イリヤ、最初の討伐・後編(セビリノ視点)

 セビリノ・オーサ・アーレンス。

 それが私の名前だ。アーレンス男爵家の長男として生まれた。

 男爵家の土地は僻地で実りが少なく、あまり豊かではない上に強力な魔物も多く出没して防衛費がかさむ為、資金繰りにはいつも窮している。そんな自分に魔術の才能があると解った両親は、上質な教育を受ける為に王都の魔術養成所に入れてくれた。

 とても感謝しているし、宮廷魔導師見習いに合格した時は本当に嬉しかった。

 絶対に宮廷魔導師になり、両親に報いたいと思う。宮廷魔導師を輩出したとなれば、貴族社会での周りの評価が一気に上がる。事実見習いになっただけでも、懇意にしたいとお茶会に誘われたりすることが増えたそうだ。


 私は宮廷の研究所で学んだり、アイテム作成や研究をしたり、それと同時になるべく討伐任務にも立候補している。我が領の為になり、正式な宮廷魔導師になる為に出来ることは、何でもやっていくつもりだ。

 そしてこの度、ワイバーン討伐の王命が下った。

 ただ今回は、当初の報告より数が増えているのではないかという話がある。それなのに魔導師長が派遣を決めたのは、後方支援しかしない出陣の実績が欲しいだけの貴族の宮廷魔導師と、初めての討伐になるわずか十五歳の少女、そして私の三人だけ。かなり不安要素が多いのだが、意義を申し立てても恐れをなしたと鼻で笑われるだけだ。

 ざらつく嫌な予感を抱えたまま、討伐に出陣する事になった。


「セビリノ・オーサ・アーレンスと言う。」

「アーレンス様…」

 薄紫の髪の、心細げな少女。彼女は出陣前も話し掛けてきたが、私はあまり取り合わなかった。心に余裕がなかったせいもあるだろう。戦力外の少女と慣れ合う時間など勿体なかったのだ。とはいえ、ワイバーン討伐の話を少しはしておかねばならないだろう。

「あの…イリヤと申します、よろしくお願い致します。」

 深々とお辞儀する彼女に、手短に討伐の概要を話した。


「いいか、まず私が広域攻撃魔法を唱えてワイバーンの数を減らしてから、後は両翼を落としてとどめは騎士団に任せる。雷撃で倒してもいいが、数が多い時は詠唱が長引く事は命取りになるからだ。私は飛行魔法で少し先に出る。ワイバーンを騎士団の連中が戦っている地点に落としてしまったら、被害が甚大になるから気を付けるように。」

「…はい。」

 怯えてるだけなのか、素直なのは良い事だな。少女はしっかりと頷き、手をギュッと握っていた。

 私でさえ不安になるというのに…、少し冷たくし過ぎたのかも知れない。

「では私は出る、あとは騎士団の者たちと…」

「いえ、私も参ります!」

「……?飛行魔法で行くんだぞ?飛べるのか?」

「勿論でございます!」

 言うが早いか、素早く詠唱をして少女の体は地面からゆっくりと離れる。もう飛行魔法が使えるとは思わなかった。しかもなかなかの安定度だ、魔法制御は期待できる。これは嬉しい誤算だな。

 ワイバーンの群れが山から飛んでくるのが見える。

 私は討伐隊の隊長に作戦開始を告げ、イリヤと共に中空へ身を躍らせた。


 どんどんと近づいてくる群れに、まずは四つの風の魔法を唱える。

疾風はやてよかまいたちとなれ、黒風の砂塵よ空間を閉鎖させよ、激しく荒れ狂え野分き、四方の嵐よ災いとなれ!四つの風の協演を聞け、ぶつかりて高め合い、大いなる惨害をこの地にもたらせ!デザストル・ティフォン!」

 切り刻まれた上に砂嵐で方向感覚を失い、激しい風に見舞われたワイバーンが何体も一気に地面に落ちていく。


「開始だ、イリヤ!」

 それだけ告げてストームカッターの詠唱を始める。

「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ!風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ…」

 円盤状の鋭利な刃物となった魔力を放出すると、ワイバーンの二体の羽根を一気に切り裂いた。後ろから来るワイバーンにも傷を負わせることが出来ている。攻撃力のわりに魔力消費が少ないこの魔法は、消耗戦にも向いている。

「おい、君も早く…!」

「やはり数が多すぎますね。申し訳ありませんが、この魔法では間に合わないと存じます。」

「…しかしやるしかないんだ!下からも援護がくるだろうし、とにかく一体でも多く…」

 従順だと思った少女は意見を突きつけた後、事もあろうに私の反論も聞かず別の詠唱を始めた。

 その間にもワイバーンの群れはどんどんと迫ってくる。何十もの数が襲い来るのだ、しかもまだ遠くに他のワイバーンの姿が見えていた。私は苛立ったが、とにかくやれる事をやるしかないと腹をくくった。


「原初の闇より育まれし冷たき刃よ…闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの…」

 聞いたこともない詠唱と、見た事もない掌相だ。気になるのだが、気にしている場合でもない。何とかもう数体落としたところで、すぐ目の前に次の個体が迫っている。間に合わない…

 そう思った時だった。


「煌めいて落ちよ、流星の如く!スタラクティット・ド・グラス!」

 天から突然、無数の巨大な氷柱のようなものが現れ、ワイバーンの群れを一斉に貫き駆逐してしまったのだ。

「…何だこれは、一度の魔法でワイバーンがほぼ全滅!?そんな事が…!?」

 驚いて目を見張る。地面には先ほどまで空を制していた魔物たちが、無残に刺し貫かれた姿で転がっていた。

「まだ来るようです、油断なさりませんよう。私は元凶を探してまいります。」

「なに、おい、それは…」

 聞く間もなく、彼女はワイバーンの現れた方向に姿を消した。

 とても私に追いつける速度ではなかった。

「ど…どうなっている!?なんだんだ、あの女は…!??」

 移動の邪魔になるワイバーンのみ撃ち落として、山の向こう側まであっという間に姿を消してしまった。 

 逃れた別のワイバーン達は、先ほどに比べると少数ではあるが、こちらに向かってくる。私は先頭の一体を雷撃で葬った後、上級のマナポーションで補給をして、再度ストームカッターの詠唱を始めた。


 遠くから咆哮が聞こえると、ワイバーン達がギャアギャアと話でもしてるかのような声を上げる。

 間違いない、ワイバーンを住んでいた谷から追い払った何かがそこにいるのだ。

 ごくり、と唾を飲み込む。

 早くここを殲滅させて向かわねばならないのに、鳴き声に怯えたワイバーンがまた姿を現してくる。きりがない。

 下を見ると騎士団も交戦中で、羽根を落とされてろくに動けないワイバーンにとどめを刺したり、低く飛んで襲い掛かるものを、魔法弾と剣で迎撃したりしていた。

 

 ふと山の向こうの空に漆黒の雲が集まるのが見える。雷雲よりも低く厚く、重苦しい黒い雲の塊。

 雲が纏まるのを待って雷鳴が轟き、稲光が槍のような閃光を走らせた。魔術による攻撃が行われた事は明白だった。地からは禍々しい魔力が溢れてくる。ほんの僅かな瞬間、まばゆい紅蓮の炎がマグマの噴火のように噴き上がるのが遠目に映った。

「…何が…起こっているんだ…?」

 宮廷魔導師になる為に、様々な魔法を学んできた自負はある。

 それでもまだ勉強不足と言えばそうなのだろうが、この事態は規格外だと言える。


 ほどなくして戻ってきた彼女は、

「ニーズヘッグでしたっ。」

と、事も無く報告してきた。

 その上、何故かワイバーンに乗っている。

「た…倒したのか?ニーズヘッグを…一人で…?」

 有り得ない。竜種としては中級クラスで、一人で…いや数人がかりでも簡単に倒せるような魔物ではない。

「その…一人では、ありません。私に魔法を教えてくれた方が、手伝って下さいまして…。」

「君の師か!それは是非ご挨拶させて頂きたい!その方はいらっしゃるのか?」


 彼女も規格外に思えるが、彼女に魔法を教えた師であり、ニーズヘッグを簡単に撃破した者となると、魔導師長以上ではないだろうか。できれば私も教えを請いたい。

「いえ、その…もう去ってしまいました。なんていうか、人嫌い…?で…」

 歯切れの悪い答え方だ。もしかすると、軍や国と関わりたくないのかも知れない。

 今は深く追及するのはやめておくことにしよう。

「そうか、ならば仕方がないな。それよりも、騎士団長にどう説明しようか…」

「…ニーズヘッグを倒しました、じゃ、いけないんですか?」

「そんな報告書は書けない…。問題になりそうだ。」

 下ではまだ戦闘が続いており、残ったワイバーンが騎士たちに襲い掛かっていた。話はこのくらいにして、助勢するべきだろう。しかしもう一つ、どうしても気になる事がある。

「…まずは残りを倒して、任務を終わらせよう。ところで、君が乗っているそのワイバーンは…?」

「はい、ニーズヘッグにやられて倒れていたので、回復させてテイムしてきました。早いので便利です。」

 便利…。

 ちなみに召喚したわけではない魔物は、懐かせるだけで契約は要らない。滅多に懐くことはないのだが。 


 ワイバーンの殲滅を終了した私は、騎士団長に顛末てんまつを説明した。騎士団長もワイバーン以上の敵を予想していたとは言え、この少女が一人で向かって討伐を成功させたことに、大口を開けて驚いていた。

 騎士団員が回復薬を使っているところに治療の手伝いに行った私は、彼女が作ったエリクサーを見せられ、再び彼女の評価を改めることとなった。


 そしてそれまでの態度を詫びて、彼女の補佐官のような立ち位置になるのはこれから少し後の事だった。

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