◆閣下の契約者・小話三本立て(クローセル視点)

「わああん、先生~!」

 イリヤが泣きながら歩いてくる。これはまた、閣下に意地の悪いことを言われたのだな。

 閣下が後ろで憎々し気に見ていらっしゃる、確実であろうな。


「どうしたかの、イリヤ。」

「せんせ~!かっかが、かっかがぁ!」

「ふむ。」

「イリヤを、お友達じゃないっていうの!!」

「…それは、そうだろうのう…」

 この小娘は、恐れ多くも地獄の王ベリアル閣下の契約者にして頂いたと言うのに、まだ不満があると…!?友達などよりも、余程得られぬ幸運ではないか!


「かっか…、イリヤのお友達じゃないですか?ふぇ、えええええん!!!」

 しまった!さらに泣き出してしまった…!

 しかしどうする。

 友達だなどと、認めるわけにはいかぬ。かと言って、友ではないと泣かせるままにも出来ぬ。

 閣下が早くどうにかしろ、と私を睨む。あれで泣かれるのはお嫌なようだ。だからと言って、地獄の王がいちいち小娘の機嫌を取るわけにもいかぬし、そのようなお姿は見るに堪えぬ。


「イリヤは、閣下の契約者であろう。」

「イリヤ、そんな難しいなぞなぞ、わかんないもん!!」

 な…なぞなぞ…?この地獄の侯爵に癇癪かんしゃくをむけるとは、さすが王の契約者。なんとも太々しい小娘よ。これをどう宥めるか…。


 この難局を乗り越える手立てを考えるのだ、クローセル。

 まず小娘はなぜ友達だ、などと不相応に望むのだ。ふむ…

「イリヤ、そなた友達は何人おるかな?」

「…たくさん、います。」

「そうであろうな。だが、契約者は閣下お一人。閣下の契約者も、イリヤ一人だけなのだぞ。」

「ひとり。」

 きょとんと私を見ながら、時々しゃくりあげつつも徐々に泣き止んできた。

 

「一人だ。要するに、イリヤが大好きだからだ。」

「かっか、イリヤ大好き!!?」

「そうだ、まだ不満があるかの?」

「なーい!」


 イリヤに笑顔が戻った。これで閣下に面目が立つ。と、思ったのだが。

「……クローセル。誰が小娘を大好きなのだね!!」

 あとでお小言を喰らってしもうた…。

 あの小娘は将来、男を翻弄する悪女になるのではないだろうか…。




★★★★★★★★



「イリヤは閣下の契約者。これはしかと覚えておかねばならんぞ。」

「かっか、けーやくしゃ。覚えました。」

「う、うむ…。どうにも軽いのう…。」

「先生、大丈夫です。かっかは、イリヤが大好きだから、けいやく者なの!」


 契約者について説明せねばならんとは思っていたが、これはどうも全く分かっておらんな。この小娘にどう説明するか。その大好きを言われると、私が怒られてしまう…。


「契約者とは、お互いに相手の利益になるようにするもの。」

「りえき。かっかの利益はなにですか?」

「それはそなたが、閣下の為に何かを成せば良い。」

「うーん。またかっかと遊んであげる。」


 遊んであげる…。何とも不埒な。そんなつもりだったというのか、この小娘は。いや、不問にすべきか。泣かれては厄介だからの。


「閣下がご教授下さる魔法をしっかりと学び、礼法を修め失礼のない挨拶をするようにせい。それが、今のイリヤが閣下の為に出来る事。」

「はい!イリヤ、がんばります!」

「ほほ、いい返事だの。では、今日の授業をいたそう。」


 少しは解ったらしいのう。召喚術についても、おいおい教えていかねばならぬな。何せ召喚を出来てしまうのだから、対処を知らねば大事になりかねん。その時に閣下がいらしたら、喚ばれた者こそ不幸になってしまう…。犠牲者を出すわけにはいかぬ。



「かっか!ごきげんうるわしゅうござるます!」

「うむ…?少々間違っておらんかね?」

「ござるます!」

 よりにもよって間違えた部分を繰り返し、頭を下げる。しかし閣下は笑っておられる。どうやら小娘らしい言い間違えを、楽しんでいらっしゃるご様子。

 イリヤは顔を上げ、じいっと閣下のご尊顔を眺める。


「かっかも、あいさつしなきゃですよ。イリヤはけいやく者ですから。ちゃんとしなきゃ、ダメ!」

 小娘がー!!!閣下に何たる口を利くのだ!

「……クローセル。これはそなたの教育かね?」

「いえその、そう言うわけではありませんで…」

 閣下のキツイ眼光が私を捉えている。イリヤは閣下の前で胸を張って、幼いながらに何とも不遜に自己主張をしおる。


「先生、けいやく者はちゃんとごあいさつするって言いました。イリヤはできるから、かっかがござるますを、する番です!」


 その後私が閣下に叱られた事は、言うまでもなかろう。

 小娘の教育とは、なんとも危険が伴うものだ…。忖度も覚えてほしいぞ。 

 



★★★★★★★★★★



「先生がそんけいする人は、誰ですか?」

「もちろん、ベリアル閣下に決まっておろう。」

 イリヤが唐突におかしなことを聞いてきおった。閣下を尊崇しておるから、閣下の配下になっているに決まっているだろうに。


「イリヤは先生がすごいと思います!大人になったら、先生みたいになりたい!」

 それは嬉しいが、イリヤがそんな思想を抱えていると知られれば、閣下に睨まれるに違いない。これは矯正する必要があるぞい…!

「それは嬉しいがの、私は閣下の配下として不足ないよう努力しておる。閣下こそ、尊敬に値する人物であらせられるぞ。」

 

 私の言葉にじいっと耳を傾けたイリヤが、解ったと元気に頷いた。

 そして。

「じゃあイリヤも、かっかの配下になる!」

 だからイリヤは閣下の契約者だと、教えたであろうが!配下になってどうするのだ!

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