◆子供時代 町へ行きたい!後編(殿下視点)

「よし、誰も来ていない。」

 私はトビアス・カルヴァート・ジャゾン・エルツベガー。十四歳。

 一つ年下の学友と離宮に来ていたのだが、町へ視察に行くと言って出掛けて、護衛達を撒いたところだ。カルヴァートはエグドアルムの皇太子に付けられるミドルネーム。ずっと昔にそういう名の魔導王と謳われた有名な王が居て、その名を代々受け継いでいる。


 後ろを振り返りながら歩いていると、体に衝撃が走った。

「きゃっ!」

 ドン、と目の前で女の子が後ろによろけて地面に倒れる。

 ぶつかってしまった、前を見ていなかった…!

「すまない、私の不注意だ。」

「……痛い」


 どうやら傷を作ってしまったらしい。ワンピースの埃をはたいてから、膝や手のひらを見ている。

「よそ見ばかりしておるからだ。早く立たんか。」

「…痛かったのに…」

 薄紫の髪の少女のアメジスト色をした瞳が、後ろに立つ赤い髪の男を恨みがましく見上げる。男は髪も瞳も赤、マントも緋色で黒い衣装という目立つ格好な上、マントを留めている見事な大粒の宝石が輝いていて、身分も財産もある者だとは容易に窺い知れる。しかし、我が国にこのような者が居ただろうか…?他国の貴族…?


「いや、私もあまりよく見ていなかったのだ…」

「ではお互い様であろう。ほれ、そなたも謝らんか、小娘。」

「……ごめんなさい。」 

 少女は怪我をした上に叱られたからか、項垂れて謝罪の言葉を述べた。さすがに可哀想だ、厳しい男だな…。


「それより、大丈夫かな?怪我をした?」

 私の胸の高さほどしかない背の少女に合わせ、膝を曲げて顔を覗き込む。

「…へ、平気です。ちょっと痛いけどへいき。」

 肩をびくっとさせ、男の後ろに隠れてしまった。人見知りだったのかな?真っ赤なマントの後ろからこちらを覗くのが、なんだか可笑しい。


「そなた、何の為に魔法を学んでおる。痛ければ回復をかけてみよ。」

「わおっ!その通りでした。やってみます!」

「回復なら私が…」

 確かに少女に唱えられるような、初歩の魔法で十分だろう。でもここはぶつかって転ばせてしまった私が唱えるべきではと思うのだが、少女はすぐに詠唱を始めた。しかもこれは、水の中級回復魔法!?もう中級を使えるのか?


「水がめに甘露は満たされる。年輪を重ね葉は繁り、幾重の枝に実りあれ。願わくばいみじく輝く一滴を分け与え給え。歓びは溢れる、汝の奇跡の内に。ソワン」

 水色の輝きを放って、髪がふわりと浮く。これなら足が折れていてもキレイに治るのではないか…?


「その程度の傷で何をしておるのかね、そなたは。」

「どうです!上手に出来たでしょう!!」

 呆れ顔の男性に、得意気に笑顔を向ける。そして、頭を突き出した。

「…何の真似だね?」

「頭を撫でて欲しいのではないか…?」


「全く、わけの解らん小娘め!」

 男がそう言いながら乱暴に頭を撫でると、少女はそれでも満面の笑顔になった。そんな様子に仕方ないというような微笑を浮かべ、少女を抱え上げて肩に乗せる。

「わあい!閣下、あっちです!あっちに行きたいです!」

「ええい、髪を引っ張るでないわ!それと閣下ではないと言っておろうが!ではな、小僧。そなたも気をつけて歩け。」

「は…はい。」

 思わず素直にハイと出てしまった。整った顔立ちで姿勢が良く、仕草にも威厳がある。どこのどういう爵位の者で、この少女との関係はどういったものだろう…?去って行く後ろ姿を眺めていると、不意に肩を掴まれた。


「…殿下!掴まえましたよっ…!私まで撒くことは、ないじゃないですか…!」

「敵を欺くにはまず味方から、と言うではないか。ごめん、エクヴァル。」

 彼には行動パターンを読まれているようで、いつも護衛より先に私を見つけ出す。紺の髪を揺らして、肩で息をしている所を見ると、今回はかなり走り回って探していたらしい。

「だいたい殿下、金子きんすを持ち歩いていないでしょう。一人で歩いてどうなさるんですか?」

「そう言えばそうだね。つい忘れてしまう。」

 侍従が全てしてくれるから、失念してしまうんだよね。


 先ほどの少女は少し歩いた先の店で丸い焼き菓子を買って、男の肩で美味しそうに食べている。

「ね、エクヴァル。あれ食べてみたくないかな?あの丸い焼き菓子。」

「…買わせるために、わざと見つかったんじゃないでしょうね…。私は財布ですか。」

 全くとぶつぶつ言いながらも、すぐに買いに行ってくれる。少女たちは既にどこかへ行ってしまったらしく、姿が見えなくなっていた。


 カールスロア侯爵は、彼を剣も魔法も使えないダメな男のように言うけど、魔法は魔力が少ない割に筋がいいし、剣なんて普段は何故かわざと負けるけど、実はかなり強いようだ。しかも勘が鋭く、判断が早い。あの甘やかされて努力を怠るくせに、横柄で自信だけは一人前以上の次男より、よほど立派なのにな…?ダメな子ほど可愛いのか…??


 そのせいか、普段は軽い性格で人好きのする彼が、時々私でもゾッとするほど冷たい目をする。あれは子供がする目つきじゃないだろう。彼はなぜか家族円満を装いたがるが、かなり問題があるだろうことは付き合っていればすぐに解る。


 買ってきてくれた焼き菓子を、公園の木の椅子に腰かけ二人で食べる。

 揚げたパンのようでふんわりと柔らかく、砂糖をまぶしてある甘い菓子だった。市井の見た事もない食べ物を食べるという行為は、私にとって冒険の一つのような気分。とても楽しい。

 しばらく二人で町を見て回り、離宮でのおやつにしようと菓子類を少し買った。


 そして今度は、撒いたのではなく…はぐれた。人が多い中で、エクヴァルに購入してもらっている間に歩き回っていたら、人ごみに流されてしまった…。背が高い冒険者なども多くて、見え辛くなったのも敗因だ。また逃げたと思われて怒られるなと考えながら歩いていたら、町の外まで出てしまった。

 この町には柵はあれども門番はいない。なので気が付いたら外だった、そんな感じだ。


「わきゃ!おっき――!!」

 さっきの女の子だ。一人で町から少し離れた草原にいるのが、辛うじて見えた。

 大きいとは何の事かと思えば…

 ……竜っ!!!

 危険だ!さっきの男はどうしたんだ!?


「原初の闇よりはぐくまれし冷たき刃よ、闇の中の蒼、氷雪のこくうに連なる凍てつきしもの。きらめいて落ちよ、りゅーせーの如く!スタラクティット・ど・グラ~ス!!」


 少女が魔法を唱えると、一本の氷の柱が空から落ちて、勢いよく四本足で進む竜の背に突き刺さる。

 竜は勢いでのけ反り、尻尾を地面に打ち付けた。

 動けなくなったところを、先ほどの赤い派手な男が赤黒い剣で切り裂いてとどめを刺した。


「弱き竜とはいえ、流石に水属性が得意なだけはある。多少おかしかった気もせんではないが、出来るではないか、小娘!」

「えっへん!できました!じゃあ約束!!」

 少女は手を腰に当て、胸を張って褒美を強請る。竜なんて下級でも危険なのものを、よく魔法一発で倒したものだ…。私の魔法よりも優れているし、今の詠唱に聞き覚えはない。やはり他国の貴族で、我が国では研究されていない魔法という事だろうか。

「解っておるわ。まずは水属性だな。帰ってから教えようぞ。」

「いっえーい!こういきこうげきまほー、やっほー!!」

 元気に片腕を突き上げる。

「…そなた、そのような口をどこで覚えてくるのだね…。」


 広域攻撃魔法!?そんな危険な上、大量の魔力を消費する魔法を、こんな少女に学ばせようと言うのか!?この男は正気か?だいたい、それがどんな魔法か理解しているように見えない!

「あの、君…」

 声を掛けようとするより先に、二人は宙に浮いた。飛行魔法?こんな少女まで…!?


 数メートル昇ったところで、少女は体を左に傾けた。

「きゃ、わわわっ。」

「世話の焼ける…。集中せんからだ。」

 焦って振りまわされている小さな手を、男が掴んで繋ぎ、引っ張って移動し始める。少女もすぐに体勢を直し、今度は男の手をしっかり握って横に並び、真っ直ぐブレずに飛んでいた。

 空に去った二人を見送り、町へと振り向くと…。


「で~ん~か~!!どこまで行くおつもりなんですか…!!!」

 うわ、エクヴァルが怒ってる。今度は護衛達も一緒だ。


 エクヴァルの長いお説教が始まった…。

 侍従からも、しばらくは外出禁止にされた。

 とはいえ、あの少女の魔法を見た後だ。私もしっかり勉強に励もうと思う。

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