クリスティンとクローセルの場合(クリスティン視点)
「何がいけないのかしら…」
私、クリスティンは
何度も悪魔召喚をしようと思って試しているんだけど、全然成功しない。異界の扉が開かれていないの?それとも、座標がおかしくてここを感知できないの?いったん手順に従い魔法円から出て、座標を確認する。間違えてはいないみたい。
仕方ないので今日はこれで終わり。もう一回、儀式を最初から確認しておこう。
次の日、再び召喚実験室で
現在我がノルサーヌス帝国では、隣国である軍事国家トランチネルが地獄の王の召喚を謀っているとの情報を掴み、対抗策として召喚術を絶賛奨励中。今年は予算が余分におりているし、“はあ?召喚?失敗ばっかじゃん”と、他の仕事に回されない内に成果を上げたい!宮廷の魔導部門に勤める、召喚研究員である他の皆も同じ気持ちらしく、召喚実験室は珍しく予約でいっぱい。
さあ、私の持ち時間の内に今度こそ成功させるわ!!
悪魔から身を守るための魔法円に四方の鍵を開けて入り、準備は万端!
「偉大なる御方の御名により、悪魔よ我が前に姿を現せ!閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。我が声が聞こえたらば、答えよ!」
すう、と座標に
ついに反応が!!ここで畳みかけねば!
「悪魔よ、出でよ!えーと、聖なるアグラの大いなる名において!!」
徐々に
靄は濃くなって霧となり、白い煙と化して人型を
「…ほうほう、人間の娘か。私に何の…」
「きゃああ!!成功!!成功よ、やったわ!ついに悪魔を召喚できた!私だって出来るのよ、どうよ!しかもこんな知的な方!これは爵位を持っていらっしゃるわね!決定ね!??すごい、本当の大成功よ!私ってスゴイんじゃない!?天才すぎ!」
「…騒がしいわっっ!!」
「ひゃ、わ!すみません!つい興奮して…!」
悪魔に怒られてしまった!
「全く…召喚の手順も解っておらなんだか…。ほれ、まずは何をすべきだ。やってみよ。」
「うひゃ、はい!えと、クリスティン・ジャネス29歳!恋人募集中です!」
「違うであろうがっっ!ここは交際相手を探す場ではないっ!」
「すみませんーー!!!」
うわあ、もっと怒られた!私は召喚教本を取り出し、慌てて確認した。浮かれ過ぎたうえにガツンと怒られて、頭の中が真っ白になってしまったわ!!
あったー!
「これだ、悪魔に名と爵位を聞く。まずは杖に魔力を籠めて…」
手にしていた杖に、魔力を送って支配力へと変換する。そしてそれを悪魔に向け、問いかける。
「悪魔よ!我に名を告げよ!あと、爵位も告げよ!」
「…なんだかのう…。力はそれなりに感じるが、爵位を付け足しのように言ったり…。そなたは大丈夫なのか?どうも能力と行動がちぐはぐな。」
「…全然、効果ないみたい…!」
「諦めも早すぎる。…娘、明日中に召喚術に関する論文を書いて提出せよ。しからば爵位を教えてやろう。」
論文!?爵位を教えてもらうのに?初めて聞くパターンだわ…??でも少し怒らせてしまっているみたいだし、ちゃんとやらないと大変なことになるかも…!?
「わ、解りました。でも明日はムリなんです、この施設の予約が取れなくて。」
「弱体化が施してあるからかの?むしろ魔法円もなくて良い、そなたのような娘を攻撃する気なぞないわい。」
ため息をつかれてしまった。しかし被害を防ぐ為に弱体化の結界が張ってあることに、こんなすぐに気付くなんて。召喚の儀式にも詳しそうだし、魔術に造詣の深い悪魔かも知れない。しかも理知的。素晴らしいわ!!
ちなみに魔法円の中に入れば隔絶されるから、弱体化は召喚術には影響がないの。
「了解です!論文を書いて、明日、必ずお喚びします。よろしくお願いします。」
私は握手しようとして手を出した。
コツン。
自分の魔法円の壁に阻まれてしまった。壁があるの、忘れてた~!!
「…なんとも、間の抜けた娘だのう…。不安になるわい。良いか、忘れるな。私の名はクローセル。」
「はい、クローセル様!!」
「……」
おや?何か黙ってるぞ??
「…早く送還せんかっ!」
「はわわ!忘れてました、すみません!!」
せっかくの悪魔召喚が、ドタバタコメディーになってしまった…。
「クリスティン、終わったか。今度は俺の番だ、早く出ろよ。」
扉越しに声を掛けられる。しまった、利用時間を過ぎてた。待っててくれたんだ、急がないと。
私は慌てて魔法円から出て片づけをし、実験室から出た。
「お、やっと来たか。話し声が聞こえてたから、召喚に成功したと思って黙ってたんだよ。どうだ、成果は?」
「ありがとう。召喚は出来たんだけど、契約は出来なかったわ。また明日、試すつもり。」
「頑張れよ!あと、あのキャーキャー騒ぐのは控えろよ。」
「…善処するわ。あなたも頑張って。」
うう。はしゃいだり怒られたりしてたの、聞かれてたのかも…。澄ましてみたけど、恥ずかしさが増すだけだったわ…。
その晩はとにかく論文を書いた。召喚術で悪魔を召喚する事は如何なる危険があるか、悪魔召喚をやめるべきという意見について、そしてそれでも悪魔を召喚したいという自分の意見をバッチリ書き込んだ。結論としては今回の召喚の反省点と次に活かすべき点を書き、召喚術の向上への意欲を交えて必要性を説く。
こんな感じでいいかしら…。
明け方に少し寝て朝食を食べ、それでもやっぱり眠かったから午前中は予定をこなして寝てしまった。ぼんやりしたまま召喚術は出来ない!
昼食後、今回は自室で再びクローセル様を召喚する。今回も同じように川の流れる音がして、霧がふわりと湧いて出た。
「…どれ、論文は出来たかの、クリスティンとやら。」
「はいっ!これです!」
早速手渡すと、すぐに目の前で読み始めるではないか!うわああ、一晩で勢いのまま書いてしまった論文…、けっこう恥ずかしい。
沈黙が居た堪れないけれど、喋らない方がいいんだよね。立ったままのクローセル様に椅子をすすめて、私はお茶でも淹れてきますとそっと部屋を出た。
給湯室で紅茶をいれて持っていくと、クローセル様は真剣に論文を読んでいた。
テーブルに紅茶を置いて、私は夕べ論文を書いたデスクの方に座る。そしてこっそり召喚教本を開いた。こういう時はどうしたらいいのかしら…。めくってみても、あまりにもイレギュラーな事態過ぎて、対処法など載っていない。
名前を明かしてもらい、爵位を聞いて、次は契約。そう書いてある。
そうだ、契約。契約を結ばなくちゃ。どんな契約で、どういう代償が必要か。代償になるものを提案しなきゃいけないのよね。とりとめもなく考えていると、早くもクローセル様は論文を読み終えたようだ。
「ふむ、粗削りだが一晩で書いたにしては良いぞ。普段から学んでおるようだな。私は侯爵、クローセル。クリスティンよ、私とどのような契約を結びたいと考える?」
これは!やった、次の段階に進んだわ!
「は、はい。実は最近、隣国で地獄の王の召喚を
「…王?何とも危険な…。」
「そうなんです、それで私たちも召喚について学び、対抗手段を得なければと考えているんですが…。」
話を聞いていたクローセル様の表情が歪んだ。いくら侯爵様でも、王が敵になるかも知れないとなれば、危険極まりない。正直に話しすぎたかも、この契約はダメかな…。
「……王が召喚されれば、私とて太刀打ちできぬ。王同士をぶつけると言うわけにもいくまいて…。」
「解ってます。最悪の事態が起きた時、なんとか被害を抑える方策が欲しいのです。それと、魔法の発展の為に、クローセル様のような方にお力添え頂けないかと…。」
私はとにかく必死に訴えた。召喚術に関しては、このノルサーヌス帝国では理解が薄い。もしもの時に、少しでも何か知識があった方がいい。それに更なる魔法の発展も、必ずこの国に有益だ。
「うむ。理解した。では二つに協力すればいいのだな。私が魔法の発展に協力し、召喚術についても教えよう。ただし、王を抑える事は出来ぬ。」
「…はい。」
そりゃそうだよね。地獄では爵位は絶対だし、王はまた更に格別な存在だもの。前向きに検討してくれるだけ奇跡だわ。
「それから、私の主がこの世界に召喚され、契約を得ていてな。もし主のお召しがあれば、そちらを優先する。この条件ならば、契約を結ぼう。」
「…主…??そんな尊い方と契約をされている人間が、いるのですか…?」
クローセル様はどこか懐かしそうな瞳をして、優しく頷いた。
「そなたにほんの少し似ておる娘でな。魔法の事になると、喜んで突然
ちらり、と見る目が笑っている。これは、いい感触なのかしら…??
「ところで、こちらはその条件でいいんですけど、代償は…」
「そうであった。代償は知識。そなたが学んだことを、こちらにもレポートとして頂こう。私は魔法の研究が好きでな、これがなかなか楽しいのだ。」
「…あの、クローセル様にご満足いただける様な研究には、ならないかも知れませんよ…?」
何か多大な期待をされてないだろうか…?むしろ、教えてもらう側になると思うんだけど!
「なに、そなたの論文はなかなかに興味深い。この調子でレポートを書いてくれれば良い。」
クローセル様は人間の魔法に興味があって、契約するたびにレポートを提出させているんだそうだ。以前の契約者の中には、シエル・ジャッジメントを書いて、悪魔である彼がどんな反応を示すか試した強者までいるらしい。悪魔に光属性の、しかも神聖系の魔法…。その勇気はないわ。
とにかく皆にクローセル様を紹介しなきゃ!
地獄の侯爵様という事でみんなが喜んで、しばらくは召喚研究部にもしっかり予算が降りそうよ!
折よくチェンカスラー王国の商業ギルドから魔法会議の提案があったので、受諾してクローセル様をお披露目するらしいわ。チェンカスラーには侯爵級悪魔がいて、今までは引け目があったのよね。他の魔法や魔法アイテムではこちらが勝っているんだけど。
お偉いさん達、実はよほど気にしてたのねえ…。
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