エグドアルムでのセビリノ君とベリアル閣下(セビリノ視点)

 酒を見繕うようにと言われ、ベリアル殿と町へ出た。

 大通りを歩きつつ、酒屋や量販店などを眺め、数軒に入ってみた。最初の店ではあまり良いものはなく、まだあまり買っていない。色々な種類を飲み比べたいとの事なので、土産用の酒を使った菓子まで売っている、大きな店を目指すことによう。


「セビリノ。ここは土産物屋ではないのかね?」

「はい。しかし奥までおいで下さい。」

 案内しながら進むと、奥の四段ある棚にキレイに整列した酒瓶がずらりと並んでいる。一つ一つ手書きの札があり、辛さや産地、アルコール度数や味についての説明が書かれている。

「なるほどな!これは良い、そなたのおすすめは何だね?」

「…そうですね、リキュールでしょうか。薬草や香草の香味を移したものが好ましいですね。」


 リキュールの原型は、錬金術師たちが作った生命の水アクアヴィテという蒸留酒。薬酒としての効能があるとされ、それを強める為に薬草や、レモンやバラ、オレンジフラワーなどの成分をスピリッツに溶かし込んだリキュールを開発した。

 まさに、我々魔導師が飲むのに相応しい酒だろう。

「ほう。」

 まずは私が好んで飲んでいる品を薦めるため、移動しようとした時だった。


「…邪魔だ!どけ!!」

 どこのバカだ。死にたいなら迷惑にならない場所を選べ。

「……そなたは何だね。」

 ベリアル殿の声が低い。せっかく機嫌よくしていらっしゃったのに、愚かな。


「俺を知らんのか!」

「知らぬな。私は男爵家のセビリノ。貴殿は?」

「俺はなぁ…っ」

「よせ、よく見ろ!!!」

 名乗ろうとしたところを、一緒にいた男が慌てて止めた。惜しい。


「男爵家のセビリノと言えば、宮廷魔導師のセビリノ・オーサ・アーレンス様だ!ケンカを売ったなどとなれば、ただで済まないのはこちらだぞ!」

「な…!??」

 仲裁に入った男が絡んできた男の頭を手で押さえて、一緒に頭を下げさせる。

「申し訳ありませんでした、以後気を付けます。どうかご容赦を…!」

「…相手が私でなくとも、高圧的に接するのは好ましくない。態度を改めるよう。」

「はい、しっかりと言い聞かせます…!」


 事なきを得た。ベリアル殿がお怒りになったら、どうするつもりだったのだ、あの男は。どこの誰だか知らぬが、国を亡ぼす気か。

 二人組は、逃げるようにそのまま店から出て行った。

 我々は何種類か酒を選んで買い、私のアイテムボックスに入れておいた。まだ容量に空きはあるので、もっと買っても大丈夫だ。


「宮廷魔導師の偉力といったところかね。」

「は、この国で宮廷魔導師に盾突くものは、あまりおりません。」


「…おにいちゃん」

「は…?」

 突然ローブの下の方をツンツンと引かれた。小さな女の子供だ。まだ十にもならぬくらいの歳か。ぐすぐすと泣いている。

「おかあさん、いないの…」

「これは、迷子か…?」

 参った。こればかりは身分も肩書も意味がない。兵にでも渡すしかあるまい。しかし今は見回りの時間ではないな、詰所へ行くか。

「歩けるか?こちらへ来い。」

 子供はしゃがみ込んでしまい、動こうとしない。無理に連れて行くわけにもいかぬ、これはしたり…!


「子供なぞ軽いものだ、運べば良いであろうが。」

 ベリアル殿はそう言うと泣いている子を抱え上げ、肩に乗せた。子供はビクリと震えたが、片手で頭にしがみ付き、もう片手で目を擦りながら突然開けた視界を見回している。

「なにやら、慣れておいでで…?」

「イリヤもこの年頃には、たまに泣いておったわ。肩に乗せればすぐに機嫌の直る、現金な小娘であったな。で?どこへ向かうのだね?」

「あちらに兵の詰め所があります。そこに連れて行けば宜しいかと。」

「うむ。小娘、大人しくしておれ。」


 子供は小さく頷いて、驚きからかもう泣き止んでいた。

 迷子を引き渡し、次の店に向かう。

 地獄の王とはいえ、ベリアル殿は人間を好んでいるようだ。人間に召喚される事が多く、王の中でも接する機会が多い方だとは聞いていた。


「我に懐くような可笑しな子供は、イリヤくらいであろうが。」

 好かれて嬉しかったのだな。

 多分、口にすると怒られるな。黙っておこう。

 師の子供時代を、思い出されておられたのか。地獄の王と契約した子供。よく傲慢にならずに済んだものだ。さすが我が師、心身を修めていらっしゃったのだな!


「なんだろう…、見覚えのある光景だったような。」

 道の反対側から殿下が参られた。護衛は周りに数人居るが、少し離れた場所からも見守っているだろう。

「そなたは、皇太子であったな。」

「殿下、またお忍びで?」

 政敵だった魔導師長が居なくなり、後任は公明正大な人物になったので、だいぶ憂いはなくなったのだが、あまり良い事ではないな。


「君達の様子が見られないかと思ったんだけどね。なんだろう、赤い貴族と子供…、昔見た組み合わせのような。もしかしてイリヤという娘と貴方は、彼女が小さい頃、南西の町で私と会っていないか…?」

「…あまり記憶にないのだがね。」

 殿下と師匠たちは、どこかでお会いしていたのだろうか?ベリアル殿の派手なお姿と、子供の頃の師匠。確かに印象に残りそうな組み合わせだ。


「私が彼女にぶつかってしまって。それで、ええと…、町の外で彼女が、“いっえーい。こういきこうげきまほー、やっほー!”とか、物騒な発言をしていなかった…?」

「その間抜けな言動は、イリヤであろうな。呆れた口を利く小娘であった。」

 記憶を辿りながら問いかける殿下に、ベリアル殿が頷いた。

 やっほー?今の師からは、考えられん。子供の頃は快活だったのだな。宮廷にいた頃は窮屈そうであったがそれも抜け、現在は闊達かったつ自由といった印象だ。


「そうか!アレは貴方達か…!」

 それにしても、何歳から広域攻撃魔法を教わっていたのだ?我が国では、十五歳以上になってからとされている。大量に魔力を消耗するし、範囲指定などの操作が簡単ではないからだ。ただ、魔法養成施設や一部の家庭教師は、もっと早く教えてしまうようだが。


 その後、ベリアル殿が子供の頃の師匠の様子を語って下さった。

 毎日のように勤勉に学ばれていたらしい。私が出会ったのは彼女が宮廷魔導師見習いになってからだったが、その時でも既にこの国の最高峰の知識を有していたと思う。

 さすがに悪魔に教えを乞うただけはある!

 何とも我が師は素晴らしい!!!

 改めて認識した、有意義な話だった。

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