◆子供時代 イリヤの先生(ベリアル視点)
「ふむ……。そろそろ頃合いであるかな」
「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ。一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」
氷の槍が木に真っ直ぐに飛んでいき、木を穿ち凍らせた。当たった場所から根の先、葉の一枚一枚まで白い氷がビキビキと広がっていく。
「……はて、このような魔法であったかな……?」
我が契約者である小娘は、魔法の才能があるらしい。僅か六歳であるに、教示すればすぐに初級魔法を使えるようになる。まだまだ粗削りではあるが、魔力量も多く練習に事欠かぬ。魔力操作は無意識である程度できておる。故に我との契約であのようなペテンを仕掛けおったか……。末恐ろしい子供である。
得意属性は水と光属性のようだ。ちょうど我と正反対。我は悪魔であるからして、光属性はさすがに教えられぬ。
「小娘、来い」
「……小娘じゃなくて、イリヤだもん!」
「どうでも良いわ」
当初は従順であったに、下らぬ自己主張が増えた。面倒なことだ。
しかし文句を言いつつも、小走りでこちらに向かってくる。
「練習させておいた、図形を記せ。コンパスを用いて正しくな」
「はい!」
新しき事を教えらえると気付いたようで、とても良い返事だ。こやつは学ぶことを楽しむのが、良いところであるな。
召喚術を行使する為には、異界の門を開かねばならぬ。その為にはそれなりの魔力が必要となる。喚ぶ予定の者は侯爵であるからして、先に魔法を覚えて練習させ、滞りなく界を繋げるようにさせたのだ。
尖った棒を地面に刺す。そこに括られている紐の先に、召喚用のペン結びつけてある。このペンはどのような床にも路面にも書け、かつ消えやすいため後処理が楽なのだ。紐をピンと張って円周を描き、少し手前にも書いて二重にする。中心に北を頂点とした五芒星を描き、四つの方向に四つの名前を書く。
これが座標になり、召喚された存在はここに出現する。
我が居る故、護身用の魔法円は必要ない。そして教えておいた言葉を唱えさせる。
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。至高の名において、姿を見せたまえ」
川の
「成功であるな! 久しいな、クローセル。」
「なんと! ベリアル閣下でいらっしゃいましたか。お声がけ頂き、感謝の念に堪えませぬ!」
我が配下であるクローセルはすぐに跪き、我からの招集を受けた歓びに打ち震えている様子であった。当然であるな!
初めて召喚を成功させ、目をぱちくりさせておる小娘に先ずはこの者を紹介してやる。
「こやつは水の属性が得意な、魔術に長けた者である。そなたの教師になるのだ、挨拶をせい」
「先生!! 初めまして、イリヤです。よろしくおねがいします!」
小娘がペコリと頭を下げる。
「クローセル、この者は我の契約者である。そなたは魔法薬の精製を指導せよ」
「……は、はあ。閣下はこの小娘……もとい、イリヤと申す少女と契約されたので……?」
訝しげであるが、仕方あるまい。どう考えてもこの誉れ高き地獄の王、ベリアルの契約者には見えぬであろう。
「我はしばらく人間界を遊興する予定であるからな、小娘の遊びに付き合うのも一興であろうよ」
「なるほど、契約をされぬと荘厳なるお力が発揮されませぬからな……! さすが閣下、深い御高察でございます!」
この者は正直でとても良い。うむ、安心して任せられるわ!
「ベリアルさんはどうするの??」
「我はこの辺りを散策して参る。任せたぞ、クローセル」
「……勿論にございます!」
一瞬の間が不穏であったが、我は空へと昇り森から離れ、しばらく近くにどのような町があるのかなどを探索しておった。平野まで下りねば、大した町はないようである。とりあえず様子を窺う為に、あまり時間を空けずに戻ってみると。
「かっか、かっか、かっかかっか、かっかっか」
「かっかっかではない、閣下!!」
「かっか!」
“か”しか言っておらん……。
「そなたら、何をやっておるのだね……?」
「閣下! この小娘があまりにも礼儀をわきまえぬ故、せめてベリアル閣下とお呼びするよう躾けております。恐れ多くも“さん”と呼ぶなど、
クローセルを選んだのは間違いであったかな…?この者は知識豊富で真面目な性格だが、潔癖過ぎたか…。
「ほれ、挨拶してみい。」
「はい! ベリアルかっか、ごそんがんをはいし、きょうえつしぎょくにどんじます!」
「至極に存じます、だ」
「しごくぞんじますだ」
言いながらぺこりと頭を下げる。
…なんだね、これは。
誰が漫才の練習をしろと言ったのかね。
「……クローセル」
「はっ!」
「今日中に小娘が初歩の傷薬を作れるようにせよ」
「閣下、まだそのような段階では……」
こやつはまだ、これを続けるつもりであるか…?
「我の命が聞けぬかね……?」
「い、いえ! 即刻指導いたします!!」
クローセルは小娘を伴って、そそくさと森の奥へと進んだ。まずは薬草の説明であろう。
やはりハッキリと指標を示さねばならんな。なんだか疲れが出たわ……。
しばらくすると豊富に草を入れた籠を持ち、二人が戻って来た。
「かっか、薬草です! これは全部薬草です。すごいです! 先生は何でも知ってます!」
小娘は嬉しそうに一つ一つ薬草の名前と効能を告げる。
待て、もう覚えたのか? 一度で? 早いのではないか?
さすがにたまに覚えていないものもあった。しかしなかなかに、覚えのいい小娘である。
「ではイリヤは、日が暮れるのでかえります。かっか、先生、さようなら!」
「待て、まだ傷薬の精製が……」
「明日で良いわ。そなたとは少し話しておかねばならんな」
指導内容を決めておかねば、礼儀作法ばかりになりそうであるからな。
まず薬草を採取する時の小娘の様子を、聞きだしている時だった。
「きゃあああ!!!」
姿が見えぬほど遠くへと行った小娘の悲鳴が聞こえてくるではないか。
「……何事かね!?」
「獣でも現れたやも知れませぬ!」
我らは小娘の叫びがした方へと急行した。
平和な場所であると、迂闊であったわ! 契約には生命を守る条項も含まれておるからな……!
土を踏み固められて出来た道を飛行して進んで行くが、山歩きに慣れた小娘はわずかの間にだいぶ進んだようだ。
「アイスランサー!!!」
なんと、教えた魔法を使っておる。
小娘と対峙しておる熊の魔獣はアイスランサーを喰らって腹に穴が開き、すっかりと凍り付いておるではないか! だからこの魔法でなぜ、こんなにも全て凍るのだ!非常識な小娘である!
魔法で仕留めたというに、三メートル近くある角の生えた熊の魔獣に恐れをなしたか、小娘は地面に座り込んだまま。
「無事かね、小娘」
「かっか……! うわああん……っ、怖かったです、かっか~!!」
我が声をかけると、小娘は泣きながら我にしがみ付いてきた。既に魔物も自ら討ちとってあって、何が怖いのだかさっぱり解らぬ。そもそもこの程度の魔獣より、我の方が恐れられて然るべきではないかね。
仕方がないので抱えあげ、肩に座らせて村の入り口まで送ることにする。
「閣下、運ぶのでしたら私が……」
「良い、クローセル。小娘一人、苦でもないわ」
小娘は高いと感心しながら頭にしがみ付いておる。
少しすると先程まで泣いておったのが嘘のように、楽しそうにはしゃぎ始めた。我の肩で、はしゃぐかね!
村の者から見えぬ位置で降ろすと、小娘は小さな手を何度も振って、振り返りながら戻って行った。
「どうにも人間の小娘など解らぬ……」
「……なかなか肩入れしておられますな」
「……気のせいであろう。暇つぶしよ」
クローセルのヤツは、見送りながら何を言う事やら。
「わきゃ!」
少し走って、すぐに転びおったわ……。
なんとも世話の焼ける小娘だ!!
「全くそなたは、何をしておる!」
起き上がらせて、今度こそ帰らせた。仕方のない小娘だ。
我の契約者であるからには、早々にそれなりになってもらう必要があるな。
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