますよ」

 僕の訴え、全て無視! 慰めたり励ましたりはないのかっ。

「こちらも限られた時間で準備を進めております。邪魔になるようでしたら主君でも追い出しますから、そのつもりで」

 不満を読み取られたのか、執事は畳み掛けるようにキッパリと言い放つ。優しさをください。


「こちらにいらっしゃいましたか。先日注文した、玄関に飾る花の花瓶が届きました。確認してください」

 メイドが執事を呼びにやってきた。花瓶なんてあるのでいいだろうに、わざわざ買い替えてるんだよなあ。

 花もこの時期、エグドアルムで切り花用なんて咲かないんじゃないかな。どこから買うんだろう。

「分かりました。クレーメンス様も確認なさいますか?」

「僕はそういうセンスないから、任せるよ」

 ソファーでだらっと座っている僕を置いて、玄関へ向かう二人。入れ替わりに先ほどのメイドが、紅茶をトレイに載せてやって来た。早速飲んだら熱かった。

 壁には海の絵が掛けられている。商店街に腕のいい画家がいて、なかなか人気なんだ。そうだ、大きい絵でも買って、飾ろうかな。貴族っぽい気がする。


 ここにいても邪魔にされるだけなので、王都へと飛んで戻った。

 いいさ、ベリアル様と同じ空気を吸うから。

 王都は人が多くなっていて、歩くには面倒そうだ。僕は飛んでそのまま王城へ向かった。もちろん途中で警備の魔導師に止められたけど、皇太子の親衛隊だからね! 顔パスだよ。

 ちなみに色んな人から、よく親衛隊に入る気になったなと驚かれた。

 僕は宮廷魔導師を目指すと思われていたし、僕自身は魔法研究所に就職するつもりだった。好きな研究をしたいし。

 実は皇太子殿下、直々の打診があったんだ。

 理由は簡単、父上を味方に引き入れたかったんだろう。父は財務の人間だから、殿下と敵対していた前宮廷魔導師長の不正を暴く為には、是非とも協力して欲しい人材だ。


 皇太子殿下はなかなかいい人選をしている。

 カールスロアは学友で親交が深いだけでなく、侯爵家は三大侯爵家の一つで、強固な王室派。

 ノルドルンド……名前はエンカルナだったね、彼女は本人が女性で一番の魔法剣士。そして家は海に面した領地を持つ伯爵家だ。大きな船を何艘も保有している。

 バックスは冒険者で他国の情報に明るく、人脈もある。バックス辺境伯は国内の貴族で最大の軍を擁しているから、有事にはとても頼りになる。

 隣は鬼才とまで噂される宮廷魔導師を息子に持つ、アーレンス男爵領。


 前宮廷魔導師長が武力に訴えて皇太子殿下を害そうとしても、これだけのバックを持つ殿下と対立すれば内戦が勃発する。廃太子を狙っていたアイツが動けなかったのは、親衛隊とその背後をかんがみてなんだ。


 武装ほう起された際の王都の脱出手順も、我々は訓練済みだったしね。

 ちなみに親衛隊の規模は歴代皇子の中でも最大で、やるなら受けて立つという気概が感じられる。

 腹黒合戦は見事、皇太子殿下の勝利だったわけだ。

 ちなみにもう一人の女性、ハットンの家は力がないんだよね。彼女自身が殿下を暗殺なんかから守る最後の砦、みたいな感じだな。アレで接近戦が得意なんて誰も考えないから、わざと隙を作って狙わせるのにちょうどいい。

 諜報活動も得意で、スパイのあぶり出しもやってのけた。

 

 えーさてさて、現在。城内も慌ただしい。

 輿の最終点検、ルートの警備の再確認、城内の装飾と並行して不審物がないかの見回り。料理の食材はどんどん運ばれてきて、それを仕分けして下拵えが既に始まっている。上から下までバッタバタ。

 第一騎士団が行進の練習をしている。

 宮廷魔導師は騎乗が人ごみなどで興奮しないよう、普段は使役していない人も、召喚して他の獣やなんかと顔合わせをさせていた。いきなり喧嘩を始めたら困るからね。

 その点アーレンス様の麒麟は大人しくて扱いやすいね。最高の犬とも称されるガルムと契約したヤツは、馬ほど大きくて獰猛だから手を焼いているな。戦う時にはいいんだよ。

 乗れない鳥系と契約した人は普通に馬に乗って、上空を鳥が飛ぶよ。


「……余裕そうだねえ」

「カールスロア君、こんにちは」

 おお、仕事しろよと雄弁に語り掛けてくるような、剣呑な眼差し。

 ……僕は重大なことを思い出した。そうだ、彼はベリアル様のところへ行っていたんじゃないか!

「君の部隊の一部を要人警護に……」

「どうでもいいから、カールスロア君! 君はベリアル様と暮らしていたんだよね……!? ベリアル様の一挙手一投足を教えてほしい!」

「……今は忙しいから、百年後にしてくれるかな?」

「ああ……、他の高位貴族悪魔とも会えたんだろうな、うらやましい。どんなお方がいらっしゃった? お話できた? 触った?」

 想像するだけでも興奮する。王がいらっしゃればご機嫌伺いの悪魔もいるだろう、サバトにも招待され放題かっ。


「私は召喚術に明るくないから、どこまで喋っていい情報なのか把握していない。別の人に聞いてくれる? それで予定外の国から参加者がいてね、お忍びだったんだけど放置はできないから……」

「あーもー焦らすなあ」

 彼のことだ、本当は分かっているクセに話を逸らしている。そういうヤツだ。

「私とアナベルの部隊から行方不明事件の捜査に人員を割いていて、余裕がないんだよ。しっかり頼むね」

「捜査なんて軍に任せておけばいいのに」

「……何か言ったかな?」

 笑顔が硬質的になった。この先は危険だ、そんな時は即時撤退。

 話題の転換を図る。


「べっつに! 婚約披露が終わったら、一気に片を付けるわけだね」

「容疑者は絞ったけど、まだ犯人だと言い切れない」

 カールスロア君は勘が働くのが早いわりに、断定には慎重なんだよな。もう確定してるも同然だよ。

「アイツで決まりだよ、相応の身分がないと続けられない犯行だし。それにアイツは悪魔じゃないけど、人間とも分類できない」

「分類できない、ね……」

 説明が難しいんだよな。悪魔が純粋な悪なら、アイツは不純な悪、とかそんな印象を受ける。人の印象で一番大事な、フィーリングでそう感じる!


「クレーメンス、戻ったの? ちょっと相談があるのよ、殿下のところへ行ってね」

 通りすがったノルドルンドに呼び止められた。

「じゃ、私は見回りに行くから。エンカルナ、あとは宜しく」

 カールスロア君はそのまま去って行った。

 ……逃げられた、ベリアル様の話がまだなのにっ! そうだ、ノルドルンドもお会いしているな!

「……ねえノルドルンド、君もチェンカスラーに行ったよね~」

「行ったわよ……あ」

 思い当たることがあったのか、中空で視線を止める。そしてニヤリと含みのある笑いを僕に向けた。


「ベリアル様や、悪魔のことが知りたいんでしょ~。むふふ~……楽しみよねえ」

「楽しみって、どう? どう楽しみな訳? 君は何を知ってるの?」

「教えてあげなーい! あ~パレードが待ち遠し~」

「カールスロア君も一言も話してくれないんだよ、少しだけ! 少しでいいからっ」

 頑張って尋ね続ける僕に見向きもしないで、ノルドルンドは機嫌の良さそうな軽い足取りで廊下を歩く。結局、情報は欠片も手に入らなかった。

 二人ともズルい、僕にも幸福のお裾分けをくれてもいいじゃないかっ!

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