チェンカスラーの宿にて(殿下の視点)
※169話の、殿下達の宿での話です
フェン公国からチェンカスラー王国へ戻って、行きと同じ宿へ泊まった。宴会場での食事を楽しみ、ゆっくりと部屋でくつろいでいると、来客があると従業員が知らせてくれた。
エクヴァルだな。
近くに控える側近の女性、アナベルが通すようにと伝える。
案内されながら周りの様子に神経を尖らせるエクヴァル。アレで慎重な性格だからね。しかしいざ戦いとなると敵陣に突っ込んで行ったり、豪胆になる。エンカルナはアイツは死なない方が不思議だわと、眉をしかめていた事があったな。
「殿下、先に報告しておいた通り、イリヤ嬢のお宅への強制捜査を阻止したことにより、相手方はレナントに滞在中の手出しは諦めたようです。敵も王都へ向かうとの情報を得ました」
「……やっぱりね。君からの手紙を盗み見たなら、本格的に仕掛けてくるのは帰国途中の馬車での移動中になるだろう。レディ・ロゼッタ達を匿っていると、思わせなくてはね」
「勿論ですわ、殿下。衣装も用意してございます」
私の言葉を聞いたアナベルが、部下に用意させたロゼッタとロイネの服に似せた衣装と、カツラを見せてくれた。さすがに命令しなくてもやっていてくれるね。
「明日は王都に一泊して、もうエグドアルムへ戻っちゃうんですよね。早かったなあ、もっとこっちに居たいですよ」
エンカルナが口を尖らせる。レディ・ロゼッタと契約した、ベルフェゴールという女性悪魔と仲良くなっているんだよね。素敵な悪魔の話で盛り上がってるそうだけど、私はその悪魔を見たことがないからどんな者なのか解らない。
エクヴァルの説明だと、銀の髪に水色の瞳をして常に笑顔でいるような、天使と見まがうばかりの柔和で清廉な美貌の持ち主らしい。それに反して性格は苛烈なところがあり、エンカルナが冷たくされて喜ぶのを面白がっているとか。
エンカルナはキツい事を言われるのが嬉しいという、変わった娘だからなあ。
王都での予定や馬車で移動するルート、その他の事を話し合い、地図をたたんだ。
「悪いけど、エクヴァルと二人にしてくれるかな? 内緒話があるんだ」
「心得ました」
「は~い!」
アナベルとエンカルナが、他の護衛と侍従を促して退室してくれる。
エクヴァルは、やっぱりなあ、というような表情だ。
「……殿下の心に秘めて下さいよ」
「わかってるよ。ベリアル殿は、地獄の王だね? フェン公国ではどんな戦いがあったの?」
「やっぱりそれを聞きたくて来たんですねえ……」
「この話だけじゃないけどね」
文章に残すことなんて、出来ないような事だろう。報告も上手くまとめられていたけど、綺麗すぎた。そんなにあっさり収まるはずはないくらいにね。言えない内容だ、ということは側近たちなら皆すぐに解ったろう。
「とんでもない戦いでしたよ。それに、イリヤ嬢の魔法も護符もとてつもない」
彼は外に漏れないよう、小声で詳細を語ってくれた。
とりあえず、本当によく生きていたねと褒めたくなる内容だった。イリヤさんも、発想からしてとんでもない魔導師だ。これでアーレンスが使える強力な魔法が増えたのか。やはり彼女の側に置いておくのは正解だね。
……いずれ国に戻ってくれるなら、なんだけど。自信がなくなって来るな。彼、一生彼女とこの国にいるつもりだったりしないかな? アーレンス男爵領は妹の子供に任せてもいいって言ってたんだよね、確か。
だからできれば、イリヤさんがエクヴァルと結ばれて、一緒にエグドアルム王国に帰ってきて欲しいんだよね。そうすればアーレンスもついてくるし、契約しているベリアル殿も一緒だ。
しかしエクヴァルがこんなに奥手だとは予想外だった。頑張って欲しいんだけどなあ。イリヤさんにも信頼されているみたいだし、彼女は恋愛に疎そうだから、押して押したら押し負けてくれそうじゃないかな。歯がゆい!
「……殿下。ダメだなこいつって目で見るの、やめてくれませんかね」
「失敬、本音が出てたかな? 別にあのダメ次男のカレヴァですら、ちゃっかりアナベルを射止めてプロポーズしてたのに、アレよりヘタレなのかとか思ってないから」
「思ってますね」
「みんなでエグドアルムへ帰って来て暮らすようになるのを、楽しみにしているんだけどなあ。全部君の頑張りに掛かってるよ!」
ポンと肩に手を置くと、エクヴァルはため息をついて、曖昧に笑った。
「まだこのままで、いいと思うんですけどね……。彼女も今の生活を楽しんでいます。それに……」
「それに?」
「エグドアルムに帰れば、それこそ結婚なんて出来ません。身分が違います」
我が国では平民と貴族の結婚は、基本的に禁止されているから。
「でも、貴族の養子に入れば話は別だろう。平民と貴族がどうしても結婚するという場合は、皆こうしてるよ」
抜け道もあるんだよね。カールスロア侯爵家と親密になれると思えば、彼女の仮の親になってくれる人は、いくらでも見つかるだろう。しかも彼女自身も宮廷の外部顧問だし、なんと言ってもアーレンスの師匠。これだけで立候補者が選びきれないくらい出てくる。
「……彼女はエグドアルムの貴族と、関わり合いになりたいとは思わないでしょうな」
「君や私たちとは普通にしてくれるじゃないか」
「貴族社会に混じるのとは、話が別ですよ」
前の宮廷魔導師長のせいでかなり不信感を持ったらしいし、帰りたくないのかな。この前の帰省も、行っていいのか不安そうにしていたという話だし。
「チェンカスラー王国に、エクヴァルまで永住されても困るんだけどな……。せっかくエクヴァルが結婚する時の為に、友人代表の挨拶まで考えておいたのに」
「なぜ殿下が挨拶されるんですか! 結婚の予定も、殿下に挨拶をお願いする予定もありませんよ。何を暴露されるか、解ったものではありません」
「君の楽しい話、いっぱいあるのに」
皆に喋りたくてウズウズしてるんだけど。エクヴァルは嫌がるんだよね。女性にはちょっとダメなところがあるくらいの方が、受けると思うんだ。母性本能を擽るようなの。
「では殿下がご成婚の暁には、私が殿下の悪戯の数々を公表いたしましょう」
「それは私のイメージダウンだよ!」
「いえいえ、意外と好評になるかも知れません。側近たちがどのように苦労したか、ぜひとも知ってもらういい機会です」
ヤブヘビだった、反撃が来てしまった。
「じゃあその後で、エクヴァルの好きな人への告白タイムを設けてあげるよ」
「本当にやめて下さい!!!」
クスクスと扉の向こうから、エンカルナとアナベルの耐えるような笑いが耳に届く。徐々に声が大きくなってしまったから、どこからか聞かれてしまったみたいだ。もう大した内容じゃないし、問題ないか。
「二人とも、内緒話は終わったから入って来ていいよ。エクヴァルの恋愛相談に乗ってあげてくれる?」
「必要ないから!」
必死で断るエクヴァルだけど、ドアを開けて姿を見せたアナベルは、にっこりと微笑んでいる。
「うふふ。カレヴァと結婚したらエクヴァルは、義理の弟になっちゃうものね。お義姉さんとして、協力するわ」
「そっか、アナベルがお義姉さん! 心強いじゃない、エクヴァル。アナベルは恋愛の百戦錬磨よ」
女性二人が加わり、エクヴァルの情勢は一気に不利になった。特に今回は二人とも彼をからかう気で満々だ。恋愛でこんなに本気になっている彼は、見たことがないから。チャンスだ。
「イリヤさんのタイプは、押しに弱いと思うのよね」
「あ~、私もそう思う。まさか鬼のエクヴァルがあんなに見守る愛で、距離を縮められないなんてねえ」
二人で分析を始めてしまった。エクヴァルはソファーで肩を丸めている。アナベルはクスリと笑みをこぼし、エクヴァルに楽しそうな視線を向ける。
「鬼だからこそ弱いのよ。自分がどう映るか、不安になるんでしょ」
「なるほどね~! 二重人格のどっちを見てもらえるかよね!」
「君達は私を何だと思っているの……」
女性陣はさらに盛り上がって、比例してエクヴァルが落ち込んでる。面白いけど、ちょっと可哀想かな。でもこうなると止められないからね、仕方ない。
エクヴァルに頑張ってもらう為だから。
本当に、君が笑顔で帰って来るのを待っているよ。昔から君は、大事な友達なんだから。
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