◆子供時代 妹、エリー視点

 わたしにはおねえちゃんがいる。

 三つ年上の、イリヤおねえちゃん。おねえちゃんは九歳になったところ。私は六歳。この位の年の子は、みんなおねえちゃんやお兄ちゃんが遊んでくれているのに、エリーのおねえちゃんはほとんど毎日森に行っちゃう。お母さんになんでって聞いたら、先生がいて勉強していると教えてくれたんだけど、森にそんな場所があるのかな?

 何度いっしょに行きたいってお願いしても、ダメって言って連れて行ってくれない。おねえちゃんはケチ。


 おねえちゃんは森から帰ってくると、洗濯物をたたむ。夕飯のあとのお片付けもする。私はお皿を出すお手伝いをしたり、お仕事から帰って来たお母さんに飲み物を出すかかり。

 夜は、おねえちゃんは机に向かってペンを動かしていたり、一人で何かしゃべったりしている。村では大人でも何人かしか文字が解らないので、おねえちゃんのノートを見てもぜんぜんわからない。ヘンな絵が描いてあったりもするけど、それもぜんぜん何だかわからない。


 朝ご飯を食べ終わると、おねえちゃんが洗濯物を干している。私は近くに行ってみた。

「おねえちゃん、今日も森に行くの?エリーもたまには、いっしょに行きたい!!」

 お母さんも、おねえちゃんを困らせないでって言うんだけど。

「今日はお休みよ。エリー、一緒に遊ぶ?」

「ほんと?やったー、あそぶ!さいきんはね、兵たいごっこをみんなでやってるの!!」

「兵たいごっこ?何するのかなあ。」

 さいごの一枚になったスカートを干しながら、おねえちゃんが、んん?っと首をかしげた。

「兵たいになって、森や村をにれつで歩いたりするよ。」

「そうなの?」

 今日はエリーもおねえちゃんといっしょ!うれしくて、はやくはやくとおねえちゃんをひっぱって村の広場へ向かった。広場にはもう数人のおともだちが集まってる。


「あ、イリヤちゃん。めずらしいね。」

「エリーのおねえちゃんだよね?今日はあそべるの?」

「おはよう!私も仲間に入れてくれる?」

 さすがに小さい村だから、あんまり一緒に居ないのにみんなおねえちゃんを知ってる。


 おねえちゃんは年上のおともだちから、兵たいごっこの説明をしてもらっていた。一番年上の、11才の男の子がしょうぐんをやる。この子は午前中を一日おきに遊んで、午後と他の日は畑のお手伝い。

「じゃあイリヤちゃん、陸士長ね。いい役職はうまってるからさ。もっと来ないとダメだよ。」

「陸士長って、なに?」

「わかんないけど、そういうのがあるみたい。」


 少しはなれて待っている私の所に、同じ年のおともだちがそっと近づいて来た。「よかったね、エリー。おねえちゃんともっとあそびたいって、言ってたもんね。」

「うん!でも、へんなお仕事しか残ってないね。」

「まどうしちょうとか、たいさとか、カッコいいのはみんな使っちゃったもんねえ。」

 りくしちょうってなんだろうね、と二人で話していた。


「じゃあイリヤちゃん、新入りだから将軍に挨拶!」

「挨拶!できるよ。」

 おねえちゃんはそう言うと、いきなり膝をついて頭を下げた。

「将軍閣下!拝謁賜り、恐悦至極に存じます。イリヤ陸士長にございます。」

 びっくりした!おねえちゃん、兵たいさんよりきしみたい!カッコいい!!あいさつもお勉強しているのかな?他のおともだちも、すごいってお姉ちゃんを見てる。おねえちゃんがカッコ良くてうれしい。


 このあとはいつも通り、村の中や森の入り口をみんなで歩いた。大人たちが手を振ってくれて、それにけいれいで返すの。

 男の子たちは二周したら訓練ごっこになって木の棒を振り回して遊ぶけど、私たちはお喋りしたり、地面に絵を描いたり、追いかけっこしたりする。おねえちゃんは走るのが遅かった…。村の流行もぜんぜん知らないの!エリーがもっと教えてあげなきゃ!



「大変だ!魔物が出た、子供たちは家に帰れ!!」

 楽しく遊んでいると、大人の人が大声でやってきた。わあわあとみんながさわいで、早い子はもう家に向かっている。私達のお母さんと、他に何人かが迎えに来てくれた。

「私、魔法使えます!一緒に行く!!」

 おねえちゃんが帰れと言った男の人の前に出て、両手をグーに握る。

「いや、しかしだね、イリヤちゃん…」

「イリヤ、危ないわ。大人でも危険なのよ!?」

 お母さんが心配してる。この村には兵たいさんなんていないし、軍にいた経験のある人とか、ぼうけん者や、ぼうけん者を経験した人が、こういう時に剣を持ってみんなで守ってくれるよ。


「やあああ…!!」

 みんながバラバラに帰る中、さっきお話ししていたおともだちの悲鳴が聞こえてきた。

 魔物が来ちゃったみたい!お母さんたちがみんな逃げるようにって、怖くて動けないでいる子の手を引いてあげてる。

「イリヤ、待つのよイリヤ!!」

 おねえちゃんは服の真ん中あたりを握り、悲鳴が聞こえた方に走って行ってしまった。お母さんが私に帰ってと言って、私を振り返りながらお姉ちゃんに付いて行く。

 どうしよう、どうしよう!困ったけど、お母さんの後を追うことにした。どうしたらいいか、わからなくなっちゃったから。


 走っていくと、魔物が村の柵をこわして入って来ていて、エリーのおともだちが離れたところで座りこんでいた。怖くて動けなくなっちゃったみたい!先に走って行った男の人がおともだちの所に行って、三人で前に立って、もう一人が抱え上げて逃がしてあげてる。


 それを見たおねえちゃんが、何かしゃべってる。

「燃え盛るほむらは盤上に踊る。鉄さえ流れる川とする。栄えよ火よ、沈むは人の罪なり」

 パアンとおねえちゃんが手を叩いた。


「滅びの熱、太陽の柱となりて存在を指し示せ!ラヴァ・フレア!」

 大声と共に、魔物の方に三つの真っ赤な柱が出来て、二体いた魔物が悲鳴を上げて燃える。

 こっちにいても、ちょっとあたたかいくらい。あついあつい、炎の柱。


「あれ…イリヤちゃんが…?」

「そういえば、貴族の人を助けたお礼に魔法なんかを教わってるって…。」

「聞いたことあるぞ。お礼に何か与えると言われて、お母さんを助けてあげられるようになりたいって答えて、とても気に入られたんだとか。」

 大人の男の人達がおねえちゃんの話をしてる。私は勉強を教わってるとしか知らなかったけど、みんないろいろ知ってるみたいで、すごいなってほめてる。なんだかわたしもうれしい。魔物も倒せたしよかった…


「わ、きゃ…!?」

 バキバキと乾いた音がして、木が何本も倒れる。一つ目の大きな巨人が急に出てきた。大人の人達と私達との間に居た、おねえちゃんの方にちょうど向かってる。

 おねえちゃんはビックリしちゃって、青黒い肌をした大きな巨人を見上げて、手がふるえてる。わたしも怖くて声も出なかった。あんなに大きな魔物を見たのは、初めて。大人の人達も悲鳴をあげて、やばい、逃げろ、兵を呼んでこないとどうしようもないぞ、と叫んでる。


 森が終わって木がなくなると、破れた服を着ている巨人の姿がぜんぶ見えた。すごく太い体で、家でも簡単に壊せてしまいそう。どうなるんだろう、逃げなきゃと思っても足が動かない。お母さんが私を抱きしめてくれていた。

「イリヤ、逃げて!」

 さすがにさっきの魔物とは全然違う。歩くとズシンと、地面がめり込む。


「きゃ…、閣下!閣下…!!」

 泣きそうになってかっかと言ってる。たしか、先生を紹介してくれた人って言ってた。


「もう来ておるわ。」

 どこからか男の人の声がひびき、巨人の前に炎の壁が出来た。

 空から赤い何かが降って来て、炎の壁をたてに破る。

 男の人だ。巨人ごと剣で切りさき、壁が消えたと思ったら今度は巨人が炎に包まれた。


「まだまだであるな、小娘。キュクロプスなど魔法で仕留められよう。」

 振り返ったその人はとってもかっこよくて、でも眼つきがちょっと怖い感じだった。髪も目も真っ赤。巨人が倒れるのを背に、おねえちゃんに歩いて行った。

「わあああん!!!かっか!!」

 おねえちゃんは怖いのをがまんしてただけみたいで、その人が近づいたら泣きながら抱きついた。かっかは背の高い男の人で、おねえちゃんが腰にしがみついたみたいになってる。

「…ほれ、泣くことはないであろうが!」


「アレが、そのお貴族様?すげえな、巨人を一撃で…!」

「いい貴族ってのも居るんだな…」


 かっかは困ったようにお姉ちゃんの頭を二回くらい撫でて、抱え上げて肩に座らせた。

「帰るぞ、小娘。」

「うくっ、エリーも…」

「ぬ?誰だね、それは。」

 おねえちゃんが指さすと、かっかの赤い目がわたしを見た。

「…妹です。」

「…そなたの我ままは、おかしな方向にしか向かぬ。」

 そう言うと私の方に長い足で歩いて来て、私もすくい上げて反対側の肩に乗せてくれた。高い!!背の高いかっかの肩に座ると、どの大人よりも高くなる。


「クローセル、辺りを警戒せよ。」

「心得ましてございまする。」

 いつの間にか近くにいた人が、地面にひざをついてかっかに返事をしてる。ちょうどおねえちゃんが、兵たいごっこでしたみたいに。この人が先生?


 かっかは空を飛んで、おうちに連れて行ってくれた!空を飛べる人なんて、この村にはいない。すごい!!

「おねえちゃん、かっかスゴいね!!」

「うん、閣下はとってもカッコイイの!」

「すごくつよいし!」

「でもいばりんぼなの。」

「小娘っっ!!!」


 かっかが大きい声をだすと、おねえちゃんは笑った。

 わたしも笑っちゃった。

 またおねえちゃんと遊びたい。かっかも広場に来たら、一緒にあそんであげるのにな。

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