◆杖とドレスの話(クローセル視点in地獄)

 退屈だのう……。

 イリヤが魔法養成施設とやらに入り、村を出て行ってしまった。

 王都に行けば、腕の良い魔導師がいるであろう。閣下の存在が知られてしまえば、あのまだ善悪の判別もろくにつかぬ小娘に、悪影響を及ぼす輩が近づくだろうと容易に想像がつくぞい。

 故に我らはいったん地獄へと戻り、様子を見ることにしたのだ。閣下とは定期的に連絡を取るように申し付けて。口には出さぬが、気になさっておいでのご様子であった。


 あの小娘は特別に魔法が好きで、目を輝かせて学んでおった。人間の世界で魔法を再び学び直し、研究するのも為になるはず。そのような施設ならば、様々な道具も資料も揃っていよう。

 行儀作法に問題はあったが、それも養成施設で修められる。

 イリヤの成長には欠かせぬ。我らとばかり関わっているわけにはいかん。

 しかし……、何とも退屈だわい。

 私は部屋の整理を始めた。あちこちに本が乱雑に積まれたままだ。召使い達には、この本には手を触れぬように命じてある。

 しばらくバタバタと動いていたが、不意に扉がノックされた。


「クローセル様、閣下のお使いの方がお見えです」

「おう、すぐ行くわい」

 慌てて応接間に向かうと、同じく閣下にお仕えする同僚が立っていた。

「……うまくやったな、クローセル。ベリアル閣下のお召しだ。羨ましいよ」

「直ちに参ろう。小娘は水属性が得意だったからのう、運が良かったぞい」

 ベリアル閣下は狩りを好まれる、勇猛果敢な将であらせられる。その為お側に侍る者は、ほとんど武官であった。私のような文官タイプは、今まであまりお召しになられなかったのだ。

 なので同じタイプの同僚には出世頭のような、羨望の眼差しで見られている。


 絢爛豪華な閣下の宮殿は、私には少々派手すぎて目が痛い……。以前ルシフェル様と剣で手合わせをし、貴賓室を破壊されてから、あの部屋だけは質素かつ重厚に建て直された。アレは絶対に故意であると、苦々しそうに呟いておられた。

「閣下、ご機嫌麗しゅうございます。お召しにより参上いたしました」

 膝を折って挨拶をすると、ベリアル閣下は待ちかねたとばかりに笑顔で私を迎えてくださった。

 イリヤから良い知らせでもあったのかと、考えていたのだが。

「待っておったぞ、クローセル! 小娘のドレスを用意せよ」

「……は? イリヤのドレスでございますか? 晩さん会にでも招待されたので?」

 施設に入って、まだそんなに日にちは経っていないはずだったがの……?

 呼ばれるような縁でもできたか? いくら悪魔と人間では時の流れの感じ方が違うとはいえ、感覚の違いからくる齟齬ではなかろう。早急すぎる気がするのだが。

 我々は基本的に不老であるからのう。“死”は、力と方法によっては与えられる。


「まだであるが、入り用になってからでは遅かろう。小娘は赤貧であるからな、我が用意してやるしかあるまい?」

 この方は相手を一度気に入ると、宝石でも財宝でも、何でも望む以上に与えたがる。実のところ、イリヤにももっと頼られたいようだ。ドラゴンティアスなどを与えて喜ばれると、とても満足そうな表情をしていらっしゃったからのう……。

 ただ素直ではない。言えば与えるのに、と思っていても簡単に口にはせん。

 小娘には閣下の寛大なお心は、全く伝わっておりませんぞ。

 しかし、ドレスの準備は早計であろう。使われぬドレスの山が目に浮かぶ様な……。代替え案でも出す方が良さそうだの。


「閣下、それはまだ早うございます。それよりも、現在必要なものを与えるのが良いかと」

「なんであるかな、ドレスよりも必要なものがあるのかね?」

 閣下は派手好きでいらっしゃるから、きらびやかな事柄に目が行くようだ。

 私は一呼吸おいて、ゆっくりと告げた。

「はい。杖にございます」


「杖……、確かに小娘は持っておらんな」

「魔法使いとして、イリヤは一人前でありましょう。魔法養成施設に入所した祝いとして、杖を与えてやるのが宜しいかと」

「ふむ! 祝いか、それは失念しておったわ。さすがはクローセルであるな。では、アレに相応ふさわしい杖を用意せよ」

「ははっ!」

 杖ならばイリヤも使うであろう。閣下は与えた宝飾品を身に付けぬと、ご不満でいらしたしのう。一度イリヤに尋ねた時に、『かっかは要らないから売ってもいいってくれたけど、もったいないから、たからもの箱にしまいました』と、答えおった。

 閣下、イリヤはお言葉を額面通りに受け取っておりますぞ。


「宝物庫にユグドラシルがあったな。素材として使うが良い」

世界樹ユグドラシルを、でございますか……? さすがにそれは……」

 なんとまあ、過保護な。本当に気に入っておられるな。アレだけ魔法が使えれば、大した杖でなくても良いと思うのだがのう。

 むしろ、高級品過ぎて人前で使えなくなってしまう……。盗まれる恐れもある。出所を聞かれても困るだろうに。


「ミスリルを使い、豪壮に仕上げよ。祝いに相応しくな!」

「は、はあ……。では回復魔法が苦手なイリヤに、蛇の彫刻を絡ませた、アスクレピオスの杖として与えましょう。後々まで使えましょう」

「……なるほど、それは良い案であるな。早速取り掛かるよう!」

「はは!」

 そうして完成した杖は、上が楕円になった背丈ほどのユグドラシルに、ミスリルで作った精巧な蛇の彫刻が絡みついている、回復の杖。金で装飾を施して、目にはブルーダイヤが嵌め込まれている。

 閣下は仕上がりにかなり満足され、私をお褒めくださった。


 出来上がった杖をイリヤに渡す時、

「攻撃魔法は合格点であるが、回復魔法は未熟であるな。この杖を使うと良い」

 と、仰られたそうだ。

 閣下。祝いの品としてわざわざ作ったのだと教えねば、鈍感なその娘には通じませぬぞ……。


 ちなみにドレスは、宮廷魔導師見習いに抜擢ばってきされてから、毎年新しくあつらえておられる。夜会用とアフタヌーンドレスの二種類を。

 職人になってからとはいえ、ようやく着る機会を得て閣下もお喜びであろう。共にガーデンパーティーに参加すると、張り切り過ぎて宝飾品が多くなり、派手過ぎるとイリヤの目が冷ややかだったらしいがの……。

 小娘! お褒めせんか! そなたがお待たせするのが悪いのだぞ!!!

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