ルシフェル様の一人語り

 なんとも品のない男。

 彼の印象はこのようなものだった。最も早くに作られ、最も輝くものとされた私、ルシフェル。

 そして次に作られた天使が、あのベリアル。彼は天使である内から邪悪だった。なぜこのような者を作られたのか…不可解に思う程に。欺瞞ぎまんに満ちた邪悪な天使。仕草は優雅で気品があるのに、口ばかりうまい。そんな男だ。時々話はするが、慣れ合うつもりもない。


 人間の監視に遣わされた彼は、よりにもよって肉欲に溺れて堕天した。やはり、という感じだけどね。

 他にも同じような天使が多く出たが、彼ほど誰これ構わず関係を持った者もいないだろう。まるで自らの美しさを誇示するように。

 全く以て理解できない。

 そして地獄へと居住を移し、その後はなぜか地獄における最大勢力を誇る皇帝、サタン陛下に重用されたようだ。王として五十の軍団を麾下きかに置くまでに登りつめている。初めから地獄がお似合いの男だったのだろうね。


 そんな私も神に背き、私を慕う天使たちと共に反乱を起こす。

 しかし破れて真っ逆さまに落とされたのだ。地獄の奥深く、氷に閉ざされた永久凍土へと。

 地獄は広いが、ベリアルが仕える唯一無二の皇帝、サタン陛下の領土。

 戦に負けた上に地獄での戦乱に巻き込まれるかも知れない。私の身はどうでもいいが、この私を信じ、付いて来てくれた者たちのことが気がかりだ。


 そんな時にこの地獄で私の元にいち早く訪れたのが、あのベリアルだった。最初は嘲笑あざわらいに来たのか、それとも何かおかしな取引でもする気なのかと疑ったもの。

「ルシフェル殿!!まさか、そなたが敗戦を喫するなどと…!」

 その表情には、心配と困惑が浮かんでいた。そして彼は続ける。

「この土地は我がお仕えする皇帝、サタン陛下の領土である。陛下には言上してある、まずは謁見を致さぬか?」

 …なんだ、これは。これがあの、邪悪な天使…?

「…君が、なぜ?私達は天にあった頃から親しくもなく、また合わない者同士だったと記憶しているけれど。」

「…ぬ?合わぬが、我はそなたを好んでおるぞ。最も古い友ではないか。」

 ……?友?この男は、この私を友と思っていたのか?それは全く気付かなかったな…


「心配は無用、我は時折サタン陛下の親善大使も務めておる。我を遣わされた自体、友好関係を気付きたい現れであるよ。」


 地獄の皇帝も、なぜあのような信用ならない男を傍に置くのかと疑問に思っていたが、少し理解できた。

 ベリアルは自分が認めた者には、相手からどう思われようが信義を尽くすのだ。

 この男は私を友と認識し、私がどんなに邪険にしていようが、私の為に力を添えるというのか。

 なんとも自分勝手で自由な男だ!

 そして、なんとも小気味好こきみよい男!


「ルシフェル様。この貴方に無礼な男は、信用なる者ですか!?」

「…バアル、彼は駆けつけてくれた私の友。君こそ、無作法は良くないね。」

「……失言でした。」

 最大勢力である陛下のお膝元に落とされたのだ、彼の焦燥も解る。

 私は彼に皆をまとめておくよう言いつけ、ベリアルと共にサタン陛下との拝謁へ向かった。


 豪壮な佇まいの広い宮殿に、陛下はおわす。

 

 直接お会いした印象では、陛下は争いを望んでおらず、我々を追い出そうとも吸収しようとも思っていないご様子。まだ地獄が安定したばかりなので、再びの戦乱を避け穏便に済ませたいらしい。

 私と陛下の力は拮抗しているように思える。

 拝謁中はなぜか四分の三くらいは、ベリアルがここぞとばかりに喋り倒していた。

 サタン陛下がおわすのでなければ、少し黙れと言いたい所だった…。陛下はあの男のお喋りを、どこか楽しそうに聞いていたように見える。評判の弁舌上手だからね、彼は…。相変わらずに胡散臭い。


 私たちは陛下の臣となることを提案、私は王としての立場には就くが、一歩引いた存在となる。

 バアルがサタン陛下の麾下きかにある王の内、筆頭として仕えることになった。私を除く王の中で、最も力があるからだ。力あるものが上に立つという、地獄の在り方はシンプルで解りやすい。

 この戦で私の副官を務めてくれていたバアルは、元々は荒ぶる“神”である立場の者。私の下に居なければならない理由などない。私は同じ目的があるくらいのつもりだったから、バアルがもっと純粋に私に仕えてくれていたというのは、後から知ったのだけどね。


 バアルは主神だったエルの男根を落として、権力の座から引き摺り下ろしたような男なんだよ。誰かの下につくなんて、想像できるかい?

 エルは戦いに向いた神ではなかったが勢力を誇る神だった為、今では普通名詞として“エル”=“神”としても使われるね。


 この事を機に、ベリアルとはだいぶ打ち解けることができた。

 彼の性に対する奔放さには、少々頭が痛いが…。その時の相手を、私に抱かせようと紹介するのはどうかと思う。素晴らしいから分かち合いたいそうだ…。思想が既に分け合えない。ちなみに一ヶ月後にと断れば、絶対にやって来ない。それまでには関係が終わっているからね。彼と一ヶ月以上付き合える女性を見てみたいものだ。

 性に関する興味は時が経つにつれ飽きがきたようで、少し安心した。ただ迷惑な遊びしかしない男だ、これは変わらない…。

 ドラゴン狩りが趣味なのは別にいいが、私が飼い始めたドラゴンまで狩りの獲物にしようとするのは、やめて欲しい。二種類のブレスを吐く、珍しい真っ赤なドラゴンを見つけて手懐けたんだ。


 ベリアルは、王の中でも召喚されることが多い部類に入る。

 召喚主を気に入れば、財宝を与え有能な使い魔を供与し、官位も栄誉もほしいままになるからね。ただしそれらを得られる者は、ほとんどいない。殺されるだけならまだしも、逆に騙されて罪に堕とされる者も多い。彼にとっては退屈しのぎの、ほんの遊びで。


 そんな彼が今度契約したのは、薄紫の髪をした華奢な娘。魔術や召喚術の知識は彼らから授けられ、更に己で修練を積んだらしい。なかなか見事な腕の持ち主に成長している。手塩にかけたからなのか、今までの契約者に比べ、ベリアルの彼女への執着は強い。彼女が可哀想だとは思うね。折角の才能の持ち主を、手折たおるような真似はしないで頂きたい。

 慕い合う仲になるのならいいが…、私だったらこの男を恋人としては勧めないね。そもそも恋や愛を単語ではなく、感情として理解しているか疑問なほど。この純朴な娘を相手に、いつもの調子で“三人でしよう”などと言ったら、泣かれるだけでは済まないんじゃないかな…。彼は性にタブーも忌避感も、貞操観念すらない男だから。嗜虐趣味がない事が救いだ。まあ、地獄には珍しいタイプではないのだけれど。淫魔もいるくらいだしね。だからと言って、よりにもよってこの私に声をかけるのは、あの男しかいない…。

 そう言えば彼女は体の関係を迫った彼の頬を、平手で叩いたらしいね。なかなか面白い。たまにはいい薬だよ。


 もし、もしも君が彼女に恋を覚えたとしても、悪いけど応援はしないでおくよ、友よ。



 ★★★★★★★


 堕天とかの時系列は解らんですね…。ベリアル閣下は一番最初に堕天したとも言われているので、その説と理由を採用。この説では、本当に肉欲なんですのよ。そして地獄にいらっしゃるので、大戦には加わっていない設定にしました。

 ルシフェル様とベリアル閣下が友達なのはマイ設定です。一番最初に作られた天使と、二番目。仲良くなってもいいかなって。ベリアル閣下が性に奔放なのも辞典とかに載ってる通り、改変なし…!地獄の親善大使も辞典に載ってたよ。

 そしてサタン陛下とルシフェル様は別人設定。

 堕天したんだからルシファー様にすべきだったかも知れないですが、ルシフェル様の方がカッコいい気がしている。

 

 バアル閣下について。バールよりバアルの方がらしいな、と気付いた。あっちも直しました。

 男根を落として…は、そういう神話がありまして。インパクトが強すぎました…!ていうか概要を説明する本はあっても、神話そのものは見当たらないんですよね。

 この神話でエルが出て来てビックリした。だって、固有名詞だったとは思わなかったから。

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