僕が魔導師と呼ばれるまで(マクシミリアン視点)
「いいか、しっかり留守番するんだぞ、マクシミリアン」
「わ~かってるよ、兄貴」
扉を開けたヴァルデマルの兄貴が、振り返って何度目かの同じ言葉を吐いた。よく飽きないなあ。
「悪さはするな」
「またまた~、僕がそんなことするわけなーいじゃん」
「この前、勝手に薬を高く売りつけようとしたな。お前は信用できん」
ゲッ、バレてる。どうもやりにくいなあ……。
まあいいや、ヴァルデマルの兄貴はエグドアルムへ観光に出掛けてくれる。
王宮に仕えていた頃にはこんな遠出など考えられなかったって、意外にも浮かれてる。いやあ、早く出掛けちゃってスッキリしないかなー! いない間にどんな研究をしようか、考えるだけで楽しみで楽しみで。
ゴン。
「いってえ、なんで殴るんだよ」
「悪だくみをしてたろう。お目付け役を置いていくからな、残念ながら俺がいない間も修行だ」
「はいはーい」
どうせ誰か監視は残ると思った。
まあいいさ、兄貴よりも面倒なヤツなんていないだろ。カンはいいしすぐ殴るし、顔を見ないで済めばしばらくは清々するってもんだ。その監視を適当に誤魔化してきゃいいんだもんな。
……心待ちにしていた僕の期待は、
まさか監視が天使だとは……! あいつらは融通が利かないし賄賂も受け取らない、悪魔や人間なら言いくるめる自信があったのに……!
「マックス、薬草は採取できたか。次は洗って乾燥させよ」
この天使ってのが命令口調で、しかも何故か僕を愛称で呼ぶんだ。仲良くないだろーが。なんてこった、今まで以上の監視生活だ。ガッカリ感がハンパない。
僕は仕方なく薬草を洗った。そして切ってざるに入れたり、吊るして干したりと処理をする。面倒だなあ、こんなの単なる熱冷ましや傷薬だ。
飽きたー。
そもそも僕はこんな真面目な仕事がしたくて薬を作ったり魔法を覚えたりしたわけじゃない。楽しく大金を稼ぐ為なんだからな。それなのにせっかくのゾンビパウダーの販売代金も没収され、高値で売れる毒薬は取り上げられ。悲劇だ。
僕が生まれたニジェストニアは、近隣で唯一奴隷が許された国だった。
僕は奴隷じゃなかったんだけどね、親の顔も知らない孤児さ。孤児院はスラムの入り口にあって、スラムには犯罪者や逃亡奴隷なんかも住んでたな。
奴隷解放運動の始まる気運がある頃で、逃亡奴隷への炊き出しをやってる余裕のあるヤツらがいた。孤児院はロクな助成金もなく、いつも食事が足りなくて腹を空かせていてさ。だから仲間と奴隷の炊き出しに並んだもんだ。
落ちてるモンを探して拾って売っても、孤児だから足元を見られる。金を稼ぐってのは大変だってのは、小さい頃から身に染みてる。
けどな、倒れたヤツから金以外の持ちモンは奪っちゃならない。
これが孤児院での共通認識さ。
何故って、道で倒れて死んでたヤツから、金目のモンを残らず奪ったのがいてさ。身元が分かるものまで取って、売っぱらったんだ。そこから足がついて、盗んだだけじゃなく殺したことにされ、連行されて二度と戻って来なかった。
後から聞いた噂だと、死んでたヤツは潜入捜査でスラムに入り込み、バレて殺されたらしいな。ヤバい組織の一員だと疑われちまったって話だ。
孤児なんて、そうなったら誰も助けちゃくれない。自分を守るのは結局自分しかいないんだよな~。
てなわけで、地道に食いものを求めて歩いたり、ちょっとした仕事でもさせてもらおうとウロウロしてた時だ。
兵達が一軒の家から、何人も出てくるじゃんか。気になって、近くで会話を盗み聞きした。
「危険なものは何もなかったな。死を予期して処分したのかも知れない」
「金は貯めこんでたなあ、これを相続する家族がいるかなあ……」
「いなそうだよな。まあもっと調査するが」
危険。ヤバいことをやらかして金を貯めたヤツか。
楽しい匂いがしたね。
僕は誰もいなくなるのを見計らって、その家に侵入した。紙が積んであったり、クズ魔石がゴロゴロしている。衣服は少なく、部屋によっては長い間使っていないのか埃を被っていて、あまり生活感がなかった。台所に食料もほとんどない。
パンのあまりを勝手に食べながら散らかった家の中を一周し、庭にある物置小屋へ入った。
こっちにも小さな台所が併設されていて、片手鍋が積まれていたり、小瓶や壺がたくさん置かれている。本棚にいっぱいの本は、それでも入りきらず床に散乱していた。壁には紙が貼ってあるけど、文字はあんまり読めないからなあ。
逃亡奴隷を支援する団体が奴隷に文字を教える教育なんてのをやってて、暇だから混じったりしたな。これを読みたかったら、また参加すればいいか。
ここにも兵が踏み込んでいたんだろう、色々と乱雑に動かされた形跡があった。
何を探してたんだ?
あの様子だと見つけられなくて、諦めたんだよなぁ。僕は宝探しのような気分で、この物置小屋を探索した。
ここに何かがある予感がするんだ。母屋よりも生活感があるし、あっちの方が兵達は重点的に探しただろーし。
本の中身を確認して棚に戻したり、小さな戸棚を開けてみたり、しばらく探し続けた。途中で絨毯に足を引っかけて転んじまった。
「うへえ、めくれた……ん?」
絨毯の下の床に、少し色が違うところがある。叩いてみて、他の場所も叩いて音を比べてみた。違うぞ、この下は空洞がある。よく見れば、床に切り込みがあるじゃないか。剥がしたら地下室への入り口が現れた!
僕は胸を躍らせたね。大冒険の末に宝物を発見した、トレジャーハンターの気分さ。
暗い地下室には物置以上に紙や本が積まれていて、地下でも実験できるような設備まで作られていた。棚には清潔な布が詰め込まれていて、小さな壺が並び、扉まで付けて厳重に保管されているのもある。そして乾燥した怪しげな薬草類が、のれんのように吊るされていた。
この黒い丸い木の実はなんだろう。分からないが、きっと触るとヤバいんだろう。毒でも作っていたに違いない。大金を作る施設なのは間違いないよな。
今の僕がここにいても、危険なだけだ。僕は再び地下室の入り口を塞ぎ、物置小屋を片付けることにした。秘密基地にするんだ。
まずは逃亡奴隷の教室に入り込んで文字を学び、メモを解読する。
きっと物置にあるのは安全な薬のレシピで、カモフラージュなんだ。金目のものは全部地下にある。きひひ、慎重な男だ。
病気を治すような薬なら、失敗してもそうそう危なくないよな。まずはここで経験を積んで、地下室の実験の引き継ぎをしてやるからな。
「……誰かいるのか? ここは住人が死んで、兵の手入れがあったと聞いたが」
ヤベ、人が来た。僕は不審がられないように笑顔で外へ出た。
この辺りで見掛けている顔の男だ、近所に住んでるとかだろう。怪しまれると来られなくなる。
「初めまして。へへ、実は先生の元に弟子入りしたばかりで、先生が亡くなっちまったんです。弟達がわんさかいる家にも戻れないし、とりあえず片付けて追い出されるまでここで過ごさせてもらおうかなと」
なんとかしたその場しのぎな言い訳、信じてもらえるか。
男は僕の態度に疑いを持たず、ただ困っていると勘違いしたようだ。
「そうだったか、それは急で驚いたろう。この家の持ち主も、新しい借主を探すまで収入にならないんだ。できる範囲で支払えば、むげに追い出したりはしないよ。どれ、俺が伝えておくから安心しろ」
家の持ち主は別かあ。それなら家賃さえ払えたら、ここは僕のものじゃん!
……そんなに稼げれば、腹を減らして一日中食いものを探したりしないで済むってもんだ。しかしこれだけ色々と揃っているんだ、チャンスじゃないか。
大通り沿いに住んでいるこの家の持ち主は、このままだと買い手がつかないから、母屋を片付ければ三カ月の家賃を免除すると約束してくれた。
貸した相手が兵士から目を付けられるような魔導師だったから、これから片付けをするのが憂うつだったそうだ。つまり僕にも相手にもいい話なんだな。僕は弟子だから物置で修行して、母屋はほとんど使わないと言っておいた。母屋は誰かに貸して物置を僕が使えば、安く済む。どーせ孤児院にも戻れるし。
僕は先生を手伝っていたのでそれなりに分かると、さも弟子のような口調で説明した。疑わないとかバカだな。
うまくこの場所を手に入れ、三カ月後にはちょっとした薬を作って金が入るようになっていた。さすがにいきなり家賃は稼げないから、作った薬を家賃がわりに納めたさ。
最初は残っていた材料を使って練習してたけど、材料不足がどうしようもなかったな。小銭で上手く同じ孤児院のヤツらに頼んで、採取させるのを思いつく。ポーションが作れるようになってからは怪我をしてもすぐに治せるから、連中も安心して出掛けるようになった。
そこから冒険者になったのもいたよ。
ある日、フードを目深に被った怪しいヤツらが家にやって来た。
貴族かな、衣装が高そうだし宝石なんて身に付けてら。こんなスラムの近くに、場違いだっての。
「……君は? こちらの魔導師はどうした」
「先生は亡くなりました。何かご用だったでしょうか」
「先生だと……? 弟子がいるなど知らん。お前達はどうだ」
男は後ろにいる護衛だかお付きだかを振り返った。全員が首を横に振り、会ったことがないと答える。当たり前だ、本当は弟子じゃねーし。
バレないように気を引き締める。貴族ってのは気に喰わないと人を斬るからなぁ。
「なりたてなんで。……もしかして、秘密の作業場にある品が欲しいのでは?」
「……何か聞いているのか?」
「へへ、まだ手伝える段階じゃねえんで、万が一に備えて場所だけ教えられてます。出入りも許されませんでした。まさかこんな早く万が一がくるとは、先生も考えてなかったでしょう」
男は顎に手を当てて、考え込んでいた。僕が本物か、用件を話していいのか悩んでいるんだろう。やっぱりヤバい仕事だな。
「ならば明日、以前もらった薬の瓶を渡す。同じ薬が残っていたら売ってくれ。代金はいつも通り支払う」
「了解しました。僕には作れないんで、在庫がないと渡せませんですよ」
「そうだろうな、簡単に作れるものではない」
男はそのまま去り、翌日告げられた通り使いが瓶を持って現れた。
秘密の作業場の場所は教えられないからと、改めて訪ねるように頼んだら、連中は素直に応じて拍子抜けさ。もっとごねられるんじゃないのか~。
薬は扉付きの棚に幾つか残っていて、いやあいい金になった。
同じ薬が作れるようになるまでにはまだ時間が掛かったものの、薬作りだのは僕の性に合ってたみたいだな。文字も覚えて研究を引き継ぎ、気が付けば高額な依頼がどんどんと舞い込むようになっていた。
とっ捕まるまでは愉快な生活だったのにな~。
「食事もしっかりと自炊するよう、言い付けられていただろう」
「んなの面倒だからさあ、今度町で買い込んでくる。今日は寝る~」
昔を思い出していた僕に、ヴァルデマルの兄貴が監視に残した天使が、またもや説教をしてくる。ほんっとメンドクサイ!
「マックス、魔導師なら知っているだろう。私は契約をすべからく順守する」
「……変な条件まで付けるなよ~……」
なんで僕の食事まで兄貴と天使の契約に入るんだよ。僕は仕方なくスープを作り、残りもので食事を済ませた。
「マックス、栄養バランスが良くない。明日は食材を購入しに出掛ける」
「だから愛称で呼ぶなよ!」
「愛称ではなく、短く済ませているだけだ」
めっちゃ嫌な天使! めっちゃ嫌な天使!!
もう兄貴でいいよ、我慢してやる。早く帰って来てくれ~!
僕を天使から解放しろ~!!!
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