アデルベルト皇子とヘイルト君(皇子視点)
私はアデルベルト・アントン・デ・ゼーウ。ルフォントス皇国の第一皇子。母はあまり身分の高くない側室で、公爵家出身の皇妃には邪険にされている。普段は別の宮殿に住んでいるから、会う事もないんだけどね。私達は比較的穏やかに過ごせていると思う。
「殿下、アデルベルト皇子殿下!」
ヘイルト・バイエンスが私を探しているな。彼は乳兄弟で同じ年。子供の頃から会っているから、一番仲がいい。その分遠慮がないというか、言葉がきつい時がある。
「ここだよ、ヘイルト」
「探しましたよ。学問の時間ですよ、殿下」
「もうそんな時間? うっかりしてたな、ごめん」
ちょっと庭でも歩こうと思って、意外と時間が経っていたようだ。一緒に授業を受けている、ヘイルトが探しに来てくれた。
「ウッカリじゃないですよ、全くトロいんですから。時間はちゃんと守って下さい」
「すみませんでした……」
ヘイルトは先生より厳しい……。
「では、前回に続き魔法の属性と相性について」
魔法関係はヘイルトが得意で、聞いたことをすぐに覚えるし、もう中級の魔法も使えている。私はどうもあまり魔法と相性が良くない気がする。しかしこれから魔法使いと接する機会も増えるだろうし、知識がないと困るだろうから、学んでおかないといけない。
地水火風とその上位、光と闇。私が得意なのは土属性。せめて得意属性の魔法くらい、マトモに使えるようになりたいな。先生は私にも根気よく説明してくれる。期待に応えられるよう、頑張らないといけないね。
苦手な魔法の授業が終わって解放された気持ちで歩いていると、廊下で何やら揉めているようだ。母親の違う弟のシャークと、そのお付きの人間が誰かを叱責していて、怒られているのは若い女官。縮こまってしまって、可哀想だな。何故責められているのか、近づいてこっそり話を聞いてみよう。
「謝ってすむか! お前、解っているだろうな。誰に水を掛けたのか!」
「申し訳ありません、曲がり角でお姿が見えなかったんです」
「殿下、私からも謝罪いたします。この者はまだ見習いなのです、どうか寛大なご処置を……」
一緒にいる先輩らしき女官も必死に頭を下げるが、シャークは激昂していて、聞く耳すら持たない。
「あ~あ、よりにもよって短気なシャーク皇子に水を掛けちゃったんですね。あそこは解り辛いですよねえ……」
彼らの居る廊下の少し先は直角に折れていて、先に人が居るのなんて見えない。出会い頭に何かあったなら仕方ないと思うんだけど、それでは済まないのが弟なんだ。
「殿下に対し、無礼な女官だ! どこの家の者だ!?」
周りも止めるどころか、追い打ちをかけている。これは良くない。
「シャーク、どうしたんだい? 廊下の向こう側まで声が聞こえているよ」
「兄上。この者が、私に水を掛けたのです。兄上は関係ない!」
「アデルベルト殿下、お見苦しい所を。どうぞお通り下さい、この者を罰して礼儀を教えねばなりませんからな」
あっちへ行けと、私を追い払おうとしている。ここでそうかと後にしたら、彼女がどんな目にあわされるんだか解ったもんじゃない。だいたい水がかかったなんて、服には飛沫のあとが数滴あるくらいだ。水差しの中身が少し跳ねた程度なんじゃないか。そもそも歩いていただけだし、水をぶちまけたわけでもなければ、そんなに勢いよく掛らないだろう。
女官はますます怯えて、肩を震わせている。
「彼女が怖がっているし、もう終わりにしては? 十分反省しているよ」
「兄上は、私の事などどうでもいいのですか!? 母親が違うからとは言え、あんまりなお言葉!!」
顔を真っ赤にして反論してくる。余計に逆上してしまった。落ち着かせようとしているのに、全然話が通じない。
「彼女に罰を与えたいんですよね、シャーク皇子殿下。ではアデルベルト殿下のお付きとして、召し上げては如何でしょか?」
ヘイルトの解決策がおかしいんだけど。私の専属になると、罰になるの?
「……なんでだよ」
さすがのシャークも釈然としていない。
「いえ、先日アデルベルト殿下にお仕えする女官の一人が、こんな皇子の下で働けないと辞めてしまいまして。代わりを探していました。そんなわけで人の嫌がるちょっと厳しい仕事になると思いますが、それで罰にはなりませんか?」
「ふ~ん、意外と人望がないんだな。まあいいか、そっちで礼儀を教えてやってもらおう」
「ありがとうございます」
ヘイルトがゆっくりと頭を下げると、シャークは何故か機嫌が良くなって去って行った。取り巻きの貴族たちは、糾弾できなくて残念そうだ。本当に嫌な奴らだな。残された二人の女官は、突然の展開にオロオロしている。
「彼女が辞めたのって、私のせいだったの?」
「……バカですね。結婚が決まって相手の領地に引っ越すって、嬉しそうにしていたじゃないですか」
「え、だって、いま……」
「あんなの方便に決まってるじゃないですか。ああやってあしらえばいいんですよ、あんなボケタレナスな奴らなんて」
ボケタレナスってなに? 謎の悪口が出て来た。
「じゃあこの娘はウチで預かるから。急で悪いね、女官長にヨロシク」
「……助かりました! ありがとうございます、しっかり報告させて頂きます。あなた、良かったわね。頑張るのよ」
先輩女官は先に状況を理解したようだ。パアッと笑顔になって、深々とお辞儀をして去って行った。
恐る恐る顔をあげる、残された見習いの子。
「あの、私……??」
「ごめんごめん、折角の王宮の仕事だったのに、殿下の専属なっちゃって。ああでもしないと、手討ちにしそうな勢いだったから。事実、王族への無礼はその場で殺されても文句を言えないんだよ。クズでもカスでもなんかの間違いでも、血が混じると王族になっちゃうんだ」
ヘイルトはよく手討ちにならないね……! 場所と相手を選んでるからかな。要領が良すぎて怖い。でもとっさの機転には、いつも感心している。
「あ、ありがとうございます!」
「移動の準備をして、殿下の離宮に来てね。話は通しておくから」
「はい!」
晴れやかな表情で、すぐに支度に行った。
一時はどうなる事かと思ったけど、平和に解決して良かったな。ヘイルトは相手を丸め込むのが上手いから、任せておけば安心なんだ。いいんだけど、良かったんだけど、私は何もできていない……。
「はあ……。魔法はヘイルトの方が上手いし、今回も結局、助けたのはヘイルトだし。全然うまくできない。自信失くすなあ……」
「出来なくていいんですよ、殿下」
あれ、慰めてくれるの? 予想と違う反応に驚いた。ヘイルトが私に対しても、優しい心を隠し持っていた!?
「でも、いつも怒るのはヘイルトじゃないか」
「何を言ってるんですか、殿下が諦めるから怒るんです。出来ないのはいいんです」
出来ないのはいい? そんな風に考えていたの?
「とはいえ魔法は説明を聞いても解らなかったりするし、こうやって解決しようにも、誰かの手を借りないと力が及ばないし……」
「殿下は人を使うお立場です、御自身で出来なくてもいいんです。相手を理解して、正しく任せられればいい。その為の知識を得るんじゃないですか」
「使う立場……。確かに、上に立つ者としての自覚を持つよう言われるけど」
「そうですよ、ちゃんとその矜持を持って下さい。どうも優柔不断というか、意志薄弱なところがあるというか……。そこらに飛んでく綿毛じゃないんですから、しっかりして欲しいんですがねえ」
表現が辛辣。確かに意見をハッキリ言えなかったりするし、誰かを使うって言われても、皆そんなに暇じゃないよねって思うし。ここも克服しないといけない課題か……。
「まあ、ドジでも間抜けでも、あんなドバカよりマシですから! 安心して下さい、私も支えますし!」
「ヘイルトって、消去法で私に仕えてるの!?」
「いやだなあ、そんなわけないじゃないですか。親の都合です」
ほんとに酷い!
当面の目標は、ヘイルトに負けない人間になる事かな……。
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