エクヴァル君と本(親衛隊の誰かの視点)

「なあ…、カールスロア司令、うまくいくと思うか?」

「無理だろうな。」

「おれもフラれるにかける。」

「恋人になれると思う奴は?」

「恋人になって振られると思うんだけど、この場合は?」



 先日、我々の上官、エクヴァル・クロアス・カールスロアが戻ってきた。

 しかもあの恐怖の大王が、好きな女がいるなどと人間らしい感情を口にした!

 これはうまくいけば、少しは優しさのお零れにありつけるかも知れない…、そう思ったのだけど、彼と付き合っていれば彼の異常性は解ってしまうだろう。

 どうだまして付き合うのか、いや、やはり恋人はムリか。


「想像してみるんだ、彼女と恋人になる司令を!そうだ、それを物語にしてみよう。うまくいかなくても、これで少しは気が晴れるかもしれない!」


 後から考えれば、バカなことをしたものだと思う…。

 その時はあの恐ろしい訓練で打ちのめされた後で思考が鈍っていて、少しでもこの地獄を減らす手だてが欲しかったのだ…。




「……で、なんで君達が、私が彼女と結ばれるストーリーを書いて、本にまでしてるわけ?」

 出来上がった冊子を自信満々で差し出すと、カールスロア司令は呆れたような表情をしながら受け取った。

「カールスロア司令!今のままでは全く全然、相手にされていないじゃないですか!我々は、司令の幸せを願っているのです!」

 優しさを!我々に与えられるべき優しさを覚えて来てくれ!


「ふーん…?」

 苦々しい視線をこちらに向けるが、彼はペラペラと本をめくる。

 彼女の人となりは、討伐で一緒に戦っていた第二騎士団の奴らから聞きだした。殆ど信仰みたいな域で、正直どこまでが本当か判別がつかなかったが、奴らが言う女神ではない事だけは確かだ。

 可憐、優しい、笑顔が可愛いと言った次に、勇ましい、竜にもひるまない、攻撃魔法がアホみたいな威力と口々に言うんだが、前半と後半のかい離が酷い。何を見たんだ、アイツらは。



「…これ…、私が彼女を監禁してるんだが…?」

「ええ、普通に告白してOKされる確率は一桁以下でしょう。これが一番確実に一緒にいられる手段だと、司令なら判断するはずです!」

 まさに合理的かつ、現実的な展開だろう!

  

「…縛りつけて無理やり犯しているんだが…」

「そういうのがお好みでは?好きですよね、相手の嫌がること。」

 物語の中では、それでも両想いになれる仕様にしたぞ。


「最後に私、死んでるよね!!」

「これが最も彼女の印象に残るんです!死に方も大事ですよ、感動的でしょ…」

 カールスロア司令の顏が引きつっていて、喜んでいない事は確かだった。

 おかしい、どこで間違えた!?出来るだけ司令好みに、いやらしく仕上げたつもりだったのに!


「…君達が私をどう思っているか、よおおおく解ったよ。まだまだ、鍛え足りないみたいだね…!!!」

「ええ、何故ですか、こんなに司令の為にと思って考えたのに…!?」



 その日の訓練は更なる地獄になるのだった…。

 長引いたので、あの女性がまた迎えに来た。


「あれ、エクヴァルこの本なに?」

「それは…!君は見ちゃダメっ!!!」

 司令は息を切らしていたが、ギョッとして慌てて彼女を止める。見られたら破滅だな…!その可能性を考えていなかった。

「そ、…それはですね、我々、第二…部隊の、重要な、機密でして…」

 すっかり疲れ切った仲間の一人が、息も絶え絶えに読まないでと懇願する。

 必死さに驚いたのか、彼女は本を手に取ることをやめた。

「ごめんなさい。大丈夫、見ないわ。」

 素直な女性で良かった!読まれたら訴えられるレベルの内容だ…

 司令は素早く本を仕舞い、彼女を促して二人でさっさと出て行った。


 カールスロア司令は、その後またチェンカスラーへと旅立つ事が決まっている。

 できれば二度と戻ってきて頂きたくない。



 さて。


「なあ、この本。何が悪かったと思う?」

「やっぱり分担して書いたのがマズかったか?文体が変わるからな…」

「ああ、それはあるか。得意分野を手分けしたんだよな。」

 そして皆で出来上がった本を読んでみることにした。

 実は、通して読むのは初めてだ。徹夜で仕上げて差し出してしまった。


「…この監禁シーン、リアルすぎないか?お前、まさか経験者?」

「ちげーよ、推理小説とかが好きなんだけど、そういうシーンが多いんだよ。この縛って凌辱がヤバイだろ。セリフが変態だよ。」

「絶対笑顔で言うでしょう、“君の啼き声は興奮するね”とか。媚薬が好みじゃないんでは?」

「いやいや、そうやって乱れさせるような、卑劣なタイプっしょ。やっぱり触手マズくね?誰だよ、これ書いたの。」

「触手は欠かせないだろ~!犯されてるのを見ても良し、前後に一緒に挿入しても良し、離れる間の相手をさせても良し!万能だ!」

「俺も嫌いじゃないな。だからってよくまあ、その三点セットを書いたよ、お前。そしてこの何度も散々に無理やり色々されつつ好きになる、ご都合主義。」

「やっと心が通じ合った頃、最後は彼女を庇って死ぬ!これしかないよな。」


「ただ…」

「ああ。」

「これを好きな女で書かれたら、引くな。」


 原因を突きとめることが出来た。我々の反省会はこれで終わった。

 反省会を先にすれば、この本を差し出す愚行は犯さずに済んだのに…!


 教訓!

 徹夜のテンションで仕上げた原稿は、見直すこと!

 ナマモノ二次創作(実際の人物を題材にした同人誌)は、本人には見せない!


 以上。

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